第161頁目 お先真っ暗?

「ケッッッッッ!?!?」


 キュヴィティはマレフィムにばかり執着していたせいか、その高速の物体が向かってくる事に気付くのが遅れた。


「ルウィアッ!!」


 そう、ルウィアがキュヴィティにタックルをかましたのだ。キュヴィティを担ぐ様な姿勢のまま放射線を描いて落ちていくルウィア。ヴィチチはキュヴィティと違い、その様子を眺めていただけだ。今から追って来ようと俺とマレフィムが合流する方が早い。


「ぁーもう、滅茶苦茶だよ。」


 聞こえはしないが、ヴィチチがそう言っている様な気がした。


「クロロさーん!」

「ありがとう! ありがとうマレフィム!!」


 少ない語彙ごいで精一杯の感謝を伝える。それにのんびりする時間も無い。事前に邪魔な木の根を伐ったおかげか、労せず何とか合流してキュヴィティの鞄を受け取る事が出来た。そして、口早に状況の確認を行う。


「それに何か大事な物が入ってるんですよね! ミィさんは!?」

「これにミィが入ってんだよ!」

「はい!?」


 荒々しく鞄の中を弄って筒状の魔巧具を取り出す。中の透き通った管の中には同じくらい透明な液体が少量入っていた。


「それは?」

「ミィだよ!」

「まさか! 捕らえられてしまったのですか!?」

「あぁ、でもこの魔巧具を壊すとミィは死んじまうらしい!」

「うわあああぁぁぁぁ!!」

「ルウィア!?」


 この声は多分ルウィアの声だ。ミィが捕まっている魔巧具を自分の鞄にしまい直しながら声がした方向を見る。そこには木の根に巻かれ振り上げられたルウィアとキュヴィティがいた。


「ふうっ!」


 しかし、キュヴィティは一瞬だけ不可解な膨らみ方をすると木の根からするりと抜け出てしまう。


「ヴィィィチチッ!! どぅーなってるんです!」

「なんかまた失敗しちゃったみたい。」

「失敗ぃ!? 失敗? 失敗ですかぁ。どの様な?」

「また神壇が操れなかったんだよ。」

「つまり暴走ですかぁ?」

「んー……神壇は特に何もしてないんだけど、本棚が暴走してるみたいだね。」

「本棚がぁ? 何ぁ故?」

「知らないけどタイミングも良すぎるし、魔巧具の影響じゃないかな。」

「おい! お前等ァ! ミィをここから出せ!」

「ッチィ! 汚らわしい異教徒めが……。」

「盗られちゃったね。」

「取り返さなくては!」


 ミィを奪おうとしたのは彼奴等あいつらの癖に、まるでミィを自分達側の存在とでも心の底から思っている様な態度だ。どうする? 逃げるか? だが、逃げられる気がしない。ルウィアを放っといて行けないし、引き車だって置いていけねえ……!


 俺達がこの状況を打破するにはキュヴィティ達を諦めさせるしかない。だが、あの狂った奴等をどう諦めさせればいい? 抵抗してる間にも一人ずつ殺されてっちまう。るしかないのか? 


 俺が人を?


 目を逸らさないといけない。ウィールを殺された事は哀しい。でも俺が人を殺すのは仕方ない事なんだ。そうだろう? そうだろう……?


「クロロさん!」


 マレフィムが俺を現実に引き戻す。


「とんでもない数の木の根が!」


 全て伐り伏せた反動なのか、地面を岩盤諸共もろとも持ち上げる木の根も生えてきた。まるで地獄絵図だ。地面を大量の蛇が這う様に木の根が蠢いている。そして、突如爆ぜる木の根。


「うわあああぁっ!?」


 誰かがルウィアを捕まえていた木の根を……? そのルウィアを受け止めようとしてるのは……!


「アロゥロ!」


 下半身は蔦のままファイのボディに絡みつかせ、上半身だけ人の姿となってルウィアをお姫様抱っこしている。意識が戻ったのか? 何にせよ一安心だ。だが、木の根は網を作り、壁を作り、籠を作り、塔を成す。狼狽えている内に俺達は囲われ完全に捕らわれてしまった。


「怒ってんのか!?」

「何故神壇がこんな魔法を!? ファイさん達は無事なのでしょうか?」

「えぇい! 邪魔です!」


 魔法により木の根の塔は容易に風穴を開けられてしまう。焦げ臭い香りと輝く火の粉。……お前も火の魔法を使うんだな。傍にはマレフィムがいる。ここから下手に逃げる選択肢は無い。俺は身体の密度を上げた。強化しなくちゃいけない。とにかく、マレフィムからこのイカれた野郎を離さなきゃ……。


「マレフィム、これ、頼んだ。」

「……はい。」


 俺はミィを入れた鞄を横に置いた。今なら抗う事が出来る。選ぶ事が出来る。やらなきゃ……やられる!


「うおおおお!!」


 俺は木の根を爪先で弾く様にキュヴィティに飛びかかった。テレーゼァにやめなさいと散々言われたやり方だったが、それを気にする程余裕なんてない。キュヴィティは流石に驚いたのか避けもせず身構える。


「何ぁ故蛮族は突撃しかしなぃのでしょうねぃ!」


 俺は首に噛みつけなかった。だが、それでも俺の身体は硬く重い。たかが、少し大きい鳥程度に受け止めきれるはずなんて無かったのに……!


「うご……かねえ……!」


 まるで抱き合ってるかのような格好になっているはずだ。お互いの長い首は交差してその向こうを見つめている。だが、こんなはずじゃなかった。もっと……! もっとだ……! 余裕で吹っ飛ばせ! 漫画やゲームで見たヒーローみたいに……!


「ファッ!?」


 俺はキュヴィティを抱きしめた。軽くだ。もっと力を込められる。


「グッギギッ……!」


 まだまだイケる。キュヴィティは柔らかい。思えば鶏肉が硬いなんて感じた事ないじゃないか。魔法を自在に操る主人公が鶏肉を食うのに苦戦なんてするか? しないよな。俺はただ、鶏肉を投げ捨てるだけだ。


 優しく、且つしっかりとキュヴィティを掴む俺。身体を捻る。力と力のぶつかり合いはそれによって若干の傾くが一瞬であれば誤魔化す事が出来た。いいか? 後はこの捻った身体を戻すだけだ。在るべき姿に。力強く。勢い……良く!


「ペャッ!?」

 

 俺はキュヴィティを思いっきりぶん投げた。奇声を挙げてキュヴィティは自分の開けた穴を通り遠くへ飛んでいく。……あの速度なら首が折れて……いや、余計な事は考えちゃ駄目だ。


「あはっ! あははははは! 『ペャ!』だって!!」


 外から聞こえてくる笑い声。自分を騙すまでもなく俺はヴィチチに罪悪感を殺されてしまう。


 笑ってる? そりゃ、何かにぶつけたりもしなかったから死んでない可能性もあるけど、兄だろ? 仲間じゃないのか? ……そう言えばマインみたいなケースも見たんだ。兄弟だからって仲が良いとも限らないのか。


「凄いね! 君の身体強化魔法!」

「えっ……は?」


 まさか褒められると思わず戸惑ってしまう。どういうつもりなんだ。


「竜人種っていうのはやっぱり特別だなぁ。今から兄さんの悔しがる姿が楽しみで仕方ないよ。」

「その顔が見れたら宜しいですね。」

「マレフィム。」


 気づけば鞄を風で浮かべたマレフィムが傍にいた。


「本当にね。ただ、僕ば神壇を操れなかったのが残念だよ。出来ると思ったんだけどなぁ。」


 呑気な物言いに神経を逆撫でされる。耐えるべきか……。目的も不明なまま木の根が動き続けている。塔の成長は止まったが、更にその外を木の根がドームの様に形作っているのだ。飛んでいるヴィチチまで容易に収まるくらいの高さである。そして、その奥には……。


『チキッ。』


 そうだよな。腹に力入れろ……!


「お前の目的はなんなんだよ!」

「あはっ! そんな怒んないでよ! 僕達はただのフマナ教徒。しかも、熱心な、ね。」

「フマナ教徒だからってなんでミィを捕まえようとする!」

「僕達はイデ派なんだよ。フマナ様を超えられそうな事ならなんだってするさ。」

「なんだってって……じゃあフマナ教なのになんでゴーレムにあんな事したんだよ!」

「はぁ? ゴーレムなんてフマナ様の奴隷でしょ? フマナ様を越えようとしてるのになんで奴隷なんか大事にしなきゃいけないのさ。」

「なっ……!?」


 ど、どういう事だよ! フマナ教ならゴーレムを大事にするんじゃないのか?


「奴隷の分際で僕の言う事聞かないってのも癪だよね。もっと研究しなきゃ。」


 そう続けるヴィチチ。色々衝撃ではあったが、俺の話に付き合ってくれたのは幸運だった。今なら当てられる。アニマを伸ばして至近距離から魔法を当てようにも彼奴がアニマを拡げてないはずがない。それに怪しまれたら終わりだ。頼む……!


「俺は魔法とかまだ上手く使えないし、知識だって足りてねえけど友達を傷つけようってんなら許さねえ!」

「へぇ。でも、その友達の腹は裂かれちゃったんでしょ?」

「……!」

「しかも、お腹に大穴まで開けられた子もいるんだって? どの子か知らないけどさ。」

「だ、だから――。」

「許さないんじゃないの?」

「ッ……。」

「キャンキャンキャンキャンやめてよもぉー。許さないなんて口で言う暇あったらまずは僕に一撃入れてみなよぉ! ほら! ほらほらぁ! あはははははっ!」


 ……駄目だ。挑発に乗っちゃ……。


「やめて下さい! クロロさんは考え無しに人を殺す様な人じゃありません!」

「あれ、その子は無事みたいだね。その子の首を引き千切ったら黙って僕に向かって来てくれるのかな?」


 考えるな。やめろ。マレフィムを殺すなんて……その柔肌を割いて腹の足しにもならない量の血液をぶちまけた挙げ句動かなくなる姿なんて……そんな姿……。


 ――全身の血液が沸騰した様な気がした。身体が膨らみ破裂するみたいな錯覚。


「今です!!」


 マレフィムが叫ぶ。その大音量でよこしま雑音ノイズが薄まっていく。だが、マレフィムの意図はそんなんじゃない。彼女も気付いていたのだ。木の根が天を覆うのとファイの光球が膨らみきるその時を。


「くっ!?」


 マレフィムが叫んだのだ。警戒もしただろう。だが、遅い。加速もなく避けられる様な弾速じゃない。その光球は楕円だえんを成し刹那で線へと変わる。大気を貫く穿光せんこう。ヴィチチはその死を免れない。


「あっ……。」


 そんな声が漏れる。殺人に協力した事を後悔した訳じゃない。光が穿うがったのは木の根の天井のみだったのだ。タイミングは完璧だった。気のそらし方も。だが、何故避けられたのか。


 ヴィチチにはまだ味方がいたからだ。


「高鷲族が……? キュヴィティ……じゃないよな。」


 キュヴィティはドームの外側へふっ飛ばしたはず。アレは恐らく奴じゃない。


「……。」


 ヴィチチはもう一人の高鷲族の足から離されると、二人でファイの開けたドームの穴から出ていってしまう。


 脱力。 


 すぐに塞がれてしまった天井。木の根の籠はこちらを責め立てるように軋む音を鳴らす。ミィは変わらず謎の魔巧具に囚われたままだ。


 暗闇が、やってきた。

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