第160頁目 二つの弾丸?

「あぁ、もう。貴重な魔巧具だったのに。」


 まるで自分の食べようとしていたお菓子を地面に落としてしまったかの様な、そんな惜しみしか感じない声色。ヴィチチが持っていた魔巧具は吹き飛ばされていた。恐らくもう粉々になっている。それなら、ミィも正気に戻ったのではないだろうか。


「本当ですよぅ。しかしぃ、目的はぁ達成しましたねぇ?」

「うん。でも……あはっ、怪我する所だった。」


 ミィは、出て来なかった。キュヴィティが持つ魔巧具の中で忙しなく液体が動いているのだけ見える。ミィなら簡単に出られるはずだ。出てこい……!


「では、御機嫌よぅ……と、言ぃたい所ですがぁ、恐らく許して頂けなぃのでしょうねぃ。」

「当たり前だ! 一歩でも動いてみろ!」


 とは言ったものの、どうするべきなのか。殺す? 殺すか? 躊躇ためらう必要なんてない! またウィールを見殺しにした時の思いをしたいのかよ! ミィを失ってたまるか!


 俺が身体にしつこく命令をしている間にも時間は動き続けていた。キュヴィティの周りの地面が一斉に槍となって貫こうとする。しかし、破裂する空間。キュヴィティは自分に向かって突き出す槍を全て風弾らしき物で砕いて弾く。


「クッ……!」


 俺はアニマを下に敷いて上に向け水を噴き出し、破片から自身の身を守る。だが、こんな低レベルの事をしている間にアイツはもう行動に出ていた。


『チッキッ!』


 大きく跳躍し、小さい光球をマシンガンの様に打ち出すファイ。サッカーボールの大きさで大きなクレーターが出来る物だ。例え豆粒くらいの大きさになろうと、その一発は当たった傍からそこにある形を奪っていく。それをサポートする様に地面を形作るアロゥロ。


「やはぁり厄介ですねぃ。」

「まだこっちは調整中だけど、使う?」

「そぅしましょぅ。」


 ファイとアロゥロの攻撃を巧みな風使いで避けるキュヴィティ達。隙きを見てはファイやアロゥロに突風を吹かす。ファイにはあまり効果が無いが、アロゥロをサポートする為にどうしてもファイの動ける範囲は限られてしまうのだ。彼奴等あいつらの目的は逃げる事。此方を本気で倒そうとも考えていないのか決定打らしき物も撃ってこない。


 俺も水を放って支援する。このまま逃してたまるか! その一心で大きく広げたアニマ。そこから大量の水を放出する。物量作戦だ。上に撃ち出してから押し潰すように射角を下げれば……!


「むぅ……! これ程の魔力を!?」

「うっわ、これは凄いね。」


 そんな余裕もすぐに消してやる! 逃げ場を大きく削った。この狭さならアロゥロとファイの魔法を避けられないだろ!


「ま、しかし、子供らしぃやり方ですねぃ。」


 キュヴィティは驚きを一瞬で仕舞いこんで、上から迫る水の壁に亀裂を入れてしまう。彼等は不利だなんて一切感じていなかったのだ。単純に俺の魔力量に驚いただけなのである。水の量ばかり意識して力の顕現が甘かった。風で裂かれた波の間をするりと二人を通り抜けようとする。俺は咄嗟に蓋をするがごとく水を注ごうとしたが、アニマを伸ばすのが間に合わない。


『チキッ!』


 光った。


「グぅッ!?」

「おっとぉー?」


 水がとんでもない炸裂音を発して爆ぜたのだ。やったのはファイ。俺の顕現した波をキュヴィティが突破しようとした瞬間、その波に向かって光球を放ったのだ。一瞬にして膨れ上がる水の体積。転じて、爆発が起きる。キュヴィティはモロに食らったはず。ザズィーなんかよりよっぽど戦えるぞ! 今度こそ友達を守るんだッ!


「ど、何処だァ!?」

「あ、生きてる。どうしたの?」

わたくしとした事がぁ! 精霊様を手放してしまぃましたぁ!」

「えー?」


 何!? ミィを!? 何処だ? 何処に落とした? 


 俺は目を凝らして周りの地面を見回す。爆発はかなりの衝撃だった。遠くに吹き飛ばされてもおかしくない。


『チキッ。』


 耳に触れたファイの駆動音。その方を見れば、ファイは脚を振り上げてミィの入った魔巧具を突き刺そうとしていた。


「ファイ! それだ! 割っちまえ!」

「お待ちなさぃ! 壊したら精霊様は死んでしまぃますぅ!」


 とんでもない事を言い出すキュヴィティ。ハッタリだろ。


 ……でも、ハッタリじゃなかったら?


「それ、本当か?」

「信じられなぃかもしれませんがぁ、本当です。」

「じゃあ出せ。」

「それは出来ませんよぅ。うふふふふふふ。」

「何がおかしい!」

「いやぁ、本当に知らなぃんです。それは精霊様の意思を知る為に手に入れた魔巧具でしてぇ、そこに入れた後は出す気がありませんでした。」

「……は? 飼い殺す気だったってのか?」

「ばぁかぁな! 精霊様は死にませんよぅ。御冗談が上手ぁいですねぇ?」

「……お前等はミィを捕まえるのが目的だったんだな?」

「えぇえぇ。後は持ち帰るだけだったんですよねぇ?」

「で、この魔巧具を壊したら死ぬと。」

「そーいぅ記録が残ってるんでぇすよぉ。魔巧具を壊すと中に入れた精霊様が死んでしまうとねぇ? 私が知る唯一の”精霊様の殺し方”ですぅ。はい。」


 こんな状況でも全く変わらないキュヴィティの態度に苛つきがつのる。


「お前達はなんなんだよ! なんでそんな事をする!?」

「私達は敬虔けいけんで熱心なフマナ教徒ですよぅ。貴方とお、な、じ。」

「一緒にすんじゃねえ!」

「……まさか。まさか貴方まさかぁ……シグ派なのですかぁ?」

「知らねえよ! そんな得体の知れねえ奴等とも一緒にすんな!」

「でぇすよ――。」

「俺はフマナ教なんかじゃねえッ!」

「…………はいぃ?」

「へぇ。」


 俺の本心の叫びに固まるキュヴィティ。


「……いささか、事情が変わってまぃりましたぁ。」

「何がだよ。」

「嘆かわしッ! ぉいたわしッ!」

「!?」


 突然のキュヴィティの大声に身体をビクつかせてしまう俺。な、なんだ……?


「あぁああああ! 精霊様ぁ! そんなよこしまなる者の傍に居られたとはなんと不浄なる事でしょゥ! すぐに! すゥぐにお助け致しますよッ!」


 そう金切り声を上げるとすぐさま局所的な突風が吹き荒れる。狙いは勿論ミィの入った魔巧具だろう。俺は身体を強化して魔巧具の元へ走った。ファイが咄嗟に魔巧具を脚で押さえようとしたみたいだが、間に合わなかったようだ。雑草をものともせずに筒状の魔巧具は転がり、そして……飛んでいった。


「あぁ! ミィッ!!」


 それを追いかけて飛ぼうにもまだ俺はそこまで上手く空を飛べない。


「まッッたくッ! 愚かにもぉ隠れになったフマナ様を必死で真似るシグ派のゴミ共かと思えば……! まぁさぁかぁフマナ教ですらないとはぁ! あぁ不敬! 不敬ナぁリ!」

「ふぅ、今回は中々思い通りにいかないなぁ。」

「精霊様を取り戻しさえしたらモォ~遠慮は必要ぁりませんんん!」

「はぁーい!」


 空へ放たれ弧を描く様に飛んでいく魔巧具。その先は間違えようもなく、キュヴィティの手の内だった。


「クソッ!」


 地面から離れたら突風で吹き飛ばされ、アニマもキュヴィティの近くじゃぶつかりあって思うように拡げられない! 思った以上に厄介な相手だ!


「さぁてぃ! それでは今度こそ御機嫌よぅ! ヴィィィィチチッ!」

「もうやった。」


 ヴィチチはまた手に何かを握っていた。それは懐中電灯の様な……ってさっきの魔巧具だ! 壊れてなかったのか!? 今度はファイが……!


 そんな懸念は予想外の形で壊される。ヴィチチはその魔巧具を遠くにある円盤、つまり、神壇へ向けたのだ。


「嘘だろ? 出来るわけ無いよな?」

「何それ? 誰に言ってるの?」


 無情なヴィチチの言葉。そこから起きる結果もまた無情だった。


「起きろ神壇! こいつら殺しちゃって!」


 短く簡素な命令。それが生む絶望は計り知れない。神壇が暴れたりなんてしたらザズィーどころの話じゃない。だが、唸る地面。もう、何かが起きようとしているのは明白だった。


「うぉあっ!?」


 連続して周囲の地面から突き出る…木の根? 


「あれ? なんで立たないの? 立てってば。おーい。」

「どぅしたので――。」

「おぉっと!」

「何故神壇は私達を攻撃するのですかぁ!」

「制御が甘い? でもこんな事はありえないはずだけど。」


 神壇は魔法で地面から突き出した木の根を無造作に叩きつけ地面を揺らす。どうやらまだ直接こちらを攻撃する気なんてないみたいだ。でも、なんでだ? あれだけの図体だ。『殺せ』という目的を最短で達成する方法がこの程度の魔法な訳がない。武装が積まれていないとしても、その柱のような足で踏み潰したり……。それに、何よりおかしいのがヴィチチやキュヴィティにも被害が及んでいる事だ。何かがおかしい。


 だが、雑ながらもこうも広範囲で攻められると身動きが出来ない。こちらも水で根っこを切断しようとするが、伐っても伐っても増えていく。ファイに至ってはアロゥロをオリゴに戻して自身の身体に纏わせ木の根を避ける一方だ。近くで光球を当てた衝撃波によってアロゥロが傷付くのを恐れているのかもしれない。だが、もたついている俺達をキュヴィティ達が待つ理由もなかった。


「では、行ぃきましょぅ!」

「はいはーい。」


 軽々と暴れる木の根を避けながら飛び立とうとするキュヴィティ達。


 やべえ! 止めなきゃ! 水を――。


「ばっ!?」


 後ろから思いっきり叩きつけられた木の根。弾力があり、よくしなるその根は遠慮なく俺を潰そうとのしかかってくる。その一瞬がいけなかった。キュヴィティ達はもう飛び立ったのだ。


「待……て……!」


 なんとか集中して木の根を水で切断する。そして、身体強化で木の根の下から這い出るが、もう絶望的な距離が開いていた。阻む木の根と絶望的なまでの俺の飛行力不足。俺はまた……友達を失ってしまうのか……?


 嫌だ……。ミィ……。


「ミィィィィィィィイイイイイイィィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!゛!゛」


 声はミィに届いただろうか。俺がミィに出来る事はそれだけなのかよ。ミィ……。


「……えっ?」


 離れていくキュヴィティに向かって落ちる涙の様な小さき光。ファイの光球じゃないはずだ。じゃあアレは? 疑問に思うのも一瞬。ソレはキュヴィティ、いや、ヴィチチに重なり影を増した。大きくなったのだ。俺は気を取り直して視力を強化する。


 あれは……!



「マレフィム!!」



 俺は歓喜のあまり仲間の名前を叫ぶ。マレフィムが不相応のナイフを持って迫り、キュヴィティの鞄を奪い取ったのだ。すぐさま鞄を取り返そうと追い降るキュヴィティ達。やはり、可使量の差かマレフィムとの距離は目に見えて縮まっていく。


 諦めちゃ駄目だ……! ここで俺が諦めてどうする! もっともっと高出力で……!


「おらああああああああ!!」


 俺は複数のアニマから限界の威力で水を放射した。全ての木の根を伐るつもりで強く! 更に強く! 貫通できないならアニマを動かせ! 至近距離で断て! そして……! 走れえ!!


「あぁ! クソッ!」


 それでも俺が援護する前にマレフィムのすぐ後ろにはもうキュヴィティが迫っている。キュヴィティの鞄が風を受けるせいで上手く加速出来ていないようだ。マレフィムの上に向けて俺も牽制の水も放っているが、距離もあるせいであまり効果がない。何か、手は……!?


 そして、もうキュヴィティは驚異的な飛行技術で距離を縮め、手を伸ばせばマレフィムから尾を引く鞄の切れたベルトに届きそうだ。


 打つ手が無い……!


 もうッ……!


 でも、今度は諦めない。脚に込める力も緩めない。何も浮かばないけど、何故かどうにかなると思った。



 ほら、見ろ。



 ――放たれた緑の弾丸を。

 


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