第60頁目 旅は道連れ世は蛙?

 俺を載せたこの馬車もどきは人の多い道に出たので減速をしていた。なので、尚更コンテナの上の俺の姿が目立つのだろう。まるで曝しモノの様な扱いである。俺はガーゴイルか何かなのか?


「えっと……この引き車は親から受け継いだ物なのですけど、そこまでいい物ではありません。いつかお金が貯まったらもっと良い引き車が欲しいですね。」

「(引き車ってこの俺が乗ってる奴の事か?)」

「(そうですよ。)」

「他にも似たようなのが走ってるけど、これくらい大きいのはあんまり見ないな。」

「街道ではこれくらいが限度ですよ。もっと規模が大きい物となると空輸用になりますね。」

「あれか……。」


 空を見ると、遠くの方で鳥型のベスか人かが大型のコンテナを身体からワイヤーみたいな縄で吊るして飛んでいる。ヘリとは違い、上下運動を繰り返すはずの鳥がそんな緻密な身体の操縦を出来るのだろうか? いや、この世界は魔法があるんだもんな。さっき俺がやったみたいに翼を広げてそこに風を当てりゃいいんだ。


「あ、そろそろ関所に着きます。」


 ルウィアが言う通り、俺達は北端のとんでもなく頑強そうに見える巨大な扉の前に来ていた。やはりここも森側と同じで、上げ下げギロチン式の開閉方法だ。扉の両端は厳つい石造りの砦が建てられていて、その上には派手で大きな旗章が掲げられている。この辺りは騎士が多いという事もあって探索していなかったが、こんな場所ならそもそも近付きたくないわ。


「止まれ!」


 という命令に従い、引き車を停止させるルウィア。ゆっくりと停車した俺達を見て武尾族の兵士が近付いてきた。周りを見渡すと俺等以外にも幾つか商人らしい人達の引き車が停められている。これ全部帝国へ渡る奴等なんだろうか。


「商人か?」

「は、はは、はい。」


 兵士を前に完全に緊張してしまっているルウィアが恐る恐る木札を差し出す。しかし、兵士はそんなルウィアの態度を全く気にも留めていない様子でその木札を確認した。もしかして、それが商人のライセンスなのかな。


「ふん……何人だ。」

「え、は、あの……ぼ、僕と、あ、あと二人で、三人です。」

「三人……荷は?」

「こ、こちらです。」


 ルウィアが震える手でポーチから丸まった木紙を出し、兵士に手渡した。それを受け取った兵士は、冷たい目で上から下まで読み込んでいる。


「おい、これの確認を頼む。そろそろ開放の時間だからな。簡単でいい。早く仕上げろ。」


 偉そうな兵士は、隣にいた他の兵士にルウィアから受け取った目録を手渡して指示を与える。開放の時間って扉の事か? 人が多いから一度に全員通す感じなのだろうか。


「商人、支払うのは貴様か。」

「そ、そうです。」

「なら虚石を持ってこっちへ来い。」

「は、はい。」


 兵士に連れて行かれてしまうルウィア。あれは支払いの為だよな? あの兵士はなんであんな無愛想なんだ? 


 ルウィアを連れて行った兵士に指示を受けた奴は、目録が書いているであろう木紙に目を通しながら他の兵士達に指示を出す。どうやらコンテナの高さ、幅、奥行きを巻尺の様な道具で測るようだ。それを調べ終わると一旦荷台から離れる兵士達。そこに数人が長い金属の棒状の道具を持ってきて、コンテナ上部の角にある留め具にはめ込んだ。


 ガキッ! 


 という金属がぶつかる様な音でコンテナの長い方の側面が開く……って開くのそこかよ! 前世の固定観念でてっきり後ろの小さい側面が開くものと思っていたのだが……一度に沢山の荷を降ろすなら確かにこっちの方がいいのか。でもこれ開ける時に気をつけないと側にいる奴ぺちゃんこじゃねえか。


 あっ、そういえば俺、中身知らねえんだよな。という思いから、立ち上がって開かれた側面を上から覗き込んでみる。こういう時に俺の長い首は便利だ。……荷台の中は木箱が隙間無く詰まれているみたいだ。兵士はその中の一つを取り出して開け、中身を確認し始める。当然怪しい物など入っていないはずだ。そして、中から出てきたのは焦げ茶色の乾燥した茶葉の様な何か。それを少し手で摘み、匂いを嗅いで本物かどうか確かめている。だが、特に問題が無いと判断したのか全て元あった状態に戻されてコンテナの側面にもしっかり蓋がされる。結局なんだったんだろう。茶葉の色がアレなせいでパッと見”ふりかけソムリエ”に見える。


「扉を開けろ!」


 号令によりゆっくりと上げられる扉。どうやらルウィアも戻ってきたので通るのを許されたようである。無事に帰って来てくれてよかった……。扉の向こうには入国予定の人達もいたようだ。扉の半分のスペースは入国者用らしい。右側通行なんだな。


「お、お待たせしました……!」

「問題なかったか?」

「す、少しだけ……。」

「あったのか?」

「とと、とりあえずここを出てからお話しますね!」


 ルウィアは何か誤魔化すようにエカゴットを鞭打った。急発進する引き車に転がり落ちそうになる俺。周りの兵士が目を光らせている中でこの醜態は恥ずかしい。


「うおおっ!? もうちょっとゆっくり発進できないのかよ!?」

「ご、ごめんなさい! 安全な運転はそこまで、な、慣れてなくてっ!」

「危険な運転なら慣れてんのか!?」

「ま、まぁ!」


 気が動転しているのか多分理解して返事をしていないルウィア。しかし、扉の向こうにはそんなルウィアの言葉がどうでもよくなるくらいの異様な光景が拡がっていた。山の様に巨大な上り坂である。予想だにしなかった傾斜の変化にまたバランスを崩しそうになるが、なんとか耐え切る。驚きはしたが、傾斜の上り坂のおかげで速度が少し落ちた。今のうちにもう少し前の方に行こう。因みに、このコンテナの上には覗き穴みたいな四角い出入り口がある。どう使うのかは知らないが、それを開ける様の取っ手がありがたい。さっきからバランスを崩す度にお世話になっている数少ない掴まれる箇所だ。


「わくわくしますねぇ。もう少し警戒されるかと思いましたよ。」

「ま……アメリは暢気だなぁ。でも、ルウィア。この上り坂はなんなんだ? 河を渡るって聞いてたんだが。」

「え、えぇ。ソーゴさんは初めてなんですね。てっきりここを渡ってきたのかと思いましたが……。」

「あ、ぁー……まぁ、な。……で、なんなんだよこれ。」

「こ、これは『戦禍の骨』と呼ばれる橋に続く坂ですよ。王国と帝国を繋ぐ2つの橋の片方です。せ……『戦禍の骨』はご存知ですよね……?」


 なんか喋れば喋る程墓穴を掘ってる気がしてならない。これは知ったかぶりをした方がいいのだろうか。


「(あ……マレフィム、知ってるって答えていいか?)」

「(知ってると答えていいと思います。それと、間違えそうになるなら今後小声で話す時も全てアメリでいいですよ。)」

「『せんかのほね』だろ? 流石に知ってるぜ。でも、こんなに高い橋だとは思わなかったな。」


 許しが出たので早速知ったかぶりをさせてもらう。


「ご、ごめんなさい。そうですよね。でも、『戦禍の骨』渡っていないなら、ソーゴさんは竜人種でありながら王国出身って事ですか?」

「まぁー……そうだな。」


 あの森は王国領って言ってたし出身は一応王国だよな。嘘じゃない。


「そ、そうだったんですね。僕、ソーゴさんと似ている種族の人、見た事ないです。」

「そうかもな。珍しいし。」

「その、妖精族の方ならオクルスでも時々見かけるんですけどね。」

「そうなんですか? 妖精族はあまり1人で出歩かないはずなんですけどね。」

「それより、さっきオクルスを出る時に言ってた”問題”ってのはなんなんだよ。」


 後ろの方でガゴォーンという重々しく扉が地面に落ちる音がする。恐らく全員が通り終えたのだろう。俺達はついに王国を出たという事になる。


「そ、その……実は……お金が尽きてしまいまして……。」

「はぁッ!?!?」

「えー……それはつまり、ルウィアさんが今持っている虚石にはまったくお金が入っていないという認識であっていますか?」

「……はぃ。」


 ま、まさかの……金欠……? スタートダッシュでガス欠かよ。でも……お金ってそんなに必要か? 森の中だと全然使わなかったしな。なんとかなりそうなもんだけど。


「き、急という事もあり、仕入れ値を少し吊り上げられてしまったのと……ソーゴさんとアメリさんや引き車の通行料で想定以上に……その……お金が……。」

「それなら私達の通行料は私が出しましょう。しかし、それでもお金が全く無いというのは心許無いですね……。」

「ご、ごめんなさい……! ど、どうしましょう?」

「まぁ、そんな狼狽える必要も無いって。とりあえずは旅行気分で楽しもうぜ。」


 そう気楽な心情を述べると、車輪が今までと違う音を立て始める。地面の石材が変わった音だ。俺は今、この瞬間からとんでもなく広くでかい橋を渡り始めたのである。


「な、なんつうでかさだよ……。」

「す、すごい……。」

 

 端が霞んでよく見えないくらいの長さ、引き車が何台も横に並んでも狭いとは感じさせない幅、そして、橋の下の運河に浮かぶ小さい船は最早粒にしか見えない程高い橋。こんな物を人がどうやって作ったと言うのか。周りにこの橋以上に高い建築物はオクルスの壁以外建っていないので空、山、運河が全て見渡せてしまう。なんという絶景だろうか。というか、空ってあんなに色んな人? ベス? が飛んでるのかよ。渇望の丘陵では時々遠くに飛んでいるの見掛けたけど今迄全く気にしていなかった。


 オクルスの方を見返すと、橋の下の川に面している部分には壁に穴が空いていて、そこから漁船が出入りしているのが見える。そういや、あっちも北側だからあんまり近寄らなかったなぁ。


 橋が直線という事もあり各自のペースに速度を調節したのか、段々と他の引き車と間隔が開いてくる。俺達はそこまで速度を出していないので後ろの方だ。そんな俺達とすれ違う引き車もいる。これからオクルスに入ろうとする人達なんだろうが、先程扉は開いたばかりだ。今向こうに着いてもタイミングが悪いだろうな。


「このように素晴らしい景色。あのまま村にいたら決して見る事は無かったんでしょうね……。」

「後悔してるか?」

「……いいえ。」


 車輪が石を強く打ちつける音。鱗を撫でる風。軋む荷台。


「えっと……今日が良い天気で安心しました。」

「だなぁ。」

「その……雨だったら扉を開けてくれない事もあるので……。」


 それなのに大枚叩いて商品を仕入れてきたのかよ。ルウィアって意外と無鉄砲な所あるよな……。


「こ、ここからは数時間真っ直ぐ直進するだけです。えっと、なのでゆっくり休んでいてください。」

「おう。…………なぁ、ルウィア。」

「は、はい?」

「これから宜しく頼むぜ。」

「……! は、はい! こちらこそ! ソーゴさん! アメリさん……!」


 ただの偶然ではあったけど、母さんの故郷に行けるんだな。お金の事とか道中の事とかまだまだ不安はあるが、これまでどうにかやってこれたんだ。せっかくだからこの美しい眺めをもう少し目に焼き付けて寝ようと思う。幸せな旅路を願って。


 

 


 


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