第92頁目 仲良くなるのも時短できたらしちゃう?
心地よい
そして、今、あのベスにとっての危険は正しく俺の事だ。
「(こっちにはまだ気付いてないよ。)」
「(こんだけ遠けりゃそうだろうな。)」
「(マレフィムはあんなふうになっちゃったのに、それより沢山魔力を使ったはずのクロロがピンピンしてるのってやっぱり異常だと思う。)」
「(良い事じゃねえか。)」
「(……まぁね。)」
俺が精神損傷になった時はあんなに重い症状じゃなかったはずなんだよな……。マレフィムのあれは本当に精神損傷なのかって聞いても皆そうだって言うし……俺が変なのか?
「(どう? 出来そう?)」
「(ん? 余裕余裕。)」
ミィが心配するまでもない。群れの先頭に立つ一番身体の大きい角付きのベスは狙わない。食える肉は多い程良いんだけど、雌の方が美味しいしな。予定通りに二匹くらい狩ろう。既に群れの近くまでアニマは伸ばしてある。んで、と……。
俺は神経を研ぎ澄ます。それは大袈裟な表現じゃない。まず一つ。俺は目がいい。視覚で群れを良く観察するのだ。爬虫類は目がいいのかって? 知らん。俺、ドラゴンだし。そんでもってもう一つ、耳、聴覚だ。これまた俺は耳が良い。さっきと似た質問には同じ理由で答えられないぞ? んで最後に、これ。えーと……よくわかんない感覚、直感とは違うんだよ。なんかサーモグラフィーみたいな感じで見える訳じゃないんだけど、同じ様に熱を感じとれるんだよね。つまり……温感? 誰でも感じられるとか、触覚じゃねえかとか思うかもしんないけどそれが敏感になった感じ。違いがわかんのよ。俺、違いのわかる男ね。大穴の外に出てからはその感覚が段々と
そう考えると聴覚、視覚、触覚? まで良いとか俺かなりハイスペックじゃない?
そもそもドラゴンに転生したってだけで充分主人公っぽいんだよなぁ…ドラゴンに転生して魔力まで強くて他にも色々凄いとか……俺、主人公だわぁ……。
「(何ニヤニヤしてるの? まさかもう食べた時の事想像してる? 食いしん坊なのは仕方ないけど、今は集中しなよ。)」
「(大丈夫だって、こんなのはなぁ……!)」
警戒は最低限って感じだな。耳に他の肉食動物っぽい情報は入ってこないし、獲物や小動物以外の熱源も感じ取れない。標的との距離は二百メートルくらい……いくぜ! ウォーターバレット!!
アニマが伸ばせるようになった今! 真っ二つにしなくても獲物の脳天を狙えるようになったのさ! ドキューンとな!
軽いノリとは不釣り合いな一瞬の乾いた破裂音と悲鳴が湖の上で木霊する。
周囲の仲間に血飛沫を散らし、真っ赤な警告色で命と引き換えに危機を知らせる亡骸が二つ。仲間はそれを無駄にせず、弾けるように一方向へ逃げていく。
……元々更なる獲物を俺が欲してない時点で無駄なのかもしれないのか。
「やったね! 凄いよ! 完璧!」
俺は早速水に散った血を掻き乱しながら獲物の亡骸に近づいていく。
朱に染まり微動だにせず浮かぶ肢体……恐ろしいな。
命を奪うと勝手に心臓が高鳴る。例え、体温も感触も感じないやり方で命を刈り取ったとしてもだ。
……ベス相手だから良いんだけどさ。死んだあいつらは寸前まで水を飲みに来ただけの存在だったんだ。前世で例えるならコンビニにジュースを買いに行った程度の感覚。そりゃ、道中車に轢かれる事はあるかもしんないけど、それでも普通なら死んでしまう事なんて殆ど考えない。それに車に轢かれるなら寸前に『最悪!』とか『避けなきゃ!』とか考える余地があったかもしれない。でも、今俺がやったのはスナイパーを持ち出して此方の事を微塵とも思い浮かばせず命を奪うといった事に近いんだよな。これが出来る人がこの世界には沢山いるのか……俺もそのうち急に意識が途切れたりして……。
でも、それもただの空想に過ぎない。
「おぉ、思ったより大きいのを仕留めたな。」
「うん。一旦これくらいでいいんじゃないかな?」
「だな。他のベスは警戒してもうここに寄ってこないだろうしな。」
血、脳、頭骨を飛び散らせ水に浮く遺体を見ても、思わず喉が鳴ってしまう俺。
「ちょっと……?」
「わ、わかってるって!」
「それなら三匹仕留めれば良かったのに……。」
「確かに……!」
なんでそれが思い浮かばなかったんだ!
「……はぁ、今気付いても遅いよな。あ、せめて血を
「やめなよ。意地汚い。」
「ここには誰もいねえからな。ちょっと失敬……。」
水に軽く沈んだ頭を持ち上げるとまだ頭からはドクドクと生暖かい汁が流れ出ている事が良くわかる。
貫通してるんだもんな…………美味そうだ。
そう率直な感想を頭に思い浮かべると迷いなくその穴に口を付けた。
「ずぞぞぞぞぞぞ……。」
「もう……野蛮だなぁ……こっちは身体に血とベスの臭いが付きそうで嫌だっていうのに……。」
口内を満たすのは何も鮮血ばかりではない。白子の様にプリッとした脳片も味わえるのだ。血の淡い塩気と混じってまろやかな旨味が引き立つ。獲れたてってのは絶品だな。水の中にもこのご馳走が漏れちまってると思うと惜しい気持ちになる。だからって水に顔突っ込んで探したらそれこそミィに意地汚いと怒られてしまうかもしれない。
「はふぅ……。」
恍惚の一息を吐いて気合の一言を放る。
「……帰るか。」
「うん。」
俺は、ルウィアとアロゥロを信じてこれからの旅の為の食料と獲っていたのだった。
*****
「何か言う事は無いの?」
「え、えっと……。」
引き車の所に付けば、アロゥロが腰に手を当てルウィアを責め立てるように詰め寄っていた。あの二人の事なので喧嘩では無いと願いたいが、それでも心配なので報告も兼ねて一応様子を見にいく。
「戻ったぞ。」
「おかえり! 今回も大きいのを狩って来たね!」
「えっと、非常食、作ってみましょうか。」
「喧嘩してたのか?」
「喧嘩じゃないよ。ただ、私が旅に付いていくって話をしていただけ。」
予想通りの内容だ。俺はそれに口出しをするなと昨日言ったはずなんだが……。
「で、でも……。」
「はぁ……ルウィア?」
「わ、わかってますよ……! それでも、やっぱり心配なんです……!」
「なぁ、今から雪山に行くんだよな?」
「……はい。」
「そこでお前がファイより役に立てるならアロゥロを止められる。」
「そ、そんな……!」
ミィ程ではないが、未知数の可能性を秘めたファイにルウィアが敵うはずがない。しかし、アロゥロが来るならそのファイが付いてくるのだ。結局の所、自分の勝手に想像した危険から遠ざけていたいっていう我儘に過ぎないんだよな。襲われた時と同じ、皆で協力する事こそ一番安全で納得出来る方法なんだよ。
「……な、なら! アロゥロ! 僕から、絶対に離れないでください……! それが約束出来ないと連れていけません!」
「え、えぇ。(別に言われなくても離れたくなんて……。)」
アロゥロのいじらしい小声は俺の耳にしっかりと入ってくる。獲ってきたばかりの肉が甘煮になっちまいそうだ……。俺に出来る事は何時も通り接してやる事だけ。
「……ご、ち、そ、う、さ、ま!」
「な、なんですか?」
けっ! なんて空虚な気持ちになれる事なんでしょうかね! 全くよ!
「そろそろいいですか……お教えしたいのですが……。」
足元から聞こえる小さい声。マレフィムだ。まだ精神損傷が軽く残っているので反応は鈍いが会話は出来る。今から、マレフィムに寒冷地へ持ち込む非常食の作り方を教わるのだ。
「ミィ。」
「わかってる。」
ミィは俺の呼びかけと同時に優しくマレフィムを包み俺の頭の上に固定する。足元にいたら誤って踏み潰しそうになるもんな。そう考えると妖精族の精神損傷って滅茶苦茶危険じゃねえか。今後はこうならないように守ってやらねえと……。
「……えーとですね。……なんでしたっけ。」
「燻製のやり方だろ?」
「……そうでした。やり方は果物の
「だろうと思ってある程度血抜きはしておいた。」
「血抜き?」
不思議そうな顔をするアロゥロ。そっか、こいつもマレフィムと同じで肉を食べ慣れていないんだ。
「えっと、仕留めた動物から血を抜くと更に美味しくなるらしいんです。」
「そうそう。」
「だからそのベス、ズタズタになってるの?」
俺の狩って来た獲物を見てそんな事を言うアロゥロ。その通り、ベスは俺の爪で切り裂かれてボロボロである。おかげで俺が歩いた後は綺麗に赤い跡が残っていた。背中も血でべっとりである。そうなった理由というのも……。
「あー……太い血管が何処にあるのかは知らないからそれっぽい所を爪で切ったんだけど……。」
「当てずっぽうだからねぇ。」
呆れた様にいうミィ。仕方ないだろ。そんな専門的な知識持ってねえよ。普段は血抜きせずそのまま食っちまうし。
「……まぁ、いいでしょう。果物なら数日間天日干しにして水分を抜きます。これをミィさんが行って下さい。完全に水を抜ききるのではなく、触っても水分が手につかなく、弾力が残っている程度です。」
「わかった。」
「そして今回は水分を抜くと同時に肉に塩分を含ませると良いでしょう。」
「それなら塩を少し身体に溶かさないとだね。」
「塩なんて微量なら色んなとこにあるだろ? そっからとれないのか?」
「私は水の精霊なの。塩自体を操作なんて出来ないってば。水に溶かした塩をなら取り出せるけど、塩だけって指定出来ないから不純物も混ざるしね。」
流石にそこまでは万能じゃないか。水が何にでも使え過ぎて、てっきりなんでも出来る気がしていた。塩はタムタムで買っておいてあるからいいけど。
「じゃあ仕方ない。これを使うか。」
「そうして。私が含んで身体の温度を上げればすぐに溶けると思うし。」
それが出来るだけでも凄いんだけどな。
「で、えっと? 水分を抜いて塩分を染みさせれば良いんだっけ?」
「……はい。」
「大丈夫なの?」
「……何がですか?」
「君がだよ。」
「……少し頭がぼうっとするだけです。」
「………………気を、付けてよね。私が居ない時は君がクロ……ソーゴを守らなきゃなんだから。」
「なんだよそれ。俺の方が魔力強いんだぞ?」
「魔力が強いだけでしょ? 制御に関してはアメリと比べるのも
「な、な!?」
突然の痛い言葉にマトモな反論も出来ず固まってしまう俺。頭の中で怒りと悲しさがぶつかり合いこんがらがってしまう。しかし、弱々しいころころとした笑い声が俺の気をそらす。
「アメリ?」
「ふふっ、すみません……お二人のやり取りというのは見てて面白いんですよ。」
「そうだね。ミィ様とソーゴさんって全然違う種族なのに本当の姉と弟みたい。」
「ぼ、僕もつい母を思い出してしまいます。母は植人種でしたけど、竜人種である父を愛してやみませんでした。」
「えっ? ……あっ。」
アロゥロが一つの事実を思い出して声をあげる。理由は聞くまでも無い。
「そう言えばルウィアって
「えっと、そう、ですね……。」
「お前の何処に植人種らしさがあるって言うんだか。」
「ま、まぁ、身体構造が混ざるのは稀だし、それは仕方ないとして……その、ルウィアの両親は植人種と竜人種の番だったんだよね?」
「え、えぇ、そうですけど……何か?」
「そ、そうだよね。へぇ~……ほ~ん……。」
動じないように努力しているのはわかるけど口元はプルプル震えてるし、表情筋の引き攣り方からアストラルが小躍りしている様がぼんやりと透けて見える。
「あ、そうです。その、妹も植人種だったんですよ。だから、アロゥロを見てると妹を思い……出すって…………。」
「……私が、妹に見える?」
「え? い、いえ、ただ思い出すだけって、ち、ちょっと、怖いです……! アロゥロ……!?」
今度は色の違う表情で額をヒクつかせながらルウィアに詰め寄るアロゥロ。そりゃそうだろ。お前今結構酷い事したと思うぞ。希望を強化ガラスケースに入れて差し出した感じな。
「ふぅ……まぁ? 時間を掛けてそれは解決するとして、今は作業しないとだよね。」
「解決……?」
「ルウィア、それ以上喋るな。」
「作業をするのは私でしょ。それと水抜きと塩の味付けもう終わってる。」
「「「えっ。」」」
呆れた声のミィと静かに笑うマレフィム。ルウィアとアロゥロの関係は面倒だけど、旅はまだまだ続くんだよなぁ。覚悟しろよ、ルウィア。
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