第102頁目 邪眼の力をなめるなよ?

「……落ち込んでいるの?」

「……。」


 俺は今日もテレーゼァの翼に乗って陽の光をくぐる。昨晩はモヤモヤして全く寝られやしなかった。


「強さを見せて貰ったのはあくまでもついでよ。坊や達の食料を補充出来ればよかったのだけれど。」

「……そのついででボコボコにされたら落ち込むに決まってるじゃないですか。」

「それは私のせいかしら?」

「……違いますけど。」


 俺はヤギモドキに惨敗をした。狩りは俺に向かってきた二匹をテレーゼァが難無くほふって終了だ。マレフィムはあの傘みたいな形の変な木、『き木』から食用の木の実を採って、俺は自分をボコボコにした奴の死体をまとめただけ。最初の一体だけは不意打ちで仕留めたけど……なんと惨めな事だろうか。


「坊やは幸運よ。その弱さで今日まで生きてこられたのだから。」

「……。」


 舌打ちをしそうになった衝動をなんとか抑えて黙り込む。なんでそんな嫌味を言われなきゃなんねえんだ。そもそもアニマさえ使わせてくれたら余裕だったんだぞ。……俺がやるって言ったんだけどさ。


「私が少しだけ鍛えてあげるわ。……坊やに足りなかったのは竜人種の知識ね。」

「……竜人種の?」

「えぇ。まさか咳袋を使って水を吐き出すなんて思わなかったわ。」

「でも、火の吹き方を……。」

「知らないのでしょう。仕方ないわよ。私が教えてあげるわ。」

「(悔しいけど、私には火の吹き方なんてわからないし……一人前の竜人種になるには絶対必要だと思う。やったね! クロロ!)」

「……あ、ありがとうございます。」


 無茶な事も言ってくるけど、別に俺を突き放す訳ではないんだよな……。


 俺の姉妹達は母さんに教わったんだろうか……。


「坊やは、やっぱり魔法が下手ね。」

「へ、下手!? こ、これでも可使量かしりょうとか結構多いはずだし……! アニマだって!」

「アニマを操るのが上手いのは確かかもしれないけど、魔法を一々考えて使ってるでしょう。それでは駄目よ。走る時、跳ぶ時に坊やは一々考えるかしら?」

「かんがえ、ないですけど……。」


 でも集中しないと水なんて出ねぇし……出るだけでも駄目だし……。ってか魔法って魔力使って奇跡を起こすんだぜ? まず加護がないと使えもしないし、そうポンポン出来る事じゃねえだろ。


「私達の様な種族はね。魔法によって生きているの。坊やもそう。魔法を常時使っているのよ。それは寝ていても変わらないわ。」

「……え? 寝てる時は魔法を使えないから無防備になるんじゃ……。」

「えぇ、そうよ。でも完全にじゃないわ。加護を持っている種族はどんな時も自分が自分であり続けるという魔法を使っているのよ。坊やは寝ている時の記憶なんてないでしょうけど、心臓を完全に止めるのかしら? 夢は全く見ないの?」

「そんな事は……。」

「そうでしょう。魔法も同じよ。魔力を使う使わないの境界なんて曖昧なの。それなのに坊やは無理やり切り替えているつもりになっている。」

「で、でも、顕現なんて、するかしないかの二つの結果しかないじゃないですか。」

「……本当にそう思う? 坊やが魔法で出した水は、水なのかしら?」


 何を言ってるんだろう。水を顕現したんだから水じゃ……いや、違う。魔法で顕現したものはあくまで偽物だって教わったじゃないか。それが如何に本物に近かろうと偽物なんだ。……近かろうと? イメージの具現化とは言え、本物への近さがある。つまり、度合いがあるんだ。それは顕現するかしないかの二種類じゃない。


「坊やは出来ないと思っているだけよ。どうそれを思い描いてるかは知らないけども、目的を果たす為にそれがそれである必要を考えなくてはいけないわ。」

「それがそれである……理由……。」

「獲物を引き裂く為に必要なのはうるおいじゃないはずよ。」


 言いたい事はわかる。水なんか使わなくたって獲物は狩れるんだ。しかし、俺は水しか顕現出来ないんだよ。水が駄目なら何を使えばいい? 鉄か? 鉄を顕現するには……。


「考えるのが得意というのもまたかせね。まずは坊やが持ってる武器の把握をしましょう。とりあえず今は狩りに備えて眠りなさい。」

「そんな気になる事を言われたら……。」

「そういう所も未熟、だなんて言われたいのかしら?」

「……。」


 次こそはその鼻を明かしてやる。だからこそだ。だからこそ今は退いてやるんだからな!



*****



 その日の夜。適度に寝た俺はファイに引き車を任せてまた獲物を探しに行く。やはり雪山で熱源感知というのはとてもありがたい能力だ。獲物を見つけるのが楽で仕方ない。まるで超能力である。


「『ピット器官』は流石に使えているようね。」


 お馴染みの鹿型のベスの群れを前にテレーゼァが呟く。相変わらず此処等はき木のおかげか、雪崩虫なだれむしが騒がしい。


 にしても、ピット器官ってなんだ? 聞いたら馬鹿にされんのかな?


「……知らないのね。」


 うっ……聞く前にバレたか……。


「ピット器官は熱源を感知する器官よ。全員では無いけど、その器官を持ってる竜人種は多いわね。身体強化で研ぎ澄ましたりも出来るから上手く扱いなさい。ただし、指向性だから気をつけなくては駄目よ。あくまで眼の代わり、という感覚で使うのね。」

「は、はい。」

「それと……。」


 テレーゼァは突然ゆっくりと長く太い指を近付け俺の頭をつまむ。俺はその行動の真意がわからず、身体を強張こわばらせているのだが……彼女は全く気にせず俺の頭頂部を観察していた。


「な、なんですか……?」

「坊や……『頭頂眼とうちょうがん』が無いのね。」

「頭頂……眼……?」

「無い種族も珍しく無いから構わないのだけれど、坊やの様な竜人種には大体付いてるはずなのよねぇ……。」

「……え? 本当なら何か付いてるんですか?」

「えぇ、竜人種なら頭頂眼っていう第三の眼が備わってる場合があるの。」

「第三の、眼!?」


 だ、だだだ、だだ、第三の眼!? えぇー! やだ、なんでかすっごい胸がズキズキワクワクする! しかも『頭頂眼』って……最早邪眼とか出来そうじゃん! 嘘でしょ? ここでそんな飛び抜けたファンタジー要素入れちゃうの? ドラゴンが第三の眼を発眼するとか完全に裏ボスじゃん! あぁー! 経験値を溜める目的になってしまうー! 攻略サイトに名前が載ってしまうぅー!


「人の話は真面目に聞きなさい。」

「ぇっ、あっ、はい。」


 コンコンと小気味良く爪先で眉間を小突かれて我に返る。地味に痛い。


「頭頂眼……第三の眼……。」


 マレフィムは背後で飛びながらまたブツブツ言いながら手記にテレーゼァの話していた内容を書き記している。お前がいつも俺の頭頂眼を尻に敷いていたとするならはなは遺憾いかんなんだが。


「(うーん……それってまさか常識なのかな……私、全く知らなかったよ。ごめんね。クロロ。)」


 ミィのこの謝罪はどれに対してなんだろう。俺に正しい情報を教えてやれなかった事か、それとも、知らずに泥のコーティングで頭頂部を完全に塞いでしまった事に関してなのか。


 そう。つまり、今俺は頭頂眼とやらを確認する術が無いのだ。でも、生まれてこの方一回もその頭頂眼とやらが開いた事なんてないんだが……俺には無いのかな? いやぁ……あって欲しいけどなぁ……頭頂眼……。


「竜人種と戦う時は角を狙えと言われているのは聞いたことあるかしら?」

「いえ、ないです。」


 そもそも竜人種の倒し方なんて聞いたこと無いし。


「大戦時には驚異とされた竜人種を倒す為に流された一説よ。竜人種の角を折れば魔力の制御が正常に行えなくなる。だから角を折れってね。でもそれは弱点である第三の眼を狙わせないように私達が流した風説なのよ。」

「へぇ……。」

「ほぉ! ではあの文献は間違っていたという事なのですね! これは大変貴重な情報ですよ!」


 落ち着けマレフィム。でも、角が弱点っていうのはゲームや漫画じゃよくあった様な……同じく角で魔力がどうのこうのって。でも嘘なのか。


「あまり公には明かさないで頂戴ね。第三の眼なんてそうそう狙える物ではないけど、それで同族が傷付くのは嫌だわ。」

「承知しておりますとも! ただ、一つの真実を知れたという事に興奮しているのです!」

「でも、なんで第三の眼が弱点なんですか? 眼だから?」

「比喩ではなく本当に眼なのよ。つまり、そこに骨はなく、脳と繋がっているわ。そして、亜竜人種より真の竜人種と呼ばれる者達の方が目が大きい場合が多いの。厄介なものよね……。」


 つまり、ただの弱点って事か? メリットは? 格好良いだけ? その疑問のままに尋ねる。


「何か使い道とかないんですか?」

「あるわ。余分にあるから魔法の媒体出来るでしょう。」

「おぉ!」

「それって……。」

「そうよ。お嬢さんのご想像通り。普通の身体と同じって事ね。」

「ん……?」

「ソーゴさん……魔法の媒体にならない物なんて殆どありませんよ。」


 …………あ、そっか! ややこしい言い方すんなよ! 痛い思いをしていいなら幾らでも魔法で身体を弄れる世界だったわ!


「でも、あながち嘘ではないのよ? 竜人種は弱点だと思ってるからこそ頭頂眼を自分の使い易い様に変えるの。毎回、毎回少しずつね。」

「少しずつ? 身体強化魔法ですよね?」

「そうね。でも、言うならば……そう、思いが違うのよ。」

「思い?」

「一時的な変化じゃない。恒久的な進化を求めて魔法を使うのよ。自己暗示と同じだけど、切っ掛けを定める事が出来てしまえば自分の思っている以上の事ができる。それが魔法でしょう?」

「なるほど……。」


 もうマレフィムが好奇心のままに喋るから俺抜きで話を進めてるけど、つまり、頭頂眼はなんか可能性を秘めてるって事でいいのか? 邪眼とか出来るの? でも、邪眼ってまず何が出来るんだっけ……?


「話がれてしまったわね。とにかく、坊やには頭頂眼が無いみたいだからそこを守る必要がないわ。竜人種らしく堂々と牙と息吹で戦いなさい。」

「息吹って言われても……。」

「竜人種は咳袋の奥にある『穢臓えぞう』から『』を滲出しんしゅつさせられるの。」

「『』……?」

「『穢臓えぞう』に『』ですか……ふむふむ……。」

「『』は竜人種によって異なるわ。液体だったり気体だったり……一般的なのは燃料か毒ね。甘くて美味な『』を吐く人もいるって聞いた事あるけど……私は会った事無いわ。会ったとしてそれを口に入れたいとは思えないけれど。」


 『』…………もしかして……あのすっごい臭いアレか?


「それ、知ってるかも……やった事あります。すっごい臭くて……あまり、やりたくないんですけど……。」

は口にした物を穢臓えぞうが変えた物なの。だから……臭いのが普通よ。」


 それってつまりはウ○コじゃん? ドラゴンは口からウ○コ吐くん? ……って気体だからウ○コじゃなくてオ○ラなのか。いや、どちらにしろ嫌だわ!


「というか燃料か毒ってどちらにしろ危ないじゃないですか! 燃えたら火傷するし、毒なら自分が死んじゃうんじゃ……!」

「竜人種が火傷なんてする訳無いでしょう……耐熱性は全種族でも最上位の肉体を持っているし、穢臓えぞうが作り出した毒は同じく穢臓えぞうが保護してくれるらしいわよ。私も専門的な事に関してはそこまで詳しく無いのだけれどね。」

「ほぉ、便利ですねぇ。」

「でも、そのが燃えるとしてどうやって火を……。」

「はぁ……そうね。坊やの言う通りだわ。乗りなさい。」


 俺の言葉から何を汲み取ったのか、テレーゼァは小さく溜め息を吐いて翼を俺の側に置いて乗るように促した。俺はそれに疑問を覚えつつ応える。言う通りって……現状火を付ける方法は無いって事か? しかし、テレーゼァは俺を乗せた翼を大きく拡げた。


 虫が騒がしい。


「もしかして、帰るゥ゛ッ!?」


 ――圧。

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