第72頁目 ギルドにクエストはないの?

 飯を探して着いたここはタムタムの南側。俺達は自分達が渡ってきた『戦禍せんかの骨』と呼ばれる橋を支える高い石垣いしがきの側にいた。肩で風を切って行き交う様々な種族の漁師達。岸壁がんぺきには漁から帰って来たと思われる沢山の船が停まっている。もう時間も時間だし、こんな時間に漁に出掛けてる人はそんなにいないのかな? 漁って言ったら早朝のイメージあるしなぁ。


「タムタムに来る時にちょっと見えたけど……やっぱすげぇな! 橋のデカさも凄いけど。活気がすげぇ!」

「でも、オクルスと比べたらそこまでですよ。その、可変種用の『岸坂がんぱん』はここの方が広いですけどね。」

「『岸坂がんぱん』……。」

「(あれだよ。可変種が水から上がりやすいように水際が坂みたいになってるでしょ。不変種は船を使うけど、可変種は自分が泳ぐからね。段差なんて邪魔でしか無いの。)」


 なるほどなぁ。あそこが河への出入り口って訳か。それなら俺も泳いで魚捕りに行こうかな? お金も掛からないし。


「ソーゴさん? 何処行くんです。」

「昼飯用に魚でも獲ろうかなって。」

「あぁ、なるほど。」


 マレフィムは俺の泳ぎの上手さを良く知っている。これを気に大量の魚を獲ってきてルウィアを驚かせてやろうか。


「ちょ、ちょっと待ってください。あの、魚を獲るってどういう事ですか?」

「実はですね。ソーゴさんの特技は水泳なんですよ。」

「……えぇ!? そ、ソーゴさん、泳げるんですか!?」

「凄いだろ!」

「……お、驚きました。」


 魔力の強さを知るまでは唯一誇れる特技だったしな。というか魔力も自慢したい。魚を獲る時に何かアピール出来ないかな。めっちゃチヤホヤされたい。いや、まずは魚を獲ってきてチヤホヤされよう。行くぜ!


「そこで待ってろ!」

「だ、駄目です!」


 俺は早速岸坂がんぱんに向かって駆け出そうとしたのだが、それをルウィアが阻む。


「お、おぉ?」

「え、えっと、勝手に魚を獲ってる所を見つかってしまったら怒られてしまうんです。」

「誰に?」

「その……漁業ギルドにです。」


 漁業ギルド……『ギルド』ってなんだろう。そんな疑問が浮かんだのは俺だけじゃ無いようだ。


「すいません。私もその……聞いた事はあるのですが、詳しくは知らないのです。商会とは違うのですよね?」

「えっと、はい、違いますね……商会は協力し合って大きい利益を生もうとする団体で、ギルドは”お互いフェアにやりましょう”という理念の元で組まれている物が中心です。」

「商会が武器で、組合は防具という事ですかね?」

「い、いえ! 意味は近いですが、全く規模が違います! と、言いますか説明が悪かったかもしれません。どちらも団体ではありますけど、ギルドは商売をする上で前提としてある物なんです。”国も種族も関係なく、職単位で加入者の存在を保証する事”を可能にしている組織なんですよ。」

「国も種族も関係なく!? そんな王国や帝国すら実現出来ていない事を? 些か信じ難いですが……。」


 俺も同感だなぁ。白黒黄色みたいな些細な違いで喧嘩してた前世を知ってると、種族が何種類いるかもわからない様なこの世界が、”職”っていう新しい共通属性だけで寄り添えるもんなのか疑問で仕方ない。


「その……”可能にしている”だけです……。」

「……あぁ、なるほど。出来ていない所も多いという事ですね。」

「あまり大声では言えませんけど、そうですね。……ぼ、僕も一応商業ギルドには入ってるんです。でも、オクルスの商業ギルドは良くも悪くもという感じで……同業者の方にならともかく、ソーゴさんと会った時の様にそれ以外のお客さんにはあまり効果がないんです……。」


 商品の仕入れがスムーズだったのはギルドの力もあったって事なのかな。でも、効力が無いなら存在その物の価値が無くなっちゃうんじゃ……。


「それだけ大きな組織なら、末端の質が悪くなるのは仕方のない事と言えるでしょう。それにしても商業ギルドとは……? まさか全ての職にある訳じゃないですよね?」

「えっと……そうですね。僕が知る限り、大きいものは漁業、農業、商業、工業……そして、元祖の探求ですね。他にも小さいのが無数に出来ているんですけど……。」

「元祖の探求……とは?」

「この、ギルドというやり方を最初に始めたのが探求ギルドなんです。」

「探求というのは何を探求するんです?」

「その……創設者は金と名声の探求だと豪語してましたね……。」

「それはまた強欲な方ですねぇ。」

「金と名声、いいじゃねえか! でも、金と名声はどの職業でも目指すもんじゃねえの? 結局探求ギルドって何の職業のギルドなんだよ。」


 だってそうだろ? どんな職に就こうが目的は金か名声だろ。元祖ってのはわかるけどそいつだけ浮いてないか? そんな俺の疑問にルウィアは苦々しい顔で答えた。


「……何をしても金と名声を求める……つまり、便利屋です。でも、殆どは仕入屋になっていますね……ギルドの中で最もピンきりの激しい組織です。」

「あー……。」

「周りが感銘を受けて創設者に付いていっているギルドなので、管理体制が甘いみたいなんです。その代りに色々自由が聞くと言いますか。そもそも……先程僕が言ったギルドの定義が曖昧でして、ただの一つの理念の元に集まる組織もギルドと呼ばれてるんです。」

「ん?? どういう事だ?」

「えっと……商会でも僕達でも、一つの理念を持って利を得ているならギルドという事です。」

「え? さっきのフェアにやるとか言ってたのは……。」

「それは最大規模のギルドの話です……すいません……説明が下手で……。」


 つまりは……会社みたいなもんって事か? でもフェア云々みたいな団体は会社ってよりは組合だよな……もうギルド、イコール団体って事でいいかな。よくわかんないし。


「つまり、ギルドとは団体の事を指すって事で宜しいですか?」


 どうやらマレフィムも同じ様な解釈をしたようだ。


「……ち……違い……ます。」

「違うのですか??」


 違うの!? 全くわからん。マレフィムも完全混乱している様な表情をしている。


「……あっ。ギルドとは理念、ですね……多分。」

「理念……。」


 唸るように呟くマレフィム。俺も頭がこんがらがってきたよ。理念って人関係ないじゃん。思想じゃん。


「ギルドの単位は理念の数で数える、と言えばわかりますか? 人が何人いても、理念の数でギルドを分けるんです。」

「……な、なんとなくは理解できました。」

「本当にごめんなさい……一応昔父さんから教わっていたんですけど……しっかりギルドが何かとは考えた事がありませんでした……。」

「とにかくあれだろ? 一つの考えがギルドで、特に商売とかで公平性を保証する為みたいな感じのギルドは沢山利用されてるから必然的に大っきくなってるって感じか?」

「良い纏め方ですね。及第点です。」

「そ、そうです。そんな感じです。」


 若干マレフィムに腹が立つけど、まぁ良い感じには飲み込めた……か?


「ってそうじゃねえだろぉーい! 腹が減ったんだよ俺は! 漁業ギルドだぁ? 個人がちょっと獲って来るだけでも怒られるのかよ! 少しくらい許せよ!」

「だ、駄目ですよ! とても大食いな種族だっているんですから、一人だけ例外を許したら大変な事になってしまうかもしれません……!」

「大食いって……うー……そんなのもいるのかぁ……。」

「ソーゴさんだって大食いではありませんか。しかも弩級の。」


 そうでした。マレフィムの言う通り、俺もほぼ際限無く食えるんでした。多様な種族ってのはルールを決めるのにも大変だなぁ。誰を中心にルールを決めてるんだか……。


「どうせ漁業権ってのが必要なんだろ?」

「そうですね。」

「安いならそれを買いたいけど……。」

「その、安くは無いと思います。それに……一日だけの漁業権もあるかどうか……。」

「だよなぁ。」

「今回は大人しく料理屋さんに行きましょう。」

「ちぇー……。」


 ルウィアに俺の素晴らしい泳ぎ様を見せたかったんだけどなぁ……。にしても、やっぱり港だけあって働いてる可変種が泳ぎが得意そうなのばっかりだ。特にあのくちばしが付いてる獣人種って何の可変種なんだろ……ペンギンとか……? ってか魚っぽい可変種が魚獲ってるし……共食いって言いたいけど、この世界に共食いも何も無いわな。


「あそこはどうです?」


 歩きながらマレフィムが提案した場所は、目の付いた触手の塊みたいな謎の軟体生物が看板に描かれた店『満潮月まんちょうげつ』。マスコットキャラにしては趣味が悪いな。普通は一番ありふれた食材を描くだろ? 例えば魚とかさ。もしかしてアレが食材に出るのか? ……あったとしても頼まなければいい話か。早く食いたいし。


「僕は、大丈夫です。」

「俺もあそこでいいぞ。」

「では入りましょう。」


 ともかく飯が食いたい。俺は騒がしさの漏れる扉を開けて中へ入る。店内は客と店員による喧騒で溢れていた。香る生臭さと……少し不思議な臭い……? そして、真っ先に目についたのは大量にぶら下げられている木札。一枚に一枚に何か文字が書いてある……『気まぐれ魚フライ』……料理名?


「おいまだかー!」

「今持ってくっつってんだろハゲ!」

「おーい! 注文させてくれ!」

「あいよっ!」

「今日も美味かったぜ!」


 まるで祭りでもやっているかの様な騒ぎだ。ここは決して落ちついて食べられる場所じゃない。しかし、活気と言う意味でなら今までの何処よりも感じられる場所だ。偶にはこういうとこで食べるのもいいだろう。


「少しばかり騒がしいですね……。」

「す、少しですか?」

「食い始めたら気になんねえよ。」

「へい、らっしゃい! 3人様ご案内! あっちが空いてるよ! そんで妖精族も一緒ならこいつを持ってってくれぃ!」

「は、はい。」


 店員からいきなり渡された木箱をルウィアが受け取る。


「なんだそれ?」

「こ、これは妖精族用の台ですね。」

「私達妖精族が一般的な方達と目線に合わせるために土足で椅子の上に立ったら、そこが汚れてしまいますからね。」

「はぁー……なるほどな。」


 小さな納得をしながら隅の一つだけ空いていたテーブル席へ向かい、俺は壁を背にベンチへ座った。気にしてなかったけど、背もたれが無いのも有翼や背びれのある種族への配慮なんだろうかなんて思いつつ店内を見渡す。にしてもあの木札、『ブチ貝のサラダ』、『ラッシーのママ煮込み』、『海鮮湯通し盛り合わせ』……うん、あれ全部メニューだな。見辛ぇ……。同じのも幾つかあるけど……何の意味が……。


「なんと言いますか……メニューの見せ方が変わっていますね……。」

「……ですね。」


 料理名の書いてある木札の高さもバラバラで、本当に全く意図がわからない。ただ不便なだけじゃねえか。何を思ってこんな作りにしたんだろう。


「とにかく料理を頼んじまうか。選んだか?」

「私は選びました。」

「あ、僕も……です。」

「んじゃ呼ぶぞ。……すいませーん! 注文したいんですけどー!」

「あいよー!」


 俺の声に返ってくる元気の良い返事。うーん、港町っぽくていいなぁ。港町の飯と言えば……おっ、あの店員さんが運んでる料理すげえ盛り方! やっぱそうだよな! どか盛りだよな! 楽しみぃ!


「あいあいあい、お待たせしやした! ご注文は?」

「『おまかせ海鮮焼き盛り合わせ』一つ!」

「あい!」

「『ペッペゥのアラ汁』一つ下さい。『モルモルセット』で。」


 ん?


「あい!」

「『ペッペゥの活造り』の『モルモルセット』を一つお願いします。」


 んん?


「あい! 以上で?」

「はい。それでお願いします。」

「あいよ! ちょっち待ってて下さいねぇ!」


 そのまま注文を受け取って厨房の方へ去る魚人種のおっちゃんを見守る。


「……え? 『ペッペゥ』って何? 『モルモル』って何?」

「ペッペゥは看板に描いてあったあの魚介類ですよ。モルモルは角狼族の村の宴等でも時々並んでいたはずですけどね。あの砂みたいな見た目で弾力のある食感の……。」

「えっ、角狼族の村に行った事があるんですか!?」

「えぇ、とても良い場所でしたよ。」

「た、確か角狼族の村って白銀竜の森ですよね? そ、そんな危ない所によく行けましたね……! オクルスで偶に見かけるんですけど、いつも、格好良いなって思いながら見てました。あの二本角……!」

「……。」

「亜竜人種としてはやはり角に憧れてしまいますか。」

「え、えぇ。その……亜竜人種だって立派な竜人種だって言う人もいるんですけど、やっぱり角はあった方がいいかなって……。」


 角狼族の村で……? 砂みたいな……? 弾力のある……? まーったく思い出せん。


「か、格好良いじゃないですか、角……! 時々思うんです……! 朝起きたら僕の頭にも生えて……。」

「駄目だ。全然思い出せん。ってかお前等『ペッペゥ』知ってんの? ルウィアはともかくなんでアメリまで?」

「え、『ペッペゥ』……知らないんですか……?」

「まさか、『ペッペゥ』を知らないなんて……それでよく魚好きを名乗れますね。」

「魚なの!?」

「確かに他の魚とは少し違う見た目をしているかもしれませんが、歴とした魚ですよ。私も食べた事はありませんが……高級食材としてはとても有名ですよ? 流石、田舎者ですね。」

 

 魚? さっきのアレが? よく見たら他のテーブルの奴等の料理からも得体の知れない触手がはみ出ている……!? 嘘だろ? 俺が頼んだのは……『おまかせ海鮮焼き盛り合わせ』……『おまかせ』ェーッ!? 何故ここに来てそれを選んだ俺ェーッ! 何故アレだけ危ない匂いを放っている店でそんなチャレンジ精神溢れるメニューを選んだ! 常連かッ!


「あいよ! お待たせしやした! 『ペッペゥの活造り』だよ! 他のはもうちょい待っててくださんな!」


 俺にはこない。俺にはこない。俺にはこない…………よな?

 

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