第216頁目 中ボスだからって弱い訳じゃなくない?

 俺の思惑は現実になった。苦渋の決断という感じだったが、ホードは要求を呑んだのだ。


「やったぜ! でも、なんでだ? 最初はキッパリ断られたんだろ?」

「それなんだけれど、理由がわからないのよ。少し前までは全く聞き入れない様子だったの。」


 そうムステタは困惑した表情で語る。泥々呑蛇ツァキィビの討伐と引き換えに白銀竜についての情報を渡せ。それが俺の要求だった。しかし、それはすぐに突っぱねられてしまったのだ。


「町長は町長同士のみで共有している情報網があるからね。きっと何か事情が変わったんだと思う。」


 とカースィが推測するが、判断が真逆になるというのは結構な規模の”何か”が起こったとしか思えない。


「大歓迎だぜ! 泥々呑蛇ツァキィビさえ倒せば良いんだろ!」

「……。」

「そうむくれんなよアメリ。」

「それで……その、条件があるらしいわ。」

「条件? ハーッ! そう来たか。聞くだけ聞いてやるよ。」

「そんなに難しい事では無いわ。一つだけ作戦を手伝って欲しいの。」

「作戦……ってまさか戦争のか? それは流石にねえだろ。割りに合わない。」

「危ない事をして貰う訳ではないの。遠くから標的を狙撃して欲しいのよ。」


 狙撃って……流石に殺人は御免だぞ。


「嫌だね。ホードには泥々呑蛇ツァキィビだけ倒すからそれで満足しろって言っといてくれ。」

「お願い。ただ倉庫を壊すだけよ。」

「倉庫? 人を狙う訳じゃないのか?」

「違うわ。要人を狙撃で仕留められるような前線には出さないわよ。ただ、物資の入った倉庫を壊して欲しいだけ。」

「物資か……そこに奴隷や捕虜がいたりは――。」

「それもないわ。中にあるのは兵糧だけ。」

「兵糧って食料の事か。なんでそんな物を狙うんだよ。」

「そんな物って! 戦争に兵糧は凄く大事だよ!?」


 カースィが驚いた様に口を挟む。まぁ、飯を食わなきゃ力が出ないのはわかるけどな。


「そうよ。”そんな物”なら貴方には頼まないもの。」

「そういうもんなのか。」

「そう、だからどうにか引き受けて貰えないかしら。」

「……それをやったら後は泥々呑蛇ツァキィビを倒すだけで満足すんだな?」

「えぇ。」

「絶対か? もしそうじゃなければ暴れるぞ?」

「そう伝えておくわ。」

「なら、わかった。」

「引き受けてくれるの?」

「俺はその戦いで表に出ない。遠くからその倉庫とやらを壊すだけ。んで補助をしてくれる奴も付けてくれ。それくらいはしてくれるな?」

「えぇ。約束するわ。」

「ならいいぜ。やってやるよ。」

「ありがとう!」


 わかり易く嬉しそうな表情を見せるムステタ。


 こいつってよくわからない立ち位置だよなぁ。自警団みたいな軍みたいな……でも、そのカテゴリも人間時代の概念に当てはめてるだけだし……。何にせよ、俺とホードに挟まれて苦労しているのは知っている。俺は別に、ムステタを困らせたいんじゃない。


「なぁ、ムステタってホードの部下って聞いたけど、どれくらい偉いんだ?」

「ウチ? どれくらいって言われても困るわね。上も下も沢山いるわ。」

「上も? 結構上の地位だと思ってたんだけどな。」

「この町単位で見たら上の方かもしれないけど、権力が大きいとも言えないし……。」

「人望はあるよ。」

「やめて、カースィ。昔の貴方には及ばないわ。」

「そんな事ないよ。」


 予備動作なくイチャつきやがって……。でも、そうか。飛び抜けて偉い人でもないんだな。ホードだってただの町長なんだし。どうにも肩書が俺の認識を狂わせる。


「その作戦について詳しく聞かせてくれよ。」

「えぇ、まだしっかりと纏まってはいないのだけれど――。」

「纏まっていないのなら纏めてから来てください。ムステタさん、カースィさん、大変申し訳ないのですが、今日はもうお引取り願えますか。」


 ピシャリとムステタの言葉を断ったアメリ。少し刺々しい雰囲気を感じる言い方だったので、俺も流石に少し慌ててフォローした。


「お、おい。怒ってるのか?」

「怒ってはいません。ただ、不機嫌です。」

「それは怒ってるのとどう違うんだよ?」

「うん。今日はおいとましようかな。ね、ムステタ。」

「え? そ、そうね。そうするわ。説明を二度三度するのも手間でしょう。」

「そうだよ。ごめんね、色々急かすように事を進めて。作戦を纏めてからまたくるよ。」

「別にムステタが謝る事じゃあ……。」

「いいんだよ。彼女の気持ちはよくわかる。きっとムステタも。」

「そう、か。悪い。」

「気にしないで。じゃあ、また。カラスとコブラも空気悪くしてごめんよ。」


 爽やかな笑顔を見せて家を出るカースィとその後を追うムステタ。完全に二人を追い出した様になってしまった。空気が悪い。


「アメリ、アレは無いだろ。」

「何がですか。」

「その態度だよ。」

「私が悪く思われようが構いません。ソーゴさん、考え直して下さい……と言ってもどうせ聞かないのでしょう。」

「ん……まぁ、そうだな。」

「……はぁ。ですから、誓いを立てて頂きます。」

「心配しなくても死ぬ気はねえよ。」

「当然です! それは既に誓って貰ってます!」

「え?」

「はい?」


 そんな誓いしたっけ……いつだったか俺は死なないって言った奴か? ここで蒸し返すと話が逸れそうだから今は置いておこう。


「いや、何でも無い。じゃあ何だよ。」

「何か荒事に出掛ける際には必ず私を連れて行って下さい。」

「はぁ? なんで?」

「ソーゴさんは自分に無関心過ぎるんです。ですが、私と一緒なら気軽に死ぬ事も出来ないでしょう。」

「足を引っ張る事にもなるだろ。」

「……悔しいですが、仰る通りです。しかし、しかし……!」


 口籠るマレフィム。死んで欲しくない相手を更に危機に晒してしまうその行為が自分でも矛盾していると気付いているんだろう。それでも、彼女は願った。


「駄目……でしょうか……。」


 声が震えている。俺から見れば塵にも見えるマレフィムの小さな目。そこから今にも硝子球が零れ落ちそうだった。


「お、おい! 泣くなよ!」

「泣いてません!」


 慌てふためく俺がどうしていいのかわからずあわあわしていると、間にコブラがスッと入ってくる。そして、尾の先をそっと飛んでいるマレフィムに差し向けた。


「コブラ……?」


 マレフィムは何かを察して、くねりと曲がったその尾に座った。


「ありがとうございます。慰めて下さっているんでしょうか……。」


 コブラは無表情でマレフィムの身体を優しく巻取り自分の頭に乗せた。そして、板を取り出し言葉を綴る。


『いじめないで。』


 そう書いてあった。


「はっ!? い、虐めてねえよ!」

『コブラはそんなことないとおもう。』

「そんな事あんの!」

『てつだう。』

「手伝うって何を?」

『たたかい。』

「コブラが?」

『そう。』

「じゃあ誰がカラスの面倒を見るんだよ!?」

『ムステタにやらせる。』

「やらせるってお前……。」


 決して奴隷とは思えない無遠慮な発言だ。流石に俺でもわかるぞ。普通ならこの発言でコイツはかなりの罰を受ける事になるはず。


「コブラさん……。」


 マレフィムもコブラの行動から感じ取ったモノがあるらしい。というより、俺よりも多分マレフィムの方が奴隷のやっちゃいけない事をよく知っているはずだ。


『ソーゴはいった。』

「ん?」

『コブラたちはかぞく。』

「あ、あぁ。」

『コブラはあなたをまもりたい。』

「……!」


 まもり”たい”か。そう言えばすべき事だと思うなって以前言っていたな……。コブラが普段何を考えているのかどうにも感じ取れない俺だが、これが彼女の強い意思というのをヒシと感じる。


「ありがとうございます……。」


 そう答えたのはマレフィムだった。


「私からも言わせて。」


 ムステタ達がいなくなった事もあり、ミィも口を開いた。


「今回の件、実は迷ってたの。私、ノックスがいればどうにかなるんじゃないかって考えてた。」

「ノックスが? 彼奴が手伝うと思うか?」

「手伝わせる。何を餌にしてでもね。でも、それと一緒にマレフィムと同じく不安だって抱えてたの。私は今、お荷物だから……。」


 ミィは俺が危険な目にあう事に関して誰よりも敏感……でもないか。結構スパルタだったな。


「でも、ノックスだけじゃなくこんなにもクロロを守ろうとしてくれる人がいるなんて。幸せだね! クロロ!」

「いや、幸せったって……。」

「マレフィム、コブラ、お願い出来るかな。クロロの事。」

「お願いされるまでもありません。」

『まもる。』

「ありがとう……!」

「いやいや! 勝手に決めんなって!」

「クロロがだよ! マレフィムとコブラの行動を勝手に決めちゃ駄目!」

「そ、それとこれとは違うだろ!」

「違わない! それともまさか御主人様気取り?」

「ちげえよ! あー! クッソ!」


 どうにも良い理由が浮かばず頭を抱えてしまう。


 マレフィムとコブラを連れて行かなきゃいけないのかよ! 遊びじゃねえってのに!


「ノックスだ! ノックスに意見を聞こう!」


 破れかぶれの反論である。しかし、此処にいる全員が俺の姿勢に否定的である以上援軍を呼び寄せるしかなかった。


『あぅー。』


 何も知らない不思議そうな声が答える。カラスだ。


「あんまり感情的な事は言いたくないけど、この二人くらい守れないと今後が不安だよ。」

泥々呑蛇ツァキィビみたいな敵がそう何度も襲ってくるかっての!」

「記憶でもなくしたの?」

「うぐっ……。」


 まだ確認出来た訳じゃないが、今迄戦った奴らと比べたら恐らく泥々呑蛇ツァキィビはきっと、多分、格下の相手だ。ミィの言う事は尤もである。


「カラスもどうせなら格好いいお父さんの方がいいよね?」

『お? ぉー。』

「ほら。」


 流石にミィと言えどもカラスの言葉は理解できてないはずなのに……!


「それにか弱い女の子が泣いてるのに我を通すってさぁ……。」

「な、泣いてませんってば! 庇護対象みたいな扱いなんてやめてください!」


 わかりやすく目を細めて此方を軽視する様な視線を突き刺してくるコブラ。なんというか、前世を思い出す。あの意図せず女子を泣かしてしまった時の空気を……。


「わかったよ! 守り合いだ! 守り合い!!」


 いつになってもこの空気は苦手だ。

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