第59頁目 ドナドナってどういう意味??

「おはよう! 聞いたよ! アニーに新しい調理法を教えてくれるんだって?」

「え、えぇ。そちらのメモを今持ってきた所です。」


 パイプを吹かして朝からとってもご機嫌なファイマン。この人がウキウキした表情じゃない時なんて滅多に見ないよなぁ。この前調子に乗って側頭部に剃り込みを入れられちゃった時と、昨日酔っ払った騎士団が押しかけて来た直後くらいか。朝っぱらから陰気臭い顔は見たくないし、ある意味宿屋は向いてるのかもな。


「ぉ、ぉはよぉござぃます……!」


 マレフィムの声を聞いて小走りで走ってきたのは、見慣れたシルクハットを被ったアニーさんである。その手には5枚程の木紙が握られていた。


「それ、もしかして料理のメモですか?」

「……! ……!」


 コクコクと頷き肯定という意思を伝えるアニーさん。しかし、そうだとしたらこれどうするんだ? マレフィムが持ってる鞄以外にマトモな収納グッズは持っていないのだが。


「すいません、アニーさん。すっかり失念していたのですが、私達はそれが入る鞄を持っていないのです。」

「……! ファイマン……古いレザーバッグあげてもいい?」

「あぁ、勿論だよ! アニーに優しくしてくれるお客さんにはしっかりサービスしないとね!」

「……ぅん!」


 アニーさんは一度シルクハットを深く被り直し、厨房の方へ走って行ってしまった。そんなアニーさんを見送ってファイマンはにっこりと笑う。


「いやぁ、まさかアニーがここまで人に心を許すとはね!」

「アニーさん、人見知りですもんね。」

「それだけじゃないよ! ここオクルスは、軍事基地ってだけあって威勢ばかりいい奴か、胡散臭い奴が殆どで、礼儀なんてどこかに忘れてきた客ばかりなのさ。その中で偶に来る礼儀をかじった奴も仮面を被っていたりするからね。」

「そうなんですか……。」


 やっぱり治安が良いとは言えない街なのかもなぁ。前世でも人の多い都市とかは安全でもなかったし……。


「ソーゴさんは嫌な感じがしないと言っているし、アメリさんには料理の方法を教わるときたもんだ。次、ウチに来た時もそのままの君達でいて欲しいなぁ!」

「そのまま……って、どういう事ですか?」

「君達みたいな人の良い奴等は皆食い物にされてしまうからね。そういう意味では今後がとても心配だよ。何かあったらすぐに騎士団を頼りなね! 曲者ばっかりだけど、なんだかんだ力になってくれるはずだよ。」


 そういう事かぁ。やっぱり多少は世間慣れしていないと悪人に利用されてしまうんだろうなぁ。でも騎士団の力を借りるのは御免だけどな。今まで騎士団に関わって良い思いをした事がない。


「今日出発って聞いたんだけど、これから何処に行くんだい?」

「……。」


 帝国って答えていいのかな。休戦中だから大丈夫だよな? 俺は一瞬マレフィムの方を見る。マレフィムはその意味に気付いたのか俺の代わりに返答をする。


「帝国です。知人の取引を手伝う事になりまして。それが終わればまた此方へ戻ろうかと。」

「手伝う? 用心棒……って程強くはなさそうだし、参謀役かな? アメリさんは頭が良さそうだしね!」


 そんなファイマンの雑な推測を愛想笑いでいなしていると、アニーさんが皮製の肩掛けバッグの様な物を持って走ってきた。


「……ぁ……ぁの……! ……これ……!」

「それ、いただけるのですか?」

「……! ……!」


 最早首が飛んでいきそうな勢いで頷くアニーさん。


「受け取ってあげて欲しいな。せっかくアニーが夜遅……。」


 一瞬何が起きたのか全くわからなかったが、とりあえず今、アニーさんの上げた左足をファイマンが左手で掴んでいる格好であるという事を説明させて欲しい。……えーと……上段蹴りかな! 冗談じゃないけど……なーんて!


「危ないじゃないかぁ。」

「……だっ、駄目……!」

「わかったわかった。……とにかく、アニーが苦労して書いた料理のメモだから、それを大事にしまう為の鞄も一緒に受け取って欲しいな。ソーゴさんなら首に掛けられるでしょ?」

「え、えぇ。彼なら問題無く持てるでしょう。」

「なら是非、貰ってくれるよね?」

「「ありがとうございます。」」


 そうお礼を伝え、俺は頭を下げる。そこにアニーさんは持ち手を広げて俺の頭を通した。そして、鞄の底が地面に着かないくらいに持ち手の長さを調節したら完璧だ。長さ調節はベルトと同じ感じなのか。それなら俺1人でも出来るかも。


「ソーゴさん。よく似合ってますよ。」

「……とっても。」

「何から何まですみません。」


 ここまで至れり尽くせりだと本当に申し訳がない。今後旅をしていてここに勝る宿に出会える事などあるのだろうか。次来た時にはお土産とか持ってきたいな。マレフィムの名残惜しそうな感情が俺にも伝わってくる。


「気にしないで! もう行くのかい?」

「最後にアニーさんの美味しい料理を頂きたかったのですが……もう時間が……。」

「……また……次……! ……待ってます……!」

「はい! 必ずまた参ります!」


 なんて気の良い夫婦だろう。曲芸喧嘩さえしてなければ全く心配の無い夫婦だな。次回はアニーさんの料理を好きなだけ食べられるくらい稼いでこなくては、と心に誓うのだった。


*****


「おはようございます。ルウィアさん。」

「おはよう。」

「おはようございます。ソーゴさん。アメリさん。」


 俺達は薄れた記憶を頼りに、オクルスの西端にあるルウィアの家まで来ていた。家の横の小屋でエカゴットの背中を小さいブラシで擦り、世話をしているルウィアが目に入ったのでつい話し掛けてしまったが、もう旅に出る準備は終わっているのだろうか。


「荷造りは大丈夫そうなのか?」

「えっと……はい、大変ではありましたけど、なんとかなりました。その、オクルスがこれほど大きい街でなければこんな量は集められなかったかと思います。後はこれがどれほど捌けるかですね……。」

「やってみりゃわかるだろ。それで、俺達はどうすればいいんだ?」

「え、えっと……ソーゴさんはデミ化出来ないんですよね……?」

「まぁ、そうだな。」

「で、でしたら、荷台の上でも問題無いでしょうか……?」


 ルウィアは俺を荷物扱いしているようで気が引けているのかもしれない。コンテナの中は涼しいし、別にいいんだけどな。寝てりゃいいんだろ?


「いいぞ。」

「あ、ありがとうございます。では、少し待っていてください。」


 ルウィアは二匹のエカゴットを繋いでいる縄を両方外して手に持ち、柵を迂回して家の入り口まで誘導する。そして、そのままエカゴットを家の中へ入れた。


「ど、どうぞ。中へ。」


 家主に招かれて俺もルウィアの後に続く。中にはまた、どでかい長方形の荷台が停めてあった。外から見てもわからないけど、中には食料が沢山入ってるんだろうな。


「食料を売るんだよな? どんな食料なんだ?」

「ぇと、一応食料ではあるんですけど……食料と言うよりは香辛料です。」


 なるほど! 確かにオクルスじゃ何食っても香辛料がふんだんに使われてたもんな。香辛料なら腐らず長持ちもするし、扱ってる店も多いから一日で沢山仕入れられそうだ。


「これから長い旅になるからな……父さんみたいに上手く操れるかわからないけど、頑張ってくれよ……。」


 そうエカゴットに言い聞かせて荷台にエカゴットを二匹付かせるルウィア。俺はどちらかと言えばその二匹で荷物の入ったこの荷台を引けるのかが心配である。俺も結構重いしな。


「んで、この荷台にはどうやって入ればいいんだ?」

「……え? えっと、この中はもう商品でいっぱいですよ。」

「は? なら俺は……まさか荷台の上って……この上か?」

「……え、えぇ。やっぱり、駄目ですよね……。」

「ん……いや……まぁ、駄目って事はないけど……ちょっとだけ予想外だった。」

「……ほっ。そ、そうですか。良かったです。」


 でも雨の日とかどうすんだよ。隠れるところがねえじゃん。


「それでは、その、行きます……?」


 ルウィアはちょっと気合というか気迫が足りないんだよなぁ。これから命を掛けた大冒険をするかもしれないっていうのに……行きます? って無いだろ。


「行きます? じゃなくて行きましょう! って言え。」

「え、えぇっ?」

「……ほら。」

「い、行きましょう……?」

「思い切りが足らん!」

「い、行きましょう!?」

「疑問系をやめろ!」

「い、行きましょう!」

「よし! 席に着け!」

「は、はい!」

「……一体何をやらせてるんですか。」


 マレフィムは呆れているが、こういうのは最初が肝心なんだよ。俺等も乗り込もう……ってどうやって? 飛ばなきゃ無理な高さじゃないか?


「(マレフィム。)」

「(情けないと思わないんですか。ルウィアさんにあんなに威張っておいて。)」

「(それはそれだ。ちょっとでいい。頼んだぞ!)」

「あの、ソーゴさん? の、乗りましたか?」

「今乗る!」

「(もう!)」


 俺はとりあえず翼を限界まで広げた。そこに吹くはマレフィムの風魔法。俺は風を受けやすい方向に翼の角度を調整して強張らせる。


「(クロロさん……本当に重くなりましたね……!)」

「(キツいか?)」

「(甘く見ないでいただきたい……!)」


 風力は上がるが、周りに風は吹き荒れない。凄いコントロール力だ。エーテルになってる風なんか微塵も無いもんな。


「(飛んだぞ!)」

「(わかってますよ!)」


 俺の身体はふわっと押し上げられる様に上昇する。だが、決して俺の体重が消えたり、重力が消えた訳じゃないのだ。俺は必死に重い体を動かしてコンテナの縁に掴まった。ガゴンッという激しい音にルウィアも心配になったのか様子を見に来たようだ。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。勿論だ。どうした? 早く行くぞ!」

「は、はい!」

「(よくもまぁ……。)」


 この際マレフィムの小言は聞かない事にする。本気を出したら俺だって自力で上れるんだぞ? でも荷台を傷付けるかもしれないし、こんな所で見栄を張ったって仕方ないだろう。ルウィアだって大事な荷台を傷付けられたくは……ってあれ? アイツ何処行った? あ、いた。そっか。予めドア開けとかないとだよな。


「で、では行きましょう!」

「おーう。」


 ルウィアは俺の返事を聞いて長いバラ鞭をエカゴットに叩きつける。すると、激しい音に驚いたのか、衝撃に驚いたのかエカゴットがけたたましく嘶く。直後、急な加速をするコンテナ。


「お、おい! 結構な速度だぞ!」

「す、すいません! 振り落とされないようにしっかり掴まっててくださいね!」

「もうちょっとゆっくり! ゆっくりぃぃぃ!!! マレフィム! お前! 飛んでついてくるのはずるいぞ!」

「こういう時の為の飛行でしょう。」


 俺も早く飛べるようになりてええええええ! 見てろよ! あとちょっとなんだ! 目的地へ着くまでに絶対飛べるようになってやるからな!!!

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