涙を雪ぐ竜の誓い
第94頁目 秋の味覚と言えば?
「ソーゴさん。起きて下さい。」
「んー……。」
「夜の番をするとは言え寝過ぎではありませんか?」
「いーんだよぉ……夜のがさみぃーんだぞ?」
「これだけの毛皮があるのですから関係無いでしょう。」
俺はマレフィムに起こされてもぞもぞと張られた毛皮の中から出ていく。此処は引き車の上だ。俺達は順調な旅を続けて数週間、休憩の度に何匹か大型のベスを狩るというサイクルを続けていた。それにより干し肉と毛皮が増えていく。最近は陽気さも減り、夜になるととても肌寒くなるようになってきている。水浴びをしたい日が何日も続いた白銀竜の森での生活が懐かしく思えるよ。何にせよ。高速で走る引き車の上がどれだけの風に晒されるかという話だ。毛皮に包まってなきゃやってらんないぜ。
「ルウィアさん達はもう寝るそうです。」
「だろうなぉ……ふわぁ~……。」
太陽が出てる内はルウィアとアロゥロが交代で引き車を操り、夜は引き車を止めて俺とマレフィムが番をする。人のいないこんな道じゃ寝てる間にベスや野盗が襲って来てもおかしくない。だから仕方なく俺はそれを引き受けたのだ。っつっても用心棒として付いて来た訳だし、これくらいやらないとなんだけどさ。
「ミィ、昼になんか面白い事あったか?」
「特に無いよ。あ、でもルウィアがチキティピを獲って欲しいって言ってた。」
「無理。」
冗談じゃねえ。あんな気色悪い虫を捕まえるなんてごめんだ。
「私が精神損傷の時にルウィアさんの為に獲ってきたという虫ですよね? 私も見てみたいです。」
「今度アロゥロが獲ってくんだろ。そん時まで我慢しろ。」
そう、マレフィムとルウィアはすっかり本調子に戻っている。今ではミィの補助無しで一日中エカゴットを御しているなんて治るの早いよなぁ。数週間で治る傷だったかあれ?
「さーて、チキティピはともかく飯は確保しなきゃな。」
夜の番と言っておきながら実際に引き車を守るのはファイとミィである。俺とマレフィムはベスや食べられそうな植物を探すのだが、特に植物に関してはマレフィムが詳しいので、毒を含んだ物を採るといった昔の俺みたいな事にはならずに済んでいる。ミィも果物が手に入るので大喜びだ。あ、因みに引き車に残してあるのはミィの分身で本体はしっかりと俺に引っ付いている。
「よっ、とぉ~……。」
こんもりと沢山の毛皮を打ち付けてある引き車の天板から跳び降りて身体を伸ばす。近頃完全に昼夜逆転生活だ。あのロボットに襲われる前は番なんてミィに任せてたんだけどなぁ。何事にも不慮の事態は起きるってのは、当たり前だけど認めたくない事実だ。
「さて、と……。」
季節で言うならば秋なんだろうな。草木の葉は斑に色を変え、わかりやすく時の節目を俺達にアピールしてくる。遠くに目をやると月の光が折れ線グラフを描いていた。噂の雪山だ。どうやら俺達は見ていて距離感が狂う程高いアレに登る訳では無いらしい。あの山の向こう側に目的の村はあるらしいが……。
えーっと……なんて場所だっけ……。
*****
「だ、段々身が凍える様な気温になって来ましたね。『天の扉』の冷気が近隣に降りてくると言いますけど、それの影響でしょうか……。」
「……?」
ルウィアがポツリと漏らした言葉に誰一人マトモな返事を返さない。まさかのアロゥロまでもが首を傾げている。
「『天の扉』って何?」
「えっ? あ、あの眼の前に聳える雪山の名前じゃないですか。」
「『
「? な、なんです? それ。」
「だからあの雪山でしょ? 私達は『
「き、聞いた事あるような……。」
「知らないんだ。『天の扉』っていうのも初めて聞いたけど。」
「え、えぇ!? フマナ様の住む世界に続く扉があると言われている場所ですよ?」
「フマナ様の?」
俺は薄まった意識に気を灯してルウィアとアロゥロの会話に耳を傾ける。これからの目的地について何か情報が出るなら少しくらい真面目に聞いた方がいいだろう。俺の方から聞いて常識が無いなんて言われたくもないしな。んーと? ミィはともかく、マレフィムは寝てるな。フォローは最悪ミィに頼むとして、今は大人しく聞いておこう。
「そんな大層な山じゃないんだけどね。確かにこの大陸では一番高い山だけど。」
「一番高いんですから充分大層だと思いますよ……? それにその、『朧の幼冀』って言うのも大概堅苦しい名前だと思います。」
「それ、気分悪くするかもしれないけど、ホワルドフ王国を馬鹿にした名前なんだよ。」
「王国を? えっと、あの雪山の名前ですよね?」
「うん。王国の軍人のお偉いさんが、『あの山の白いのは全部上質な白糖で出来てるからあそこ迄前線を押し上げれば莫大な財を得られる!』なんて言って部下を鼓舞してたのをとある詩人が叙事詩にしたの。それが帝国に広まって『あの雪山は幼きアストラルを持つ者にとっての冀望の幻』って言われて……。」
「それで、『朧の幼冀』ですか。古めかしい言葉だと思いましたけど大戦時の……。」
「気を悪くした……? 別にもうみんな悪意を持ってその名前で呼ぶ人は殆どいないんだよ?」
「あ、いえ、大丈夫です。そんな事で気を悪くしませんよ。それに僕は、アロゥロがどういう人か知ってますから。」
「そ、そう。」
へぇー……戦争の傷痕って訳じゃないけどそういう影響みたいなのは残ってるんだなぁ。にしても戦争で生まれた呼称ならそれまでは他の呼び方をされてたんだろうか。『天の扉』? まぁ、本名よりインパクトあるあだ名が流行るってのは人の間でもよくある事だしな……。
「それで目的の場所はこの山の向こうなんだっけ? だとしたら西は山脈が伸びてるし、東側に行かなきゃだよね。」
「そう、ですね。山の東側まで着くといよいよ積雪の上を登坂する過酷な道程になると思うので、それまでにローイス達に防寒具を着せないと……イムラーティ村まではそこからも少し進まなきゃですし……。」
「やっぱりエカゴットにもそういうのが必要なんだね。私の分はソーゴが集めてる毛皮を借りようかな。でも、ちょっと臭いのだけどうにかしたいかも。」
「あー……。」
あーじゃねえよ。えっ? これ臭い? マジで? ってか聞こえないと思って言ってるんだよな? チョット待って。胸が苦しいんだけど。今まで俺ずっと臭いって思われてたの? 嘘だろ? 嘘だよな……?
*****
そんな事を思い出して俺は直ぐ様自分の身体の臭いを嗅ぐ。例え優れた嗅覚を持っていても、慣れというのは避けられない。既に自分が手遅れであるかどうかなど他人に聞かなければわからないのだ。でも、マレフィムはなんか良い匂いするんだよな。マレフィムも俺が渡した毛皮を縫い合わせて作った寝袋で寝ているのに……何か対策をしているって事だよな。俺も……。
って違う違う違う。そうだ。イムラーティ村だ。
「まだまだ肉の調達は必要か。セクト達の分も必要だからなぁ。」
「仕方ないでしょう。彼等には頑張って頂かないと。」
「まぁな。せめてミィが狩りを手伝ってくれたらいいのにさぁ……。」
「だーめ。これは魔法の練習でもあるんだから。」
「これだもんな……。」
「なぁに?」
「なんでもねぇよ。」
もうタムタムでバーザムから分けて貰った餌は尽きている。もし雪原のど真ん中でエカゴットが力尽きたらそこでゲームオーバーだ。ミィとファイがいるからどうにかなるかもしれないとも思えるが、先日のあの件を経験してからだと油断も出来ない。
――ん?
何かいる。俺の感知能力に引っ掛かる動物。それも複数が何かの意図を持って俺等を……囲んでいる? この熱感知、まだ不慣れだけどベス狩りで段々使えるようになってきてる。昔の俺なら多分気付いてないな。この寒い気温で生き物の体温は目立つんだぜ。
「(ヤっていいかな?)」
同時にミィも気付いたようだ。しかし、何の前触れなく行動しないでくれて助かった。町中じゃないとは言え、飯にもならないモンを狩りたくはない。まずは様子見だ。
「(待て、ミィはルウィア達を守る事に専念してくれ。)」
「(わかった。)」
「ソーゴさん?」
「(マレフィム、何かが周りを囲んでる。)」
「(え!?)」
「(だから俺の背中に隠れろ。)」
「(わ、わかりました。)」
俺の指示通りマレフィムは背中に隠れた直後だった。恐らく向こうは俺に気付かれていると察したのだろう。
『マーーーーーッ!!!』
そんな大声を上げた途端、各方向から無数の針が飛んできた。俺はそれを感じた瞬間に力一杯跳躍する。直後俺の居た場所に向けて飛んで来た針は沈黙していたファイの放つ強い光と激しい音により一瞬で蒸発。消えてしまう。……ファイの強さは身体が小さくなっても恐ろしいな。
「きゃっ!」
らしくなく可愛い声をあげるマレフィムに少し気が抜けてしまうが、命を狙われていてそんな悠長にはしていられない。俺は思いを込めて叫ぶ。
「ミィ!!!」
「わかってる!」
頼もしい返事が聞こえたと思うと、そこら中で水蒸気が弾けて周りが何も見えなくなってしまう。あのバカ! これじゃあ着地が!
「ぬおっ!」
「大丈夫ですか!?」
素っ頓狂な声を上げておっかなびっくり着地した俺だったが、マレフィムは空中で俺から離れて自力で飛んでいた。って心配してくれるのはありがたいけど!
「(ばか! 声を立てるな! そんで魔法で飛ぶな! 水蒸気がどっかいっちまうだろ!)」
「(クロロさんだって間抜けな声を上げてたじゃないですか!)」
不必要な言い争いをしている間にも……。
『な゛っ!』
『どぅっ!』
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!』
色んな方向から聞こえる濁った声と光。どれも聞き覚えのない声だ。つまりこれをやってるのは……なんて考えてると不自然な勢いで水蒸気が晴れていき一人の少女の形へなっていく。
「終わったよ。」
『チキッチキッ。』
そう無機質な声で告げてくるミィ。ファイは周りを確認しているみたいだ。
「……もう、ですか?」
「お疲れ。はぁ、急だったな。」
「相手に宣言してから襲う野盗なんていないよ。」
「そりゃそうだけどよ……。」
周りを見渡すが、亡骸は一つも見当たらない。
「ルウィア達は?」
「二人共呑気に寝てるよ。エカゴットも無事。荷台は急すぎてそんなに守れなかったけど多分大丈夫。あいつらもなるべく荷台に当たらないように避けてたみたいだか――。」
『ナーッ!!』
一つの低木の後ろから聞こえたその声に全員が身構える。
「まだ生き残りがいるのか。しかも一匹だけ?」
『ナーッ!!!』
「でも、変だね。仲間が全員殺されたのに居場所を明かすなんて。」
「……いや。」
あれは……。
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