第164頁目 全て受け入れるべきなのでしょうか?

 思いつきにも程があると思いました。クロロさんは、力任せにルウィアさんを前方へ投げ飛ばしたのです。その上焦っていたのか、投げる方角を誤りルウィアさんは縮まり続ける出口の縁に身体をぶつけてしまいました。


「ルウィアさん!? 鞄にはミィさんも入ってるんですよ!?」


 ルウィアさんへ預けた鞄にはミィさんが捕らえられている魔巧具も入っているのに……! 軽率過ぎます!


「悪い! でも、全員が助かる方法はこれしかねえ! ルウィアを頼んだ!」


 思いつきで行動して、その始末を人に任せるなんて!


「貴方は……もうっ!!」


 ルウィアさんもミィさんも心配なので、私は急いで後を追いました。あの穴の大きさならまだ余裕で通る事が出来ます。残るはクロロさんのみ。ふと不安が頭をよぎりますが、そんな悩みもすぐにルウィアさんが痛がる姿を見て掻き消えてしまいます。


「大丈夫ですか!?」


 ルウィアさんはお腹を押さえてうずくまっていました。


「お腹を見せて下さい!」

「い、いや、痛かったけど、大丈夫です……。」


 そう言ってルウィアさんはお腹から手を退けます。そこにはアニーさんから頂いた鞄がありました。ルウィアさんはその鞄に入っているミィさんを庇ってくれたのです。


「鞄を……! ありがとうございま――。」

「アルレッ!?」


 私の言葉に被せられたクロロさんの声。……アルレさんですか? そんな疑問に答えるが如く閉じようとした穴から出てきた彼。


「なっ!?」

「あ、アルレさん!? あっ、あっ! 穴が!!」


 驚く私達を無視して逃げようとする彼でしたが、その足取りは覚束おぼつかないようです。やがてはデミ化を解き、大蜥蜴の姿で三本足を不慣れに動かしながら離れていきます。それを私は追わなくてはいけなかったのでしょう。しかし、私は動く事が出来ませんでした。


「ぁ……クロロさん?」


 もう蠢く木の根の壁に戻ってしまった壁にそう問いかけました。


「そんな……ソーゴさん! ソーゴさん!!」


 ルウィアさんが壁に飛びかかって蠢く木の根を掴んでは引き剥がそうとします。


「ファイさん! お願いします! ここにもう一度さっきの神法を……! あれ? ファイさんは? アメリさん! ファイさんがいません!」

「……え?」

「そんな……もうファイさんの神法でしか……この壁は……。」


 何故? クロロさんが出てこない。そんな事はありません。またここからミィさんに助けられて……。


「……。」

「アメリさぁん……! どうすれば……! どうすればいいんですか……! いつもみたいに教えて下さい!」

「ぇ……。」


 ルウィアさんが私の傍に来て何かを聞いています。でも、私はそれが何か理解出来ません。何やらクロロさんの心配をしているようですが、クロロさんならミィさんが付いていますから。


「なんで……! よりによってミィさんがいない時に゛!」

「いない……ミィさんが……。」


 そう、でした。


 今、ミィさんは魔巧具の中に居るんですよね……。


 だから、どうしようも出来なくて……。


「…………。」

「な、泣かないで……ぐだざい……ょ……。それじゃっ……ほんとに、ソーゴざんが……!」


 目に痛みが走ったかと思えば、生暖かい感触が頬を伝いひんやりと風の存在を明かします。


 ……終わりはこんな呆気ない物なのですね。


 彼はあの壁の中で、今頃独り……。そんな哀しい事があってよいのでしょうか。目的も達せず、多くの仲間が無事な中ただ一人……クロロさんだけ……。


「――ッ!!」


 無理なのは理解っていました。私の可使量ではどう足掻いてもこの木の根を払う事なんて出来ません。ただ、一矢報いたかった。この心に湧く絶望と怒りを発散する為に、小さくても決定的な反抗を示したかったのです。つまりは……八つ当たり。


 無理な魔力行使により思考が明らかに霞んでいく感覚がしました。それでも風を溜めるのです。固めるのです。感情を風に詰め込むように。そして、吐き出すように。


「あ、アメリ、さん……。」


 私の精一杯の風は壁に当たろうと私達に返ってきません。強風を暴風とせず、余りなく思いをあの憎き壁にぶつけたい。その、一心でした。


「……?」


 霞みゆく感覚の中で、僅かながら手応えを感じます。私の風魔法如きでこの壁が……? そんな思いから壁を見据えると木の根が動きを止めている事がわかりました。先程までアレほど忙しなく動き続けていたというのに。ですが、私が出来る事、やりたい事はただの――。


「見て下さい!」


 不意を打つ破砕音とルウィアさんの声が私の目を奪います。その音は上の奥の方から聞こえました。


「あ、アメリさん! あれ! エーテル化です!」


 弾けるエーテルの粒。破裂音を鳴らしながら木の根が一斉に縮んでいきます。事態が全く飲み込めず、気付けば私は魔法を使う事をやめていました。


「い、いったい何が……。」

「木の根がどんどん……! これならソーゴさんは無事かも……!」


 エーテルを弾けさせながら木の根は体積を減らし地の中へ戻っていきました。私の景色の大半を埋めるドーム状の木の根も上からほどける様に失せていくのです。そして、下部の木の根までいなくなる頃、そこには……荒れ果てた土の上にポツンと、動かない竜人種が一匹倒れておりました。


「ソーゴさん!!」


 駆け出していたのは私でなくルウィアさんです。私はまだ動けずにいました。彼の姿が目に映った時に心の臓が跳ね上がったのは間違いありません。それから今も急かすように想いを鳴らします。でも、動けない。彼を遺体だと考えたくない。手の施しようがない未来という可能性すら浮かんで欲しくない。


「あ、アメリさ……アメリさん!! ソーゴさんが動きません!!」


 心を握り潰されたかの様な痛みが襲います。”まさか”が”やはり”に変わってしまう。こんな事、あってはならない。


『私があの場にいてそれ以上に良い結果が得られたとは思えないわ。私は全てを受け入れたのよ。』


 テレーゼァ様の言葉が胸を突き破ります。こんな時に思い出したくない言葉でした。私は全てを受け入れられる……? そんなはずがありません。彼女と私では”強さ”が違う。


「お願い! 目を覚まして! 死なないで! ソーゴさん! ソーゴさん!! ……アメリさぁん!゛」


 ルウィアさんがクロロさんの身体を必死に揺さぶりながら私を呼びます。近寄りたい。近寄りたくない。クロロさん……嘘ですよね……。冗談なんですよね。


「落ち着いて下さい。」

 

 ミィさん程幼さは無く、テレーゼァ様程威厳を感じる声でも無く、ただ、無機質な少しだけ高い声。私ではありません。


「アロ……ファイさんですね!? 何処に行ってたんですか! 見て下さい! ソーゴさんが……!」


 今までに無く感情的なルウィアさんを見向きもせず、アロゥロさんと融合した姿の様なファイさんがクロロさんに近寄りました。そして、数秒静止してその姿を観察すると言葉を続けました。


「呼吸しています。生存していると言えるでしょう。しかし、気を失っています。」

「気を? じゃあ生きてる? ソーゴさんは生きてる!? あぁそうか! なんで呼吸の確認をしてなかったんだ僕は!?」


 フワッと身体が浮き上がる感覚がしました。死んで……ない……。クロロさんは……まだ……。


「間に合ったようで幸いです。」

「間に合ったって? もしかしてファイさんが助けてくれたんですか?」


 生きている……? でも、まだ動かないじゃないですか。だからわからない。


「はい。私がδデルタと交信を行い”本棚”を鎮めて頂いたのです。」

「え、えっと……その『デルタ』って神壇しんだんですよね?」

「はい。」

「……ぁぁああ、ありがとうございますっ! ソーゴさんを助けてくれて! アメリさん! ソーゴさんは無事です!! やったああああ!」

「無、事……?」


 ぎこちなく思考が巡りだします。その結果ようやく這い出る私の言葉。喜べますか? 喜んでいいのですか? だって……。


 私の身体は際限無く体重を失っていきます。そこに疑問は無く、木紙にインクを染みさせたようにじんわりと私の意識を…………。


「アメリさん!?」


 身体を何かに押された気がしました。どうでもいい。顔に何かが当たる感触。どうでもいい。私はもう――――。



*****



『キュウウゥゥ……。』

『キュアァッ。』


 少し離れた所に停めてあった引き車の横でオリビア達は寄り添って怯えていた。本棚の暴走にアロゥロとファイさんの魔法で神壇の前は大変な事になってたしね……。なんとかして落ち着かせなきゃ……。


「よしよし。今日は大変だったね……。」

「ソーゴ様、アメリさん、共に問題はございません。」

「ぁ、ありがとうございます。」


 ファイさんと協力して僕達はソーゴさんとアメリさんを引き車まで運んできました。アメリさんは精神損傷だそうです。良かった……。でも、今回はもう……色々駄目かと思った……。


「大丈夫ですか?」

「う、うわあ!?」


 僕の顔を覗き込んでくるアロゥロの顔。でも、その正体はアロゥロじゃないんだよね……。


「驚かないで下さい。」

「あ、あの……!」

「はい。」

「ふ、ファイさんはいつまでアロゥロを操ってるんですか!?」

「…………私がアロゥロの意識を手放すと会話が行えなくなります。」

「い、いや、離れてって意味じゃなくて……!」

「事情を説明したいと思っています。」

「……えっ、事情ですか?」

「はい。不要な事だとわかっているのですが、事情を話し理由をわかってほしいと”思って”いるのです。」

「……? は、はい。僕も知りたいと思ってましたよ?」


 なんだか少し話が噛み合ってない気がする。何なんだろう。この違和感は。


「ありがとうございます。納得はきっと……望んでいないと”思い”ます。どう思うかは当然ながら貴方の自由、です。」

「は、はい……。」

「……それさえ話す事が出来たら、私はアロゥロから離れ――――去ります。」



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