第2話 始まりの始まり
エルガンド帝国首都、アリスベン。雲ひとつない快晴の空に向かって超高層ビルが立ち並び、街路樹の鮮やかな緑色とコントラストをなす様は、国境外の戦闘の気配を微塵も感じさせない。行き交う人の首にはカラフルなウェアラブル端末が巻かれ、生体電気を利用して脳に直接映像を見せている。
そんな、一見すると和やかな光景の中で紺青のスーツに身を包むユーカリアは小さくため息をついて、眼前のホロウィンドウが映すニュースに目を落とした。
『本日も戦局は我がエルガンド帝国が優勢であり、我が国の誇る高性能無人機と正規部隊の前に亜人種たちはなす術がありません。このままいけば、帝国が大陸全土を支配する日も近いと言えるでしょう。では、本日のニュースです』
にこやかな笑顔で原稿を読み上げるキャスターの女性も、そうですねと首肯するアナウンサーの男性も、耳は丸く、体毛は薄い。羽が生えていたり尻尾が生えていることは決してなく、髪の毛の色こそ様々だが、染料によるもので地毛は黒髪だ。ニュースキャスターたちだけではない。ユーカリアの目の前を和気藹々と歩いてゆく女学生の集団も、作業服を着ながら走りゆく青年も、杖をつきながら歩く白髪の老夫婦も同じ外見的特徴で統一されている。
それもそのはず、エルガンド帝国は人類種のみで構成された単一国家なのだから。
今から三百年前、大陸全土に散らばっていた人類種は魔法適性の低さから厳しい生活を強いられていた。激しい差別が各地で横行し、職業選択の自由などはあるはずもなく、生活のために一般奴隷に身を落とす人類種は数知れず。いつの間にか『人類種とは奴隷種族である』とまで言われるほどの状況に陥っていた。
『人』の名を持たない概念的存在である精霊種や星憑種などは雲の上の存在であり、同じく『人』ののを冠する魔法適性に優れる森人種エルフや扱える魔法は少ないものの、高度な技術を有する地人種、優れた五感と圧倒的な身体能力を誇る獣人種を始めとする亜人種にすら及ばない脆弱な人類種は絶滅寸前までその数を減らし、散発的に起こる反乱もすぐに鎮圧されていた。
そんな状況を見かねた人類種の一人が大陸の端に人類種のための自治区であるエルガー自治区を創設し、大陸全土に散らばっていた数少ない人類種が集まった。
他種族が『取るに足らない』と思っていた人類種に、偶然にも転機が訪れる。
エルガー自治区の中心地で古代遺跡が見つかり、様々な遺失物が発掘されたのだ。
仮にネット小説でお決まりの転生者がいたらこう言っただろう。
『科学技術が見つかった』と。
発掘された農耕機の改良型は瞬く間に生産プラントを現実化して食料を安定的に供給し、重機は堅牢な建造物の生産を推進した。飢えから解放され、風雨を完全にしのぐ建物を手に入れた人類種は瞬く間に科学技術を発展させ、電子機器から大陸間弾道ミサイルまで生産した。
ようやく事態の深刻さに気がついた他種族はエルガー自治区へと侵攻するが、時すでに遅く。
人類種の開発した高性能無人機は一気に戦局をひっくり返し、厳しい訓練によって鍛え上げられ、特殊兵装を用いる正規部隊は瞬く間に大陸半分を席巻した。
破竹の勢いで進軍する人類種に対抗するため、森人種、地人種、獣人種などの亜人種は一致団結してエレオノール連邦王国を建国し、森人種の多重術式と地人種の航空艦隊、獣人種の特別部隊でもって対抗。ミサイルには多重術式を、無人ドローンには航空部隊を、正規部隊には特殊部隊を対抗させることでようやく均衡を保った。
程なくしてエルガー自治区はエルガンド帝国と名前を変えて、その科学技術でもって大陸の半分を支配したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます