第3話 止めた方がいいのですか

 望月先生が俺達のクラスにやって来て二日目。俺は、自分の事で頭が一杯になっていた。


「いやぁ、まさかたどっちの初恋の人が年上の人、しかも教育実習生の望月先生になるとはね」


 今は昼休み。俺達三人はベランダの柵にもたれながら、話をしていた。何故こんなところにいるのかと言うと、教室でこんな話をすれば他の誰かに聞かれる危険性があるからだ。俺が望月先生のことを好きだなんて、他の人に知られたら何を言われるか分からないからな。


「いや、そもそも本当にこれって『好き』って感覚なのか?いまいちその、『好き』って感覚が分かんないんだよな・・・」


 そう、俺は今まで誰かを好きになったことが無い。だからなのだろう、『人を好きになる』という感覚がどういったものなのか、理解出来ずにいた。確かに、昨日の国語の時間は望月先生のことを目で追ったりしていた。けれど、それは誰だってするだろう。


「だって、たどっちが初めて興味を持った女性なんだよ?やっぱり、好きって事なんじゃないかな?」


 富田はそう言うが、俺にはやはり理解出来ない。そもそも、出会ったその日にその人の事を好きになるなんて有り得るのだろうか。ドラマや漫画では、そんな状況が描かれているのは知っている。「一目惚れ」とかいうやつだろう。しかし、それは空想上のものなんじゃないのか?だって、何も知りもしない人の事を好きになるんて、変だろ。


「分からない・・・。やっぱり、分からない・・・」


 分からない。そう、俺は分からないんだ。自分が今望月先生に抱いている感情が、一体何なのか。だって、ただの憧れだって事も有りうるだろう。それを、『好き』だと決めつけるのは早すぎる気がする。


「出たよ、たどっちの口癖。自分じゃ分からない事があると直ぐに「分からない」だもんね。もうちょっと、自分と向き合うのも大切だよ」


「俺も富田の意見には賛成だな。田所はもうちょっと自分で考えることをした方がいい」


 相変わらず、今日も寝癖がきまっている林田にそんなことを言われても、説得力が無い。


 まずそもそも、林田は考えることをした方がいい。いつも何も考えてないような顔でふらふらとしているのだから、俺にそんなことを言える立場では無いと思うぞ。


「でも、考えたところで、いい結末は訪れないとは思うが──」


 何故か語尾を弱める様に、林田は視線をテニスコートに向けてしまった。


「何だよ、いい結末は訪れないって、どういう事だよ?」


 俺がそう言うと、富田も少し困った様な顔をし始めた。


「おいおい、何だよ。富田も林田も。俺が考えたところで、いい結末が訪れないって何さ?」


 すると、富田は言いにくそうに重い口を開いた。


「いや、たどっちさ・・・。よく考えたら分かるじゃん?望月先生ってさ、教育実習生何だよ。だからさ・・・、ずっとこの学校にいるって訳じゃないんだよ?」


 そうだ。何で俺はそんな事すら忘れていたのだろう。望月先生は教育実習生で、この学校には三週間しか居ない。それは、どうしようもないことで、どうにもならないこと。


 そう考えると、胸の奥がちくちくし始めた。


「だから、俺は止めた方がいいと思うぞ。あの人を好きになるのは」


 相変わらず、テニスコートを眺めたままの林田が呟いた。彼の目には、昼休みにテニスを楽しむテニス部の連中が映っているのだろう。


「止めるって、何だよ?」


「いや、それくらい分かれよ。望月先生を好きになることだよ」


「ちょっと、元基げんき!たどっちにそんな事言わなくてもいいだろ!」


 元基とは、林田の下の名前だ。富田と林田は小学校からの付き合いで、富田は林田のことを下の名前の「元基げんき」と呼んでいる。そんな二人が、言い合いをするのを見たのは初めてだ。


「富田だって分かってんだろ?いくら田所の初めて好きになった人が望月先生だったとしても、それは叶うことのない恋だって」


「だからって、今それを言う必要は無いだろ?!」


「だったら、今言わなくていつ言うんだよ。いくら田所が好きになろうとも、所詮は生徒。先生と生徒の恋愛なんて、叶うはずがないんだよ」


 ああ、そうか。そうだよな。俺は、とても大事なことを忘れていた。


 望月先生は、先生なのだ。


「だからって・・・」


「富田、お前は優し過ぎんだよ」


 林田は珍しく眉間に皺を寄せると、教室に戻ってしまった。教室内の時計を見れば、時刻はそろそろ昼休みが終わる頃を指し示していた。


「たどっち・・・、俺は、応援してるからね?」


 林田の言う通り、富田は優し過ぎる。


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