第214頁目 夢はどれ?

「君は自分が此処にいるって信じられていない。」

「し、信じてるよ。俺は此処にいる。だって今もこうしてお前やミィと話してるんだぜ? ”これは夢だ”と思いながら話してるって事かよ?」

「そういう事だよ。」

「君は”ボク等とは違う立ち位置”から現実を認識していて、此処にいないという思いがある。完全にでは無いみたいだけど。」

「そんな事ねえよ。」

「ソーゴ君が安定してきているって聞いたけど、それってさ、毎回死にかける度にだったりしないかな。」

「は?」

「ソーゴ君、何度か死にかけてる?」

「ま、まぁ……多分。」


 ドダンガイの時は覚えてないけど、この世界に生まれてからという物、日本にいた時と比べて圧倒的に死に”掠った”機会が多い。パッと浮かぶだけでも、ゴーレム、ザズィー、本棚とポンポン出てくる。


「苦痛は生を結ぶ絆なんだ。」

「何?」

「苦痛を味わえば味わう程、生きている事を実感するんだよ。」

「へぇ、俺なら死にたいって思うけどな。」

「その通りだよ。」

「死にたいって事は死んでないって事だからね。つまり生きているって実感するのさ。」

「……なるほど。で、それが何なんだよ。俺は充分苦痛なら受けてるぞ。お前に会ってからだって色々な。」

「そうかい? 日々平々凡々な日常を過ごしている様に感じたけどね。」

「そうかよ。でも、俺が苦しいかどうかは俺が決めるんだ。」

「うん。それは違いない。」

「クロロの言ってる事は本当だよ。クロロはクロロの事情で苦しんでる。」


 そうだよな。恥ずかしい事だが、ミィは知ってる。俺がどれだけ尋問に思う所があるか……。


「だとしたら……荒唐無稽な話だけど、君はこの世界を幻だと思っていて願う事でそれが実現すると考えているとか?」

「どういう事だよ。」

「君がこの世界を幻だと願う事でこの世界は幻になるって事だよ。君の中でね。」

「俺の中で? そんなの病気と変わらねえじゃねえか。第一、俺の中でこの世界が幻だったとしてどうなるんだよ。この世界が消えるのか?」

「いや、君が消えるんだよ。」

「……は?」

「君が消えれば君の世界からこの世界は消える。」

「何を言って――。」

「だってそうだろう? 君が認識する事を拒否したんだ。そして、それが君のアストラルに不安定さに繋がっている。まぁフマナ様を信じないのは自由だよ。いや、それが関係あるかはわからないんだけどね。」

「……。」

「何故そんな価値観を?」

「し、知らねえよ! 俺は此処にいる! 何度だって言うぞ! 俺はこの世界にいるんだ!」

「そう言われてもねぇ……そう言えばさっき魔石がどうとかって話していたけどどういう事かな?」


 こっちは必死だというのに話題を変えようとするノックスに少し血圧が上がる。だが、叫んだってどうにかなるもんじゃない。これは俺の心の、転生したという経験の問題なんだ……。


 いっそここで言うべきか? ミィとノックスになら話してもいいのかもしれない


「……クロロは、魔石を食べる事で加護を得てるの。」

「魔石を!?」

「うあっ!?」


 ノックスの過剰な反応に思わず仰け反ってしまう。


つくづく君は話題性に欠かないね。グワイヴェル姓を受け継いではいるけど、他の家人とは似つかない外見。色々合点がいったよ。なるほどなるほど。種族遺伝や継承魔法については専門外だから詳しくはわからないけど、かなり特殊なケースというのはボクでもわかる。そちらの分野を掘り下げてみる事だって視野に入れてもいいくらいだ。発展は良き機会によって遂げられる物だけど、ボクは途轍もないくらいの機会に今、相見えている。これを無下にするのは……いやぁ、すまない。そう熱い視線を向けないでくれよ。涎が出そうだ。」

「……はぁ、学者ってのはどいつもこいつも変な所があるよな。」

「変、そうだね。学者とは変に恋した生き物なんだよ。恋した相手が偶々”変”だったのさ。」

「いや、そうじゃなくて……まぁいいや。」

「魔石はアストラル、マテリアル、エーテルの融合体とも言われてる。マナの第四の形とか、マナの第三位相だなんて言われてる訳だけれど、それにアストラルが含まれているのは共通見解なんだよね。」

「うん?」

「君のアストラルが不安定な原因は他にも思い浮かぶって事だよ。魔石を飲み込んでから性格が変わってたりしないかな?」

「性格が? ……うーん、昔から変わってない様な気がするけどな。」

「失礼。」


 そう言うや否やノックスのいる方向から不思議な感覚がした。包まれている様な押し付けられている様な……しかし、視覚的には何も起きていない。だが、なんだか心がムズムズする感じが……。


「ははっ、君、随分と簡単にボクを受け入れるね。」

「え? あっ!」

「クロロ……ちょっと迂闊過ぎるよ。」


 この感覚はアレだ。『同調』だな。ノックスのアストラルは今、俺のアストラルをまさぐっている訳だ。……落ち着かない。


「命を握られてるんだけど、落ち着いてるね。」

「ん? ま、まぁな。」


 自覚が無いだけだ。


「ふぅん。確かにあるね。魔石を取り込むとこうなるんだ。」

「わかるのか。」

「わかるよ。魔石を感じ取るの久しぶりだけどかなり……強固だね。力が凄いのもそうだけど、抵抗しているのがハッキリわかる。」

「抵抗? 何がだ?」

「魔石に決まってるだろう。これは殆ど君のアストラルに解けていない。」

「同調でそんな事がわかるの?」

「おや? 精霊様でも知らない事があるんだね。相手の許しとちょっとしたコツが必要だけど、他人のアストラルを探るというのは”ボク程度”には簡単な事さ。」


 つまり簡単じゃないって事な。


「魔石は幾つあった!?」

「幾つ? まさか複数個食べてるのかい? ボクに確認出来たのは一つだけだよ。」

「……やっぱり。」

「お、おい、ミィ、どういう事だよ。」

「クロロの中にドダンガイの魔石は取り込まれてるんだよ。」

「ドダンガイ? 先の大戦の英雄、人喰い山のドダンガイかな?」

「うん。」

「彼は亡霊となり丘陵で呪いを撒き散らしてると聞いたんだけどね……。凄いや。鳥肌が止まらないよ。それがソーゴ君の中に? それなら絶対性格が変わってるはずだ。そうでないとおかしい。よく思い出して欲しいんだ。ドダンガイの魔石を口にしてから、過去の自分なら絶対にしない様な事をしなかったかい?」

「……。」


 過去の自分なら……。そう言えば日本の俺ってどういう性格だった?


 事なかれ主義で、面倒臭がりで、遊ぶのが大好きで、認めたくねえけど少しビビりだったかもしれない。


「食べ物の趣味が変わったとか。」

「それは無い。」

「金遣いが荒くなったとか。」

「それも無い。」

「好戦的になったとか。」

「それも……。」


 無い、んだろうか。今、俺は顎で骨を砕き、牙で肉を削ぎ、舌で血を舐め取る生活をしている。そこまではまだ、人間の時でもやっていた事だ。しかし、生きた人を傷付けながら食欲を掻き立てる感性は持っていたのだろうか。


 そう考えると全てが疑わしく思えてくる。


 昔の俺なら命の危機を識りながら勝てない相手に戦いを挑もうとしただろうか。この世界に来てから倫理観や衛生感、死生観に至るまで歪んでしまった。俺は確かに日本の記憶を持っている。母さんや父さんの顔も覚えてる。しかし、自分の感情の遷移が何を根拠に行われているのか全くわからない。


 例えば、ウィールが死んだ時どうだった?


 怒りと悲しみの何方が強かった。あの時ザズィーを殺したいと思ったのは俺の感情なのか? そして、そう考えながらも捕虜を痛めつける俺は……!


 俺は……!


「ソーゴ君?」

「はっ……!?」

「凄い顔をしているよ。」

「……ッ。」

「君は今どう考えているのかな。」

「……ぇ。」

「この世界は現実かい? 幻かい?」


 明瞭にその美しいノックスの顔が捉えられている。しかし、それでも認識が難しく、俺はただ酷く第六感に痛みを覚えた。


 この世界は現実? 幻?


 そんなの――。


「ノックス!」

「うん。これは聞くべきじゃなかったね。ソーゴ君、この世界は現実だ。」


 現実? じゃあ俺は向こう日本に帰れない?


「精霊様もボクも君と真実の縁を結んでる。他の皆だってそうだ。家では家族が待ってる。そうだね?」


 ミィもノックスも本物。マレフィム達も……。


「はぁ、精霊様から此処についての意見を聞きたかったんだけど……。まぁ、その代わりにいい事を聞けたからいっかな。」

「クロロ、落ち着いて。心配しないで。何も起きない。クロロは消えないから。白銀竜に会うんでしょ?」


 死にたくない。帰りたい。ミィ達の側に居たい。母さんに会いたい。


 ……どっちの?


「ソーゴ君、カラスが生まれてどう思った?」

「……カラス?」


 カラス……試行錯誤しながらマレフィムやコブラと協力しながら育ててる。


 最近は俺の顔を覚えたみたいで近くに寄ると嬉しそうな反応を見せる様になった。最近じゃ声真似が俺の声に似てきてるだなんて言われたりもしてる。偶に遊び過ぎて怒られたりして……俺がホードに頼まれてやってる仕事とは真逆って感じな幸せで……。


「駄目だね。」


 そう短く零すノックス。


 一瞬だった。


 俺はいつの間にか声と呼吸を失っていた。


「ふっ……ぐっ……!?」

「ノックス!? 何してるの!」


 首に強く感じる圧迫感。景色が変わった気がする。しかし、何が起きたのかわからなかった。


「ソーゴ君さぁ。油断し過ぎだよ。此処は今、ボク等しかいない。精霊様は封じられ、君は竜人種、ボクは不変種。君が殺されないという可能性ばかり考えるのは不可解だ。あははっ、まぁ、魔石の事とか聞けたから楽しかったよ。」

「やめて! やめてよッ!」


 なん……で……?


 俺はなんで首を締められてるんだ? 手脚も宙に浮いている。崖、だろうか。


 ノックス……裏切るのかよ……。


「思えば同族以外で夜鳴族に同調を許す人には初めて出会ったかもしれない。ありがとう、信用してくれて。」


 ついこの前だ。


 俺はこれに似た経験をした。


「首が長い種族は頭に血を送るのが大変なんだ。メリットもあるけどこれだけ大きく目立つ弱点があるのは欠点だよねぇ。首を絞めればすぐに力が入らなくなる。」


 裏切られ、身体が動かなくなり、迫るは間違えようのない”死”。


 四肢が重い。まるで岩がぶら下がってるみたいだ。


 学ばないな、俺。


 思考も朧気になり、何も考えられなくなる。


 これ以外。



 ――死にたくねえ!



「……カッ!」


 声にならない声を吐き出しながらその一瞬に全てを賭ける勢いで俺は身体を丸めながら周囲に大量の水を顕現した。頭の太い血管が破裂したんじゃないかと思うくらいの緊張感。濁流を鱗に感じながらノックスが居るはずの方向に尻尾を伸ばしてその身体を捕らえる。


「おらっ!」


 俺は歯を食いしばりながら尻尾を巻きつけたノックスを崖壁に擦りながら落下する。だが、それもほんの一時の事。俺はいつの間にか地面に着地するのだった。


「はっ!? また瞬間移動か!?」

「すとーっぷ。」

「てめっ!」


 ノックスはいつもの呑気な顔で俺の前に立っていた。


 もういつ尻尾から逃れたのかもわからない。それでも、俺はノックスを警戒しなくてはいけなかった。


「やめやめ。ちょっとした荒療治だよ。君が”この世界に居たい”と思える様にね。」

「……何? 冗談だったってのか?」

「そうだよ。ボクが君を殺そうと思ったならこうして話せたりはしてない。」


 本気なら既に死んでたって事か……。その恐ろしい言葉に寒気がする。しかし、その態度からは信憑性を濃く感じた。冗談じゃないんだな。読めねえ。


「それにボクはまだ死にたくないんだ。」

「死にたくない? 殺されるのは俺なんだろ?」

「あぁ、でも、その後に殺されるのはボクだ。」

「既に殺そうと思ってるんだけど。」


 そう返したのはミィだ。氷点下レベルに声が冷え切っている。まるで鋭利な氷柱の様にも感じるその殺気。


「なんとか汚名は濯ぐよ。」

「出来るといいね。」

「あちゃぁ、嫌われてしまったかな。」

「……でも、クロロを落ち着かせてくれた事は感謝してあげる。」

「ありがとう。」


 俺は軽いパニックになっていたのか。不安定……否定出来ねぇな。


 消えるなんて信じたくないけど、ここが地球じゃない夢なんだって思いは間違いなくあるんだろう。


「今の騒ぎを誰かが聞きつけたかもしれない。今日はこれくらいにしよう。」


 一先ずは”日常”を取り戻すんだ。

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