第163頁目 ヒーローじゃない俺は?
「警告致します。これ以上空間が狭まると、反動により此方側に被害が及びます。」
ファイが冷静に無情な現実を突き付けてくる。
「はぁ!?」
「瀬戸際という事ですか……。」
「も、もうちょっと前に言ってくれよ!」
「動力炉の制限を限定解除致しました。それにより、現時点で突破の可能性は約四十二%の見込みです。」
「何だって? そんな事して大丈夫なのか?」
「短時間であれば問題ありません。その後のメンテナンスは念入りに行わなければなりませんが。」
「悪いな。じゃ、やるか。」
もう、腹は決まっている。
「何を!? 話を聞いていましたか!? まだ五〇%にも達していないんですよ!?」
「お前こそ話聞いてたか? これ以上狭まったら俺等まで吹き飛んじまうんだよ! もう選んでる暇なんかねえ!」
マレフィムの懸念はわかる。俺だって不安だ。だが、今言った通り
「突破を試みますか?」
「あぁ、穴は小さくていい。安全に抜けられるかより抜けられるかどうかを重視してくれ。」
「わかりました。それでは、壁から離れて下さい。」
「ほら、アメリとルウィアは俺に隠れてろ。アロゥロは……。」
「私が守ります。」
「そうか。頼んだ。」
ファイの言葉を信じて一番壁から距離を取れそうな所に全員で寄る。そして、離れた壁の方を向いて光を生み出すファイ。
「だ、大丈夫でしょうか。」
「信じろルウィア。」
俺はミィがしっかりと鞄の中に入ってる事を確認してルウィアに渡す。
「持っててくれ、走り難いからな。」
「は、はい。」
「もし、生きて出られたらいっぱい文句を言わせて貰いますからね!」
「あぁ、アメリ、楽しみにしてるよ。」
「発射します――。」
『ガガガガガガガッ!』
工事現場でも聞いた事が無い程の破砕音を響かせ煙を巻き上げる壁。そして、その平たい光はゆっくりと回転する。壁を
「――――!」
マレフィムが何か言っているが聞き取る事が出来ない。しかし、何やら魔法を使って煙を払っているようだ。すると……光が消えた。
「今です。」
焦げ臭さと青臭さが混ざり合う中で浮き上がった
「走るぞ!」
俺はルウィアを背に乗せて走る。勿論わかっちゃいたが穴は小さい。その上、壁もかなり分厚いぞ。
「あぐ……! 熱い……!」
「ルウィア!? 大丈夫か!?」
ムワッと感じる穴の中の熱気。寸前まであんな熱量がここを通ってたんだもんな……!
「大丈夫です! 私が先程からフォローしてますので!」
「助かる!」
「い、一応僕も冷えるよう頑張ってるんですけど……。」
「ルウィアさんはお腹の傷を塞ぐ事に集中してて下さい!」
「わ、わかりました。」
竜人種の自分じゃ気付かなかった点だ。マレフィムのサポートは必須だったな。もしかしたら気付きもせずルウィアを蒸し焼きにしていたかもしれない。
『チキッ、チキッ、チキッ!』
そんな俺達をまさかの速度で俺を追い抜いていくファイ。
「速えな!?」
驚きはしたが、今は必要な能力だ。そのまま行けば穴が閉じる前に出られるかも知れない。正直、後ろから水を噴射して自分に当てて飛ぶというやり方も出来るのだが……やり方によってはルウィアを擦り下ろしかねない。今は一番コントロールの利く”走る”って方法が一番有効だろう。
「……! これ、天井が下がってんじゃなく地面が
「根は下ですからね!」
「なんでも良いけどな! このままじゃやべえ!」
穴はもうかなり狭くなってきている。一か八かだ! アニマを伸ばせ!
「おらあ!」
力任せに水を放射して壁を削ろうとする。だが、やはり効果は薄い。でも、狭まる速度が少しでも遅くなってくれたなら……!
「ソーゴさん頑張って下さい! 私も微力ながら追い風を送ってます!」
「これ気の所為じゃなかったのか! もっと頼む!」
俺は翼を拡げ、後ろからの風を受け取って加速する。だが、穴はもうそこまで広くないので翼を拡げきる事が出来ない。どうすれば最高速を上げられる? 車ならどうする?
『チキッ!』
穴の出口までもう少しだ。そして、軽々と猛スピードで穴から跳び出ていくファイ。……そうか! 軽量化か!
「アメリ! ルウィアを思いっきりぶん投げる! そしたら軽くなって俺も早く走れるはずだ!」
「えぇ!?」
「そんな方法でどうにかなるとは――。」
「いいから!」
俺は急いで戸惑うルウィアの服を噛む。後は身体強化を首に集中させて力一杯眼の前にぶん投げるだけ。
「っらぁ!」
「あぁあああ!!」
一瞬だけブレーキを掛け身体を捻り背中のルウィアの服を甘く噛む。そして、前進する勢いを殺さず身体を横回転させながら可能な限り強くルウィアをぶん投げた。投げる方向を制御出来ず、壁にぶつかる可能性も考えずに。
「ああぁぁぁぁぁグッ!!」
「あっ、やべっ。」
「ルウィアさん!? 鞄にはミィさんも入ってるんですよ!?」
ガッと穴の縁に強く当たり外へ転がり飛ぶルウィア。大怪我を負っているのにちょっと雑だったか……。
「悪い! でも、全員が助かる方法はこれしかねえ! ルウィアを頼んだ!」
「貴方は……もうっ!!」
マレフィム一人であるなら高速で飛んで出られる。後は続いて俺が……!
身体強化魔法をフルスロットルで可動。血が沸騰する様な感覚が体中を満たしていく。
「……ッ!」
一瞬でいい。出口まで残り十メートルくらいだ。だが、出口はもうかなり狭まっている。走れ! 蹴れ! 翔べ!!
目に見えて穴の輪郭が縮まっていく。穴から身体が出るまで掛かる時間は数秒程だろう。もう翼は畳みきった。
あと五歩、四歩、三――。
「グッ!?」
突如背に掛かる強い圧力。まだ穴は縮まりきっていないのに。光が閉ざされながらそこに影を見た。
「アルレッ!?」
その言葉を遮る様に穴は――――塞がった。
「クソッ! 俺を踏み台にしやがった!!」
感情を整理する為にも悪態を吐く。俺だけ闇に取り残されてしまった。熱源感知のおかげで把握出来る狭まっていく空間。俺は全力で今塞がったばかりの壁をぶち抜こうと水を叩き込む。
「クソッ! クソォッ!! なんで彼奴がまだ生きて……!?」
焦りからかいつも以上に高威力が出せない。一旦浮かぶのは悔しさと怒り。だが、身動きが取れなくなる程身体を圧迫され始めると、その感情はじわりと恐怖に変わっていく。足元を濡らす自身の顕現した水。冷えつくその感覚とは無関係とでも言うように
「クッ!?」
身体強化をして壁を押し返そうとする。だが、狭まる勢いは何一つ変わらない。
まずい。
まずい、まずい、まずい……!
「あっ……。」
壁が迫り肘と膝が無理なく曲げられる。まるで、生きる希望を折られたかの様だった。それでも、死への嫌悪感や
「嫌だ……嫌だ嫌だ! 死にたくない! 死にたくないぃ!!」
もう腕を伸ばし切る事も出来ない。俺はただ欲望に従い知性の欠片も無い言葉を大声で吐き続けていた。
「いやだ! もういやだぁ! 死にたくない!!」
久々の孤独だったかもしれない。そこにはマレフィムもミィもいない。ただ自分を圧迫する空間だけがあって、俺の声は誰にも届かない。その泣き喚く姿は俺の知っているヒーロー像とはこれ以上無く離れていて、果てなく
「助゛け゛て゛! ッ助゛け゛ッ……助゛け゛て゛ぇ゛!゛」
どうすれば助かるか、どうすれば生き残るかという冷静な思考が巡るよりも、着々と迫る結末が恐ろしいという思考ばかりが回る。
「ふぅうっ゛!゛」
身体強化を更に強めた。俺がここからどうにか出来る明確なビジョンは何一つとして浮かばないが、それでも抗いたかったのだ。だが、更に強められたはずの腕が押し返される絶望感は計り知れない。
「あっ、あっ、あっ!」
無情にもより強い抵抗さえ無い物とされてしまった。
「なんでっ!?」
あの体験をもう一度しなくてはならないのか。あの衝撃と激痛と、虚無に墜ちるあの感覚を。
「ミ゛ィ゛!゛ マ゛レ゛フ゛ィ゛ウ゛!゛?゛」
その時は来た。足は無様に開ききり、腰が上下から圧迫され始めたのである。それは終わりを告げる合図。何故なら壁が迫る速度は全くと言って減っていないからだ。つまりは躊躇も無く俺の在った空間は閉じられてしまう。
潰れるというのは一瞬だ。俺の身体は大量の血肉の詰まった風船。ただ、圧迫は落下して死んだ時みたいには一瞬で来ない。変わらず、一定の速度で、無機質に俺を押し潰す。
”死”の駆け寄る音じゃない。でも、歩いて来る音が聞こえる。自分は逃げる事も出来ないままに。
こんな事になるなんて思わなかった。
こわい。
こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい――――。
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