それが恋だというのなら
新成 成之
第1話 好きって何ですか
『愛』とか、『恋』とか、『好き』だとか、そんな言葉の意味を俺は知らない。
そんな俺に、その意味を教えてくれたのは、いつかは居なくなってしまう貴女だった。
*****
春になり、気が付けば中学三年生になっていた。友人とバカ騒ぎをして、先生に怒られては、部活をする。そんな毎日を繰り返しているうちに、学年だけは進級していた。勉強は得意な方ではない。寧ろ、クラスの下位層に位置している。そのせいで先生には目をつけられている。俺は、そんな生徒だ。
中学生になり、思春期を迎えると周りの雰囲気も日に日に変わっていくのが分かった。一年生の頃は幼い顔立ちだったあいつが、今では骨格もしっかりしてきて、大人にかぶれたような背格好になっていたりする。女子だって、つるぺただったあいつが、今では女性らしい体付きになっていたりもする。何でそうなるのかを保健の授業で聞いた気もするが、難しくてよく覚えていない。とにかく、俺達はもう子供なんかじゃなくて、大人になろうとしていたんだ。
だからなのだろうか、二年の夏頃から、ちらほらと噂が飛び交うようになっていた。その噂の内容は、何組の誰々と何組の誰々が付き合っているという、色恋沙汰の噂だ。正直、俺には全く興味の無い話だった。人の色恋沙汰なんて知りたいとも思わないし、それを知ったところでどうなるのかと、口には出さないけれど、俺はずっとそう思っていた。
「おいっ、知ってるか?うちのクラスの
朝の会が始まるちょっと前、教室には殆どの人が登校していた。そんな中、俺の友人の一人、
彼は、この手の噂話が大好きで、暇さえあれば、何処からともなく仕入れた噂を教えてくれる。まあ、教えて貰ったところで、大半は覚えてないのだが。
「まじかよ、長瀬さんって、無口の割には可愛いって、結構人気あったんだぜ?それを矢口の野郎がゲットしたってのか」
そう言ったのは、同じく俺の友人の一人、
「いや、それがよ。何でも、長瀬さんが矢口に告ったらしいんだよ!」
そう言うと、何故か富田は得意げな表情を浮かべている。
「うっそ、まじかっ!あの長瀬さんが?うわぁ〜、想像付かねぇな。てか、矢口って富田と同じでバスケ部だったよな?」
林田は林田で、オーバーなリアクションを取っている。
「あいつ、バスケ部の中でも相当モテてるからな。そんな奴に告るとか、長瀬さんすごいよな」
そういうもんなのか。あまりにもどうでもよ過ぎて、心の中だけで呟いていた。そもそも、俺は矢口のこともあんまり知らないのだ。
「ああ見えて、長瀬さんって肉食系だったんだな」
一度喋り始めると止まらないのが、この二人。何故こうも、他の人の色恋沙汰で盛り上がれるのか、不思議でたまらない。
「てかさ、俺達も中三だろ?そろそろ彼女欲しいよな〜」
「分かるわ、周りの奴ら皆彼氏彼女いるし、何か取り残されてる感あるわな」
富田も林田も、最近は口を開けばこればかり言っている。そろそろ、聞き飽きてきた頃だ。
富田はバスケ部のレギュラーをしている、いわゆるスポーツマン。それなりに女子からの人気はあるようなのだが、本人はそれに全く気付いていない。その方が、見ていて面白いので俺からは何も言わない。
林田は陸上部の幽霊部員。決して足が遅い訳でもないのに、練習が面倒くさいという理由で、部活をサボっている堕落した人間だ。顔が悪い訳ではないが、いつもの寝癖のせいか、そういう噂は何一つ立っていない。真面目に物事やってれば、少しは違うのに、勿体無い奴である。
「たどっちは、どうなの?気になる女子とかいないの?」
富田がそんな事を聞いてきたが、俺は自然と溜息を付いてしまった。そうそう、『たどっち』とは、俺のあだ名だ。と言っても、富田くらいしかそう呼んでいる奴はいないのだが。
一応述べておくが、俺の本名は
「いねぇよ」
感じが悪いくらいに、ぶっきらぼうに答える。というのも、これは何度も何度も聞かれた質問なのだ。
「ほんと、田所ってそういう話しないよな。やっぱり、女子に興味が無いからか?」
林田の言う通り、俺は女子に興味が無い。興味が無いと言っても、人として興味が無い訳ではなく、異性として興味を持てないという意味だ。
「仕方ないだろ。好きとか、そういう感覚が俺には分かんねぇんだから」
周りが色恋沙汰で盛り上がる中、俺にはその感覚が理解出来ずにいた。誰かを好きになるとか、異性が気になるとか、そんなものは自分とは関係の無いものだと思えてくるくらいに、俺は恋愛に興味が無かった。
「何か、勿体ないよな」
林田が、ふとそんな事を呟いた。お前には言われたくないわと思いながら、俺はその意味が分からず、咄嗟にこう返した。
「どういうこと?」
「だって、思春期の醍醐味みたいなもんじゃん?誰かを好きになるとかって。それが無いって、何か勿体ないなぁって」
しかし、そんな事を友人に言われたところで、俺にはその『勿体ない』という感覚が分からなかった。
俺はこれまで人を好きになったことがない。そのせいか、周りが言う「誰々のことが好き」という感覚が俺には分からない。人を好きになるとどうなるのか、どんな感覚なのか、中学三年生ながら未だに理解出来ずにいた。
「でも、たどっちは初恋がまだだから分からないだけなのかもね。ちゃんと、たどっちが好きだ!って思える人と出会えれば、そういう感覚も分かってくるのかもね」
富田が、頭の後で手を組みながらそう呟く。相変わらず、笑顔が似合うやつである。
すると、朝のチャイムが鳴った。この時間までに登校していないと、遅刻になってしまうことを知らせるチャイムである。そのため、今校門を通った人は大急ぎで教室に向かっている。そして、他のクラスでお喋りをしていた人も、ぞろぞろと自分クラスに戻ってくる。その中に、長瀬さんの姿もあった。
実は、長瀬さんとは同じバドミントン部に所属している。しかし、同じ部活でも女子と男子ではなかなか喋る機会もなく、正直彼女のことをよく知らない。矢口に告白した話だって、部活の時にはそんな話を一切していなかったし、そんな素振りすら見せていなかった。だから、その話を聞いて素直に驚いている自分がいた。あの長瀬さんが、告白をしたのか、と。
やはり、恋とはよく分からないものだ。
「ほら、さっさと席付け。もうチャイムは鳴ってんぞ」
担任の
「それじゃ、朝の会を始めるぞ。日直さん、お願いしますね」
こうして、今日も一日が始まる。何の変哲もない、平凡な毎日。友人とバカ騒ぎをして、先生に怒られては、部活をする。そんな毎日の繰り返しで、これからも過ごしていくのだろう。俺は、頬杖を付きながら朝の会の話を聞き流していた。
「それじゃ、連絡事項な。ゴールデンウィーク明けから教育実習生がうちのクラスに来ます───」
愛とか恋とか、そんな言葉の意味が分かれば、少しは違った毎日が送れるのだろうか。俺には、よく分からない。
*****
それから二週間後、俺の生活は急変した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます