第18頁目 周りを見ない人って恐いよね?
「今日は火の吹き方を教えるね。」
それはまさかの提案だった。ミィは俺が魔法によりうっかり死に掛けたせいで、俺が魔法を使う事に警戒をしていた。
「いいのか……?」
「うん。水を魔法で出すより魔力使わないから、先にこっちを教えるべきだったかなって思ったんだ。でも無理はしちゃ駄目だよ……?」
火の方が魔力を使わない? でもイメージだと水よりよっぽど火の方が魔力を使いそうなもんだが……
「結局は量なんだから、火だろうと無理したら倒れるんだからね!」
「おう。」
するとミィが、木の枝を持ち出す。その木の枝はミィの半分くらいの長さで、青々とした葉っぱが数枚付いたままだ。それをミィが力を込めて水分を操作する。瞬く間に枝葉が枯れていき、持っていた枝は枯れ枝になってしまった。蒸気はどこにも見当たらないので、ミィがほんの少しだけ膨れたのかもしれない。
「火っていうのは水が無い方がよく起こせるの。水は燃えないから相性が悪いんだ。でもね、水からは燃える風が作れるんだよ。」
途中まではまるで小学生の授業の様な内容だが、水から燃える風が作れるというのは初耳である。
「まずこの枝を燃やしてみるね。」
そう言って枝を置き、俺が数日前に集めた火打石モドキを両手に持つミィ。本来なら燃えやすい乾燥した木屑とかがあれば理想なのだろうが、そんな物は都合よく用意していない。火打石から散った火花を引火させるものがないのにどうする気なのかわからないままミィは俺に対してこう言い放った。
「いくよ?」
そして、ミィは強めに火打ち石同士とぶつけ合わせた。刹那、火花がミィの腕に引火。
「うわっ!」
轟々と激しく燃え上がる炎はミィが調節したのか二の腕辺りから消え、両手首より下だけが燃えている状態となった。まともでいられない光景に俺は思わず片方の手を思い切り吹いてしまう。
「あっ! ちょっと! 待って!」
左手そのものが吹き飛び、ミィが抗議する。その光景に少し冷静になる俺。
「わ、悪い! びっくりして!」
「大丈夫。私は大丈夫だからちゃんと見てて。」
俺を宥めて、ミィは地面に置いた枝を再形成した左手で拾う。そして燃えている手から出る炎で、枝の先に火を灯す。火が灯った事を確認したらその右手の炎は消してしまった。水の精霊であるミィが何故こんなに火を自在に操れるかわからない。
本当にミィは万能だ。まさか水から燃える風なんて……。燃える……可燃性の風? それで水って……あぁ……! 水素か!! でも、ミィはどうやってか水を分解して水素を作ってるんだ。
「びっくりした? この明るくて熱いのが火だよ。初めて見たでしょ。今までお話でしか聞いた事ないもんね。」
確かに火を見たのは今生で初かもしれない。俺はもう何年も火を見ていなかったのだ。火が、熱がある。つまり……肉が!……魚が!……焼ける!! 水素! 水素だな? 化学式とかはもう既にうろ覚えだが、俺が欲しいのは火であって水素じゃない。つまり燃えればいいのだ。求めるがままに俺も火打ち石を両手に持った。
「えっ? もう? そう簡単に出来ないよ? 風ならなんでもいいって訳じゃないんだから――。」
なんて忠告するミィを横に俺は大きく息を咳袋に溜め込み、その息を水素に変換するイメージで吐いた。それと同時に火打ち石を鳴らす。幾つか出た火花は俺の吐いた息に触れあっという間に引火する。結果、轟音が鳴り響き大爆発が起きた。
「ウバアアアアアアッッーーー!!!」
アホである。
朦朧とした頭で過ちを考えてみよう。と言ってももう色々忘れているが、覚えている事を羅列する。水素は可燃性。そして、火は酸素が無いと着かない。更に酸素は可燃性ではなく助燃性で……。あぁ、焚き火に火薬を放り込んだ感じだったのかな。びっくりした……。
「ちょっと! ちょっと! ちょっと!! なんなの!!!」
霧散したミィが再形成しながら吹っ飛んだ俺に近づき叫ぶ。
「魔法で何を出したの!? クロロが竜人種で私が水じゃなかったら大惨事だよ!」
「ごめん。俺もびっくりした。」
「燃える風をまさか一回で出せるなんてどういう事!? こんなの失敗だから出せてるって言えるかも疑わしいけど!」
燃える風。それは多分、水素の量と酸素を上手い量配合して顕現させてるんだ。それはかなり難しい。だからこそ先に知っておけばって感じで知識として教えてくれたんだろうけど、俺はそれを理解する基盤の知識を持っていた。ミィの様に操るには実験に実験を重ねないと無理だ。身体が頑丈でよかった……。
「大丈夫? 怪我はない?」
「ない……みたい。火傷とかも見当たらないな。」
自分の立っていた地面の惨状を見て、竜人種の凄さを改めて思い知る。心配するミィには申し訳ないが、自分がとても強いんじゃないかという希望に少しワクワクしていた。
「流石というか……そこらのベスなら死んでたよね。間違いなく。」
「これは実験を重ねて――。」
「駄目。」
「え……。」
「当たり前でしょ。こんな大爆発起こして。竜人種として一人前になる為にも、火は噴けるべきだけど今日はもう禁止。そろそろ加減を覚えてよね。毎回全力で失敗してたら死んじゃうよ。」
それは間違いない。魔法が使える事にテンションを上げてこんな魔法を使い続けてたら近いうちに思いつきで死にそうだ。制限は今日だけのようだし、今は大人しく従っておこう。
「わるい。次練習する時は少量ずつやってみるよ。」
「普通は火が点くかどうかって練習をするのになんでこうなるんだか……。」
なんてブツクサ言いながらと少しむくれるミィ。にしても、ミィが火を使えるなら肉を焼いて貰えるじゃないか! 調味料が無いのは残念だが、それでも少し味が変わるなら是非試してみたい。
「なぁ、ミィ。魚を火で焼くと美味しいって聞いたから焼いてみたいんだが。」
「私に焼いてって?」
「いや、着火をしてくれるだけでいい。」
「焚き火でもするの?」
「そう。それ。焚き火をする。」
という事で、焚き火を作る事にした。
手始めに手頃な太さの木を折る。本当に竜人種は凄い力だ。人間の時じゃビクともしなかったであろう太さの木を簡単に折れる。ミィもいるし、ちょっと大きめの焚き火でも簡単に用意できそうだ。
「楽しみだなぁ……焼き魚……。」
急くがままに焚き火の材料を集め終えて、魚を獲ったが、ここに鉄網なんて物は無い事を思い出す。それなら、魚を刺す棒が必要だな。しかし、獲ってきた魚を逃がすのは惜しい。なので、小さい岩や石を集めて浅瀬に生簀を作る。今回は細いのや大きいのは獲ってないので、この急ごしらえな作りで問題ないはずだ。その次は丈夫そうな木を選んで、鋭い竜の爪で削って細くしていく。集中して数本作り終えた頃にはもう日が沈もうとしていた。早く新鮮な魚をいただきたい所だが……まずは厄介事を終わらせなくては。
ミィは食事をしないので、手伝って貰うのも悪いと思い別行動していた。今は何処にいるかわからないので、とりあえず呼んでみる。
「ミィ! そろそろ行くぞ!」
「はーい。」
眠そうな声が下の方からしたと思えば、なんと地面からニョキニョキとミィが生えてきた。どうやら今まで寝ていたようだ。
「そんな事も出来るのか。」
「う~ん? 水だから土に染み込めるのは当たり前でしょー? 今日もこうやってお話を聞く気だよ。」
「上でもなく、下か。確かに木の上とか空は妖精族のテリトリーな感じもするし、そっちの方が安全かもな。」
「でしょ。」
ミィもミィなりにやり方は考えていたようだ。にしてもさっきの火の魔法や、俺の爆発を受けて霧散してもなんともないミィを見ていれば本当に自分の心配が杞憂だと思えてくる。マレフィムは俺達に何を求めるのか。もしもの場合はさっきの爆発の更に強い奴を使ってしまおうか。でも、火打ち石なんて持っていったらミィにまた叱られるな……。しょうがない。
「んじゃ行くか。」
その言葉を聞いたミィが定位置の様に背中にへばりつく。
「ん? 地面の下にいるんじゃないのか?
「楽だから近くまではここ。」
「なんだよ。」
俺の背中に掴まってるのは楽なのか? 筋肉の無い生き物の苦労加減はわからないな。
*****
「おやおや。まさか本当に来て頂けるとは……。」
マレフィムは俺と初めて出会った場所にいた。気付けば背中からはミィの重みを感じない。地面に染み込んだ後のようだ。
「お前が呼び出したんだろう。」
「まぁ、そうなんですけど。このまま縁が途切れる事も予想はしていましたのでね。」
「そうかい。でも俺は縁を大事にする方なんだ。」
「それは殊勝な心掛けですね。」
そこからマレフィムは言葉を続けない。まるで先行をどうぞ。とでも言われているようだ。俺は堂々とそれに乗る。
「それで話したい事ってのは?」
「私は人との話が嫌いではないんですよ。すぐに主題に行くのも些かつまらないと思いませんか?」
「思わないね。主題からなら副題に行っても構わないかもしれない。」
「良いですねぇ……実に良い。あの穴倉の引き篭もりで、災竜である貴方が、何故こうも私とまともな会話を行えるのか知りたいものです。ですが、それは副題。」
「なんなんだよ。早く言え。」
昨日にも増して饒舌じゃないか? 今の所、明確な敵意も感じない。だが、疑心暗鬼になっているせいか時間稼ぎの様にも感じる。なんて考えていると、マレフィムが近づいてきて俺の頭の上に座る。
「クロロさんはいずれこの森を出て行くおつもりですね? その際、私も連れて行って欲しいのですよ……”お仲間さん”と一緒にね。」
ついに要求が明らかになった。が、その内容はとても拍子抜けをしてしまうものだった。しかし、まだ油断ならない。問題はその”お仲間”だ。
「クロロさんは災竜にも拘らず、未だご存命です。白銀竜が去った後、あそこには王国から調査団が入ったと聞きました……なのに見たところ飛べもしない災竜が生き延びていて教養まで身に付けている。これはあまりにも不自然です。」
まだ俺は口を挟まない。言っている事は中々失礼な内容だが、害等は感じられない。
「そこで私は思いつきました。クロロさんには白銀竜とは別に保護者がいる、と。」
その言葉を聞いてか俺の立っている地面からちょっとした衝撃を感じた。ミィが少し怯えているのかもしれない。
「そして、昨日の夜ですよ。変幻自在の液体の身体、触れた者を殺す毒、間違いない。」
まるで推理小説の様な畳みかけに生唾をゴクリと飲み込む。
「――スライムですね?」
時が止まった。いや、加速した? なんでもいい。とりあえずこいつは大きく推測を外したようだ。『スライム』が何かわからないけど。
「災竜を保護して、かつ、フマナ語まで習得している。そして、あのサイズのベスをすぐに仕留める猛毒とはかなり長命のスライム。つまりはエルダースライムとでも呼ぶべきか……スライムの多くは知能が低く、文化を形成する固体は殆どいないと文献には書かれていました、しかし! 災竜を前にしてその文献の一説を信じるだけなど愚か者のする事です!」
熱の帯び様が凄まじい。もう口を挟むタイミングがわからない。
「伝説的存在に、加え、文献に書かれている内容とは異なる存在! あぁ、もう私がここに残るべき理由を探す旅になってしまいそうだ。ですよね??」
この間だ! ここに割り込むんだ俺!
「待て。待て待て待て待て待て。纏めると、なんだ? とにかく旅に行きたいのはわかった。だが、なんで俺に付いて来るんだ?」
「災竜に付いて行くのが危険な事は百も承知です。ですが、クロロさん。貴方は数奇な運命の渦の中心だ。奇な者は奇な者に引き寄せられるんですよ。」
要は類友を期待してるから連れてけと。珍獣パレードをご期待なされてるようだ。あまり良い気分じゃないが、俺に金銭的価値以外の価値を見出してる。そこは利用できる側面な気もする。
「私だって早死したい訳ではありません。旅には交渉、記録、情報収集等……色々役に立ってみせますよ。」
「それなら……。」
「ですので! 是非! エルダースライムとあわせてください!! この近くにいらっしゃるんですよネッ!?」
『バシィッ!!!』
それは本当に一瞬の出来事だった。水の鞭がマレフィムを地面に叩き付けたのだ。犯人は勿論ミィである。
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