第141頁目 無知は不発弾?
「やぁ! 旦那!」
爽やかな声でルウィアを旦那と呼ぶ行商人と思わしき女性……?
「ど、どうも。」
「ちょっといいかい! 話がしたいんだ!」
ハキハキとした声を掛けられ戸惑い気味に応えるルウィアだったが、その提案を呑むように引き車を停車させる。それに合わせて向こうも並走しながら大きな引き車を減速させた。
「んー? んーー? 凄い組み合わせだね! いや、すまない。挨拶もせず不躾に。商団、で合ってるかい?」
「は、はい。えっと、ぼ、僕が代表のルウィア・インベルで、彼女が、その……。」
「パートナーのアロゥロ・ラゥアトです。」
「そ、そうです。」
「アタシも商団を率いててね。シィズ・カニエスさ。宜しくね。」
「よ、宜しくお願いします!」
アロゥロのフォローはあったものの、まぁ、及第点かなぁ。もうちょっとシャキッとしろって言いたいけど、あのシィズとか言う商人から何処かマレフィムっぽい抜け目のなさが……マレフィムは抜けてるか。とにかく、抜け目のなさをヒシヒシと感じる。正面衝突するにはルウィアじゃちょっと荷が重そうだ。
「早速だけど、進行方向からして行き先はタムタムで間違いないかい?」
「え? え、えぇ。そうですけど……。」
「ははっ! ちょうど良かったよ! 実はアタシ等もタムタムに向かっててさ。グレイス・グラティアから向かってた途中だったんだ。テラ・トゥエルナは比較的安全な地域だけど、この前魔物が出たって噂が立ったり最近じゃ神壇が動いたりで何かと不穏でさ。いざという時に協力出来る仲間がいたらなぁ……って思った所に旦那を見つけてね。いや、これはもうフマナ様の思し召しに違いないと……まぁ、そんなとこさ。」
「……は、はい?」
要約すれば連れションしようぜって事だろ? ルウィアは勢いに押されて疑問系で返してるけど、どうすんだ?
「一緒に行きたいって事ですよね? 旅の仲間は多い方が楽しいですし良いと思います! ね、ルウィア!」
「えっ、う、うん。」
「おぉ! 話がわかるねえ! まぁお互い商人だし、胡散臭さが体臭みたいなもんさ。だからこそ疑われる様な真似はしないよ。」
「そうして頂けると助かります。」
「うん!? 妖精族!」
行方が気になったのか、話し合いに文字通り飛び込むマレフィム。
「いや、荷台の上の竜人種と一緒に跳ねてるゴーレム族には気付いちゃいたけどまさか妖精族もいるとはね。……ふぅん。」
彼女は撫でられた時の
「私が居て何か問題でも?」
「あぁ、違うんだ。気に障ったなら謝らせてくれ。神聖視されるゴーレム族に位の高い竜人種、加えて帝国では珍しい妖精族だろ? 終いにはそれらを束ねているのが……あー……。」
「……亜竜人種とでも?」
少し厳しい声色でマレフィムが彼女が言おうとしていた言葉を当てる。”亜竜人種”は差別用語でもあるのだ。本人以外が軽率に使っていい言葉ではないよな。
「待て待て! 亜竜人種が竜人種を従えるのは事実
慌てて弁明しながら小屋並に大きい操舵席へ呼びかける。その声に応じてか、一人の
「……なんだ。」
声は低く落ち着いている。男……であっているんだろうか。この世界じゃ声の高さでも安易に性別を判断出来ないから困り物だ。
「ほら! この通り! ウチのサブギルド長がコイツなんだよ! これで差別意識なんてないってわかってくれるか?」
「…………。」
横に立つ背の高いリザードマンの肩を柔らかそうな羽毛が生えた手を伸ばしてパンパンと叩きながら説明するシィズ。
「…………ウチのギルド長が失礼を働いた様ですまない。」
「い、いえ! 特に失礼とは感じていないので!」
「まぁ、その件はともかくですね。同行の件についてですが――。」
「そうそう! 同行するんだからウチのメンバーを紹介しないとな! おい! お前ら全員降りろ!」
「いえ、そうではなく――。」
「まあまあまあ! アタシから同行を願い出たんだ。挨拶はこちらから先にさせておくれよ。」
マレフィムの言葉も聞かず自分のノリで事を進めるシィズ。やはりアイツは出来る。
そう感心している間にもぞろぞろと様々な様相の奴等が操舵席から降りてくる。操舵席は前方が見える二人席と、左右に壁に背中を向けて向かい合う形で座れる後部席があるみたいだ。一般的サイズの不変種なら大体六人から八人乗れる感じだな。それだけでルウィアとの各の違いが……それよりもだ。降りてきたのは獣人種が三人と植人種っぽいのが一人。もっとわかり易く言うとカピバラっぽいのが二人、牛が一人、木が一人だな。
「どうも! 話は聞いてましたよ! 俺はマイン・バルタです!」
「アテシはサイン・バルタ!」
血縁か何かか。ウィールには余り似てないけど、ネズミっぽい種族は今あんまり見たくない……。
「お前ら、紹介はまずサブギルド長が先だろう。話を聞いてたんじゃなかったのか?」
マインとサインを優しそうな声で嗜めるのが灰色っぽい茶色の肌をしたガタイの良い……恐らく男性。
「全く……あー、俺はエルーシュ・ワインダー。先輩ではあるが、マイン達と同じで”下っ端”だ。宜しく頼むよ。」
「お、おいらは……。」
エルーシュの隣に立つ最も背の高い牛男。つまりはミノタウロスが自己紹介をしようとした時だ。
「ちょっ、ちょっと待ってください! ソーゴさん! 降りてきて下さい! 流石に失礼ですよ!」
それを遮ってマレフィムが俺を呼んだのだ。だが一理ある。相手が信用出来るか出来ないかは置いておき、挨拶くらいしっかり受けた方がいいだろう。
「……おぉ。」
俺も向こうのサブギルド長を真似て威厳がある風に荷台から降りる。胸を張り、頭を挙げて気持ちでは相手を見下す。……怒られない具合に。
「おぉ、じゃないですよ! 話は聞いていましたよね?」
想定以上の当たりの強さに少し腰が引けたが、話は聞いていたという返答で反撃する。
「勿論。シィズさんにサインさんとマインさんにエルーシュさんだろ?」
ほら、覚えてるだろ? みたいなドヤ顔をするがバカ正直に答えたのは失敗であった事がすぐにわかる。マレフィムは大声こそ出さないがその目が語る言葉はこうだ。『何故聞いていたのに降りて来なかったのか?』 いや……えっと……なんでだろうな。
「いや、すみません。ウチの不躾な者が。」
「……あ、あぁ。」
突然開く不自然な”間”。シィズが戸惑ったせいか会話の流れ? 雰囲気? が少しこちらに寄った気がする。まさか意図して……? まさかな。
「自己紹介。続けてどうぞ?」
「え? あぁ、そうだそうだ。」
「お、おいらは……。」
「そう、こいつはゼルファル。ゼルファル・ケックって言うんだ。」
「えっ、は、はい。ゼルファルって言います。宜しくお願いします。」
オドオド系か。ルウィアとキャラが少し被ってるな。オドオド系の言葉って音で聞いても文字で見ても
「……俺はアルレ・ザハテだ。」
「そう! この六人で商団ギルド……『
そう言ってアルレを示すシィズ。しかし、富の富……? 変な名前だな。
「私はルウィアさんの友人であるアメリです。そして……。」
マレフィムは流れからか俺に視線を流す。考えるまでもなく自己紹介をしろって事だろう。こんなくだらない事で怒られるのは御免だ。ここは大人しく従おう。
「俺はソーゴ。宜しく。」
「です。そして、彼がファイ。見ての通りゴーレム族です。」
『……チキッ。』
「いやぁ、偶然とは言え凄い商団と一緒に仕事出来て嬉しいよ。でも、代表はルウィアの旦那、でいいんだよな?」
「えぇ。」
「だ、代表……。」
「それじゃあ片道とは言え宜しく頼むよ。しかし、夜の護衛くらいはこっちも手伝おうと思っていたんだけど、竜人種にゴーレムがいたら必要ないねぇ。寧ろアタシ達まで護ってもらいたいくらいだよ!」
そう言って笑うシィズだったが、マレフィムは空かさず釘を刺す。
「手伝いませんよ?」
「わかってるって! だからただじゃなく有料でならどうだい?」
「有料?」
それは予想外の提案だった。だって普通ならあんな嫌味みたいな事言われたらただの冗談だよって言って躱すだろ。それをそのまま商談に持ち込むのかよ。
「幾ら欲しい? ウチも大事な荷物を運んでるんでね。受け取ったからにはしっかり護って貰いたい。つまり、やる気になる分だけの額は出すよ。」
「……。」
護衛の相場なんてわからんぞ。そもそもこういうのって護る対象の価値によって比例して上がるんじゃねえのか? 危険度とかさ。
「どう致しましょう?」
「……。」
マレフィムはルウィアに尋ねる。そう、代表はルウィアだ。俺やマレフィムが考えた答えを述べる時ではない。しかし、マレフィムから問われたルウィアは全く動じず何かを考えている。少しは成長したんじゃないだろうか。
「……すみません。」
どうやら答えは出たようだ。
「流石に……責任が大き過ぎます。その、万が一の事があれば僕は全てを失う事になってしまうんです。なので、あの、有り難い提案だとは思うのですが、契約は受ける事が出来ません。」
明確な拒否と言える返答だな。
「歴史に残る戦力の片鱗を仲間に連れているというのにこの商談を断るのか? ……と、言いたい所だけど、アタシも代表だ。商人は賭博師じゃない。しょうがないかな。」
「本当に、すみません。でも、もし、何かあった時はお手伝いします……!」
「ほぅ。金じゃなく信用を推すのかい。そういう熱い男は嫌いじゃないよ! なんなら今夜アタシを抱いてみるかい?」
「「「!?」」」
シィズの過激な冗談に俺達は揃ってアロゥロを見る。というか、ルウィアまでアロゥロを見てるっていうのはもう答えそのものだよな。
「え? 何? なんで皆私を見るの?」
幸か不幸かアロゥロは何も理解していない。
「ははぁん。なるほど。こりゃ悪い事しちまったね。まぁでも、アタシがルウィアの旦那を気に入ったのは本当さ。抱きたきゃ来な。いつでも相手してやるよ。」
「……。」
俺も含めた此方側全員が固まっている。抱くって冗談じゃねえのかよ。ってかこっちの世界でも抱くって変わらずああいう意味だよな? あの鳥と? ルウィアが? んんんんんんんエロい絵面が全く想像出来ない……!
向こうの他のメンバーが全員苦笑いだったり困ったような顔をしているのを見た限りシィズはそういう人なんだろう。
「んじゃあ大体は臨機応変でって事だね。時間も勿体無いしもう行こうか。お前等名前は覚えただろうな! 後で間違えたら承知しないよ!」
流れる様に操舵席に再び乗り込む一行。俺達は……なんというか衝撃があまり抜けきっていない。が、モタモタもしていられないので無言のまま所定の位置へついた。
発進後、一人だけ無邪気な雰囲気を醸し出すアロゥロが放った一言。
「凄そうな人に気に入られてよかったねルウィア! いいなぁ。私もフワフワの獣人種抱いてみたい!」
で、凍り付いた事は忘れられない。
ミィでもそれの予防は出来ないからな。
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