第120頁目 死んでも幸せなんて事あるの?

「”真の竜人種”よ、話がある。」


 ネズミ達が捧げ物を終え、ひれ伏す者が一人もいなくなった時だった。俺はウィールの側で目を覚ますのを待っていたのだが、そこへ先程の白い大蛇が話し掛けてきたのだ。いったいこれ以上何を話す事があるというのか。しかし、生理的な拒絶以外でそれを断る理由がなかった。


「お前は小さいとは言え、脅威には違いない。その青き心を見るにまだ幼いのだろう。親には……およそ見放されたのだろう。」

「……そうだよ。」

「やはりな。禍着まがつきであれば致し方あるまい。」

「それで? 言いたいのはその嫌味だけか?」

「そうささくれ立たせるでない。言ったであろう。私達に置いてお前は上の存在であり、脅威なのだ。怯えてしまうだろう。」

「そんな訳があるかよ。」

「あるのだ。お前は上、私は下、そして、その戦奴せんどは更に下だ。」


 頭の中で瞬間的な熱を感じる。しかし、それを表に出せる程身体は軽くなかった。


「聞け。私達一族はこの奴隷達に神とあがめられている。」

「はぁ? お前等が神ならお前等を駆逐出来る”真の竜人種”達は何になるんだよ。大神様か?」

「その通りだ。私達と”真の竜人種”との戦いは神々の戦いと捉えているのだよ。」

「あぁ……?」

「生きる為に神を求めそこに私達を当てはめた。理由までは知らぬ。しかし、私達は神でないと説明をした所で聞く耳を持たない。……寧ろ私達にこそ神が欲しい。亜竜人種であろうと蔑まれない大地を提供して下さる神がな。せめてもの思いで人の少ない地に平穏を求めたのだ。だが、何処に行こうと染められた意思があり、亜竜人種を蔑むという常識があった。ならばせめて自分達だけの社会に留まろうと外族に成り果てたのだ。そこにいたのが此奴等、ルシュー一族いちぞくである。」

偶々たまたまいた奴等を無理やり従わせたのか?」

「そんな事はしていない。私達はウナに襲われ滅びかけていた此奴等を救ったまでだ。するとどうだ。勝手に神とまつり上げ、今では餌として己が身すら投げ出してくる。私達には願ってもない事だ。外に出ず、餌まで手に入る。そして此奴等にも私達が必要だ。共生と言っても良いだろう。そういう意味では私達は単純な主人と奴隷の関係とは言えないかもしれんな。」


 みと語る蛇。だが、今なんて言った? オノガ”ミ”スラ、ナゲダシテクル?


「お、お前まさか、奴隷を食ってるのかよ……!」

「もう食べ飽きているよ。近頃はめっきり食べていない。それに、考えなしに増え続ける種族だ。数が増えればそれを養うために食料が必要であり、土地も必要なのだぞ。間引かねばやがてここが知られ里は屠殺とさつ場に成り果てる。その時とはなるべくしてなるものだ。そうだろう。」


 なるべくして……? 仕方ないってのか? 自分達の為に尽くす人の命が寿命を待たずして消えていく状態が?


「彼奴等はさかしい。命より尊き物を定め、生に安寧を生み出した。真に羨ましき事だ。」

「命より……?」

「そうだ。彼奴等は神に尽くす事を最大の幸福として定めた。それは私達白蛇族と最も異なる点であり、最も、相容れない事でもある。私達は幾ら蔑まれようと生から目を逸らす事などない。だからどうか小さき”真の竜人種”よ。私達から平穏を奪わないでくれ。」

「……別に、俺だってお前等に死んで欲しいって思ってる訳じゃない。」


 俺は、命の扱い方とか……そんな大袈裟な理由でいきどおっていた訳じゃない。結局は大事な友人であるウィールを傷つけた事がしゃくさわったんだ。一瞬だけぶん殴ってやろうかとも思ったけど……。


「ならばそっとしておいて欲しい。彼奴等にこの今を変えたいと思っている者はいないのだから。くれてやる気はないと言ったが、里を出て行きたいという者が居ればそれを引き留める気もない。私達は彼等にとって神でないといけないのだ。」

「……大層なお役目だな。」

禍着まがつきであるお前ならわかるはずだ。何処にいようと無数の鎖が一挙手一投足を縛るあの感覚が。」

「(彼等の言いたい事は私もよくわかるかな。人が勝手に当てはめて来る型っていうのは本当に厄介。)」


 ついにはミィまでもが同調し始める。強制的な死が肯定されるという世界が正しいってのかよ……。


『……グッ。 ……ァ……ソーゴ?』


「! ウィール! 目を覚ましたのか! 大丈夫か!?」


『○○○……ふぁ~……。』


 何かをささやくと大きく欠伸あくびをし始めるウィール。


「よく寝たと言っている。」


 大蛇が空かさずウィールの言葉を翻訳して俺に伝えてくる。しかし、ウィールがその存在に気付くと勢いよく立ち上がり小さく地面にうずくまってしまった。


「お、おい!」

「無駄だ。これは私達が教えた身を捧げる為の姿勢。と言っても此奴等は常に動く事を止めぬからして静止の仕方を教えた所、誤って伝わっただけだがな。」

「そうなのか……?」


 待て。この格好が身を捧げる為の姿勢だって? ならさっきの大人のネズミ達が俺にしたのは…………嫌な推測はそう。


「俺は、奴隷なんて悪い事だって思ってる。あんた等もそうか?」

「私達にも誇りがある。腐った貴族共が快楽を追求し、その道中で使い潰されるような奴隷なんていうのは正にむべきものだろう。しかし、私達は奴隷がいなければ生きていけない。娯楽の為に必要とされた奴隷とは一緒くたにされたくないものだが……奴隷は奴隷だ。」

「つまり悪いと思っているって事か?」

いな。お前は奴隷か?」

「は? い、いや、違うに決まってんだろ。」


 急に質問を質問で返され戸惑ってしまったが、当然の答えを述べる。俺は誰の奴隷でもないし、過去になった事も無ければ、これからなる気も無い。


「私も奴隷ではない。故にだ。私達はどちらも奴隷の良し悪しなど語れぬのだよ。」

「どういう事だよ。奴隷はお前等の為に尽くした挙げ句、増えたらどうしようもなく食われるんだぞ?」

「私達の里に関してなら去る者は追わぬし、労働は強制していない。間引きに関しては……双方合意の上だ。」

「双方合意? 里から追い出せばいいだけじゃねえか!」

「里から出てもいるのは凶暴なベス達だ。つて等も当然無い。納得のいかない死と納得のいく死。選べるならどちらを選ぶかという話だろう。無理やり里から追い出される辛さ等お前にはわからぬだろうがな。それに、里が恋しいと里の近くに居座ろうものならここが知れてしまう。そうなったら全滅だ。」


 学校ではどう教わった? 全ての権利を奪われ、人として扱われない”何か”。それが奴隷だったはずだ。


 人として……?


 人ってなんだ?


 人ってなんなんだよ!!



 ―― フマナ語話せないっていうのは人じゃないって事なの。だからフマナ語を話せない人はベスなんだよ。



 以前ミィから聞いたそんな一言が頭をよぎった。ここはそういう世界なんだ。俺が知っている”人”とこの世界の奴等が言っている”人”は違う。それが正しい? 悪い? 皆痛い事は嫌だろ。死ぬことだって……それって皆そうなんじゃないのか? 死んでも手に入れたい何かなんてあるのかよ……!


『○○○、○○○○○……!』


 ウィールが突然姿勢を変えずにくぐもった声で何かを言い始めた。それに反応する大蛇。


『○○○○。』

『! ○○○○、ァソーゴ!』


「……ふむ。どうやら此奴はお前に自分達の巣を見てもらいたいらしい。私は通訳として付き添う気など無いが、戯れを邪魔する気もない。飽きるまで見学するといい。だが、帰る時には此奴等に教わった道を通れ。そして、ここを周りに吹聴ふいちょうするような事があれば……例え身が朽ちアストラルだけに成り果てようと恨み、呪い、くびり殺す事を誓う。」


 声のトーンを変えずに恐ろしい事を言ってくるな……。だからこそ真に迫る本当の思いというのを感じ取れる。


「し、しねぇっての……。」


 思わず声が震えてしまった。


「ならばよい。」

「此奴について行け。」


 大蛇は静かにそう言ってウィールに何か告げる。するとそれを受け取ったウィールはガバっと立ち上がり、巣穴の一つへ跳ねていった。あいつは大蛇に絞め殺されそうになったことをなんとも思ってないのか……?


『○○! ァソーゴ!』


「お、おう。今行くって!」

「……。」


 気付けば大蛇は背を向けて槍を持った他の白蛇族と崖壁がいへきの亀裂の奥へ向かっていた。その奥には何の光も存在しない。やはり竜人種という事もあって俺と同じように熱が感知出来るのかもしれないな……ってそんな事はどうでもいい。早くウィールの後を追わなければ。


 俺達はまた地下へ戻る。ウィールを見失うという若干の恐怖を遠ざけるため、なるべく間隔は開けず縦横無尽にクネクネと曲がった道を進んだ。ウィールは俺が気になっていた巣の各部へ案内してくれたのだ。


 とある部屋には大量の毛皮が積まれていた。少し生臭さがあるが、それより脂っぽい匂いが部屋を満たしていた。大勢のネズミ達が毛皮を洗い、毛が生えてない方を擦ったりして肉片みたいなかすを取り除いている。本来はああやって毛皮を処理するのか……。ルウィアの荷台の上に貼っつけた毛皮とか雪で洗っただけだしなぁ。でも、こいつら既に毛皮があるのに加工して何に使うんだ? ……貢物みつぎものって事かね。


 ふと横を見れば完成品と思われる毛皮が干されていた。色は殆どが茶色系か白系だ。毛皮じゃねえのもあるんだな……。興味本位からそれに触れてみる。


「ほぁ~……やわ……。」

「(勝手に触っていいの?)」

「(少しくらい大丈夫だろ。)」


 裁断は骨ナイフでやるのか……。どう使うかわからない小道具は全て白い。つまり骨で出来ている。梳き木より骨が主な加工材料って訳だ。骨ってそんなに加工しやすいもんなのか?


『○○○! ○○○○○!』


「うんうん。ここで毛皮を加工してるって事だろ?」


 そう言ってるんだよな? そうだよな? ウィールはすっかり元気になっている。本当にさっきまで気絶していたとは思えない。


『○○!』


 俺の反応に納得したのかまた何処かに行こうとするウィール。


「えっ、ちょっ、もうここはいいのか? 待てよ!」


 なんとも慌ただしい案内だ。しかし、次に連れて行かれたのはとても粉っぽい空気を漂わせる骨工房だった。骨の漂白から切断、研磨まで全部手作業である。骨の加工は主に石で出来た道具を使うらしい。……石の加工技術もあるなら全部石で作ればいいのに。


 工房を見渡せば家具、道具、罠や武器、装飾まで様々な用途で使われているのがわかる。そして、ここに来るまでで何度か見えたのだが革の工房も骨の工房も一つじゃない。色んな所に沢山あるのだ。そして、ネズミ達が小さいのに俺の身体が入るくらい広く作られているのは沢山の往来があるからという理由だけじゃなく。大きい貢物等が通らないからなのだという事がわかった。


 勝手な憶測に過ぎないが、そうとしか思えない。貢物の為にそういった工夫も凝らされていた。それが噛み切れない考えを垂らし込んでくる。そんなモヤモヤした気持ちでウィールの背を追うとまた一風変わった部屋に着いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る