ドラゴン好きな人いる? 〜災竜の異世界紀行〜

兎鼡槻《うそつき》

序章

第0頁目 いくらって美味しくない?

 コンビニのおにぎりは美味しい。具の好き嫌いは勿論あるが、だいたいは美味しい。特にいくらはいいなぁ……ちょっと値が張るけど。


 私立櫻ヶ峰さくらがみね高等学校の屋上にて俺、倉木宗吾くらきそうごはご機嫌な食事にふけっていた。顔は歳相応のニキビが目立つものの悪いとは言えないし、中性的でもない。人懐っこい笑顔が武器であると言われれば否定はしないが、世で言うイケメンなのかと問われれば十人中六人が否定するような顔。”無害そう”とフォローされる事が多い。

 そんなフツメンの俺は帰宅部だ。運動は授業だけで楽しみ、本も書かなければ、バンドも組まないし、絵を書いたりもしない。俺はそれでいいと思っていたし、これからもそれでいいだろうと思っていた。


 もう散りかけの紅葉を見下ろしながら、ズズッ……と紙パックの紅茶を飲み干し目を細める。俺には焦りがあった。それは卒業後の事だ。


 進学? 就職? 家は中流家庭だ。適当な大学を選んで可能な限り学生でありたい。問題は担任の加山だ。奴は今どき珍しく熱いハートを持っている。良い先生だとは思うが、俺みたいな奴とは相性が悪い。納得させる理由を考えるのも一苦労だ。


 渋い顔をしつつ唸る俺に、脈絡の無い声が掛かる。それは超絶美少女の正統派幼なじみヒロインの挨拶ではなく、無慈悲な昼休憩終了の鐘だった。


「えっ!? あれ? もうそんな時間だったっけ!? やっべ! 次は科学実習なのにっ!」


 理科委員でもある俺は、実習の授業前に準備をするという役目を放棄した事を咎められ、最悪の場合科学担当の偏屈へんくつハゲに、教室外待機を命じられる可能性を危惧した。


 それは流石に嫌だ。せめて教室内で寝ていたい。


 その焦りは、俺の人生にとって節目をもたらすミスを誘発する。急いで思い切り立ち上がると、地面に置いてある財布とスマートフォンをそれぞれ尻ポケットと内側の胸ポケットへしまった。それはもう手馴れている作業だ。今回も、なんの滞りもなく行われるはずだった収納作業は、財布を尻ポケットにしまった後に転機をむかえる。携帯電話の謀反なのか、はたまた身体の操縦ミスなのか。ただわかる事は、大事な相棒である携帯がポケットとブレザーをすり抜けて、遥か下にあるコンクリートに叩きつけられようとしていることだ。この時の俺の動揺は小学生の時、父の隠し書庫に女友達を招待したら想定外な軽蔑の視線を送られたあの時以来だ。瞬時に幾つもの事が頭を駆け巡る。


 一昨日買ってもらった念願のスマホ。データは移し替え終わり、元の携帯は中古屋だ。さっきやっとホーム画面をカスタムし終えたんだ。貼ったフィルムはラウンドエッジの強化ガラスフィルムで、カバーも本革のを選んだから諭吉さんが二人も御犠牲になられた。俺は仏教徒じゃない。諸行無常なんて潔く受け入れられねええええよおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ。


 自分は落ちてはいけないという危機管理意識の中、授業への焦りと携帯を確保せねばという焦りが俺の背中をほんの少し前に押した。それによる重心の移動は俺を深淵に誘うには申し分のない要素だった。


 浮遊感、強風、恐怖、抵抗、衝撃。


 騒がしい校舎横の事など知ったことかと、おにぎりの包装は風で走りだす。まるで縛り付ける物はなくなったと言いたげに。


*****


 私立櫻ヶ峰高等学校の屋上は進入不可である。理由は2つ。危険であるから、そして、鍵がかかっているから。故に、今日死んだ彼はその扉を通れるはずがなかったのだ。彼にピッキングという技術が無ければという話だが。


 フェンスはある。しかし、彼のお気に入りである出入口の屋根の上にフェンスはない。彼が自由を欲していたのかは誰も知らないところだ。彼は虐められてもいない、友達とふざけ合っていたのでもない。


 後日、この事故が不気味な自殺と悲劇的なニュースの裏で囁かれるようになった事など、彼にとってはどうでもいいことだろう。

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