第7頁目 落ちる時って色々ヒュンッてならない?
「空、飛べるようになりたいです!」
「もう少し大きくなったら飛べますよ。」
そんな会話をしているドラゴン一家。俺は小骨ベッドに伏せり、なんとなく聞き耳を立てる。
「貴方達には『加護』を授けました。風を操ればすぐにでも飛べるでしょう。しかし、私達はとても価値の高い種族です。未熟なままで外へ出ても悪い人に捕まってしまうでしょうね。」
「そうです。母様が早いと言っているのですから、私達はよく食べ、よく寝て、早く力を付けるべきなんです。」
「でも、ずっと巣の中にいるのは退屈なんです。」
「いずれ、国に戻った時には色々経験できるでしょう。」
俺の聞き取り能力が低いせいで何を言っているかはあまりわからない。難しい単語があるとどうしてもなぁ。
「では、空はもう飛べるのですか?」
「えぇ、飛べるはずです。少し練習は必要でしょうけど、私の真似をするように翼を動かして、そこに上手く風を吹かせれば飛べます。しかし、もし誤って落ちてしまえば死んでしまうから、まず風の膜作りを覚えなさい。」
「はい!」
「あれは飽きましたぁ……。」
「母様の言う事を聞きなさい!」
真面目っこは本当に母を尊敬していて、いつもべったりだ。それに比べ元気っこは奔放で、やりたい事をやりたいようにやるタイプ。元気っこは性格を見る限り、父親に似たんだろうな。あの母ドラゴンには似ても似つかない性格だ。
「でもアタシの方が上手く操れるんですよ?」
「わ、私だってすぐそれくらい出来るようになります!」
「風の膜を簡単に作れるくらいにはならないと空は飛べませんよ。」
「うぅ……。」
真面目っこがなんだか少し落ち込んでいるが、風のなんとかってなんだろう。巣の中で何かやってるのか? あいつら食っちゃ寝ばっかりじゃなかったんだな。火を吹いたりしてる所は見ないしなぁ。空を飛ぶのは俺もやりたい所だが、あいつらが出来ないという事は俺も出来ないという事なんだろう。
それに、落ちたら危険だからどうこうって言ってたな。確かにそうだ。俺も空を飛ぶ練習の前に何かクッション材みたいな物を集めておくか。なんて言っても小骨しかないよな……。でも新しい小骨はおやつにしたいし、古いのは殆ど寝床に使っている。残るは骨山の骨を砕く方法しかない。面倒だけど仕方ないか……。
なんとなしに翼をバタつかせ羽ばたいてみる。ドラゴンの翼は鳥と違う。羽が無いのだ。手羽先が好きな人間にはわかるだろうが、鳥の翼の身の部分っていうのはとても小さい。羽の有無で倍くらい大きさが変わる。と言っても、記憶が朧気過ぎて断言できないけどそんくらい違かった気がするというだけだが。とにかく隙間の無い部分はそれだけだ。他は羽でスッカスカ。それに対してドラゴンは翼膜があり、この膜は空気を通さない。そのせいで、ただ広げた翼を上に押し上げよう物なら空気を押し出してしまい、相対的に俺は下へ落ちる。鳥は多分そんな事ないんだと思う。広げた翼を上に押し上げても羽の間を空気が通り、翼を下ろせば羽が空気を受け止めるんだ。つまり羽が空気を塞き止める弁になっているんだろう。いや、実際は知らないんだけどね。
何故俺がこんなに飛ぶ事について考察出来ているかというと……。漁の
最初の頃はこれでパニックになり、溺れかけた。尻尾が無ければ死んでいたと思う。お陰で魚雷泳法が生み出されたが、これは浮力の無い空中じゃ使えない。それに魚雷泳法は急旋回が出来無いのだ。それだと
翼を使って水中で飛ぶには、翼を下げるときは全力で膜を張って下ろす。翼を上げるときは膜を可能な限り張らずに曲げて、
母ドラゴンもそんな感じの動きで空を飛んでいる。ただ、母ドラゴンと比べて俺の翼はまだまだ小さい。全く機能しないだろうという見た目ではないのだが、身体に対する比率的な意味で翼が小さいのだ。俺の翼もあれくらい大きくなれば飛べるのだろう。あの子ドラゴン達を見ても、俺より身体に対して大きい翼を持っているのに飛べないのだ。
同じ時期に生まれたのに俺と体格差があるのは、間違いなく栄養の差だと思っている。チビ共め。狩りの先輩として俺が先に飛んでやるからな。あいつ等より身体が小さい分軽いから有利なはずだ。翼の筋肉は泳ぎにより結構発達しているようにも思える。あと少しだけ、あと少しだけ成長すれば……!
そんな決心をしても日々は止まらない。
*****
空に響く翼膜が風を捉える音。母ドラゴンの大きい羽音に更に二つ。子ドラゴンの羽ばたく音がする。まだ俺は負けていない。だが、奴等は今も英才教育を受けているのだ。母ドラゴンは大穴の上空で滞空している。子ドラゴンに羽ばたき方をよく見せているのだろう。巣穴では子ドラゴン達が向き合って、母を手本に翼をバタつかせている。おかげで大穴の中は埃が舞っていて少し煙い。
「そう、翼を下げる時は力強く。翼を上げる時は風を避けるように。」
「はーい!」
「は、はい!」
俺も見ているだけでは先を越されてしまうので、お手本を見ながら同じように羽ばたく。にしても、幾ら大きく作られているとは言え、二匹の子ドラゴンが巣の中で翼を広げてちゃ狭そうだ。もう身体の大きさだって脱皮を繰り返して母ドラゴン程じゃないが、俺より随分大きい。
「最初は浮く事だけを考えなさい。飛んで移動するのは自在に浮けるようになってからです。」
「うぅ~!」
「は、い……!」
一生懸命に羽ばたいてはいるが、俺もあいつ等も全く浮きそうにない。水中だったらこの動きで上がれるんだけどなぁ。翼を動かす速度が足りないのか?
「そうですよ。その動きです。それでは風を押しなさい。上に、丁寧に、ゆっくりと。」
「「はい!」」
母ドラゴンの指示を皮切りに、2匹は一旦羽ばたくのを止めた。そして、一呼吸置いた後、先程の型の練習みたいな羽ばたきではなく。何か目的を持っている、掴む物を知っているかのように翼を動かす。すると、巣から今まで比べ物にならない量の粉塵が舞い上がる。
え? 今までは本気出してなかった的な??
等間隔なスパンで舞い上がる煙。そして、昇降しつつも空へ上がっていく子ドラゴンの2匹。俺は呆気にとられながら、負けた事を知った。やはり、俺は出来損ないだったのだ。水の中で自由に泳げるからって、胸の筋肉が発達したからって、前世の知識を持っているからってちゃんと育てられた子供には勝てないのだ。
「うわぁ……うわあっ! 飛べてる! 飛んでるよ! アタシ! ぅあっ!!」
喜び過ぎて気が散ったのか、バランスを崩し大きく傾く元気っこ。そこで焦り、沈んだ方の翼を力んだままあげてしまう。すると更にそちら側が下に傾く。こうなればどうしようもない。空を飛ぶ生き物は空気を掴んでぶら下がっているようなものなのだ。それが掴めないなら、即ち。
――落下だ。
声が少し遠くなるくらいの高度で俺よりもデカい体躯だ。落下時の衝撃は、想像もしたくない大きさになるだろう。幾らドラゴンが頑丈でも、流石に大怪我になるかもしれない。細い首から落ちようものなら最悪死ぬ事だって……!
その光景からフラッシュバックする前世最後の記憶。ドラゴンは汗をかかないのにも拘らず、魂が汗を滲ませるような戦慄を覚える。あの一瞬で
さっきまで無力感による絶望が脳を支配していたのに、今度は恐怖による絶望が感情を塗り替える。その感情は腹の底から噴き上がり、口の中を飽和する酸味で染めた。
口から吐き出される汚物を見ながら、勿体無いという言葉が朧気に浮かんだ瞬間だ。その音がしたのは。
爆音。
巣の中で爆発が起きたのだ。あのドラゴンの質量は知らないが、枯れ木で出来た巣の一部が吹き飛び、底から見える空を覆い隠す量の粉塵が巻き上がる程の衝撃。異常だ。
「ふあー……びっくりしたぁ……。」
この声は元気っこの声だ。粉塵で何も見えないが、どうやら
「だ、大丈夫ですか!?」
近づいてくる子ドラゴンの羽ばたきによる風で粉塵が失せていく。親ドラゴンも心配に思ったのか近寄ってきた。
「母様が、丁寧に、ゆっくりとと仰っていたでしょう!」
「……無事で何よりです。風の扱いが上手いわね。」
「母様は甘いです。これでは私の方が飛ぶのが上手いと言われてもっ……あっ……!」
ドヤ顔でもかます予定だったのだろう真面目っこは、その寸前でバランスを崩す。巣の中には既に元気っこがいるので、今落ちたら先ほどの落下よりも危険だろう。それを避けるため、母ドラゴンが颯爽と子ドラゴンを捕まえる。
「気を抜いてはなりません。」
「は、はい。ごめんなさい。」
これからマウントを取ろうってタイミングで自爆をした真面目っこは落ち込んでしまった。しかし、俺は飛べてすらいないのだ。落ち込みたいのはこっちだよ。
「これから少しずつ練習してもっと安全に浮けるようになりなさい。それからしっかりと飛ぶ方法を教えましょう。貴方達はいずれ成竜の儀を受けるの。ですが、飛べない事には始まりません。」
「成竜の儀を受ければ名が頂けるのですよね?」
「えぇ。」
俺は元気っこ、真面目っこと分けて呼んでいるが、依然彼女等に名前はない。なんとかって奴をすると名前を貰えるらしいけど、不便ではないのかが疑問だ。でも、名前が無いという点はチビ共と俺は変わらないので少し嬉しいけどな。
「アタシは格好良い名前がいいです!」
「私は母さんのような美しい名前がいいです!」
よく性格が表れた要望だな。俺はやっぱり……ソウゴ……。いや……名前なんて必要ないか……。俺の名前を呼んでくれる人なんていないんだから……。
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