第6話 体育祭って楽しみじゃないですか

 退屈でない日々は色濃く、それでいながら光速で流れていく。まるで、これまでの日々とは別物なのではないかと思えるくらいに、1日1日が早く終わる。これを皆は「青春」と呼んでいるのだろうか。だとしたら、青春とは何とも足の早いものなのだろう。




*****



 五月も中旬に差し掛かり、日に日に暑さが増す中、今年もこの行事がやってきた。そう、学校行事の一つ体育祭だ。


 俺の通う新本西中学校では、夏休み明けの九月ではなく、暑さがまだ穏やかな五月の下旬に体育祭を行う。近年では、五月に体育祭を行う学校も増えたようだが、俺は五月に体育祭をやると聞いた時はかなり驚いたものだ。何せ、小学校では6年間あの暑い九月に運動会を行ってきたというのに、中学に上がると一学期中にビックイベントの一つが終わってしまうのだ。確かに、九月に比べれば暑くないのは分かるが、どことなく心もどかしさがある。


 それに、今年は中学最後の体育祭だ。最後くらいは綺麗に優勝して、有終の美とやらを飾ってみたい。


 体育祭はクラス別組対抗で行われる。各学年4クラスある為、それぞれのクラスに各組の色が割り振られ、その組に所属する三学年の3クラスが合同で競技の得点を競い合う。ちなみに、俺達3-1は赤組になっている。




「んじゃ、来たる体育祭に向けて競技決めするから学級委員中心に話し合ってくれ。それと、クラス対抗リレーもあるから走者もこの時間中に決めてくれよ。んじゃ、後は宜しく」


 そう言って、担任の熊谷先生は教壇から降りると椅子に腰掛け、課題の丸付けを始めてしまった。


 今の時間は学活。熊谷先生の言ったとおり、体育祭の競技決めをする時間だ。


「静かにして!これから体育祭の競技決めていくからね!とりあえず、今年の種目書いていくから、自分がやりたいやつ決めていってね!」


 学級委員が声を張ってクラスの全員をまとめていく。学級委員って、特に仕事をしている感じはないけど、こういう時は何か、仕事してる感じがあるよな。


「たどっちは何やるの?」


 そう言って声を掛けてきたのは、後ろの席に座る富田とみだだ。バスケ部のレギュラーである、スポーツマンタイプの彼にとって体育祭は絶好の活躍の場。きっと、富田は何に出ても構いやしないのだろう。


「うーん、俺も何でもいいんだよな。それに、クラス対抗リレーと組体操は絶対出るじゃん?だから、どれも同じかなって」


 そう、何に出ようと活躍するのは富田のようなスポーツマン。俺のような凡人は、そういう奴らの足を引っ張らないように頑張るだけなのさ。


「だったら、俺と一緒に二人三脚やらない?俺、一回やってみたかったんだよね」


「えっ?!俺と?」


 驚いた。まさか、富田が俺と組んで二人三脚に出たいだなんて。自分で言うのもあれだが、俺は決して足が早い訳では無い。強いていうなら平均より少し早いくらいだ。それに、俺はバドミントン部だ。そもそもバドミントンは足の早さが問われる競技ではない。どっちかと言えば、短距離、いやそれよりも短い反復横飛びのような瞬発力が必要となる競技だ。それを言えば、バスケも短距離かもしれないが、バドミントンよりは長い距離をひたすらに走る競技だ。そんな異なる部活の二人の足が合うはずが無い。


「そう!何か、俺とたどっちならいける気がするんだよね!」


 どうやら、富田はそんな事一切心配していないようだ。寧ろ、勝つ気満々といった目をしている。


「分かったよ。いいぜ、やろうぜ」


「本当?!やった!はいはい!学級委員さん!俺とたどっちで二人三脚やります!あ、田所たどろころしゅんと、富田とみだ侑斗ゆうとね!」


 随分とはしゃいでるな。よっぽど二人三脚をやりたかったんだな。




「それじゃ、クラス対抗リレー走順決めてくね。まずは、トップとアンカーね」


 その他の競技決めもすんなり進み、一番の難関に差し掛かった。クラス対抗リレーは他の競技に比べ得点配分も大きい分、勝ちてるオーダーを組んで挑まなければならない。毎年、陸上部をどこに入れるかが論点となり、なかなか決まらない難儀な競技なのだ。


「両方とも陸上部でいきたいんだけど、うちのクラスで陸上部って誰が居たっけ?」


 学級委員の質問に、陸上部に所属しているが一人手を挙げた。


「なら、トップでお願い。そうなると、アンカーどうしよっか」


 学級委員が教室を見渡し、足の速そうな奴を選別している。しかし、いくら学級委員だからって見ただけで足の速さなど分かるのだろうか。ここは手っ取り早く、体力テストの50m走の記録でも参考にすればいいだろう。


 すると、先ほど陸上部だと手を挙げた奴が再び手を挙げた。


「どうしたの?」


 流石の学級委員も驚いたのだろう。何故なら、その陸上部は真剣な顔で1点を見つめていたのだ。


「陸上部ならもう一人いるぞ」


 彼のまさかの発言に、クラス中がどよめいた。このクラスにもう一人陸上部がいたのか。そして、何故そいつは先程名乗り出なかったのか。


「なあ、林田」


 クラスの視線が、一番後ろの席に座る林田に集まった。


「おいおい、いきなり何言い出すかと思えば、俺が陸上部?馬鹿言うなよ。俺は幽霊部員だぜ?」


 そう言えば、林田は陸上部の幽霊部員だった。しかし、自らああして堂々と「幽霊部員」だと言えるのは流石、林田だ。


「確かに、お前は全く練習には参加しない幽霊部員だ。だからといって、お前の足の速さは本物だろ」


 思い返せば、今年の4月行われた体力テストの50m走で、クラスで一番速かったのは林田だった。


「そうだよ!林田!お前アンカーやってくれよ!」


「林田くん!お願い!」


 すると、林田の存在と足の速さを思い出した奴らがこぞって林田にアンカーを勧める。


「おいおい、マジかよ・・・。マジで俺がやんの・・・?」


「皆が言うんだ。良いだろ?」


 いつの間にか、クラスの雰囲気はクラス対抗リレーのアンカーは林田に決まったも同然の様であった。


「分かったよ・・・、やるよ、やる。但し、俺の前は、田所な」


「はぁ?!」


 突然の指名に思わず声を上げてしまった。


「何だよ、田所。俺がアンカーやんだからお前はただ俺にバトンを渡せばいいんだぜ?別にどこ走ろうと変わんねぇんだから、どうせだったら俺の前走れよ」


 この男、毎日寝癖を爆発させて適当な人間かと思っていたが、それ以上に勝手な人間でもあったようだ。しかし、林田の言うことも間違いではない。どうせ走るなら、あいつにバトンを渡せるところの方が面白そうだ。


「いいぜ。やってやるよ」


「へっ、面白くなってきたじゃん」


「よしっ!後はそれ以外のところ決めてくからね!まずは───」




*****



 その日の放課後、富田も俺も部活が休みだったため、久し振りに林田を含めた三人で帰ることになった。


「しっかし、田所と富田が二人三脚か。大丈夫なんか?」


 セカンドバックと呼ばれる手持ちタイプのカバンを器用に背負いながら、林田は尋ねた。


「大丈夫だって!なんてったって、たどっちと一緒だからね!それより、元基げんきの方こそ大丈夫なの?いきなりアンカーなんてさ。そもそも、ちゃんと走るのなんて久々じゃないの?」


「んだよ、心配してんのか?」


「心配っていうか・・・、うーん、心配なのかな?」


「んな要らねえ心配してんじゃねえよ。そうだ、先に言っておくぞ田所」


 すると、突然林田は立ち止まり俺の方を向くと、珍しく笑ってこう言った。


「大好きな望月先生にカッコいいところ見せたかったら、死ぬ気で俺にバトン渡せ。そしたら、1位になってやるよ」


 まだ青みがかった空を背景に、何とも自信あり気なその表情に、俺は思わず笑ってしまった。


「ああ、分かったよ」


「はっ、素直で宜しい」


 中学校最後の体育祭。どうやら、楽しくなりそうだ。


「そう言えばさ、望月先生の実習って体育祭前日の金曜日までだよね?望月先生って、体育祭来るのかな?」


「えっ・・・?」


「何だ、それは心配ないだろ。毎年教育実習生体育祭に出てるだろ。だから、望月先生も出るんじゃないのか。まあ、その日が最後の日になるだろうけどな」


「ちょっと、待って・・・、体育祭の日って望月先生が来る最後の日ってこと・・・?」


 この時俺が初めに覚悟したことを改めて思い出し、そして異様な胸が苦しくなるのを感じた。


 俺が好きになった人は、いつかはいなくなってしまうのだと。


「そうなるな───」



*****



 こうして、俺は体育祭当日を迎える。

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