第91頁目 ムズムズ天国、くる?
暴走するゴーレムの怖さを死にそうになるほど体験した俺達だからこそ、同じ危険性を持っているファイをどうにかしなきゃいけないはずなんだ。
「安心して。あの子は……マテリアルとアストラル、両方が壊れたからあぁなっちゃったの。ただマテリアルが壊れただけなら同じようにはならないよ。」
でも、こういう時誰しもがこう思ったりもする。少しの希望があるなら大丈夫。自分だけは大丈夫、と。
「えっと……なら、ファイは暴れたりなんてしないって事ですよね?」
ルウィアは聞く。助かたばかりである仲間の安全性を。
「マテリアルだけが壊れたらね。君たちと一緒だよ。私だって気が狂ったら暴れる。誰だってそうでしょ?」
「……。」
誰も言葉を返さない。一緒、とは口で言い表しているものの、その言葉には多分な警告の意が含まれている事をミィの話を聞いている全員が感じているのだ。
「うーん、あの子はいつ頃から壊れてしまったんだろう。……もしかして、テラ・トゥエルナってゴーレムが多いの?」
「そ、そうですね。でも、殆どは遺体ばかりですよ。でも、その遺体も大事にされているんです。」
「そうなんだ。まぁ、フマナ様の使いを蔑ろに扱う方がありえないしね。」
「それが、近頃信心の無い人達が金儲けの為にゴーレムの遺体を解剖して売り払ってるらしくて……一時期はそれが原因で怒ったフマナ様が魔物を遣わせたんじゃないかって噂が広まったんです。」
「ゴーレムを!? 許せない!!」
アロゥロが語ったのはゴーレムにとっては不条理としか言えないテラ・トゥエルナの現実だった。それをゴーレムに仲間意識があるミィが聞けば憤るのは当然だ。
でも……それで魔物がどうのこうのって伝わってたのか……。
「そんな奴見つけたら私が殺してやるんだから!」
「この国の住人もそれを腹に据えかねてる人が多いんですけど、悪い仕入屋っていうのはそれでも気にせず盗んで行くんです……。」
「はぁ……呆れる。でも、やっぱりあの子の目的は各地のゴーレムだったみたいだね。凄い規模で改造されてたし、あんまり改造してないその子が勝てない訳だよ。」
『チキッチキッ……。』
72.44ねぇ……運が良ければ勝てたって言いたいのか。大ダメージを与えられたのは俺達の協力あってこそだろうに。
「沢山ある状態の悪いゴーレムの中で状態の良いその子を見つけたから標的にしたんだろうね。だけど、範囲内のゴーレムを無力化させる能力に耐性のあったその子は反撃できた。それがあの子の最大の誤算だったのかも。いや、最大の誤算は私の存在か……。」
「精霊のミィ様がいたらゴーレムでも敵いませんもんね!」
「ミィに出会っちまうなんて運が悪いよなぁ。」
「本当にそう……。私はね。食事が必要ないの。そして、眠る事が出来ても死に方はよくわからない。だから私は本来何も壊さなくていいんだよ。私が何かに干渉する時は私の心が動いだ時。あの子はそこに引っ掛かっただけ……後悔はしてないけど……あの子はなんで壊れてしまったんだろうなって思う。」
「……ミィ。」
「ミィ様……。」
「わかってるよ。考え過ぎだって。でもね、クー……えっと、ソーゴ。私に食うか食わないかって問題は無いんだよ。」
「……。」
ミィはいつも、俺の事を思って行動してくれる。俺に危険が及びそうになればそれを排除するんだ。例えそれが命であっても。それは究極まで突き詰めてしまえばミィ自身が不快になるから。不快になるのが嫌だから排除するという事だ。それが如何に
「とと、取り敢えず! 今日はそろそろ寝ることにしませんか!?」
何かを感じ取ったルウィアが空気を読んで重いページを捲る。少し雑だが、俺はそれどころじゃなかった。有り難い配慮だ。
「えっと、明日! アメリさんの様子が大丈夫そうならもう出発しようかと思ってまして……!」
「……もうか? その身体じゃ引き車の揺れは辛いだろ。」
「は、はい。ですが、これ以上ここに居ると、帰れなくなってします。な、なので、ミィさんの御力を借りようと思っているのですが……駄目でしょうか……?。」
「私は別にいいよ? ルウィアの身体に衝撃が伝わらないようにすればいいの?」
「は、はい……!」
「それくらいなら簡単に出来ると思う。」
「助かります……!」
「ま、まぁ……その傷も本来私が傍に居れば付かないものだったし……。」
ボソボソと自分を責めるようなミィの言葉を聞いてか聞かずかルウィアはアロゥロに向き直った。
「その、そういう、事、ですので……。」
「え?」
「今日まで、ありがとう、ございました……!」
「え? え?」
「い、いえ、まだ明日発つかはわからないんですけど……僕に気を使ってここに居てくれてるなら少し、悪い気がして……。」
「それって私がしょうがなくここにいると思ってるって事……?」
俺は軽いため息を吐いて、少し距離を取る。ルウィアは気付いていないかもしれないが、アロゥロの声色からは朧気な怒気が感じ取れるのだ。ヘッタクソなラブコメかよぉ……。
「……え、しょうがなく……えっと、そう、ですね。」
あちゃー……肯定しちゃったよ……。
「私が! ルウィアに! 怪我をさせた罪悪感で一緒にいると思ってるの!?」
「え、え、ち、違うんですか?」
「それもあるけど……ッ!! 知らないッ!!」
身を翻して夜闇に溶けていくアロゥロ。ルウィアには見えなかったかもしれないが、意地悪な月明かりは彼女の濡れた目の下を照らしてしまう。
「(俺、どうすればいい? 追えばいいかな?)」
「(馬鹿、『アクリ』に叩かれるよ。)」
「(『アクリ』……?)」
「(良いから首を突っ込まないの…!)」
ミィに謎の言葉で諌められ大人しくしている俺。しかし、ルウィアは動揺しつつも追いかける事にしたようだ。
「ま、待って下さい!」
身体強化でも使ったのか、怪我人とは思えない初速で早歩きのアロゥロに追いつき手を取るルウィア。しかし、彼女はお怒りである。
「離して!」
「あっ! っつ……。」
勢いよく手を振り払われ不自然にルウィアが倒れ込む。怪我に障ったのかもしれないと思いつい立ち上がるが、そんな事しなくてもあいつには俺より心配してくれる奴がいる。
「ご、ごめん! 大丈夫!?」
「い、いえ、少し痛みを感じただけです……泣いて、るんですか?」
「泣いてない!」
「でも濡れて……。」
「植人種にはこういう事があるの!」
「そ、そうですか……。」
いや、無理あるだろ。
「すみません。」
「何が?」
「何か、怒らせるような事を言ってしまったようで……。」
「別に? 怒ってない。もう寝ようと思っただけ。」
「アロゥロさん。ぼ、僕は、本当に感謝してるんです。怪我はしてしまいましたけど、ここにいる誰一人が欠けても生き残る事は出来なかったと思います。……そ、そもそもの原因なんて話をしたら、ファイさん、ミィさん、ソーゴさん、あのゴーレムと幾らでもあげる事が出来ます……!」
まぁ、な。ファイが呼び寄せ、ミィがいなくなり、俺が残ると言い出し、あいつが襲ってきた。原因なんて言い出したらキリがない。でも、それをよくも本人の前で言ったなルウィア。今度覚えとけよ?
「だから……感謝しているから……! これ以上迷惑を掛けたくなかったんです……!」
それは今必死に言うことじゃなーい!
「馬鹿……迷惑だなんて言わないでよ……私はルウィアが心配で……。」
「アロゥロさん……。」
「……違うでしょ?」
「あ、アロゥロ……。」
「……ぐすっ……私、ルウィアに付いてく。」
「……へっ?」
「付いてくの! 文句ある!?」
「え、あ、ああ、ありますっ! ありますよ! 僕達はマーテルムのに行くんです! し、しかも、極寒の雪山ですよ! 大事なアロゥロをそんな所へは連れて行けません!」
「だ、大事って……!? そ、そんな事言うなら私だって大事なルウィアをそんな危険な所に連れていけない!」
「えぇッ!?」
あー……聞いてて恥ずかしい……! ルウィアは気付いてないし、アロゥロは振り切ってるしでここはムズムズ天国、いや、地獄か!? んでルウィアはどう返すんだよ!
「連れて行くのはアロゥロじゃないですよ!?」
違う、そうじゃない。
「連れて行くのはルウィア。そうでしょ?」
「え? は、はい。」
「じゃあ決まりね!」
「何が……い、いや、違いますよ!」
「違わない! もう寝る! 良い夢を!」
「アロゥロ……!」
「やめとけ。」
もう聞きたくない。
「ソーゴさん……すいません。みっともないやり取りを……。」
夫婦か……! くぅー! ナチュラルプロボークフロッグめ!
「あ、アロゥロにはファイが付いてるし、ミィもいる。確かに楽な道程ではないけどさ。お前が、アロゥロの何者でも無い限り? 止める権利は何処にも無いんじゃねえの?」
「ぼ、僕はアロゥロの友人です……!」
俺はその言葉を聞いてすぐに周りをキョロキョロと見回す。……アロゥロは、聞いてないよな?
「友人が友人の心配をしたらいけませんか……!?」
「それはぁ、あれよ。論点がずれてる。」
「な、何がですか!」
「まぁまぁまぁまぁ、取り敢えず落ち着けよ。……ルウィア、アロゥロが大事だろ?」
「は、はい!」
「声を落とせって。傷が更に開くぞ? お前はアロゥロを心配してもいい。でも出来るのは提案までだ。アロゥロはお前の奴隷か? 違うだろ?」
「でも、死んでしまったら……!」
……あぁ。なんだか納得した。その目尻に溜まってるのは涙だな。お前はアロゥロを他の人と重ねてるんだ。
――都合の良い所だけ。
「……アロゥロが好きか?」
「え? えぇ、好きですよ。」
「少しでも愛してるかって聞いてんだよ。露出した肌が目に染みるか? 香りが心臓を殴ってくるか? 声が脳を揺らしてくるか……?」
「な、何を……。」
「お前は今はぐらかした。それなら俺はこう言うぞ。明日アロゥロが何をしようとそれを否定すんな。」
「え、えぇ……?」
「返事は!?」
「はいぃ!」
腹立つぅー! なんなん? なんで俺がこの間に入ってあーだこーだ言ってるんだ? 俺がルウィアに借りを作って無ければ放っといたのによ……!
「(クロロってさ……。)」
「(あん?)」
「(なんでもない。)」
「(なんだよ!?)」
「(なんでもないってば。)」
「(はぁ?)」
天井を突き抜けない苛立ちが身体を火照らせる。俺は肩を怒らせながらもルウィアを背にして寝心地の良さそうな木陰を探す。しかし、こんな気分じゃあ夢見が悪そうだ。
……なぁ、マレフィム。
「……すぅすぅ。」
静かに立てる寝息の音が耳をくすぐる。一番の大怪我を負ったルウィアは予想以上の早さで快復に向かっているが、マレフィムはまだ本調子に戻らない。心此処に在らずな様子になってしまうのが精神損傷の症状とは理解しているんだけども、マレフィムがこんな状態になったのは初めてなのでどうにも心配になってしまう。会ったばかりの頃はなんて胡散臭い奴だなんて思ったりもして、利用し利用される関係を続けていこうと思ってた。いや、事実、今もそうなってると思うんだ。でも、人の思いってのは液体みたいで、感触はあっても一滴残らず制御するのは無理ってもんで………………はぁ、寝るか。
良い夢を。
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