第58頁目 この世界の魔法って不便過ぎない?
「なぁ、このままここで一泊して大丈夫なのか?」
「少し心配な点はありますが、ここはドーンと構えましょう。それに大勢の前であんな大見得を切ったのですよ? そこまでして急に姿を暗ましたら益々怪しいではないですか。」
「何かあったら私がなんとかするよ。」
「……まぁ。一理あるか。でも、ミィは大人しくしていてくれ。」
ミィは最終兵器だとは思ってるが、威力が未知数なので確実とは言えないのが恐ろしい。
「それだけではありません。アニーさんのレシピ、欲しくないですか?」
「「欲しい。」」
即答する俺達。マレフィムは早速アニーさんから渡された木の皮に何かを書き記している。
「……その木の皮って薄くて書き辛くないのか?」
「木の皮ではなくて木紙と言うのですよ。確かに、力の強い種族には不向きと言われていますね。」
「粘土版とかでいいのにね。」
「それだと私達には重くて魔法でしか運べないじゃないですか。」
そう零すマレフィムが書く木紙が気になり、ベッドの上から首を伸ばして中身を覗き込んでみる。
「何々……? くんせいにはおおきくわけてにしゅるいのほうほうがあり……。」
「これを読まなくても今度私が教えてあげますよ。」
「そうそう、マレフィムが木の実のローストや燻製ができるなんて初耳なんだが。」
ランプの内側で燃える小さい炎がちらちらと部屋を照らす。下の階からは止め処ない笑い声。今日という時間がゆっくりと過ぎようとしていた。俺はベッドでうつ伏せになり、テーブルの上でレシピを書くマレフィムを眺めながら先に寝てしまうのが悪い気がして、なんとか起きていようと雑談を投げるのだった。ミィはいつも通り俺の背中に張り付いている。
「そうでしょうね。村を出たのに、村の味を楽しもうと考えるのは無粋でしょう。」
「なんだそれ。」
「妖精族は風魔法が得意ですから、煙を操って燻すというのが必然的に当たり前の手法になったのです。害虫も寄ってこなくなりますしね。森で香ばしい匂いがしたら近くに村があるというのは常識ですよ。」
「天敵や仕入屋に見つかりやすそうだね。」
ミィの言う通りだ。燻製って確か凄い匂いと煙が出るよな? そんなのやったら村の場所が一発でバレるんじゃないか?
「そうなんです。そういった問題はあるんですけど、好みというのは簡単に変えられる物ではありません。しかし、集団でいる事を心掛ければそう簡単に捕まりませんよ。」
「そういえば妖精族って普段から空を飛ぶ為に魔法を使うから無翼の小人族より魔法が得意って聞いた事あるかも。」
「それはなんとも言えないですね。無翼の方も姿を隠す魔法や身体を大きくする魔法で鍛えられるらしいですよ。」
どっちの種族も生きるには魔法が必要って事か。どいつもこいつも摩訶不思議な力を持ってるこの世界は大変だなぁ。前世じゃ筋肉と金さえあればどうにかなる世界だったのにさ。……俺はどっちもなかったけど。
「クロロもルウィアくらいデミ化できるようにならなきゃね。」
「あれは驚いたよな。あの歳であんなに上手く出来るなんてよ。」
「メビヨンも同じくらい出来てたでしょ。」
「そうだけどさ。……どうやったらあんなに上手く出来るんだ?」
「近道なんてないよ。歩いた分だけ進めるの。」
わかるんだけどさぁ。コツくらいあるんじゃねえかなぁ。普通ならこういうのってカッ! って覚醒して、気付いたら人の姿になってたみたいな感じになるじゃん!
「でも、デミ化の練習なんて当分出来なくないか? この姿からデミ化なんて出来そうにないぞ。」
「それなんだけどさ……ねぇ、マレフィム。クロロのアストラルに触れてみてよ。」
「はい? まだ此方を書いている途中なのですが……。」
「いいから。」
「……。」
マレフィムは無言で魔法使うの止めて、こちらに飛んでくる。そして、いつも通り俺の頭の上に乗った。
「……これは……?」
「なんかおかしいよね?」
「そう、ですね……アストラルの輪郭が曖昧になっています。」
「なんだそれ? もしかしてなんかやばいのか?」
「やばいと言いますか……これはいつからです?」
「昨日からかな。それからちょっとずつだけどアストラルの輪郭がこの外殻に沿うようになってる。」
外殻に沿うように? アストラルってマテリアル体である身体と重なるように形作られるんだよな……それなのにこの即席でひっ付けた灰色の鱗の形でアストラルが形成されてるって事か?
「……クロロは自分って存在が凄く曖昧なんじゃないかな。」
「俺って存在?」
「クロロって自分の姿をちゃんと確認した事そんなにないでしょ。」
「まぁ……そうだな。」
「いつも視界に入るのは翼や前足が多いから、そこの認識はしっかりしてるみたい。でも顔や首はちゃんとした認識がなかったせいかアストラル体が曖昧になってるみたいだね。」
その言葉を聞いたマレフィムが飛んで俺の前足に触れる。
「なるほど。確かにこちらは本来の肉体の形にアストラルが形成されてますね。」
「鏡の無い辺境の部族達は、普段生活している時に感じる感触や痛覚でアストラル体を創り上げるんだよね。クロロもそれでしっかりしたアストラル体だったのに、私が綺麗に鱗をコーティングするような感じで纏わせちゃったから、あまり異物を通してるって感覚が無いのかも。それに、昨日鏡見たでしょ? あれも原因じゃないかなぁ。」
「聞いた事がありますね。”解離性障害”という物です。連日ホビット族として生活する夢を見続けた獣人種の少年が、ある日からホビットになってしまったという記録を読んだ事があります。それに近い事象なのかもしれません。」
どういう事だ? それなら、やっぱり自分の姿が自分の思っている姿になってしまうなんて現象がありえるって事なのか? 記憶が消えたりなんてしたらどうするんだよ。
「ホビットになるってどういう事? オリゴがホビットになるって事?」
「えぇ。ですが、何分古い記録ですし事実かどうかも確証がありません。」
「ホビットになるったって身体構造とか知らないんだろ? 子供なんだし。それなのにどうやって急にホビットになるって言うんだよ。」
「ですから眉唾モノなんですよ。この記録は『フマナ様は理屈っぽい。』という原則に背いています。」
『フマナ様は理屈っぽい。』ってなんだそれ。また宗教用語かよ。
「うん。あったとしてもそれとは全然規模が違うし、そんなに心配しなくていいんじゃないかな? でもあんまり長い間その姿を続けたら、オリゴ化してもその姿になっちゃうかもね。」
「!? それって災竜じゃなくなるって事か!?」
「わからないよ? でも、ありえるんじゃないかなって。」
「ホビットの話が本当ならそれくらいは出来そうですね。」
「ってかそうだよ!!! そもそも色だけ変えりゃあいいんじゃねえか!」
俺はなんという馬鹿だったのだろう。自由自在に身体を作り変えられるなら最初からそうすればよかったんだ。色を変えるだけなら内臓も骨も弄らない。鱗の色を変えるだけだ!
「色だけを変えるってどうやって?」
純粋な疑問の様に投げてくるミィ。何を言ってるんだお前は。
「どうやってってこう……鱗の色を変えてだな……。」
「だからどうやって鱗の色を変えるの?」
「え? どうやってって……。」
鱗の色を変える。それは俺が得たい結果だ。でも魔法は手段である。つまりマナを色のマテリアルに変えればいいんだよな! 色の……色ってなんだ……? え、絵の具だったら……絵の具ってなんだよ! 例えば……赤い……赤い何か……血! 血ってなんなんだよ!? なんだこれ? 俺はどうやって魔法を使えばいいんだ? イメージってどういう事だよ……もし赤い何かが顕現させられたとして俺はそれを維持させられる気がしない。俺の考えは常に前世に縛られ続けているのだ。
「そんな魔法使えるの?」
絶望する俺を踏みつける様な言葉に聞こえてしまうミィの疑問。
「でも、出来る奴もいるんだろ?」
「自分の色を変える魔法を使ってる人は見た事ないかな。やっぱり自分の真の姿こそ一番大切なモノで、変身の魔法を使っても自分の特徴を必ず残すんだよ。色はそれに一番使われるね。ルウィアも髪の色がオリゴの姿と同じだったでしょ?」
言われてみればそうだった。蛙姿の時の首元にあった黄色い線も横髪や襟足の色に使われてたしな。
「なので、授かった肉体を授かった魔法で弄んでる訳ではありませんというフマナ様への言い訳として染料や服で着飾るのですよ。」
「また宗教の話かよ。」
「でもマレフィムの言う事は本当だよ。それが常識なの。だから身体の色を変える魔法を使う人はいないんだよ。身体の色を変えられる種族以外はね。」
「あぁ!? そいつ等はいいのかよ!?」
「フマナ様が与えた能力なんだから使っていいのは当たり前でしょ。」
ミィまでフマナ教なのか? 魔法だってそのフマナ様が与えた偉大なお力なんだろうが。線引きが全くわかんねぇ。
でも、科学も何もしらないメビヨンが風を顕現させてたよな……? 赤色を発色する物質の事なんて考えなくていいんじゃないか? ただ、”赤い”という事を意識すればいいはずだ……それとも、俺が言っている事が何処かおかしいというのか……。
「……魔法で色を変える事は可能なんだよな?」
「うん。そうだね。誰もやらなかったからやり方がわからないだけで、魔法を使えば出来ると思うよ。魔法だから寝てる間は元に戻っちゃうけど。」
「俺が最初に覚えなきゃいけなかったのはその魔法なんじゃないか……?」
「そんな事言われても……花を持ってきてこの色になって! ……なんて出来る? 一応肉体改造なんだよ? 身体強化だってなんとなくで使ってるのかもしれないけど、変な風に使ったら簡単に死んじゃうんだからね?」
身体強化は筋肉の密度を高くするイメージで使ってるけど、局所的に使ったら隣接する他の部分が耐えられなくなるんだよな……だから、ミィからは全身を同率で強化するのが理想的だと教わった。一部を強化するにしても明確な境界線を作らないようにと……。
「はぁ……せっかく災竜をやめられると思ったんだけどなぁ……。」
「仕方ないよ。その真っ黒な色が透けないようにするのも難しいしね。」
「いいじゃないですか。今の姿はお世辞でもなく、とても素敵ですよ。」
「ありがとよ……。」
俺の感謝を聞き、テーブルに戻るマレフィム。
……自分の認識がどうこうって……俺は俺だし……鱗が黒いとか白いとか……それが俺って訳じゃないと思う。俺は……元……いや、人間で……ドラゴンの姿もあって……今はただ方法がわからないからドラゴンの姿でいるけど……どんなドラゴンかは未だによくわかっていない。はっきりと自分の姿を確認したのは、昨日の鏡が最後だ。アレは俺なのか? 違う。アレは俺じゃない。俺が俺なんだ。
「クロロ……?」
「……俺って竜人種なのか?」
「どういうこと?」
「……わりぃ。なんでもない。」
俺は部屋を照らし続ける揺らぐ光を見ながら、久しぶりに考え事をする。鼻には少しの木が焦げる匂い。マレフィムはあの一枚の木紙にどれほど書きこむんだろうな。
ミィやマレフィムはいつも俺の姿を見ている。それが突然変わってしまったら、俺は俺じゃなくなってしまうのだろうか。俺が俺でいる限りはミィ達はきっと俺をクロロと……。
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