第213頁目 フワフワしてちゃ悪いのか?

「今、君はフワフワしている。」

「は?」

「不安定なんだよ。何もかもが。」

「そんな事はねえよ。これでも上手くなったんだ。ってか”ついてきて欲しい”んじゃなかったのかよ!」


 上空。青空の下、渓谷の崖間を縫うように飛ぶ。背中にはノックスが乗りくつろいでいる……のではなく、行き先を指示していた。


「練習にはなるだろう?」

「人を乗せる練習なんて要らねえよ。」

「何故だい? いつか絶対に役に立つと思うよ?」

「どうだかな。」

「まぁ、絶対は嘘だ。」

「それはいいけどよ、何処に向かってんだ。こっちでいいのか?」

「あぁ、このまま進むと”サバッサ・ド・リゴヘッ”がある。」

「何だって?」


 サバッサ・ド・リゴヘッとは街の名前だ。それくらいならわかる。


「何だってそんな所に?」

「そこはバルフィー古戦場の近くなんだよ。だからサバッサに寄る予定は無い。」

「バルフィー……古戦場……。」


 確か、母さんが通ったかもしれない場所だっけか。何かあるとは思えないけどなんでそんな所に?


「昔秘密裏に調査した事があったんだ。」

「秘密裏って……バルフィー古戦場って帝国の領地だよな?」

「そうだね。だから秘密裏にだよ。大それた軍隊を連れて行かなければそこまで難しい事じゃない。」

「そうなのか?」

「そもそも仕入れ屋墓荒らしに掘り起こされすぎて珍しい物は残っていなかったけどね。地を埋め尽くしたはずの遺骨すら持ち去られてた。」

「……なんでもやるな。」

「連中からすればゴミを売るだけで稼げる仕事だよ。ボクなら真っ先に狙うね。」

「そりゃあそうだけどよ。」

「そこ、次は右に曲がって。」


 仕入れ屋か……俺を災竜にしたり、ゴーレムを解体したり碌な奴はいねえのかよ。


 ゲームみたいに生き物が無限に湧いて出たりしたらもっとマシな職業だったのかもしれねえけど、やってる事はどいつもこいつも泥棒と大差ねえ。


「そういや、なんで俺を連れていく?」

「興味ないのかい?」

「いや、無いわけ……あるに決まってるだろ。」

「だろう。それにね。調査っていうのは目や頭の数が増えれば増える程違和感に気付き易くなるんだ。」

「……そういうもんか。」


 複数の価値観で考えるって奴か。それならマレフィムも連れて来ればよかったな。もし後でノックスとバルフィー古戦場に行ったなんて話したら怒られそうだ。


 ……黙っとこ。



*****



「うぉぉ……。」

「凄いだろう? これでも人工の地形なんだよ。意図して作った訳じゃないけどね。」


 カルデラ……って言えばいいんだろうか。いや、クレーター? なんでもいい。前世で見た月の表面の写真みたいな感じだ。ブツブツボコボコと大小深浅様々なクレーターが超巨大クレーターの中に沢山作られている。


 あの波や爪みたいな岩の壁とかどうやったら出来るんだよ。まるで大きな彼岸花の石像みたいになっている場所まである。その物質も金属光沢を放っていたり青黒く透き通った結晶だったり、ブヨブヨと溶けた様なショッキングピンクの岩肌だったりと何が起きたのか全く想像出来ない。


「此処で戦争があったんだよな……。」

「そうだね。神法の爪痕がつまびらかに語っているだろう。どうやら神法を専門にしている学者からすれば資料庫の様に映るらしいんだけど……ボクはそこまで惹かれないかな。せめて古代神巧具等が残ってればねぇ。」

「古代神巧具? なんか凄そうだなそれ。」

「ノックス、君、私を連れて来たかったんでしょ。」


 話に割り込んで来たのはミィだった。今迄一言も発さず俺の胸元にぶら下がっていたのだが……。


「ミィを?」

「それもあるね。でも、白銀竜を探す為に此処に来るのは道理だろう?」

「理由を断片的に話すのはおかしいよ。」

「おかしいかな。」

「おかしいし怪しい。」

「ミィを此処に連れて来たかったのは本当なのか?」

「言ったろう? 目と頭が少し多めに必要なんだ。それより、精霊である君には此処がどう見える?」

「別に、ただの荒れ果てた大地だね。」

「でも、知っているんだろう。此処は遺跡跡地だ。」

「……。」


 遺跡、跡地……。


「最初は”神の溜息ためいき”から始まったんだ。」

「なんだそれ。」

「古代神巧戎具しんこうじゅうぐだよ。」

「へぇ。」

「それがこの大穴を開けたんだよ。」

「は? 大穴ってこの……でっけぇ穴をか?」

「そうだよ。使用者は不明。」

「不明? なんでだよ。消えたって事か?」

「帝国も王国も多大な被害を受けたからだよ。そして、遺跡は完全に破壊された。」

「なら、魔法って可能性もあるんじゃないか?」

神巧戎具しんこうじゅうぐだって神法を使う手段だからね。謎の古代神巧戎具しんこうじゅうぐを中心に大規模な破壊が起きたのだから誰だってそう思うよ。」

「謎? 謎なのになんで兵器戎具だってわかったんだよ。」

「人が死んだからだよ。」

「なんだ、後付か。」

「まぁね。それくらい此処の遺跡はまだまだ謎があったはずなんだ。」

「その謎とやらを見つける為に私を利用したい訳ね。」

「その通り。」


 しれっと白状するノックス。怪しさを醸しながら隠されるよりはいいけどな。


「それで、どうなのかな?」

「私は今、身体を此処から出せないし形状を変える事すら難しいの。だから、特別に出来る事なんてないよ。」

「ボクは信じていなかったけど、精霊様はアストラルを結ぶ様な力が使えるって聞いた事がある。……どうなんだい? もしかしたら白銀竜を探す手立てになるかもしれないよ。」

「……。」

「そんな事出来るのか? あ、もしかして精霊同士が感じ取れるとかいうアレか?」

「く、クロロ!」

「やっぱりあるんだね?」

「もう!」

「わ、悪い。でも、隠すような事か?」

「クロロは精霊である私を軽く考え過ぎなんだよ……。」


 だってミィの存在を隠すのはぼんやりとした危機感とか面倒があるって事くらいで……今は危険に晒したくないからって理由だけどさ……。


「そう、精霊がいるって事は神の使途が哀れなボク達を手を差し伸べてないって事になるんだ。」

「ん?」

「わからないかい?」

「いや、わかる。実際ミィはすげぇんだ。それだけの力がありながら人を助けようとしない。それってつまりは神なんていない。或いは神が人の幸せを願ってないって事だろ。」

「そういう事だね。でも、力が有ると無いでは全くソレに対しての想いが変わってくるんだよ。」

「どういう事だ?」

「乞食は宝を願わずには居られないって事さ。見ただろう? 浅ましい授与式を。聞いただろう。祝詞のりとの図々しさを。」

「ん……まぁ……。」


 明確に同意はしない。そこまで罵倒するべきとも思えなかったからだが、それ以上にノックスの言葉には得体のしれない含みを感じたからだ。


「ボク達は何に乞いているんだろうね。」

「自分が信じてるものにでしょ。」


 ミィは冷たくそう返した。ノックスは俺達に聞いている様で答えを求めた訳では無い気がする。


「で、どうなのかな。何か感じるかい?」

「……確かに、フマナ様を感じる。」

「フマナ様を? どういう事かな?」

「フマナ様は確かに此処にいた。それは感じる。」

「そういう事がわかるんだね。」

「……は? いやいや、ミィ。それだと……うーん……。」

「どうしたの? クロロ。」

「フマナって何なんだよ。ミィが嘘吐くとは思えねえし、実在したって事なのか?」

「そう何度も言ったよね?」

「いや、そうだけどさ。神ってこう……もっと感覚的というかスピリチュアルというか……。」

「何を言いたいのかわからないけど、私達の存在そのものがフマナ様がいる証拠なんだよ。」

「それは前も聞いたよ。でも、実際に見ないと信じられないだろ。」

「実際に見て触れてるでしょ。」

「いや、違うんだって……!」


 なんでこう堂々巡りになるんだ。神が人を生んだんだから人がいる事こそ神の存在証明になるって理論、前提が滅茶苦茶だろ!


「それが原因なのかもしれない。」

「何?」


 文脈が中途半端に繋がっている様に続けたのはノックスだった。


「君だよ。」


 ノックスは俺に何か示す。だが意味がわからない。


「何が?」


 素直な感想だった。


「君のアストラルが不安定な理由。」

「俺の、アストラル? 不安定だって?」

「駄目、ノックス。」

「やっぱり気付いてたんだね。当然か。でも、気付いてるのは精霊様である君だけなのかな。」

「何の話をしてるんだよ。」

「それは君の友人に聞いてくれよ。」

「……ミィ? 何か隠してるのか? なんだよ。ノックスが知ってて俺が知らないのは気分が悪いぞ。」

「はぁ……。」


 ミィの反応で更に不安が煽られる。


「お、おい。なんか不味い事なのか?」

「不味いだろうね。」

「不味くない! 普通、じゃないけど! 悪い事が起きるとは限らない!」

「……どういう事だよ? 流石に無理があるぞ。悪い事が起きるとは限らないってつまり、悪い事が起きるかもしれないって事だろ!? なんだよ! もう隠さずに教えてくれ!」

「ソーゴ君さ、”精神”が異様に肥大してるよね?」

「あ? あぁ、そういう障害らしい。わかるのか?」

「まあね、最初はそういう種族なのかなって思ってたんだけど、グワイヴェルの名を持ってそれは……ところでそれは生まれた時から? それとも後天性?」

「わかんねえ。気付いたらこうだった。それが何か関係してるのか?」

「それはまだわからない。でも、これだけはわかるよ。君は――。」

「ノックス!」


 ミィが叫んだ。その語気から何かを察したのか言葉を止めるノックス。だが、俺としては腑に落ちない。


「ミィ……。」

「わかってる。ごめんね、クロロ。……話すから。」


 なんだかミィを責めてる様な気持ちになる。俺は別に秘密にしていた事を咎めたい訳じゃないんだよ……。


「前に話したと思うけど、クロロのアストラルは他のアストラルと混ざり合ってるの。」

「あぁ、それは知ってる。」

「そうなってる原因の一つとしてね。」

「原因? 原因が何かわかってるのか?」

「うん。未だ推測なんだけど、多分間違いない。」

「何なんだよ。」

「クロロは多分、自分の存在を信じてない。」

「存在を……? どういう事だ?」

「クロロは此処に、現実に存在してるって思えてないんだよ。」

「そ、そんな事ねえよ。俺はこうやって……。」


 俺は胸を張ってその言葉を否定する事が出来なかった。


 俺はまだ心の何処かで”これ”が偽物だと考えている……?


 夢だとか仮想バーチャル空間だなんて考えているのか? あれ程痛い目にあって?


 信じられないけど、そうなのかもしれない。俺はまだ地球日本にいるつもりなんだ。心中の奥深くでは、そんな冷静に考えれば簡単に否定出来る希望を捨てずにいたって事なんだろう。


「わかってるよ。クロロは初めて見た時からそうだったの。そして、順調に安定していってる事も私は知ってる。」

「そうなのか?」

「へぇ、でもまだかなり不安定だよね。ここまで不安定なアストラルは感じた事が無いよ。」

「それは! きっと、魔石が関係してるから! 昔と比べたら……! 全然違うの!」


 必死にノックスの言葉を否定するミィ。その様子に余計不安になってくる。だから思わず俺は”ノックス”に聞いた。


「なぁ、俺のアストラルってそんなに不安定なのか? 不安定だとどう悪い事が起こるんだよ?」

「く、クロロ!」


 ミィには悪いけど、仕方なかった。だって不安じゃんか。


「それ程不安定なアストラルはボクの長い人生でも見た事が無い。精霊様は安定してきてるって言ってるけどね。寧ろ出会ったばかりの頃の君と比べたら不安定になっているよ。」


 そうノックスはいつもの調子で話すのだった。


 俺は”不安定”だと。

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