1、こうして俺の脳内をちんぽが支配した



『栄えある王の凱旋だ!!!!』


「!?」


 自室のベッドで寝ていた俺は、何者かの叫び声によって跳ね起きた。


 なんだ……?

 今声がしなかったか?

 父さんか……?

 いや、まだ朝の4時じゃねえか。

 こんな時間になんだよ……


『お目覚めになられましたか王よ!! さあ! はやくまん子を探すのです!!』


「!?!?」


『どうしました王よ!! さあ、下の私は、はち切れんばかりにいきり立っているではありませんか!!!』


「っだ、誰だ!? どこにいるんだ!!」


 頭にギンギンくるような大声。

 耳の傍でスピーカーでも使われてるような大声がする……!


『おや? これは失敬。 名乗るのが先でしたな。 わたくしちんぽでございます』


「!? 何を言っているんだ……! 不審者が部屋に入ってきたのか!」


『王直属のちんぽでございます。私はいつもあなたの傍にいたではありませんか。いや失敬、ぶら下がっていたと言った方が正しかったかな?』


「誰かーーー!! 来てくれーー!! 変態だーーーー!!!」


『むむ…… やはり王は乱心であったか。 私が来てよかった……』


 俺が叫ぶと下からドタドタと階段を駆け上がる音がした。


「どうしたの新太!? なにかあったの? こんな時間に大声出して?」


 寝巻姿の母親が慌てた様子で部屋に入ってきた。


「母さん!! 部屋に不審者がいるんだ!! 警察に連絡して!!」


「不審者……? 落ち着いて? そんな人どこにもいないじゃない……」


『王…… 王よ! これは、もしや!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


「っ!!! ほら、母さん!! 声がするよ!」


「はあ? 声? 寝ぼけてるんじゃないあんた」


「え? この声が聞こえないの? 嘘でしょ?」


『目の前におられるのは、まん子ではありませぬか……! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


「夢でも見てるんじゃない新太。 あんまり驚かせないでよ」


「え……? この卑猥な叫び声、聞こえないの!?」


「はあ……付き合ってられないわ」


『まん子!!まん子!!まん子!!まん子!!まん子!!』


「うるっせえ!!!! まんこがなんだっていうんだよ!!!」


「!?」


「あ……違うんだ母さん……! え、ていうか何で聞こえないの?」


「大変だわ……うちの子がこんな変な事いうなんて……」


『王!!! さあ、はやくわたくしめを目の前のまん子にぶちこむのです!!』


「うわ、なんだ!? 腰が勝手に……!」


 俺の腰が前後にブルンブルンとピストン運動を始めた。


『ぶるああああああああぶるぶらああああヴぁあああぶああああああああヴァヴァヴァ』


「な、なんだこれ!? 腰が、止まらない!!」


「新太……なにやってるの……?」


『まままっまままっままマンマッマママまっまママンこまんこまんこまん子おおおおおおお!!!!』


「うわああああ!」


 誰が見ても分かる。

 私を見てくれと言わんばかりに、天高くそり立ったメロスと、腰を激しくピストンさせるこの動きは、まさしく交尾の際のソレであった。


「…………」


「ちが、違う! 俺じゃないんだ母さん!」


「父さん! 父さん大変! 新太がおかしくなっちゃったわ!」


 母さんは俺の奇行を見て、今にも泣きだしそうな声で父に助けを呼んでいる。

 俺は必死に弁解しつつも、腰は振り続けている。

 なんだこれ。



『おっ、おっ、おおお!? おぅ? おああぁ』


「くふハッ……」


 いきなり下腹部からどうしようもない感覚がこみ上げてきた。


『ななななんだこの感覚は!! 災害! 災害が押し寄せてきますぞ王!!!』


「お、おふぉあ……」


 訳が分からない。

 周囲の状況を判断しようとするが、大脳皮質で視覚の処理がうまく機能していないのか、まるで何も理解できない。

 下半身から脊髄。脊髄から脳へと、電流と共に、何者かの意思が流れ込んでくるかのような感覚があった。

 その感覚がトリガーとなり、俺の頭の中を一つの情動イメージが支配した。



「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

『うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!』



 ――――青い爆発であった。

 ……それは生命の奔流。

 快楽、そして虚無への律動。

 本能と記憶によって、体に刻み込まれたそのパトスは、荒れ狂う濁流のように脳天から足先まで一気に駆け回る。


 情動の残骸が零れ落ち、オーガズムが背中の裏側でスパークした瞬間、何かが弾け飛び、俺は全てを理解した。


 ――――俺のちんぽはイデア界とつながっている。






『王ぉぉおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』


 理解できる。

 先ほどまで、不快で意味のわからなかった叫び声が、すんなりと頭に入ってくる。

 なんてことはない。

 彼は俺のちんぽだ。

 大丈夫だ。今ならちんぽの意思を理解できる。

 俺たちは分かりあえるんだ。




『王!! なんてことを!!! あなたは快楽の代償として、数千の命の欠片を散らしたのです!!!』


 ……ああ、分かっているよちんぽ。

 確かに俺は、たった数秒の快楽と引き換えに、たくさんの命を放出した。

 でも、彼らは誇って良いんだ。

 彼らは甘美な空想世界の残骸で、虚空に放たれた勝利の遺伝子なんだ。

 絶対にただのおちんぽみるくなんて呼ばせない。


『王!! しかし、王よ!! 彼らはまん子にたどり着くために生まれた身! 一億の可能性が、己の指名を果たせずして散っていったのです! この無念があなたにわかりますか!』


 分かるさ。

 ……今では俺だってちんぽの端くれだ。

 この犠牲は無駄にはしない。

 さっきの射精は、決してただの自慰行為なんかじゃない。

 今、俺は天命を授かったんだ。

 彼らのためにも、必ずちんぽをまん子まで送り届けてみせる。


 これが俺のまっすぐな思い。

 俺の意思は、 右曲がりでも左曲がりでもなく、上向きでも下向きでもない。

 まっすぐな意思なんだ。


 俺の意思を伝えると、数秒間があった後、すすり泣きが聞こえてきて股間がじわりと濡れるのを感じた。



『……お、王!! ああ我らの王よ!!! わたくし亀頭から恥垢が落ちる思いであります! あなたを疑っておりました! なんたる王の徳高き、いやカリ高きことよ!!』


 はは、そんなに褒めても我慢汁しか出ないぞ。


 俺とちんぽは分かりあえた。

 今精神が一つになった。

 俺が陰茎を一回ピクつかせたら、ちんぽが二ピク返してくれた。

 それが少しだけ照れくさくて、俺は股間をわしゃわしゃとまさぐった。


「はは、こいつぅー!」



 そうして暫くちんぽとじゃれあって、紛うことなき賢者となった俺は、すぐに外界の状況を判断しようと努めた。


 ――今なお荒ぶり続ける腰。

 ――絶句している母親。

 ――パンツを貫き、スウェットにまで達した劣情名誉の証。



「……何やってるんだ……新太……。」



 ――そして、事の顛末、息子の奇行を見守っていた俺の父親。

 顔からは血の気が引き、青々としている。

 口の端が引き攣り、目の焦点が定まっていない。

 知っている。

 これは、ドン引きの表情というやつだ。


 かつての俺なら、ちんぽを理解していない頃の俺なら、こんな光景は耐えられなかった。

 両親の冷たい視線に、絶望していた。

 しかし今は違う。


 カーテンの隙間から差し込む朝の陽が、頬や肩や首筋を撫でる冬の寒さが、白くまとわりつく眠気が、さえずる鳥の声が、射精後に伴う虚脱感が、俺たち自信が

 全てがちんぽを優しく包み込む。


 

 ちんぽは――俺たちの中のちんぽは――つまり俺はこう思った。

 たとえば近視の人が初めて眼鏡をかけたとき、こんなふうに感じるのではないかな。

 まざまざと見通しの良い世界を前にした時初めて、それまでの自分の視力が不自由であったことを知るんだって。

 もしかして、今までが不完全だったんじゃないかな。


 俺は――俺たちは――つまりちんぽは首肯した。

 しかり、世に生きとし生けるもの、みな不完全なるままに生まれ出づるのです。

 翻せば、人の歳を重ねたるは、すなわち完全を目指す行程ともいえます。

 なれば、いま我らは、歳若くしてその到達点を踏破したのです。

 これは誇るべきことです。ちんぽ万歳!



 誰かが――俺たちの中の誰かが――つまり俺はちんぽで、俺なのだからなんでもいい。

 ――つまり俺は言った。


「やれやれ、俺は射精した」


 誇りを持とう。

 今の俺の姿に。


 教えてやろう父さん。

 これが俺なんだ。



 そして俺たちは――俺は、ズボンとパンツを自ら脱ぎ捨て言い放った。



「おはよう世界。ここからが第二幕だ」


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