- 水の巻 -

王城内地下室にて(1)


 水の国ラヘイビア王国、王城内の地下室にて、その儀式は一部の人間により、極秘に行われていた。


「ついにこの日がやってきましたね…」


 この国の王女であるアリサは、青色のドレスに似た礼服を身に纏い、緊張と昂揚の入り混じった声で震えながらそう呟いた。


「姫様、緊張なさらず、リラックスしてください。我々がついております」


 臣下である黒髪の女は、アリサの両肩を優しく掴みながら励ました。


「リラックス? 気を引き締めて貰わねば困りますな。この儀式には我が国の未来がかかっているのですから」


 それとは対照的に、もう一人の臣下の男は、自身のアゴ髭を撫でながら、厳格な顔つきで諫めた。


「もう少し姫様のお気持ちを労わったらどうです?」

「何か言ったか? アルマ」

「ふん、何でもないです」


 臣下でありながら、アリサを妹のように敬愛してきたアルマは、上司であるイェルハルドに悪態をついた。

 この二人はアリサの教育、世話係として特別に任命された臣人であった。

 しかし、彼らの教育方針は正に真逆と言っていいものである。

 アルマの教育がアメなら、イェルハルドの教育はムチ、彼ら二人が教育係として任命されたのはある種こうした含みがあったに違いない。

 その性格の違いから、彼らは度々ぶつかり合っていたのだ。


「やれやれ、新入りのくせに王女に馴れ馴れしくしおって。臣下としての自覚はあるのかアルマ」

「あなたこそ、いつも姫様をいじめてばかりで何が臣下ですか?

こんな時ぐらい気の利いた言葉の一つも言えないのですか?」

「なんだと、上司に向かって」

「なんですか?」


 二人の臣下の間にいつもながらの険悪なムードが流れた。

 それを見てアリサは慌てて仲裁に入る。


「こ、こんな時ぐらい喧嘩はやめてください!」


 二人の喧嘩を止めるのは、決まってアリサの役目であった。

 何故なら彼らが喧嘩をする時、必ずその中心にいたのがアリサだからだ。

 イェルハルドがアリサを厳しく叱る→アルマがアリサを庇うように悪態をつく→険悪なムードになりアリサが仲裁する、といういつもの黄金パターンである。


「王女、恐縮ながら言わせてもらいますが、これは喧嘩ではありません。部下に対する教育なのです」

「なにが教育ですか、ただのパワハラですよパワハラ」

「もう!なんでもいいから仲良くしてください!」


 王家に伝わる銀髪をフワリと揺らしながらアリサは言った。

 それを聞いて二人の臣下はようやく口を閉ざす。


「私はもう大丈夫なので、二人はそこで見守っていてください! あ、そっか……」


 言いながら、アリサはいつも通りの二人を見て、自身の緊張が吹き飛んでいることに気づいた。


「……ありがとう二人とも。私の緊張をほぐそうとしてわざと喧嘩してくれたのですね」


 アリサは納得した様子で二人に微笑む。


「え、ええまあ」

「……」


 二人にそんなつもりは毛頭無かったが、これで姫様の緊張がほぐれるのならば良し、と頷いた。


 アリサは「よし!」と短く自身を鼓舞すると、地下室の中心に描かれた青の魔法陣の中に入っていった。

 それを見て周囲の人間はごくりと生唾を飲み込む。

 その中の誰かから「いよいよこの時が…」と呟くように声が漏れた。



「では慣例に従い、300年に一度の召喚の儀をとりおこないます。各自、準備はよろしいですか?」


 アリサは魔法陣の中から、準備をしていた魔術師達に声をかける。


「魔力総量、問題無し」

「マナの乱れ、問題無し」

「その他、温度湿度ともに平常。外部からの魔術干渉もありません。オールオーケーです」


 国に支給された専用の衣装に身を包んだ魔術師達が、フードを被りながら応えた。

 その魔術師達のリーダーらしき男の横には、小さな妖精が踊るように宙を舞っている。

 

 皆の準備を確認し終えたアリサは、ふうと一息ついて目を瞑った。

 やがて目を開くと臣下の二人と目が合う。


「不肖アルマ、姫様の人生に一度の晴れ舞台、しかと目に焼き付けておきます!」

「奇しくも、今日は300年前と同じ満月だ。 神のご加護があらんことを」


 二人が祈りながら言う様を見て、アリサは思わず笑みをこぼした。


「ありがとう。私のコンディションもばっちりです! それでは、い、いきますよ……!」


 アリサは首に下げていた宝石を手に取った。

 この深い青色の宝石がついた首輪は、アリサが幼少の頃から身に着けているものであった。

 300年前から続き、親から子、そして孫、そのまた孫へと引き継がれていったこの首輪は、全てただ一度、この日のためにある。

 300年蓄積された王家の魔力は、今日この瞬間のために全て解き放たれる。

 言わばこの宝石には一族の願いが託されているのだ。

 アリサはそれを全て背負ってこの日のために生きてきた。


「真理なす神の行く行くを願いて、租が選びし者、我が掌中にその命委ねん…アリサ・ライゼスファルトの名においてここに真なる姿を現したまえ……」


 本当に効果があるのかも分からない詠唱を、この日のために何度も練習してきた。

 言葉を紡ぎながら、少しずつ魔力を送り込む。


 ――すると宝石は、徐々に青い光を発し始めた。

 やがてその光は、地面の魔法陣に広がり、さらに地下室全体を包み込む。


「おお……! これが王家の魔力か! ラヘイビアに幸あれ!!」


 観測していた魔術師が思わず叫んだ。

 原始的な魔力の爆発の中にいるような、莫大なエネルギーを肌が感じていたのだ。

 そのエネルギーのせいか、光に包まれたもの達はある種麻薬のような昂揚感に満ちていた。


「(この国の未来を守る救世主様…… どうか私の呼びかけに応えて……!)」


 宝石が完全に光に満ちたのを確認すると、アリサは残った魔力と、思いのありったけを宝石に送り込み、振り絞るように叫んだ。


「来て……! 救世主様!!!!」


最後にカッと強い光が湧き出た。

その中にアリサは、扉の様なものが見えた気がした。


「――武蔵ッ――――!!」


その扉の奥から女の叫び声が聞こえてきた。

魔力を完全に使い果たしたアリサの意識は、そこで途切れた。



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