王城内地下室にて(2)

 ……………。

 ……。

 暗い……。

 そして重い。ずきずきと頭の中を何かが蠢いている。



 俺は何だ?

 何故こんな場所にいる?

 何も思い出せない。


 俺は、たしか……人だ。


 『……違う』

 

 いや、俺は人だったはずだ。

 

 『……違う』


 違わない。人から生まれたんだ。

 

 『……違う。人はお前が殺して来た存在もののことだ。』


 では俺は何だ?俺は鬼か


 『それも違う』


 なんなんだ……。

 俺の名前、名前があったはずだ。

 思い出せない……。

 何か大切なものを失った気がする。


 『……殺せ』

 

 何……?


 『殺し尽くせ……』


 何だと……?


 『今までのように殺して殺して、殺しまくればいい』


 ……殺す?


 『……吉岡の連中を斬った時のように、修羅になればいい』


 『そうすればお前は「救世主」になれる』


 なんだそれは……。


 『剣を握れ』


 剣……


 『剣を握ればお前は修羅になれるだろう?』


 『お前がここに呼ばれた理由、人間を殺し尽くすためだ』

 

 『お前ならできるだろ。

  なあ?「救世主様」』




 暗い……いや、眩しい……。

 この感覚には覚えがある。

 目覚め……、少し違う。

 これはたしか……「光」だ。




---


 俺は暗闇からどこかに引っ張り出された。

 

「な!? 人間……?」

「人間、人間だ……!何故人間が召喚されるんだ!」


 そして、光と共に俺を出迎えてくれたのはそんな言葉だった。

 ああ、やっぱり俺は人間じゃねえか。

 その割には珍獣を発見したみたいな顔してるけど。



「まさか……召喚は失敗したのか!?」

「そんなわけが……だとしたら我々の300年は……」

「お、おい、今はそれより早く姫様をベッドに運べ! 姫様の安全が最優先だ!」

 

 なにやらざわついているな。

 ところでこいつらが喋っているのはどこの国の言葉だ?

 変な服着やがってなんだこいつら。

 ……ん?何故俺はこいつらの言葉を理解できるんだ……?


「魔術師団!とりあえず、この男を拘束しろ!」

「了解!」

 

 拘束だと?

 アゴに髭を生やしたおっさんの指示で、変なフードを被った連中が俺を取り囲みはじめた。

 リーダーらしき男の横で、変な生き物が空を飛んでいる。

 なんだありゃ?

 ……妖精? 

 妖精? なんだそりゃ?


「キィィィッ! キィィィィイッ!!!!」

「な、何だ、いきなりどうしたんだフェル?」


 空を飛んでいる謎の生き物が俺に向かってキイキイ喚いていた。

 威嚇……いや怯えているように見えるな。


「キィイイイイイ!! キィィィィイッ!!!!」

「フェル? 何をそんなに怖がっているんだい?

 ……おかしいな、人間に対してこんなに敵意をむき出しにする妖精を初めて見た」


 フードの男が謎の生き物を肩に乗せる。


「隊長、もしや、何かが人間に化けているのでは?」

「ふむ、その可能性はあるな。先代の竜神様も他の動物に変身できたと聞く」


 人間に化けている、か。

 なるほど、その考えは無かった。

 俺は実のところ神とか天使なのかもしれない。


「では、念のため慎重に拘束するぞ! カルメンとアニスタは対象の周囲1メートルを魔力妨害、俺とケニーは捕縛魔術を使う」


 そう言ってフードを被った連中は俺に向けて変な棒きれを一斉に向けてきた。

 なんだこいつら。いい歳こいてチャンバラごっこでもするつもりか。


「やれ」


 その一言で連中の棒きれからが発射された。

 見えるようで見えない光のようなものが俺の周囲を覆った。

 シュワーとなにかに纏わりつかれている。

 なにこれ? マイナスイオン?


「うおっ」


 思わず声が出てしまった。

 今度は両手と両足を何か変なもんに拘束された。

 なんらかの縛法ばくほうを使われたらしい。


「対象、捕縛完了! 引き続き魔術妨害は続行しろ」


 うわ、なんだこれ。

 なにが絡まってやがる?

 くそっ……なんか頭が痛い。


 この謎の力は何だ。

 いや、俺はこれを知っているぞ……?


「なあ、これが魔術ってやつか?」

「!? 対象の言語の発声を確認! やはり人間です!」


 てきとーに喋ってみたがどうやら通じたらしい。

 

「なあおい、これ外してくれよ。うっとおしい」

「あー、あー、この国の言葉が分かるのか?」


 リーダーの男が自分の口元を指さしながら尋ねてきた。

 おいおい、俺をチンパンジーかなんかと勘違いしてるんじゃねえだろうな。


「どうやらそうらしい。俺の質問にも答えてくれ」

「悪いが拘束を外すことはできない。君が何者なのか分かるまでは我慢してくれ」

「はぁん……なら、無理やり外すがいいか?」

「ははは、面白いことを言うな。その拘束は人間の力ごときで簡単に外れるものでは」


「ふんっ あ、外れた」

「……なに?」


「あースッキリした」


 

 力ずくで外すと、俺の両腕と両足に絡みついていた魔術の力は消滅していた。

 なにやら男は虚を突かれたような顔をしている。



「馬鹿な……俺の捕縛魔術が破壊された……? A級指定魔獣にすら解けなかった術だぞ……いや、そんなはずはない」


 なるほど。

 これが魔術か。知識として知ってはいたが、実際に見るのは初めてだ。

 いや待て、何故俺はこんな力のことを知っている……?

 考えていると、フードの男がぶつぶつと何か呟いていた。


「……先ほどの凄まじい召喚の魔力の影響だろうか。 うん、そうに違いない。

 でなければ叡王にすら匹敵する俺の捕縛魔術を解けるはずはない」

 

 首を縦に振っているのを見るに、拘束を外したことに納得してくれたらしい。

 俺が腕を開いて、あくびをしながらノビをすると、連中の警戒心が高まったように見えた。

 


「なんだこの男は? 隊長、もう一度捕縛しますか?」

「いや、見たところ我々に危害を加えるつもりは無さそうだが……

 それに、この男には全く魔力を感じない」


 フードの男二人が、俺を見ながら何か話している。

 ここからじゃよく聞こえない。

 

 まあいい、とりあえず現状把握だ。

 現在俺がどういう状況に置かれているか、考えてみよう。

 まず、俺を取り囲む謎の集団に、奥にはおっさん一人と女一人。

 俺は謎の部屋の中心に座っている。


 うむ、全く現状を理解できんぞ。


「つかここは何処だ。 何故俺はこんな場所にいる」


 薄暗くて広い部屋だ。

 壁や床は石造りで無機質。

 光源は壁に松明が数本立てかけてあるだけ。

 窓も無いところを見るにここは地下か?


 さらに床を見ると何かの紋様らしきものが大きく描かれていた。

 なんだこの落書き。


「この男の身柄はどうしましょうか?」

「ひとまず、姫様が目覚めるまでここにいて貰うしかあるまい」


 フードの連中は俺の質問を無視してなにやら話し合っている。

 空を飛んでいる謎の生き物は、隊長と呼ばれた男の影に隠れて俺のことを睨みつけてきていた。

 なんかすげえ嫌われてるみたいだな。

 何もした覚えは無いぞ。


 それを観察していると、今度は黒髪の女が近づいてきた。

 色気の無い恰好をしているが、中々見てくれの良い女だ。スタイルもいい。

 


「……あなたは何者なのですか?」


 そんなことを聞いてきた。

 俺が何者なのかはこっちが聞きたいくらいだが、ここは適当に答えておくか。


「俺は多分神だ」

「神……!? まさか先代と同じ竜神の一族ですか?!」

「ああ、多分それだな」

「すごい……! 竜神様がきてくれるなんて!」


 どうやら信じてくれたらしい。


「何故人間の姿に……いえ、それより、ではあなたはこの国を守ってくださるのですね!」

「あ? なんで俺が国なんて守ってやんなきゃなんねえんだよ」

「え……?」


 女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 ふむ、からかい甲斐がありそうな女だな。


「俺に国を守って欲しいのか?」

「はい、私達はそのために今日の召喚を……」

「いいか? 人にお願いする時ってのは、それなりの誠意ってもんが必要だ」

「誠意、ですか……?」

「そうだ。それなりの誠意を見せてくれれば、国でも何でも守ってやらんこともない」

「何をすればよいのでしょうか? 私達に出来ることなら何でもするつもりです……!」

「ほう」


 嗜虐心に火が付いてしまった。

 俺は口の端が歪むのを抑えられなかった。


「あんた、名前は?」

「アルマです。アルマ・グレイス」

「そうか、ではアルマ、まず両手をグーにしたまえ」

「は……?グーですか」

「そうだ。はやくしろ」

「はぁ」


 そういってアルマなる女は不可解といった顔をしながら、両手を突き出しグーにした。


「オーケー。そのまま右手はこめかみの横、左手はアゴの高さまで上げろ」

「……?」


 アルマは言われるがままポーズをとる。


「よし、そうしたら手首はスナップを利かせ斜め45度に」

「……あの、これは何の型なのでしょうか?」

「これは古代人類が神に信仰を捧げる時のポーズだ」

「なるほど……! 祈りの型なのですか」

「そうだ」


 そう言ってアルマは右手をクイっと斜めに。


「ふむ、中々様になってきたぞアルマ」

「はい、ありがとうございます竜神様!」


「次に、首を少しだけ横に傾けろ」

「こう……ですか?」


 アルマは言われるがまま首を横に傾ける。


「では、最後。これがこの祈りで最も重要な点だ。気を引き締めろアルマ」

「はい!」


 気が強そうだが、思いのほか扱いやすい女だ。


「よし、最後に腰を突き出し、『お願いニャン』と言うんだ」

「は……?」


 アルマはきょとんといった感じでこちらを見ている。


「何をしている、はやくしろ」

「あの、これは本当に神に信仰を捧げるポーズなのですか?」

「当たり前だ馬鹿野郎。古代人類はこのポーズで神にお祈りすることで、あらゆる危機を乗り越えてきたんだ」

「そうなのですか……」

「もう一度言うぞ。腰を突き出し『お願いニャン』だ」

「あの、少し、恥ずかしいのですが……」


 そう言ってアルマは顔を赤くして上目遣いでこちらを見ている。

 うむ、マニアウケしそうないい表情だ。


「愚かもの! 恥ずかしいだと? 今お前の行動にこの国の未来が懸かってるんだぞ?

 それを、お前個人の、しかも一時の感情で、投げ捨ててしまうと言うのか?」

「そ、それは……。分かり、ました」


 アルマは顔をさらに赤くして、もじもじしながら腰を突き出した。

 そして言った。


「ぉ、ぉ願いニャ……」

「声が小さい!! やる気あるのか! そんなんじゃ神は満足しない!」

「は、はい……すみません」

「それから腰の突き出しも足りん。声もワントーン高くしてもっと媚びるようにだ!」

「……」

「アルマ、今一度言うが、これは国の未来のために必要不可欠な儀式だ。お前に全てが懸かっている」


 そう言うとアルマは「国の未来のため」と短く小さな声で復唱し、やがて目を伏せフゥーっと息を吐いた。

 腹をくくったようだな。

 

 そして真っ赤な顔で、腰を突き出し、ポーズを取りながら言った。

 

「お、お願いニャン!♡」


 うむ、完璧だ。



「アルマさん……何やってるんすか……?」


 背後から近づいてきたフードの男が言った。

 アルマが振り向くと、後ろにいた男達は全員アルマを見ていた。

 そしてアルマの顔は沸騰したかのように真っ赤になっていた。


「ち、ちが! これは、信仰を捧げるポーズで、竜神様が!」


 男達も未確認生物を見つけたかのような表情だ。

 それを見てアルマはさらに慌てふためいている。

 おそらく、この女は普段こんなことをするキャラでは無いのだろう。

 想像以上のリアクションに俺の嗜虐心も満たされた。


「竜神様? そこの男がですか?」


 フード団の一人が俺を見ながら聞いてきた。


「そうです! さっきそう言っていました!」


 アルマは真っ赤な顔のまま答える。


「いや、それはあり得ません。竜神の魔力は並みの魔術師の万に等しいはずです。

 ですが、その男からは全く魔力を感じません」


「え……?」


 アルマはこちらを振り返って見る。


「ああ、さっきのは嘘だぞ」


 俺は平然と答える。


「……」


 すると、アルマはプルプルと震えて目に涙を貯め俺を睨む。

 

「どうした、うんこか?」


 言うと、今度はアルマの顔から血の気が引き、俺を見る目の光が消え失せていった。


「殺す!!」


「落ち着いてくださいアルマさん!」



 アルマは腰にぶら下げていた獲物を抜こうとしている。

 それを咄嗟に宥めようと男が押さえつけていた。


「やれやれ、物騒な女だ」


 俺は肩を竦めて見せた。


「斬る! 例え救世主でもこいつは殺す!!」


 アルマは完全に全力の殺気を俺に放っていた。

 なるほど、こっちが素のこいつか。

 素人が出せる殺気ではないな。


「落ち着いてくださいアルマさん! 気持ちは分かりますが、ここで彼を斬れば我々の300年の努力が全て水の泡になります!」

「フーーッ! フーーッ!」


 アルマは獣のように俺に鋭い眼光を向けてきている。

 俺はそれを見て昂揚感に似た感情を抱いてしまった。

 俺という人間は本来こういう事を好むのかもしれない。

 ちなみにマゾではないぞ。


「……」


 一瞬、アルマの腰の鞘から抜き身の刀身が見えた。


「――ッ」


 俺はその刀身に吸い込まれるように目がくぎ付けになってしまう。

 同時に激しい頭痛が俺を襲った。


「くっ……がっ……!」


 全身から冷や汗が噴き出す。


「ぅあああ……!」


 なんだ、この頭痛は……。

 脳みそを直接ハンマーで殴られているような耐えがたい痛み。


「……? 対象、なにやら苦しんでいるように見えます」


フードの男が言った。


「さすがアルマさんだ。殺気だけで敵を攻撃できるのか……!」

「そんなわけないでしょ!」


「がっ……あっ……」


 頭が軋む。

 剣だ。

 俺はあれを知っている。

 恐らく、ここにいる誰よりも。


「貴様、何の真似だ! 苦しむフリなどしても許さんぞ外道!」

「まあまあ、落ち着きましょうアルマさん。ひとまず、この男が何者なのか調べないと」



 ふんと言いながら、キン――と、アルマは剣を鞘にしまった。

 と、同時に俺の頭痛も収まる。


「はぁ、はぁ……」


 何だったんだ、今のは……?

 始めて感じる痛みだ。

 体が痺れたようにうまく動かない。

 何かの魔術を使われたのか……?


「まあいいです。この男を尋問する時には私も付き合いますからね」


 アルマは俺を睨みつけプイと後ろを向いた。

 すると今度は代わりにアゴ髭のおっさんが近づいてくる。


「若僧、名は何と申す?」

「あ? 名前? 覚えてねえな」


 ふむ、とおっさんはアゴ髭をさすりながら相槌を打つ。


「では、どこから来た?」

「わからん」


 うんうんと、おっさんは眉間にしわを寄せながら頷いている。


「なるほど。ここに来るまでは何をしていた?」

「ここに来るまで? んなもん……」


 ……あれ?

 俺はここに来るまで何をしていた?

 昨日は何を食った……?

 ん?

 というか、俺がどこで育って、どうやって生きてきたのかも思い出せない。


 俺が頭を抱えている様を見て、アゴ髭のおっさんは納得したように言った。


「どうやらこの男は、記憶を失っているようですな」


 そうか……。

 俺は……記憶喪失、なのか。

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