第44頁目 黒って色移りしちゃうよね?
「先生……それはつまり、どういう事だ。」
「そのまんまの意味ですよ。メビヨンさん、いつだったか等詳細までは思い出せなくても、最近あった気がする出来事を他にも教えて貰えますか?」
そんなマレフィムの問いにぽつぽつと答え始めるメビヨン。どうやら彼女は今から数ヶ月前までに起きた出来事の記憶を殆ど失ってしまったらしい。しかし、”殆ど”だ。残ってるモノもある。それは俺との思い出や、マレフィムから勉強を教わってたという事、それと……。
「透明な女の子に助けて貰ったの……。」
その言葉に目を見合わせる俺とマレフィム。透明な女の子なんて俺の知る限り1人しかいない。
「透明の? 何かの魔法か?」
「手長猿族達の魔法かもしれないわね……。」
「すごい!」
「かっこいい!」
「みてみたい!」
不思議そうに感想を述べるダロウ一家。俺は正体が身内だと知っているので下手に喋る事が出来ない。
「(それ私の事だね……。)」
「(正体を明かしたのか!?)」
「(クロロの方が大事なんだから仕方ないでしょ!?)」
逆ギレしてくるミィだが、バレて危険な身にあうかもしれないのはミィなのだ。なんとか話題を変えなければ……しかし、どうするべきか……。そう悩んでいるとすかさずマレフィムが声を上げる。
「とにかくですね! アストラルは認知、認識を司る人格の本質です。それが欠けるという事は記憶にも影響が出ます。もしかしたら完全に消え去ったかもしれない物が、この程度で済んだのは幸いな事ですよ。私達が忘れられてしまったのが少し哀しくはありますが……所詮出会って数ヶ月。これからまた良い縁を結ぶとしましょう。」
「……そうだな。」
完全に忘れられた訳ではない。それがまだ心の救いだと思おう。そう心の中で唱えて、俺はどうにか飲み込もうと苦々しく同意の言葉を捻り出した。
「そうだぜ。クロロ。俺はお前がメビヨンを助けてくれた事は忘れねえ。村の皆もだ。」
「そうよ。メビヨン、クロロは大切な友達。それは覚えているのでしょう?」
話を振られ戸惑いながらもメビヨンは頷いた。
「……うん。クロロは大事な……大切な友達。先生も……勉強は好きじゃなかったけど……先生の授業はつまらなくもなかった。」
「……ふむぅ……『つまらなくもなかった』ですか。」
ここで不満を漏らすのがマレフィムらしいよな。でもそれが記憶を繋いでくれたんだぜ。
「ねーちゃん! またにーちゃんと遊ぼうよ!」
「魚とってもらお!」
「魚もそんなにわるくない!」
クロウ達もようやく緩んだ場の空気を察してメビヨンに詰め寄る。
「うん……クロロが獲ってきてくれた魚は美味しかった。」
「そういう訳だ。クロロ、またこいつに魚獲ってきてくれよ。」
「ぁ……はい!」
ダロウに言われるまでも無い。メビヨンが喜ぶなら魚なんて幾らでも獲ってきてやる。
「とりあえず、ご飯を食べましょう。勿論先生達の分もありますよ!」
「それは助かります! 今日は色々あったのです。まずは休養をとりましょうか!」
「今日はイロットとキノコの乳煮込みよ!」
「「「おなかすいたー!」」」
それからは錆びて回らなくなった歯車に油を注したかのように、少しずつぎこちない空気が緩んでいき昨日までの様な温かい食卓に近い物となった。まだまだ謎は沢山ある。でも今はその甘く魅力的な暖かさに酔いしれていたかったのだ。
*****
そして、翌日。俺はマレフィムと共に長老様の家に呼ばれていた。目的はパパド達との会議の為だ。ダロウは、首にぶら下げた星欠石に向けて昨日あった事を事細かに伝えている。
「キュヴィティ……!」
報告を聞き終えたパパドは、怒りを噛み殺す様な声でその名を吐く。高鷲族も被害を被っている。それは決して許せる物ではないのだろう。だが、ダロウは話を続ける。
「それで、そっちはどうなんだ。」
「どうもこうもないよッ! キュヴィティを捕まえられなかったどころか、同じロアルド家のクテューリアとヴィチチもいない! このまま野放しにしてたら何が起こるかわからないッ!」
「……だな。」
賛同するスメラの声。ダークエルフには幸い被害が無かったそうだ。平和を脅かされた事以外は。
パパドの言っていた聞いた事の無い二人の名前は恐らくキュヴィティと共に角狼族の縄張りに無断で侵入していた奴等の事なのだろう。キュヴィティが死んだ今、事情を聞ける相手はそいつらしか残っていない。
「高鷲族族長! パパド・ピスタ・ティッカの名によって命ずる! ロアルド家の2人はこのティッカ一族から追放! あいつ等の家の中を徹底的に洗い出せッ!」
「「「はっ!」」」
パパドの言葉により遠くの方から幾つかの翼が羽ばたいていくような音が聞こえる。直ぐに指示を出せるように予め何人かを控えさせていたんだろう。
「……ダロウ、既にキュヴィティのみならずロアルド家は熱心なフマナ教の信者であり、その上過激なイデ派的思想を持っていたという事がわかっている。」
「イデ派……というとあの?」
スメラの出してきたよくわからない単語に首を傾げる俺。しかし、マレフィムだけでなく、周りはどうやら理解出来ているらしい。
「この閉鎖的な森でそれ程の敬虔な信者がいるとは、少し意外ですね。」
「いーや、そうでもないんだよ。ウチの一族は色んなとこ飛んでって気に入った物や思想を取り入れるからね。外部との接触する機会は森の民の中だと多分一番多い。」
「なるほど……。」
つまり、森の外から危険思想を持ち込んだ奴が暴走してるって事であっているのだろうか……。
「(あのね、イデ派っていうのはフマナ様を超えようって思想を持ってる人たちなの。)」
ここでミィが簡単に補足をいれてくれる。なんて助かるんだミィキペディア……!
「(シグ派っていうフマナ様に可能な限り近付こうとする派閥といつも争ってるの。どっちが間違ってるなんて事は本当にどうでもいいんだけど……過激な人はいつの時代も問題ばかり起こすんだよね。)」
宗教戦争かよぉー……そんな無駄なことやってんじゃねえよ。しかも、同じ神を崇拝してて信者同士が争うとかマジで意味がわからん。何がしたいんだそいつ等。
「ってこたぁ、そいつ等が魔石を悪用しようと探してたって事だな……。」
「ここらで一度、そこら辺の事情に詳しい奴等から事情を聞いた方がいいかもねぇ。もしかしたら残党もいるかもしれないし。」
「素直に吐いてくれればだがな……。」
想定よりも根の深そうな問題に黙り込む一同。しかし、年の功というべきか、すぐに解決出来ない問題よりも、建設的に他の問題を提起する長老様。
「過激派もそうじゃが……クロロの暴走も問題よのぅ……。」
「そう! そうだよ! 渇望の丘陵に魔石があったっていうならなんで急にクロロちゃんは反応しちゃった訳!?」
「それについては私も考えてみたのですが……。」
パパドの疑問に答えたのはマレフィムだ。その話について、ミィを加えて俺達で昨晩散々話し合ったのだ。
*****
「……クロロは見た事も無いくらい眩しい光線でドダンガイの胸部を消し飛ばしたの。」
「光線ですか……噂に聞くドダンガイの胸部を貫くには相応の魔力が必要なはずです。ですが、身体強化で精神損傷になってしまうクロロさんにその様な魔力があるとは……。」
「……うん。そのはずなんだけど、しっかりこの目で見たんだよ。」
ダロウ家でドミヨンの料理を堪能した俺等は、家に帰り今日俺の身に起きた異変を整理していた。
キュヴィティとボンボボ達が死に、メビヨンの記憶が一部失われてしまった今、俺が暴走していた時の行動を知っているのはミィしかいない。
「それにしても……クロロさんは何故急に暴走したのでしょう……。」
「わかんねぇ……急になんだよ。急に身体が跳ねたような衝撃が来て……。」
「それなんだけど、多分、警戒したんじゃないかな。」
ミィは自分なりの解釈を話し始める。
「警戒と言いますと……?」
「魔石はアストラル、マテリアル、エーテルの複合体って聞いた事があるの。つまり、殆ど人と変わらない物なんだって。だから意思があって、人格すらも持ってる。クロロが白銀竜から渡された魔石を飲み込んじゃった理由はわからないけど、それのおかげで加護を得られたならクロロにその人格が溶け込んでるかもでしょ? そこにドダンガイみたいな力の大きい魔石を近くに感じたら、警戒してもおかしくないんじゃないかなって。」
「魔石はまだ生きてるって事か……?」
「……うん。」
「ちょ、ちょっと待ってください! それが本当だとしたら、マテリアル体を支配されたというのは大問題なのではないでしょうか?」
魔石に人格があって、ソイツが俺の身体を乗っ取ったという事は、つまり俺という人格が無くなってもおかしくないという事になる。そして、ドダンガイの魔石まで飲み込んでしまったのならそれは……。
「まだ数ヶ月しか経ってないけど、魔石はクロロの体内で常に支配を受け続けているはずだよ。だからちょっとずつ魔石はクロロに吸収されてると思う……ドダンガイの魔石を飲み込んでも今回はすぐに目を覚ましたし……だけど……。」
「……安全とは断言できませんね。その上ドダンガイの魔石まで飲み込んだとなると……。で、ですが、乗っ取られてから、クロロさんに戻ったというのも事実です。」
「……。」
口から言葉が出ない。せっかく安心出来る平和な日常になったと思ったのに……。
「手長猿族は魔石をどうするつもりだったんだろう。あいつ等が不用意に魔石を求めなければクロロだってあんな風にはならなかったはずだよ。幾ら魔石って言っても、糧も無しに常にマテリアルを顕現させていられる訳なんてない。多分、魔石は干渉可能な範囲にアストラルが侵入した時だけ活性化してたんだ。」
「クロロさんが魔石を飲み込んでから、初めてドダンガイが活性化したのがあの日だった。という訳ですか……。」
「そういう事だね。それに、ドダンガイと手長猿族との戦いは戦いと呼べるモノじゃ無かった。幾らなんでも戦力差を見誤り過ぎだよ。魔石なんてとんでもない代物だってわかってるはずなのに……。」
「それを倒したクロロさんの暴走も凄まじいものです。その件に関しましては族長達にも話さない方が良さそうですね……。」
悩みこむミィとマレフィム。答えは出ないまま3つの月は天井の上、俺等の頭上を過ぎていく。俺は、また魔石が身体を乗っ取るのが恐くて気が気ではない夜だった。
*****
「ボンボボ……奴等は何処で魔石の情報を知ったというのだ……私達ダークエルフですら、魔石という可能性は考えていなかった……。」
「それこそ今探しているロアルド家……ですか。彼等の事を調べれば判明するのではないでしょうか。」
マレフィムの説明も終わり、まとめに入る族長達。
「まぁ、魔石の問題はその二人を探す事と周囲の捜査で問題ねぇだろうさ。問題はもう一つある。手長猿族だ。」
戦争はほんの数時間程度で終わった。”戦争”と言っても、問答無用で全員を殺した訳じゃない。戦力とならない子供と老人は村に待機していたみたいだし、戦闘員も皆殺しにはした訳ではないので今後彼等の処遇を考えなければならないのだ。
「面倒だし、やっぱり縄張りからの追放でいいんじゃない?」
あっけらかんと言うパパド。
「ボンボボの指示一つで全員が処罰されるのは適切とは言えない。」
意外にも温情のある意見のスメラ。
「何やったって面倒だろ。この森全てが俺等の縄張りって訳でもねぇんだ。迫害して反乱分子を作るくらいなら、適当に小せぇ区画をやってそこに押し込んどけ。」
シンプル且つ合理的な提案をするダロウ。確かに、この3部族が大きい勢力なだけで森全体を支配してる訳じゃないんだもんな。なら森からの追放なんてのはそもそも無理矢理な方法って事なのか。
「それなら反感を一切買わないって訳じゃないけど。楽って意味では一番の落としどころかもね。ウチは賛成。」
「あの規模の縄張りを残りの人員で管理するのも難しいだろう。私も賛成だ。」
「んじゃ、そうすっかね。長老はどうだ?」
パパドとスメラが同意する中、長老様にも意見を求めるダロウ。一応年長者の見解も聞いておきたいのだろう。
「ふむぅ……まぁ、ええじゃろぅ。しかしの、働き手は随分と減ったはずじゃて。”イロットは追われて突いてくる”と言うじゃろう。面倒とは言えど、多少は支援したが恩も売れるじゃろうて……。」
「うわぁ……ワガイさん、噂に聞く通り狡猾だねぇ。」
「パパド、年長者であるぞ。」
「ほっほっ……!」
予想はしていたけど、やっぱりワガイさんって元族長なのかな。その人に面と向かって狡猾って言えるパパドも凄い、ってか分厚い。面の皮が。スメラはこれから本当に苦労しそうだな……。
「んじゃ満場一致だな。早速行動に移るぞ。」
そこから通話を切り、戦いの時とはまた違う慌しさを帯びていくこの角狼族の村。縄張りが広くなる事への歓喜の声や、死者を悼む嘆きの声、そして、平和が再び戻る安堵の声。……やっぱり。
――俺はここにいてはいけない。
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