第20頁目 かくれんぼって寿命縮むよね?

「この光景は何度見ても面白いですねぇ。」


 最初は大喜びしながら記録をしていたマレフィムも今やこの反応だ。俺は今、全身をミィに包まれていた。


「それじゃあ行くよ?」

「えっ! 待っグァバゴブヴァハッ!」

「ちゃんと息吸ってよぉ。」

「告知から始めるのが早すぎるんだよっ!」


 デミ化を教えて貰うようにお願いしてから数日が経っていた。今俺は、溺死の始点に立っている。身体強化の魔法を使う時にやった訓練の応用なのだが、変身は全身のマテリアルを変質させる魔法なので、頭のマテリアルを操作する必要があるのだ。変身する際に頭を残したらドラゴン版ミノタウロスみたいになってしまう。だから俺は頭を含めた全身を包まれて、全身から魔力を注がれるという訓練をしていた。


「それじゃあ、行くよ? 3! 2! 1! はいっ!」


 因みに、内臓を下手に弄ったら死ぬのでやる事は骨と皮の変化に近い。なので、普通ならどうしても輪郭だけ寄せた亜人に近いものとなるらしい。しかし、俺は普通ではない。フマナなんて知らないが、人間という種を知っている。


「あれだけ完全なデミ化が出来るというのは本当に素晴らしいですね。」


 なんてデミ化したミィを見てマレフィムが言っていたが、創造神フマナとやらは人間なんだろうか。実在していたのか? まだ生きていたりとかするのか? フマナ語を話せないと人権が得られないこの世界についてどう思ってるんだ? 謎ばかりが生まれる。


「どう? わかる?」

「なんとなくだけど……わかってきた。」

「じゃあ、やってみて。慎重にだよ? 内臓は変えない変わらない。クロロが入ってる袋を取り替えるようなイメージ。」


 最初デミ化を教えてもらうと決めた時に、またすぐに試そうとしてミィに全力で止められた。魔法を使おうとした瞬間に、とんでもない衝撃が腹部を襲ったかと思えば世界が傾いて意識を失ったのだ。厳密にはさせられた、が正しいけど……。その後、デミ化を安易に使ったら死に直結すると数時間掛けて教わった。魔法は道具という教えをまだ軽く考えていたらしい。鋏は刃と刃の間にあるものを両断する。それが紙であれ、肉であれだ。


 神経を研ぎ澄ます為に目を閉じる。肉体を変質させるときに気をつけるのは、内臓だけではない。脳、神経、血管もそうだ。特に物事を考えられなくなった時。それは死ぬという事。繋がりは絶たず、圧縮をする。流れは変えない。淀みは作らない。少しでも危ないと感じたらリセット。肉体を変える時の指針は痛み。痛みをなるべく感じないように身体を歪ませていく。神経を研ぎ澄ます為に目を閉じる。前足を手探りでボコボコと変質させる俺を見てミィが心配そうに呟く。


「まだ早いんじゃないかなぁ。普通は何年も時間を掛けて最適な変化を探っていくんだよ?」

「それを今やってるんじゃないですか。魔法はイメージだけでどうにかなるものでないと気付く一番良い薬がデミ化という魔法ですよ。」

「不変種は覚えなくていいから楽でいいよね。」

「私みたいな妖精族や巨人族等は必須ですよ。」

「それでも内臓や骨格はほぼ一緒でしょ。」


「グッ!」


 失敗の痛みで情けない声が出る俺。とにかく対処策として即時肉体をリセットする。


「大丈夫!?」

「大丈夫大丈夫。ちょっとビックリしただけ。」

「今日はこれくらいにしようよ。」

「もうちょっとだけやらせてくれ。『オリゴ』でしかいられないなんて一人前とは言えないだろ?」


 オリゴとは人間でない姿の事らしい。そして、変身した姿がデミだ。一人前の竜人種、いや、可変種は、当然デミ化程度出来てなきゃ駄目だと言われてしまった。


「そういえば、デミ化した姿が日常的になったらオリゴになるのも大変なのか?」

「そうだね。珍しいけど聞いた事ある。でも殆どの人はオリゴの方が便利だから忘れる事は無いんじゃないかな。服としても使うしね。」


 可変種はオリゴに戻った時に服が弾け飛ぶ為、デミ化した時にはオリゴの皮膚を服の様に纏わせる事が多いそうだ。つまり俺はデミ化しても強制鱗アーマーという訳だな。この世界でファッションはどうなってるやら。


「――お二人とも、お客さんみたいですよ。隠れて。」


 マレフィムが急に少し重い口調でこちらに告げる。突然の事に驚いたが、俺とミィは言われるがまますぐに狩場の入り口へ隠れた。すると、マレフィムは風の魔法か何かで焚き火にある串を吹き飛ばしてしまった。苦労して作った自信作になんて事をするのか、と思いつつそのまま身を潜めていると幾つかの騒がしい足音が聞こえてくる。


「こんにちわ。王国の調査団の方々ですか。」

「えぇ、そうです。……んしょっと。王国騎士団遊撃隊副隊長を勤めてます。ロイ・リグルスです。はじめまして。」

「私は見ての通り妖精族の旅人、マレフィムと申します。」


 兜を脱ぎ挨拶をするロイと名乗る男。騎士の様な甲冑を着込んでいて、後ろに仲間を4人程連れている。そして、全員がダチョウみたいな2速歩行のトカゲに乗っていた。なんかあれ食った事がある気がする……。礼儀の問題なのか、直ぐにロイはダチョウトカゲから降りた。

 

「突然すいません。マレフィムさんはこちらに1人で暮らされてるんですか?」


 それにしてもロイはとても童顔に見える。甲冑を着ていなかったら赤毛なだけの癖っ毛わんぱく少年に見えなくもない。そして、よく見ると、ロイを含め他の人間も皆頭身が低い。声も高いし子供を集めた部隊なのか?


「今の所はそうですね。」


 マレフィムが平然と嘘を付く。そして、ロイは近くにある焚き火を見つけたようだ。


「あー……なるほど。最近、白銀竜の巣を監視している部隊から、連日巣の近くから煙が上がっていると報告を受けまして……まさか妖精族が1人巣の横で暮らしているとは思わなかったんですが……。」

「これはこれは、無用な手間を取らせてしまい申し訳ございません。」

「……ふぅ。」


 後ろの部隊からもう1人ダチョウトカゲから降りて兜を脱いだ男がいた。


「すまない。聞きたい事がある。俺は王国騎士団遊撃隊副隊長のリアン・リグルスだ。」


 同じ性、だよな? ロイと顔がそっくりだが、癖っ毛でなく、ロイより短い髪の赤毛だ。もしかしたら兄弟か何かかもしれないな。そして、やはり童顔である。やはり少年部隊なのか……?


「流石に白銀竜の巣であった場所だけあって、副隊長さんが2人も来られるのですね。」

「そうだ。この山は白銀竜の巣だ。それを知っていて何故ここに滞在している。」

「風の噂で白銀竜が去ったと聞きましてね。どういった所か気になったので見に来たんですよ。」


 よくもまあそこまでスラスラと嘘を吐けるもんだな。マレフィムを1人で買い物に行かせたら、値切った上で浮いた分を懐に入れられそうだ。


「噂はどこで聞いたんだ。」

「オクルスの酒屋ですよ。」


 それを聞いて舌打ちをするリアン。ロイと違ってこっちは気性が荒そうだ。


「ロイ、隠し切れないとは言え、流石に情報が出回るのが早すぎる。オクルスに戻ったら緘口令かんこうれいを徹底するぞ。」

「わかった。」

「それとなんだが、ここらで何か異変みたいな事は無かったか?」

「……異変ですか?」


 曖昧な質問だ。言ってしまえば白銀竜が去った事が異変と言えば異変だが……。


「あぁ、言ってしまえば見慣れないベスや、魔物の痕跡だ。」

「リアン……!?」


 急にうろたえ始めるロイ。何かまずい事をしようとしているのか?

 しかし、リアンはそんなロイへ冷静に返す。


「ロイ、俺等は騎士団なんだ。王国領のそういった異変は把握しておかないとだろう?」

「……あ、あぁ、そうだね。」

「ふむ。ベスや魔物ですか……魔物の痕跡なんてあったら大問題ですが、特にそういったものは見なかったですね。」

「そうか……。」

「それと、ここは本当に王国領かも怪しい所。何かが居たとして土足で踏み荒らして良いのですか?」


 その言葉で場の空気が少し冷える。


「それは、どういう意図があっての発言ですか? ここは間違いなく王国の領地です。それともまさか帝国の領地だとでも?」


 ロイは今までで最も冷たい声となり、険しい表情となった。リアンは深かった眉間の皺が更に深くなっている。


「いえいえ。そんな恐れ多い。単純に白銀竜が去ってしまったとは言えど、そこを荒らしてはまずいのではないでしょうかという疑問ですよ。」

「…………。」


 黙るロイを尻目に淡々とリアンが返答する。


「勿論荒らそう等とは考えていない。寧ろ保護すべくとして問題が無いか聞いたんだ。」

「であれば。気分を害してしまったようですみません。」

「マレフィムさんは不変種と言えど、そういった発言は誤解を呼ぶので控える事をお勧めします。」

「……ご忠告ありがとうございます。」


 なんという緊張感のある問答だ。色々わからない単語が聞こえたが、会話の混沌さというか黒さというか闇の深さが凄まじい。マレフィムが何を思って危うい言葉を使ったのかわからないが、今問題は起こさないでいただきたい。そんな俺の心臓の暴れ具合が伝わったのか、生簀から魚が大きく跳ねる。


『パチャンッ!』


「水音……?」

「……!? リアン! 見て! 洞みたいなのがある!」


 ロイとリアンがすぐに反応してしまった。

 この水場を覗き込まれると逃げ場がない。

 しかし、今外に出ても見つかる。


「そこは、ただの水場ですよ!」


 水場に近付く騎士二人へ、マレフィムが怪しまれない程度で精一杯のフォローをする。だが、その言葉は余計にロイとリアンを刺激した。


「水場……。」


 パシャンッ!


 ロイとリアンは洞を覗き込む。洞は狭く、天井はそこまで高くない。波打つ水面。ロイやリアンが水の中に入ると腰辺りまで浸かってしまう。その足場は一つの大岩で出来ていて、奥は更に深くなっている部分があった。大岩の上には不自然に岩で囲まれているスペースがあり、数匹の魚が泳いでいる。


「どうしたんですか?」


 ロイとリアンはまだ洞の中を確認している。


「ここは元から……? 魚を捕まえているようですけど。」

「……えぇ。ここの魚は人に慣れていないせいか、私の拙い釣りの腕でも釣れるんですよ。」

「ここの方角、巣に続いていそうだな……。」

「そこまではわからないですね。何分、何が起こるかわからないので、巣の中までは入っていないんですよ。」


 その言葉を聞いてロイとリアンは顔を見合わせる。


「副隊長。その洞がどうかしたのですか?」


 部下の一人が訝しげにロイとリアンに問う。


「なんでもない。これが巣と繋がっているのなら調査団として把握すべきところだろう。お前等はもう戻る用意をしろ。俺等も行く。」

「ハッ! 承知致しました!」


 毅然に答えるリアンに納得がいった様子の部下は戻っていく。


「焚き火に釣りか……服装が垢抜けている割りには旅に慣れているようだな。」

「お褒め頂き光栄です。」

「マレフィムさん。お願いなのですが、白銀竜が去ったという情報は余り拡げないで頂けませんか? 街では既に緘口令かんこうれいが敷かれています。公式な情報としてまもなく公開するのですが、それまではご協力願います。」

「話してもいいが、兵士に見つかったら捕まる。気をつけて欲しい。」

「それは嫌ですねぇ。是非気をつける事に致しましょう。」


 そんな事を話しつつ外に戻るロイとリアン。二人ともそこまで話す事も無いという事なのか、鞍に掛けた兜を再度頭に被ってダチョウトカゲに軽々と跨る。


「時間を取らせたな。余りここに長居するのは推奨できない。可能な限り街に戻った方が身の為だ。」

「えぇ、もうここに居る必要も無いですからね。そろそろ去るとしますよ。」

「王国に戻るのなら護衛しますよ。」

「いえ、そこまでして頂く訳には及びません。ここは平和ですので、のんびりと景色を楽しみつつ帰ります。」

「そうですか。では、また何かの縁で会う事があれば。失礼します。」


 そう挨拶だけして、来た時とは違い走って去っていく部隊を眺めるマレフィム。部隊の姿が見えなくなり、少し経つとマレフィムが洞を覗き込む。


「もういなくなりましたよ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る