第25話

 御伽先輩が復活したからといって、すぐに時計が見つかったりするわけもなく、僕たちは相も変わらず校内をあてもなく探し回っていた。

 近くの生徒に聞き込みをしたり、ゴミ箱やトイレをのぞき込んだりと、できる限りのことはしてみたが、それでも手掛かりすら見つからない。

 それでも心を折ることなく探し続けることができたのは、隣に御伽先輩がいたからだ。ひょっとしたら男としての意地みたいなものもあったのかもしれない。だって、後ろについて来てくれる女の子がいたなら、多少の虚勢を張ってでもいいところを見せたいと思うのが性というものだろう。

 それでも、体力というものは有限だ。気張っていたこともあってか徐々に足の動きも鈍くなっていく。精力的に動き回っていた頃の御伽先輩のバイタリティは尊敬する。

「ダメだ、見つからない……」

 思わず弱音が口から漏れる。

 探し方が悪いのか、それとも無駄なあがきをしているだけなのか、手掛かりひとつ見つかることない。それに加え、時間も無慈悲に過ぎていく。

 窓から見える空も、いつしかその端に赤味を帯びていた。暗くなったら探すのは更に困難になる。タイムリミットはすぐそこまで迫っていた。

 探す物は時計だし、急ぐ必要はないのかもしれない。でも、時間が経てば経つほど見つかりにくくなるのも事実だ。

 できることなら早く見つけてあげたい。それが形見だというのなら、どんなに不安で、やりきれない思いになるだろう。心の支えがなくなるに等しいじゃないか。

 御伽先輩を近くで感じたからこそわかる。これは今日中に片を付けないといけない案件なんだ。

 しかし、今は情報が足りない。自分の能力の足りなさに憤りすら覚える。

 こんな時こそ、神の声なんてものが聞こえたらいいのに……ないものをねだっても仕方がないか。

 そんな中、御伽先輩のスマホに連絡が入った。

「……どうしたの? 明るい場所、それと高い位置……わかったわ。ありがとう、美紀」

 美紀先輩から? ということは、占ってくれたんだろうか。でも、占ったからといってそれが必ず当たるとは限らない。表現は曖昧だし、具体的な部分はまるでわからない。でも、今は藁にもすがりたい状況の今、それを信じる以外道はない。

 明るくて高い場所……屋上とか? いや、違う。屋上はそもそも扉に鍵がかかっていて出られなかったはずだ。でも他にそれらしい場所って……ダメだ、思いつかない。御伽先輩は何か知らないだろうか。

「先輩、どこか見当がついたりしますか?」

「ちょっと待って……ごめん、思いつかない」

 僕の言葉に、御伽先輩は首を横に振る。それもそうだ。ここまで探して見つからなかったのだ。以前ならともかく、今の御伽先輩は強くはない。

「こんな時、神様の声が聞こえたらなぁ……」

 御伽先輩はそうつぶやくと、窓の外へと視線を向ける。御伽先輩から神という言葉が聞こえる度に、胸が痛むような気がするのは、先輩を完璧に救えなかったという負い目があるからなのだろうか。

 御伽先輩にならって僕も窓の外を見てみるが、そこには空しかない――いや、実際には鳥の飛ぶ姿が小さく見えてたりするけれど、それは些細な問題だ。

 夜の気配を匂わせつつある空を眺めていると、色々なことが頭を巡る。雫と紬先輩は今頃どうしているのだろうとか、森本さんはどんな顔をしているだろうとか、僕にも何か降りてこないかなぁとか。

 長時間動き回った疲労もあってか、若干思考が変な方向に動いている気がする。

 今、御伽先輩は一体どんなことを思っているのだろうか。なんとなく気になって、僕は隣へと視線を移した。

 そこにあったのは、夕日を浴びながら小声で何かを呟いている御伽先輩の姿だった。もしかして、何か思い当たる節でもあるのだろうか。

 しかし、途中で思考が行き詰ったのか、額に手を当てて苦い顔をする。

 その仕草に、僕は唇を噛んだ。こればかりは、どうにもできないことだったから。

 本当にそうだろうか? 本当に僕にできることはないのだろうか? いや、そんなことはないはずだ。

 直接の力にはなれなくても、せめて先輩のことを応援してあげる――それくらいのことはできるんじゃないだろうか。それが本当に力になるかはわからないけど、何もしないよりは絶対にマシなはずだ。

 僕は御伽先輩と繋いだ手にグッと力を入れる。僕がここにいると教えるように。そして先輩はひとりじゃないと伝えるように――。

 ……うん、困った。いざ握ってみたはいいけれど、気恥ずかしくて顔が見られない。これはちょっと想定外だった。いや、僕の気の持ち方次第なんだけどさ。

 御伽先輩はどんな顔をしただろうか、僕の思いは伝わったのだろうか。憶測ばかりが頭の中をぐるぐると巡ってろくに思考がまとまらない。

 だが、次の瞬間、御伽先輩の手の感触が返ってくる。

 それだけで十分だった。

 今までより拙くたっていい、見当違いでもいい、失ってからの第一歩を先輩が踏み出すというのなら、僕はそれを全力でサポートするだけだ。

 だって、僕が知っている御伽先輩は、最後にはきっとみんなを笑顔にすることができる人なんだから。

 すると、僕の思いに呼応するように、御伽先輩が突然声を上げる。

「――そうよ、きっとそうに違いないわ!」

 急いで横顔を見てみると、そこには自信に満ちた御伽先輩の顔。一体どんな心境の変化が起きたのかわからない。けど、そんなの関係ない。

 いつもの御伽先輩が戻ってきた喜びの方が、今の僕には大きかった。

「もしかして、時計の場所がわかったんですか」

「えぇ、これは推測だけど、多分合っているはずよ」

「推測でも何でもいいですよ。いきましょう!」

「えぇ、でもその前に……」

 御伽先輩はスマホを取り出し、どこかへ電話をかける。恐らくは紬先輩だろうけど、一体何を話すのだろう?

「ねぇ、紬? えぇ、ちょっとお願いがあるんだけど。うん、そう……雫と美紀にも、お願い」

 迷いない口振りで話し続ける御伽先輩。その話の輪に置いてけぼりにされながら、僕はじっと通話が終わるのを待つ。完全に無視をするってことはないだろうけど、それでもちょっと寂しい。

 数分後、ようやく通話が終わったらしく、御伽先輩はスマホをしまう。

「一体何を話していたんですか?」

 僕の質問に御伽先輩は笑顔で答える。

「ちょっと救援物資の準備をお願いしたの」

 救援物資? そのもったいぶった言い方が逆に怖い。さすがに非合法なものってことはないだろうけど、それっぽいものって部室にあったっけ?

 よくよく思い返してみたら、女子制服も出てきたわけだし、何が出てきてもおかしくはないよな。

 一応、聞くだけ聞いてみよう。話はそれからだ。

「その……救援物資ってのは具体的には?」

「――秘密」

 即答で言われてしまった。そんな言い方されても、僕は全然楽しみに待てないんですけど。けど、そう口にしたってことは御伽先輩はこの場で答える気はないってわけで……。

 今更やめてくださいなんて言える雰囲気でもないし、もうここは祈るしかない。用意されたものがとんでもないものなら、全力で制止しにいく方向で。

 はぁ、御伽先輩が元気になったのは嬉しいけど、こういうリスクが生まれるってことをすっかり失念していた。

「さぁ、出発よ」

 そう言ったかと思うと、御伽先輩が前へ出る。

 重力にサヨナラした髪の毛が視界に端に映ったかと思うと、瞬間僕の体は前のめりになった。

 そうだった、御伽先輩と手を繋いでいたんだった。

 思い出した時にはもう遅かった。一度バランスを崩した上体は中々に立て直せない。僕は御伽先輩の後について、転ばないように必死についていくばかりだ。

 でも、それが妙に懐かしい。今日は御伽先輩を引っ張って走っていたけど、少し前まではこうして引っ張られていたんだっけ。

 ……色々メチャクチャなことをされた記憶まで思い浮かんできたけど、それはまた記憶の引き出しの中にしまっておくとして。

 とにかく、今は御伽先輩についていこう。

 時々そろう先輩との足音に心を弾ませながら、僕たちは西日の中へと飛び出していくのだった。

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