第2話 この感覚は何ですか

 新学期が始まり、クラスの雰囲気もある程度分かってきた頃、待ちに待ったゴールデンウィークに突入した。学校が休みという、それだけで心が舞い踊るう様な気持ちであったが、部活だけはしっかりとやらされた。勿論、部活が休みの日もあった。わざわざ休みの日に学校に行って、部活をしなければならないのかと思うと、なかなか気持ちが乗らなかった。


 バドミントンは好きだ。ただ、部活でやるバドミントンはあまり好きではない。ミスをすれば、先生に怒られる。後輩が怒られれば、先輩である俺達も怒られる。まるで、部活には、バドミントンをしに行くというよりも、怒られに行っているかのような感覚にさえ陥っていた。それでも、これまで続けてきた訳だし、最後までやろうという、それだけの思いで続けている。


 そんなこんなで、部活ばかりのゴールデンウィークが明け、またしても退屈な毎日が始まってしまった。


 学校で訳の分からない勉強をしているよりも、家でゴロゴロしながらゲームをしている方が、よっぽど充実している気がする。


 とにかく、学校は退屈なんだ。楽しいことが無い。心躍る何かが無い。けれど、それは俺だけなのかもしれない。周りを見渡しても、俺程に退屈そうな顔をしている人は居ない。寧ろ、皆生き生きしている。やはり、学校に好きな人の一人でも居れば、学校での生活も楽しくなるのだろうか。分からない。



*****



 いつもの様に、富田と林田と三人で喋っていると、朝のチャイムが鳴り響いた。もう直ぐで熊谷先生が来る。そうと分かると、クラスの皆は一斉に着席する。富田と林田も、「またな」と言い残して自分の席にと戻って行った。


 教室の扉を開け、上下ジャージ姿の熊谷先生が姿を現した。休み明けだというのに、どこか疲れ切った表情をしている。


「えー、朝の会をやる前に、前から言っていた通り今日からこのクラスに教育実習生として新しい先生が来ます。なので、まずはその先生の紹介をしたいと思います。じゃ、入って」


 そう言って、熊谷先生が手招きをすると教室にこれまで見たことのない、新しい人が入って来た。


 その人を目にした瞬間、俺の中の何かが動いた。


「今日から三週間、このクラスで一緒に過ごすことになりました、望月もちづきあおいです。担当教科は国語です。皆さんの授業をすることもあると思いますが、これから三週間よろしくお願いします」


 そう言って、その人はぺこりと丁寧にお辞儀をした。すると、教室中から拍手が湧き上がった。


「はい、という訳で今日から三週間、このクラスに望月先生が加わります。まだ、先生見習いですが、皆さん仲良くして下さい。なので、来週位かな、国語の授業は俺じゃなくて望月先生がすることになります。と、そんなもんかな」


 いつも通り、気だるそうな声色で話す熊谷先生の横、少し緊張しているのか視線が定まらない望月先生。俺は、彼女から目が離せなくなっていた。


「先生は、彼氏いるんですか?!」


「えっ・・・」


 いの一番に口を開いたのは、富田だった。突然の質問に戸惑う望月先生。クラスの男子がその返答に期待を寄せる中、熊谷先生は呆気なくもその質問を切り捨ててしまった。


「詳しい質問とかは、授業の時に答えてもらうからまだ待ってろ。後、その手の質問はNGな。望月先生を困らせない質問を考えとけよ」


「はぁい・・・」


 そう言われ、富田は何だかつまらなそうな顔をしてしまった。他の男子も、皆同じ様な顔をしている。そんな光景が面白かったのか、望月先生はさっきよりも自然と笑えている気がした。


 長い黒髪を一つに束ね、それを肩に流している。瞳は大きく、笑った時には線の様に細くなる。テレビで見る女優さん程ではないけれど、今まで見てきたどの女性よりも綺麗な人。


 そんな人が、俺達のクラスにやって来た。




 朝の会が終わり、望月先生が教室を出たところで、俺はそれまでずっと先生のことを眺めていた事に気が付いた。まるで、映画に夢中になっているかの様に、ずっと見ていられたのだ。


「いやぁ、教育実習生の望月先生、なかなか美人だったな。これは、ラッキーだな」


 一時間目までの休み時間、富田と林田は相変わらず俺の所に集まっていた。


「確かに、女の先生ってだけでもラッキーなのに、その上美人だもんな。俺達恵まれてんな」


 林田も、うんうんと腕を組みながら富田の意見に同意している。


「そう言えば、さっきの時間たどっちずっとぼけぇっとしてたけど、何か考え事でもしてたの?」


 富田に話を振られ、咄嗟に我に返る。


「い、いや、別に何も考えてなかったけど?」


 そう、俺は何も考えていなかった。俺はただ、望月先生のことを眺めていただけなのだ。教室の真ん中に位置する俺の席では、望月先生と目が合うこともなく、ただひたすらに眺めることが出来たのだ。


「そうだったの?何か、たどっちにしては珍しくぼけぇっとしてたからさ」


 一体、俺は普段どんな姿で人の話を聞いているのだろうか。聞いていないこともないのだが、そこまで真面目に聞いているとも思えないし。


「普段ならさ、女の先生が来ても興味なさげに頬杖付いてるのに、今日は実習生の先生のことばっか見てたからさ。だから、気になったのさ」


 富田の席は、俺の席の後にある。そのため、何かと俺のことを観察しているらしい。たまに、俺でも気付かない様な癖を見つけては、俺に報告してくれる。もっと真面目に授業を聞けと言いたくもなる。まぁ、人の事は言えないのだがな。


「確かに、今日の田所何か変だぜ?なんか、不抜けてるっていうか・・・休み明けでボケちまったか?」


 林田は教室の角、窓際の一番後の席に座っている。「あの席は全体が見渡せるから、見てて飽きないんだ」、などと言っていたりもするが、林田に関しては授業中寝ていることが殆どだ。そのせいで、先生にもよく怒られ授業が中断する事もしばしば。


 つまり、俺達三人は先生の手を焼かすそんな生徒なのだ。


「てか、そろそろ授業始まるじゃん!やべっ、準備しなきゃ!」


 富田の一言で、俺達は慌てて次の授業の準備を始めた。



*****



 三時間目、熊谷先生の国語の授業の時間となった。教壇にはいつもの様に熊谷先生が立っているが、その横で教育実習生の望月先生が手を前で組みながら、おどおどしながら立っている。どことなく、新鮮な感じがする。


「はい、それじゃ授業を始めますが、その前に朝にも言った通り、今日から望月先生がこの授業の先生をやってくれます。なので、望月先生のことをもっと知ろうということで、ここで質問タイムを取ります」


 授業に入る前、熊谷先生は質問タイムなるものを設けてくれた。すると、望月先生の事に興味を持っている人が多く、たくさんの人が手を挙げたのだ。男子も女子も、望月先生ことが知りたくて、笑顔で手を挙げている。


「はい、じゃ───」


 熊谷先生は教室中を見渡すと、適当に指名をした。指名された人は、にやにやしながら立ち上がると、望月先生にこう尋ねた。


「好きな人はいますか?」


 これを聞いたのは、女子だ。これでは、朝富田がした質問とほとんど変わらない。恐らく、本人も分かっているのだろうが、どうしても聞きたかったのだろう。熊谷先生も頭を抱えている。


 すると、望月先生が照れた表情で口を開いた。


「えっと、尊敬している人や、憧れの人での意味での好きな人はいますよ──」


 何とも上手い受け流し。聞いている核心には一切触れず、外枠をなぞるかのように回答してみせた。


「となると、恋愛的な意味での好きな人はいるんですか?」


 先程の質問をした女子が、尚もくい込んだ質問をしてきた。これには流石の熊谷先生も、口を挟んできた。


「あのな、お前達が気になる気持ちも分からんではないが、もうちょっと望月先生が答えやすい質問にしろ。望月先生も困ってるだろ」


 そう言われて、クラスの全員が望月先生のことを見詰める。その視線の多さに戸惑いを隠せないのか、少しばかり顔が赤くなっているのが見て分かった。


 その時、心臓の当たりで何か変な感じがするのを覚えた。




 その後も質問タイムは続き、望月先生の情報が色々と公開された。ここの学校の卒業生で、元バドミントン部の部長をしていた様だ。趣味は旅行と読書で、全国各地に旅行に行った経験があるらしい。普段なら女の人のの趣味とか、好きな事など一切興味が湧かないのに、望月先生の話はもっと聞きたいと思えている自分がいた。




 授業はいつも通り進み、アシスタントという形で望月先生が色んな人のノートを見て回ったりしていた。少しだけ、いつもと違う雰囲気があり楽しかった。


「でさ、どう思うよ?」


 休み時間、富田はいきなり話を始めた。


「どうって、何が?」


「たどっちも鈍いな。彼氏だよ。望月先生に彼氏がいるかどうかだよ!」


 この男は、余程ゴシップが好きな様だ。人の色恋沙汰になると、目の色を変える。これだから、女子にモテないのだと何故気が付かないのか。


「田所にそんな話しても、乗ってくれ訳ないだろ。まあ、俺はいると思うけどね」


 林田がそう言った瞬間、何故か俺の口は勝手に言葉を発していた。


「本当か?」


 俺の、あまりにも突然の発言に、二人は呆気に取られたような顔をしていた。


「いや、ごめん。ちょっと気になったもんだから・・・」


「えっ?ちょ、ちょっと、待って!田所、お前、望月先生の彼氏がいるかどうか気になるのか?」


 何故か、林田が凄く驚いた様に食らいついてきた。すると、富田も同じ様に驚いた顔をしていた。


「な、なんだよ!俺が望月先生のこと気になったら、そんなに変なのかよ!」


 すると、二人は冷静な顔で見合わすとゆっくりと富田はこう言った。


「いや、だって女の人に興味が無いって言ってたたどっちが、望月先生の事だけ興味あるって言うから・・・」


 その時、俺はこの時やっと自覚した。


 初めて、自分から女の人に興味を持っているのだと。そして、その相手が望月先生であるという事を。

 

「たどっち・・・」

「田所・・・」


 突然、富田と林田が口を揃えて俺の名前を発した。そして、二人は続いてこう言った。


「もしかして、望月先生のこと好きなの?」

「もしかして、望月先生のこと好きなのか?」


「えっ・・・?!」


 どうやら、俺は教育実習生としてやって来た望月先生に一目惚れとやらをした様だ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る