第38頁目 アタシがわるいの?
まるで寝る前に見た日常の記憶の断片の様な光景。限りなく現実に近くて、限りなく信じ難い事。クロウ達が騒がしくアタシを起こして、皆と一緒に朝ごはんを食べようとした時に、またクロウ達に起こされて目が覚める。そんな事。そんな、真実なんてどっちでもいい、他愛の無い事だと思っていたの。
「……うぅ。」
「メビヨンさん!? マレフィムです! 聞こえますか!? もし私が解るならこの私が叩いている手を動かしてください!」
アタシの右手の甲から、ポンポンと小さな手で叩く衝撃が感じ取れる。それに応えようと軽く手を上に上げた。
「わかるのですね!?」
「…………何が、あったの?」
「……ッ……それは……その……。」
「……クロロは……?」
ゆっくりと周りを見渡すとアタシは驚きの光景を目にする。それはアタシと同じ様に、怪我をして横たわるクロウ、コロウ、メロウ達だった。
「……なっ!? ……何これ……ねぇ……何があったの!?」
「それが……急にクロロさんが乱心して……メビヨンさんを尻尾で弾き飛ばしたのです。」
「クロロが!? なんで!?」
「それはわかりません……そして、そのまま私達の止める言葉も聞かずに、走って何処かへ行ってしまったのです。」
「クロウ達は!?」
「その……何処かへ行こうとするクロロさんに謝って欲しいとしがみ付きメビヨンさんと同様に……。」
「……なんで…………追わなきゃ……。」
「いけません! 危険です! それに、前足を片方怪我しているのですよ!?」
その先生の言葉で左手に上手く力が入らない事に気付くアタシ。でも、クロロが急にこんなことをするなんて絶対におかしいわ。何か理由があるはずよ。
「……それでも行くのですか。」
「うん。」
「私にはクロロさんの帰ってくる場所を守る義務がございます……彼等に何かあればクロロさんが正気に戻った時に壊れてしまうかもしれませんからね……。」
先生はそう言ってクロウ達を見る。
「そうよね……それなら先生、弟達の事はお願い。」
「えぇ、任せて下さい。私の代わりと言ってはなんですが、ミィさんを連れて行ってください。」
「え? そのスライム?」
「あー……その……彼女はとても強いので役に立つと思いますよ。」
彼女ってスライムに性別なんてあったかしら。たしか、雌雄同体だったような……でも、先生の言う事だし……。
「わかったわ。」
「問題のクロロさんですが……どちらへ向かったのか全く検討がついていません。」
「そう……うん……なんとかしてみる。」
スライムが跳ねてアタシの背中に乗っかって来る。なんだか不思議な感覚。
「そういえば角狼族の方々は鼻が良いと聞いた事が……。」
何か言っている先生を背にアタシは前足を庇いながら走りだす。こうしてる間にもクロロの身に何か起きてるかも……!! アタシは天井の無い広場まで着くと、自慢の翼を広げて風魔法を使った。身体が風を受けて地面を離れ、アタシは少しずつ上昇していく。久々だから上手く出来るかわからないけど、魔法の練習はアタシだってやってる!!!
最初はちょっとグラついたけど、森が見渡せる高さまで来たらかなり安定してきた。でもこの高さからクロロを探せるとは思えない。とりあえず、もう少し高さを下げようとした瞬間。
「あっち!!!」
「え!?!?」
知らない人の声が背中から聞こえた。すっかり忘れてたけど今アタシの背中にはスライムが乗っている。そういえば飛ぶのに必死で全くスライムを落とさないようになんて気を配っていなかった。それよりも。喋れるスライム!? そんなの聞いた事が無い。
「ちょっ、ちょっと!? スライム!? スライムなの!?!?」
「スライムじゃ、ッなーい!」
「いたっ!?」
そんな怒声と共に頭に衝撃が走る。
何!? 何なの!? 何が起こってるの!?
「ほら! ぼうっとしてないで! 向こう! クロロが飛んでる!!」
「えぇ!? クロロが飛んで……えっ!?」
スライムが言っていたことは本当だった。距離があるけど、遥か向こうの方に黒い竜人種が飛んでいるのが見える。
「あっちは……渇望の丘陵……?」
「何ぼさっとしてるの!? 早く追って!」
「は、はいぃ!!!」
何が何だかわからないけど。とりあえずこの偉そうなスライムの正体が知りたい。
「あ、あのぉ! スライムさん!?」
高速で飛んでいる為、風の音が煩く、大声になってしまう。
「そんな大声で話さなくて大丈夫だよ。聞こえるから。」
驚く程、鮮明な声。まるで、脳に直接語りかけてるんじゃないかってくらいに。
「え、えっとスライムさん?」
「スライムじゃないって言ってるでしょ! また叩かれたいの!?」
「ご、ごめんなさい! じゃあ……なんて呼べば。」
「ミィ。ミィって呼んで。」
なんとも偉そうなスライムだけど、喋れるんだから本当にスライムじゃないのかもしれないわね。もしかして、変身してるだけの別種族とか……?
「この会話ってどうやって……いや、それよりもクロロは急にどうしたんですか?」
「これは単純に君の口と耳の近くに声を伝える触手を這わせてるだけ。それでクロロは……よくわからない。あんなの……初めてなんだよ……。」
重い口調からミィと名乗る彼女のクロロを思う気持ちが伝わってくる。彼女もアタシ同様にクロロをどうにかしたいと思っているんだと思う。
「とりあえず今はクロロを追って。」
「ミィさんはクロロのなんなんですか?」
「保護者。言っておくけど、マレフィムなんかよりも前から保護者なんだからね。クロロの事、卵の頃から知ってるんだから。」
「え……それって……。」
「――見て! クロロ! 降りてくよ!」
白銀竜様の巣にいたのかと聞きたかったけれど、クロロを見失う訳にはいかなかった。森と丘陵の境目には手長猿族が数匹巡回している。それでも、真っ直ぐにクロロは渇望の丘陵へ向かっていた。
あいつ等は監視役ね。クロロが向かってるのは……何あれ!? 丘陵に入った少し奥には不自然に手長猿族が集まっている。その更に先にはいつも以上に大きな霧が……!
飛んで向かって来るクロロの姿を見つけたのか、騒ぎ出す手長猿族達。それを気にも留めず、クロロは霧の中へ飛び込んだ。アタシはそのまま得体の知れない霧の中に付いて行くのを躊躇ってしまい空で立ち止まってしまう。すると、手長猿族達は忽ちに標的をアタシへ変えた。戸惑い狼狽え格好の的であるアタシへ。
一斉に喉を潰すような奇声を放つ集団。
所詮飛行に関して初心者のアタシは、標的を殺す気で放ってくる魔法を避ける事なんて出来ない。豪速でこっちへ向かってくる、幾つもの土塊。鋭利な形のそれはアタシから容易に命を奪っていくんだろう。――もう駄目だと思った。
「何してんの!」
爆音。アタシは突然の爆風に吹き飛ばされて天地の所在が把握できなくなる。ただ、アタシは何度も落ちた事がある。その経験からすぐに空を見つけて体勢を整えた。
何があったの?
土煙が宙を舞い、土屑となった物が下に落ちていき、一部がエーテルとなって消えていく。目の前には透明な妖精族の少女。アタシは一握りの可能性を踏まえて名を呼んだ。
「ミィ……さん?」
「そうだよ! 何してんの!? 死ぬ気!? ほらまた来たぁ!」
そう叫んだ彼女は人の輪郭を捨てて分裂し、飛んでくる土塊に特攻して触れる。その瞬間に、土塊は爆散して無力化されてしまう。そして、回数を重ねる毎に彼女の身体は大きくなっていった。眼の前で行われる理解出来ない光景にたじろぐ手長猿族達。
「もう! ぼうっとしない!」
大きいスライムの様な形になった彼女は、事態が飲み込めてないアタシを身体を伸ばして抱え込みそのまま霧の中へと連れて行く。アタシは抵抗をする気すら起きなかった。霧はとても濃くて何も見えない。アタシはただ透明な彼女に連れられていく。
「ほ、本当にスライムじゃなかったんですね。」
「当たり前でしょ!」
そんな必要かもわからない事実確認の後、霧が晴れた。いや、晴れたと言っていいかはわからない。そこは濃霧で囲まれた空間だったの。呆気にとられたけど、地面は普通の丘陵で、中心には沢山の手長猿族が囲む……巨人族……? そして、その手前にクロロがいた。
「クロ――。」
「待って。」
アタシは瞬時に口を液体で塞がれた。前にもこんな事があった気がして……よくわからないけどとっても不快だった。
「っぷは。」
「何だか状況が変。様子を見ながら近付いてみよう。なんか……戦ってる?」
そう彼女が言った直後、手長猿族達が一斉に鋭い土塊を巨人族に向かって放つ。それを物凄い音と煙を上げながら全て受け止める巨人族。しかし、驚く程にソイツは揺らがなかった。
「バカな!?」
ここまで聞こえる驚愕の吼え。あの一際派手な身なりをしている手長猿族の声。恐らく族長のボンボボでしょうね。
その後も手長猿族達は、地面を沼の様にして沈めたり、風の大砲みたいなのも当てたりしてたけど、巨人族の着ている鎧にさえ傷一つ付かなかった。これで最後とでも言うように、見た事も無いような大きさの大岩を巨人族にぶつけたけど、それは手長猿族の誇りと共に片手で巨人族に砕かれてしまった。その間、クロロはただ歩いて近寄っていただけ。そして、彼は手長猿族達の後ろにつく。
彼の前を遮るのは、巨人族へ挑む大勢の手長猿族達。それを、まるで邪魔な草でも薙ぐように翼と尻尾で払っていく。巨人族もそんなクロロを迎えに行くが如く道中の手長猿を払い、踏み潰し、蹴り飛ばし、蹂躙する。
「クロロ……。」
そう、アタシの知っているはずの彼の名前を呼んで地面にゆっくりと降りる。丘の上で繰り広げられる、惨劇。分断される肉、粉砕される骨、引き千切られる内臓。それらを作り出す彼は、クロロなんかじゃない。
「止めなきゃ!」
名前しか呼べなかったアタシを置いて、妖精族の姿となりミィさんが1人クロロへ飛んでいく。気付くとクロロはあと少しで巨人族の手が届く程の距離まで近付いていた。なのに、巨人族は歩みを止めて両手を上に掲げる。直後、霧が集まり巨人族の手に渦を巻いて包んでいく。そのまま霧は膨らみ棒状の形を為して凝集、やがて確たる形を宿して荘厳なる斧が形成された。
……それで、何をする気?
それは疑問ではなく、これから起こるであろう事に対しての――否定。
巨斧が振り下ろされ始めるのを見て、アタシは咄嗟に目を閉じて地面に蹲った。
「だめええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
そう叫んだのはアタシじゃなく、先程飛び出していったミィさんの声だ。
……ッ……アタシは現実を直視できそうにない。
「……え!? クロロ!? クロロ!!」
あれ程の巨斧だ。亡骸も無事では無いはず。ここから去る為にはどちらにしろ目を開けなければいけないのに、どうしても目を開ける事が出来ない。
――突如鳴り響く堅甲を砕く様な大きい音。
……そういえば振り下ろされたはずの斧が大地を砕く轟音を立てていなかった。なのに、遅れてやってきた今の音は? 突如生まれた大きな疑問に思わず目を開けるアタシ。その目線の先は、当然彼の亡骸があるはずの方向。しかし、目に映ったのは刃を一部吹き飛ばされた斧を持って体勢を崩している巨人族だった。
「……何が……?」
恐らく、あくまで推測に過ぎないけど、クロロはまだ……!
アタシは力が入るようになった身体でもう一度立ち上がり、目を凝らす。薄っすらと土煙を上げる中、悠然と佇む黒点。彼だ。気付けばミィさんも近寄るのを止めて、空から彼の様子を見ている。しかし、アタシが現状を把握している間に、巨人族は体勢を立て直して既に二撃目を振り被っている。そして、横薙ぎの巨斧が彼に襲い掛かり……。
――今度こそ、見届けなきゃ。
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