第5話 意外な真実
癖のない赤毛を腰のあたりまで伸ばし、着崩した鮮やかな着物の上に流す妖艶な獣人種の少女は、かすかに目を細めながらアンネの方を向いた。
「ウチはゼラニューム・エスタンシアてゆうもんで、見ての通り猫の獣人です。アンネちゃんやっけ? よろしゅうな」
両手を合わせながら微笑むゼラニューム。その仕草はどこか悪女めいていて見る者の意識を否応なく引く。独特の雰囲気にアンネが飲まれていると、ユーカリアが口を開いた。
「ゼラニュームには我が家の経理を担当してもらってるんだ。僕はお願いしてないんだけど、本人たっての希望で……」
「だってウチ、お金が好きなんやもん。お金を使ってお金を増やすんも好きやし、市場のおっちゃん相手に値切るんも好き。この家におったらお金には困らんし、ユーカリアは経理に弱い。お互いにウィンウィンやろ?」
毛先をいじるゼラニュームの言葉に、ユーカリアが諦めたように顔を伏せる。
「それよりも、珍しくウチらをユーカリアが呼び出すもんやから慌てて来たのに、呼び出した本人は別の女の子と喋ってるなんてウチは悲しいわあ。そんなに銀髪美少女がええのん?」
悲しい、と言う割には楽しげに笑いながら部屋の中央に進むゼラニューム。
その歩く彼女から視線を移し、ユーカリアは彼女の背後に視線を送る。『ウチら』に込められたもう一人の来訪者の姿を探しーー
「ああそうそう、ミスリーゼなら休養中やからこーへんよ?」
ユーカリアの隣に腰掛ける際にそっと呟くゼラニューム。『休養中』という言葉に不穏なものを感じ取ったユーカリアが不安げにゼラニュームを見つめると、彼女は肩を軽くすくめて
「あの子は命令無視して敵兵を助けようとしたところを背後から別の敵兵にズドン。幸いにも一命は取り留めとるみたいやし、なんせ治療してんのはあのプレリアや。何も心配いらんやろ」
「ちょっと待って、戦場で敵兵を助けるようなバカがユーカリア以外にもいるって言うの?」
さりげなく暴言を吐くアンネにユーカリアは眉を軽くつり上げるが、ゼラニュームは無視しながら答える。
「ん、信じられんかも知らへんけどおるんよ。ていうか、そんなこともまだ言ってへんかったん?」
「いやだってほら、アンネを巻き込んじゃ悪いなあとか思ったりしてるうちに機会を逃してさ……」
「何もったいぶってんの。あんたがこの子を脱獄させた時点で巻き込んでるようなもんやろ? しゃーないからウチが説明するわ」
ごにょごにょと言い訳するユーカリアをばっさり切り捨て、ゼラニュームはアンネに向き直った。
「えっと、どこから話したらええんかな。アンネちゃん、このアホが帝国議会の議長をやってるんは知ってるやんな?」
ええ、と頷くアンネ。セバスがゼラニュームの分の紅茶を彼女の前に置くと、おおきになと言いながら口を開いた。
「そもそも、この帝国の意思決定機関ゆうのは議会やないんよ。確かに議会の名前でいろんな命令が発布されるんやけど、それを決めてるんは『賢人会』の連中や。ゆうたら、議会は賢人会の傀儡っちゅう訳やね」
「それがさっきの話とどう繋がるのか分からないんだけど……」
まあそう急かさんといて、と言いながら紅茶に口をつけるゼラニューム。途端に幸せそうな表情になったのは気のせいではないだろう。
「よう考えてな、議会は賢人会の言いなりや。ちゅうことは、議会に帝国内の不穏分子を集めておけば監視にもなるし、どんな無茶な命令も聞かせられる。現に議会はすでにユーカリアとミスリーゼしか残ってへんのよ。邪魔者掃除としてはまさに一石二鳥やろ?」
「ユーカリアがその議会の議長っていうことは……!」
「そう、ユーカリアは帝国一の不穏分子っちゅう訳や。まあ、帝国に囚われてた亜人種を逃してみたり、激戦区で一人の死者も出さずに戦闘を終息させたりしたら目をつけられるわな」
ユーカリアにとって祖国であるはずの帝国が、自身を不穏分子扱いしていることに何も思わないわけがない。そう思ってユーカリアの様子をそっと伺うアンネ。だが、彼の表情はいたって静かだった。
静か故に、その奥に激情を隠したような。
「そう悪いことばかりでもないよ。危険な任務と見返りに、ある程度の自由は許される。それに、今の彼女を救うにはこれしかないから」
口調はいつものユーカリアだが、膝の上で組まれた指には力が入り、白くなっている。そんなユーカリアを苦笑しながら見やり、ゼラニュームが口を開く。
「ユーカリアの想い人はな、帝国製の治癒カプセルの中で今も眠っとるんよ。今ユーカリアが帝国に反旗を翻したら、間違いなく賢人会の連中はカプセルを取り上げるやろうな」
「で、でも……」
一縷の望みにすがるように、アンネが言った。
「そのカプセルの中の子が、もし目覚めたら……」
「ほな、ユーカリアは不要になるから人質を取ってでも連邦王国への単独潜入命令とか出すやろな。賢人会からしてみれば、不穏分子の掃除成功で万々歳やし」
「っ……」
まだ幼ささえ残るような少年の想いを利用して絶死の戦場へと駆り出し、使い捨ての道具のように扱う。邪魔になれば、最後には死ねと露骨に命じるというのか。
あまりの怒りに涙が浮くアンネ。
アンネ自身希少種として、様々な悪意を見てきたつもりだった。でも、この帝国はもっと腐っていて、おぞましかった。
おかしいとは思っていたのだ。
いくら人類種の国家とはいえ、一枚岩なわけがないと。強硬派がいれば融和派もいるのが道理のはずが、帝国の侵攻は常に苛烈だったからだ。しかし、ユーカリアのような融和派が帝国のために戦わされ、あまつさえ使い捨てにされているのだとしたら。常に帝国の意思決定機関が強硬派で固められているのだとしたら。
「それがわかっていて、その果てに死しか待っていないとしても戦うの……?」
逃げないのか、と問うアンネ。返ってきたのはユーカリアの苦笑した声だった。
「逃げたら、誰が帝国を守るんだい? これから救えるかもしれない命があるのに、それから逃げ出すような臆病者にだけは成り下りたくない。僕は、『人』の名を冠する種族に生まれたことに誇りを持ってるから」
そう言いながらひたと前を見据えるユーカリアは、どこまでも高潔で、どこまでも痛々しかった。
少女を救いたいので、まずは世界を救おうと思います 菊川睡蓮 @Past
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