奇人の囀りと樊の友

第140頁目 奇跡って良い事とも限らないよね?

 静寂……否、沈黙。珍しくアロゥロですら言葉を放たない。深々しんしんと舞う雪の中を走るエカゴットも何処かいつもより大人しい気がした。そう言えば、静かな場を『シーン』で表現するのって不思議だよな。この世界ではそれの代わりとなる表現がない。俺の思考は全部日本語だから関係ないんだけど、話の場で『シーン』って大袈裟に言いたい時とか困りそうだよな。


 なんとなしに隣を見るとマレフィムがミィに包まれてうたた寝をしていた。今、ミィは全員の体温を管理している。俺達が凍死せずにあの過酷な旅を終えられたのは間違いなくこれのおかげなのだが、温度を上げて貰い過ぎると気持ちよすぎて眠たくなっちまうのが難点だ。


「ルウィア、止まって!」


 急にそう叫んだのはアロゥロだった。


「え?」


 肯定というよりは疑問をていした風な返事ではあったものの、ルウィアは相棒の指示に従ってブレーキを掛ける。強めなブレーキで俺の身体が前方に吸い込まれる様な感覚を覚えるが、この程度ならまだ問題ない。それより何があったというのか。


「ア、アロゥロ?」

「静かに。」


 愛しのルウィアすら黙らせるなんてただ事ではない。だが……その理由はすぐに肌で感じとる事となった。


『ズズズン…………ズズズン…………ズズズン…………。』


 不思議なリズムの地響きが聞こえる。……またトラブルなのか?


「この音……多分間違いない。『神壇しんだん』が動いてる。」

「『神壇』ってあの有名なゴーレム族の……?」

「うん。動かない時は何百年も動かないのに……なんで? あっ、ほら!」


 俺は目を疑った。


 アロゥロが示した先には雲を突き抜ける細い柱が一、二、三……九本? それがゆっくりと動いているのだ。あの上には何があるってんだ?


「す、凄い! 動いている神壇が見られるなんてっ!」


 ルウィアが興奮を抑えきれない声で喜ぶ。あれ、ゴーレムなのかよ。


「うん。私も噂でしか聞いたことなかったからびっくり。」

「神壇って特に害はないんですよね?」

「そうだね。それどころか、出来るだけ生き物を踏まないように歩くんだって。」


 三本ずつの束が三つあるあの柱がその神壇とやらの脚なんだろう。雲の上に本体があるとしてもどれだけ大きいのか想像も出来ない。しかし、ゴーレムって蜘蛛みたいな形ばっかりだな。せっかくのロボットなんだからもっと巨大人形兵器なのも見てみたい気はする。


「ひゃあああああ!!」

「!?」


 思わず飛び出しそうになった心臓を撫で下ろし恨めしそうに奇声を発したマレフィムを見る。


「し、しし、神壇……!? 私が生きている内に一度でも動いている姿を見られるなんて……!! あぁ! フマナ様! 感謝します!」


 どうやら俺の抗議の視線にかまっている暇なんて無いらしいマレフィムは、狂喜乱舞を記録として書き残す。


「うーん……どうしようかな。」

「アロゥロ? 何か気になる事でもあった?」


 ……おわかりだろうか。いや、遠くで歩く世紀の大発見じゃなくてだな。最近ルウィアが少しずつアロゥロに対して口調が砕けてきているのだ。これはもう一仕事を終える前にゴールインか? やるなぁルウィア! お兄さんは応援してるぞ! もう初仕事で金も名誉も女も全部ゲットだな!!


 ……。


 …………。


「………………はぁ。」


 誰にも気づかれないよう俺は溜め息を吐く。テンションが上がりきらない。原因はわかりきっている。数百年に一度のイベントだろうが、友達の恋愛事だろうが、美味しい食事だろうが……何を考えてもよぎるこの世から消えた友。


「(……やっぱり皆にウィールの事、話してもいいんじゃないかな。)」


 全てを知っているミィだからこその提案だ。でも、変な気を遣われたくないし、これまで何も考えずにベスを狩って食ってた奴がいきなり一匹のベスを気に入りそれが死んで落ち込んでるって馬鹿みたいじゃねえか。前世で例えるなら『養豚場で気に入った豚が殺されたと泣き喚くガキ』と言った所だろう。多分そのガキはこれまで嬉々として豚カツを平らげ、その後も数カ月後には豚丼を食べているだろうと思う。ベジタリアンになるという選択をするガキだっているだろうが、俺はそんな風にはならない。この世界にはアロゥロの様な植人種がいるのだから。


 いつだったか、俺がマレフィムに言った言葉。『結局食うか食わないかなんだ』。なら、ザズィーがウィールを食う気で殺したとして、俺はそれを許せたか? ザズィーがウィールを食わなきゃ死ぬみたいな状況だったとしてもだ。俺はそれを許さなかっただろう。結局俺が納得する選択肢にウィールが死ぬという要素はありえなかった。


「(話した所で悲しさが減る訳じゃねえだろ。)」

「(そうだけどさ……。)」


 ありがちな言葉だが、実際に経験してみればわかる。話して楽になれるなら話す。でも、それ以上に周りに迷惑を掛けたくないし、優しくされる事で更に傷付くのが怖いんだ……。


「え? 危険?」


 先程とは調子の違う驚いた声を挙げるルウィア。不穏なワードだけが耳に残ったので、陰鬱な考えを止めて話を聞く。


「神壇が移動する時って自分に危機が迫った時なんだって。だからアレは……首都、グレイス・グラティアのある方向だね。あっちには行かない方がいいいと思う。」

「な、なら大丈夫かな。グレイス・グラティアの近くを通る予定もないし。」

「でも、あのファイを襲ったゴーレム族もグレイス・グラティア近くから出たんじゃなかったっけ……。」

「えっと、関連があるって事?」

「あくまで憶測だけどね。」


『ズズズン……ズズズン……ズズズン……。』


「あ、アロゥロ……神壇、こっちに近づいて来てない?」

「みたいだね。でも、大丈夫だと思うよ。」


 地響きで大樹の上から雪塊が降ってくる。あれ自体は無害なんだろうけど、振動を考慮するとあの望遠石柱カリフラワーには近づかない方が良さそうだ。下手に近寄ったら降ってくる結晶に身体を切り刻まれてしまう。


「でも、またがれて万が一の事があったら嫌だし、距離は上手く調整して進もうか。」

「う、うん。」


 やはり地元という事もあってかアロゥロの知識は頼もしい事この上ない。竜人種の国マーテルムでもテレーゼァに偶然会えたし、ルウィアって今年で運を殆ど使い切ってるんじゃないか? 商談も全て上手くとり纏まったって聞いた時はマレフィムが手伝い過ぎじゃないかって思ったけど、割と無茶やったみたいだし俺達とはタムタムで別れるんだ。そこからルウィアを手伝ってやる事は出来ない。


 ……タムタムに着いたら解散か。なんだかあっという間だった。


『ジ……ジジ……キュィ……ジッ……。』


 引き車の脇で奇妙な音を立てて神壇を凝視しているかの様な姿勢のファイを見る。コイツがいたらルウィア達の身の危険みたいなのはないだろう。でも、どうしたんだ? やっぱり、同じ種族だから神壇が気になるのか?


「はっ!」


 方針が決まったのか、ルウィアの鞭で引き車は再び進み出す。


「ついています! やはりソーゴさんは何かを引き寄せる能力を持っているんですよ!」

「……どうだかな。」


 嬉しそうなマレフィムとは対照的に下がる気持ち。俺が引き寄せるのいつだって不幸だ。



*****



 テレーゼァと別れて数日。その日も雪が積もる道を進んでいく。別れの余韻も気付けば雪に冷まされたのか、また少し前の様な明るさが戻ってきている気がする。俺だっていつまでも悲しんでばかり居られない。理由すら話していないんだ。自分から立ち直らないでどうするんだよ。


「ここって光の森って言うんだっけか。」

「そうですよ。由来は……語るまでもないですよね。」

「望遠石柱だったよな。確かに明るいけど安直な名前だよなぁ。」

「しかし、光っているのですから誰にでもわかり易いという意味では優秀な名前と言えます。」

「名前に優秀も何もないだろ。他に光る森があったらどうするんだよ。」

「そんなの私が知る訳ないじゃないですか。現地の人のセンスの信じるのです。」


 そんな雑談も出来るくらいには俺にも余裕が生まれていた。夜はミィとファイに任せ寝て、昼は皆が起きているという体制に戻している。


「神壇、動かなくなっちゃったね。」


 操舵席では飽きずにルウィアとアロゥロが話している。神壇が前を横切ったあの日の夜、俺は神壇の身体が降りてくるのを朧気ながら見る事が出来た。暗闇の中、雲を突き抜ける円盤は、所々を光らせながら静かに降下していき大樹の影に隠れていった。方角は白銀竜の森側である南。アロゥロ曰く大河の近くだそうだ。アレだけ長い脚は伸縮式ではなく折りたたみ式。木々の隙間からは時折、二つ折にされても十分に高い膝が垣間見える。いったい何目的で造られたロボットなんだか……。


 なんてぼーっと考えていた時だ。右手からやってくる大きな引き車が見えた。俺達は今、道らしい道を走っていない。それは単に道が存在しないからだ。そもそもこの辺りを走る引き車がまず少ないだろう。そんな場所であんな大きい引き車とは珍しい。操舵席に屋根があり、それを引くあの動物は……? 猪? 牛? 簡単に説明するなら馬か牛から頭と首を取って代わりに平角を二本生やした様な見た目だ。しかし、長く太い四脚は俺の知ってる馬や牛より太い。ってか頭は何処なんだよ。目は…………あった! 肩辺りに瞳が見える。此方側からは片目しか確認出来ないが、裏にも同じく目があるのだろう。


 うん。わかった。わかったけどそれなら口は? 鼻は? なんだか奇形動物を見ているようで気味が悪い。下半身はまんま馬か牛のソレだ。尻尾は……牛っぽい、後ろ足の陰から生殖器らしき物も見える。あとは……背中の毛がたてがみみたいに逆立っているくらいか。あんな動物知らない。それが六頭程。進行方向は俺等の向かう方向に近い。と言うか、意図して近づいてきている?


「こんな所で珍しい。行商人の様ですね。」

「なんか気持ち悪いなあのベス。……ベスだよな? あれってなんなんだ?」

「アムですね。力が強く、重い物を牽引する際に用いられます。しかし、引き車が大きいのは確かですが六頭だなんて、余程商売が成功しているのでしょう。……無駄に感じますけどね。」

「ふぅん。今回の旅の体験を考えると牽引するベスの予備とか必要な気もするし、無駄でもないんじゃないか?」

「確かに。仰る通りですね。行商人とは私が思っている以上に大変で危険な仕事だとよく理解できました。」


 今迄にあったアクシデントの数々を思い出しては思わず溜め息が出る。マレフィムも同じくなんとも言えない表情だ。


 空輸に切り替わるんだっけか?


 俺も次の目的地まで空輸されてえよ。


 

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