第46頁目 マッドストーンパワー!メイクアップ!?
「ここを通って王国に行く訳じゃないんだよな?」
深夜、”人生初”の飛行を終えた俺はこれからの計画を問う。
「王国なんて行ったら即刻、監禁からの換金ですね。」
「行くのはオクルスだよ。」
「オクルス!?」
オクルスって王国勢力の街だろ!? しかも、軍事的重要拠点だから騎士団も出入りしてるって言ってたじゃねえか!
「なんでだよ! そんなの王国に行くのと変わんねえじゃねえか!」
「王国と比べたら危険度が少し低いくらいかな。」
「じゃあなんでそんなとこに!?」
「対帝国の重要拠点だからです。立地的に白銀竜の情報が一番集まっている所はあそこ以外ありません。但し、
帝国との国境にあり、要監視地点でもあるこの森に接している街オクルス。そこにこんな俺がどうやって入るというのか。災竜ってツチノコレベルのレア度なんだぞ。ツチノコハンターに見つかったらやばいだろ。
「んじゃとにかく変装しよっか。」
「は? 変装?」
「竜人種の、しかも飛竜族なんてそんなにいないけど、色さえ黒くなきゃ別に良いんだから。」
「まさか身体を染める気とか?」
「みたいなもんかな。」
そう言ったが刹那、パシャッと人の形を捨てて水溜りになるミィ。そして、そのまま芝に吸い込まれていってしまう。
「ミィ……?」
ミィが何をしたいのかわからなくてとりあえず名前を呼ぶ。……返答はない。
「クロロさん。貴方のその鱗はとても黒いのです。消すには大変苦労する。水溶性の染料等ではまず効果がないでしょうね。」
「お、おう。」
「なので光を透過しにくい混合液が良いと考えたのですよ。」
「つまり……?」
要領を得ない説明の解を求めた瞬間、急にミィが染みていった地面が盛り上がる。地中から現れたのは不気味な怪物”スワンプマン”。登場の仕方から、月明かりの当たり方まで全てが警戒する理由として成り立つ相手だが、顔面から垂れた鼻水の様な物を見れば”それ”が何か推測出来る。
「おまたせ!」
「やっぱり……ミィ、なのか?」
「そうだよ!」
流石にマレフィムからの説明と、この姿のミィを見れば何をする気かわかるぞ……。俺は嫌だぞ? そんな馬鹿みたいな方法。子供だってもうちょっとマシな方法を――。
「っそれー!」
「やっぱりかぁー!?」
予想通りに飛び掛かってくるミィから反転して逃げようとする俺。しかし、俺がミィに敵う訳がない。足を何かに引っ掛けられた俺は容易く捕まり身体全体を大量の泥に包まれてしまう。
「ぐぷっ!? せっ……せめ゛でっ! 呼吸孔は……ッ!」
「わかってる、わかってるぅ~♪」
身体中がドロドロねっちょりとした、なんとも言えない温度に包まれていく。鱗の隙間一つ一つの奥深くまで泥が染み込んでいく感覚だ。まるでヘドロ水に飛び込んだ時の様な……こんな体験は久しくしていなかった。あの苦痛だった生活を思い出してどうにも不快である。
「どうです?」
「私に掛かればチョチョイのチョイだよ! クロロ、息できてるよね? 目も避けてるから開けてもいいんだよ。」
「ぶはっ! ほ、本当だ。」
息もできるし、視界も開けている。だが鱗肌から仄かに感じるムズムズ感は治まらない。見る事は出来ないが、恐らくまだミィが何かしているのだ。
「ほうほう……これは中々。ミィさんこちらはもう少し尖らせましょう。」
「尖らせ過ぎると激しく動いた時に折れ易くなるし、不自然だよ。」
「そういう種族という事にしては?」
「……そっか。それもアリかもね。外見が白銀竜からが離れる程いい訳だし。でも棘より無骨な岩の鱗みたいな感じの方がいいかも。」
「程々にしてくれよ……?」
当たり前の事だが、ここに鏡は無い。角狼族の村でもあまり見なかった。オクルスに行けば自分の姿を確認できるかもしれないが、人前で自分の姿に驚ける訳がない。そもそも泥で変装なんて……はぁ…………不安だ。
「どう?」
「これならば誰が見ても飛竜族とは思わないでしょう!」
「………………なんか翼が動かせないんだが。」
というか力を抜いても翼が何かに乗ってて下に下がらない。
「固定しちゃったからね! 二つの背鰭みたい!」
「固定? 崩れたりしないのか?」
「地中下からかなり粘度の高い土を持ってきたから大丈夫だと思う!」
「でも、それじゃあ飛ぶ練習できねえじゃねえか。」
まだ自力じゃ飛べないが、飛ぶ事を放棄する気はない。
「あー……だめ?」
「だめ。」
「ちぇー。いい感じに出来たんだけどなぁ。クロロが嫌がるんなら仕方ないかぁ。」
「確かに飛べるようにはなった方がいいですからね。……私も今回みたいな事はもうしたくないですし。」
ミィは軽口を叩きながら翼周りの泥を再度練り上げる。それと、マレフィム。俺だってお前に飛ばされるのは嫌だったんだぜ。
「ならこうして……こうだ! じゃーん! どう? 翼動く? ゆっくり動かしてみて。」
ミィの指示にしたがってゆっくりと翼を稼動させてみる。
「……重い。」
「身体強化使ってるんでしょ? これくらい我慢して!」
「そうだけど……ん?」
動かしている翼を見て一つ疑問が湧く。
「なぁ、これ翼膜に泥がついてないけど……これじゃあ黒なのわかっちゃうじゃん。」
「それはですね。一部黒い竜人種もいるので問題無いはずです。」
「はぁ!? 一部ならありなのかよ!?」
「あり、と言いますか、不名誉な要素ではあるので、竜人種の方に出会えば何か言われるかと思います。」
殺される程じゃないけど、馬鹿にはされるって事か。でもそれくらいな方がいいのかもな……わかんないけど。
「これで完成かな。じゃあ、危ないからマレフィム離れて。クロロは目を瞑ってね。それと、熱くて我慢出来ないってなったら言ってね?」
「わかりました。」
「え?」
返事をしたら結構な距離を取るマレフィムを見て、俺はまた色々な意味で取り残される。危ない? 離れる? 熱い? 嫌な予感しかしないんだが……? それでもミィは俺の周りを跳ね水となって飛びまわり、急に蒸気の様な姿になる。それを何かの前兆だと悟った俺は恐くなり、ミィに言われた通り目を瞑った。
「いょーし! 整えてぇ~、水抜いてぇ~、つーぶしてぇ~……加熱!」
その可愛らしいノリからは想像も出来ないような熱気が体を包む。凄まじい熱量だが、何故か苦痛には感じない。ただ俺の周りが先程より高い温度だなというのがわかる程度だ。そういえば、焼きたての魚とかも熱いとかは感じなかったな……。大穴でも水分が無くて干乾びそうになったけど、熱中症みたいにはならなかった。火を吹く種族だけあって高温の耐性が高い……とか?
「…………ゆっくり……ゆっくり……ちょっとずつ……潰しながら……冷ます……かっこよく仕上げるからね……。」
いつも余裕たっぷりなミィがこんなにも集中するなんて。熱って事は泥を乾かしてるんだろうけど、この熱量はその為だけとはとても思えないモノだ。そんな材料も少なすぎる推測を重ねているうちに目を開ける許可が降りる。
「多分上手くいった! うわぁ! 凄い綺麗だよ! クロロじゃないみたい!」
目を開けるとまず、周りの芝が完全に炭化しているのがわかる。地面もなんだか少し……硬くなったような? とりあえず長い首で身体中を見てみると、先程まで少し滑らかなだけだった泥が光沢を放って俺の鱗となっていた。それはまるで陶器や磁器のような艶めきで、美術品の様にも見える。月夜から堕ちる淡い光を柔らかく孕んだその一つ一つの鱗。これをあの短時間で……どうやって?
「鏡で見せてあげたいけどここには無いからね。それと、クロロが四つん這いのままでやったから次は両手両足もやっちゃおう!」
「ほほぉ……これはまた……ミィさんは私の想像を軽々と超えてきますねぇ……。とても美しいとは思いますが、これでは少々目立ち過ぎるのでは?」
「ふっふっふっ……! 目立つところに情報はやってくるのだよ!」
「ふむ、確かに間違ってるとは言えませんね。それにしても、濁った白に
確かに夜だから見え辛いけど、目を凝らすと灰色の鱗に煙みたいなエメラルドグリーンの柄が入っている。
「いや、それは偶然かな。なんか良さ気な土を高温で結晶化させただけだし。」
「……??」
じゃあこれは本当に陶磁器みたいな物って事か? それをあんな短時間で……足の裏までそんなので固めたら歩くのに少し気が引けちまうよ。焼き物の急な温度調整はすぐに割れたりするから出来ないってテレビで見たんだけどな……。
「陶芸の知識まであるのかと思いましたよ。」
「流石にそんなのはないよぉ! んじゃあ褒めて貰ってやる気も上がったし! 足裏もやっちゃおっか! クロロ、横になって。」
「……お、おう。」
その後、同じ工程を繰り返して俺の身体は完全に俺の知らない姿となった。正直身体全体が重い。試しに身体強化を一瞬解いてみると、何も上に乗っていないのに押入れにある敷布団と掛け布団を全て身体の上に乗せてるかの様な圧迫感が降って来る。これ、寝られるようになるまで結構慣れが必要かもしれない。
「これで準備は整いましたね。それではオクルスの近くまで行きましょうか。」
「えっ……まさか……。」
「飛びませんよ! 走るんです!」
「それはそれでキツい!」
「魔法の訓練だよ! レッツゴー!」
「…………ちっくしょおお!!」
俺は大袈裟に叫ぶ。頭の隅に隠してある未練や心残りを忘れる様に。でも、少しの間はから元気である事を許して欲しい。世話になった森の人達にいつか恩返しだってするって気持ちを忘れる事はない無いから。書置き一つで急にいなくなってごめん。でも、必ず戻るから……! だから……!
*****
時は少し遡る。
ミィとマレフィムは、俺の角狼族に迷惑を掛けたくないという思いを受け止め、この村を出て行く事に快く賛同してくれたのだ。マレフィムは『私は旅に出る事が目的なので、その予定が少し早まるだけです』と、ミィは『クロロは私が守るからやりたい事をやればいいよ』と言ってくれた。俺はなんて甘やかされているんだと少し捻くれた事を考えたりもしたが、それでも感謝の念は絶えない。俺こそ、この二人なら応えてくれるとこんな我侭を打ち明けて甘えている訳である。
しかし、いきなり独断で消えるのだ。何か理由を伝えなければ軋轢を生んでしまうかもしれない。だから俺は書置きを書く事にした。自力で。
「本当に出来るのですか?」
「こういうのは気持ちなんだよ。」
ゴミ捨て場から拾って来た木板に、爪で字を彫っていく。俺の爪は下手な石よりも硬いので、少し擦るだけで木をバターの様に削る事が出来る。これで文字を彫るのだ。
「そこ、字の形違いますよ。」
「……ぇ。あっ、本当だ。」
俺はとりあえず間違えた字に重なるよう蓑虫を描いて、その上の空間に正しい字を書く。
「それも少しおかしいです。ここは繋げてください。」
「……わかった。」
離れていた線を更に彫って繋げる。書道なら怒られる二度書きって奴だな。まぁ、ばれないだろ。
「クロロさんはそれで良いかもしれませんが、大人としては些か心苦しいものがありますね……旅に使う予定だったの資金を少し置いていきますか……。」
礼儀ねぇ……マレフィムは先生なんて呼ばれて慕われてたもんなぁ。
「よし、完成! どうだ。変じゃないか?」
「クロロはまだ子供なんだし、そんなもんじゃない? あ、最後のピリオド抜けてるよ。」
「忘れてた。」
俺はミィに指摘された通り、文章の終わりであるマークを付け加える。まるでここでの生活の終わりを告げるように。
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