第24話

 気が付くと、僕は先輩の手を取っていた。

「大丈夫です。先輩一人じゃ無理でも、僕がついていきますから」

 自然と口が動く。

 でも、その想いはすぐにはねつけられた。

「アタシはもう違うの、今のアタシは何もできないただの人形なの! だから、放っておいて」

 どうして、御伽先輩はそこまでかたくなに拒否をするのだろう。こんなに恵まれた容姿を持っているのに。それほどまでに、暗い過去が先輩を縛り付けているとでもいうんだろうか?

「どうして、そんなことを言うんですか……」

「それは……」

 御伽先輩は口をつぐむ。やっぱり、何か言いづらい理由があるのだろう。でも、ここまできたら聞くしかない。

 僕は、御伽先輩を助けたい。そして、あの騒がしくて、苦労だらけの毎日を取り戻すんだ。

「お願いします、御伽先輩。先輩が話してくれないと、占い同好会もずっとこのままです。僕は、そんなの嫌なんです!」

「占い、同好会……」

 御伽先輩は僕の顔を見ながらつぶやく。それは、まるで幼い少女のように純粋で無垢な眼差しだった。

「大丈夫です。御伽先輩なら、きっと同好会のみんなも受け入れてくれるはずです。だから――」

 戻ってきてください――そう言おうとした時、御伽先輩の言葉がそれを遮る。

「違うの! アタシ、一人じゃ何もできないの。誰かに声を掛けることさえ、あの声がなかったら怖くて。そんなアタシじゃあ、きっとみんなにも迷惑だと思うし――」

 初めて聞いた御伽先輩の本音。それは、僕が思っていた以上に悲痛で、重くて、切実で――愛おしかった。

 どうしてだろう。御伽先輩のことを知れば知るほど、惹かれていく自分がいる。最初は僕には手に負えない猛獣みたいな存在だったのに、今ではすっかり魅了されている。

 もしこの心境の変化が神様のイタズラなのだとしたら、僕は笑って感謝することができるだろう。

 ただ、その前にやらないといけないことは――。

「先輩、迷惑なんかじゃないです。先輩は、占い同好会に必要な人なんですから」

「でも、アタシが戻っても、きっと前みたいにできない。部長としてみんなを引っ張っていくなんて、とても――」

「だったら、その時は僕が御伽先輩を引っ張っていきます」

 それは、勢いに任せて出た言葉だった。実際にできるかどうかもわからない。でも、気持ちだけは本物だった。

 それと同時に、御伽先輩にも変化が起きた。モノクロだった世界に彩りが差すように、先輩の顔には希望の兆しが広がり、弾ける。

「……ありがとう、拓未クン。今言ったこと、忘れないでよね?」

 御伽先輩は穏やかに微笑み、立ち上がった。ひらりとスカートが揺れて、止まっていた時間が再び動き始める。

「そうと決まれば、部室に戻るとしましょうか」

 頭上から降ってきた御伽先輩の声はいつも通りの明るい、自信に満ちたものだった。

 その声に、僕の顔も自然と緩んでしまう。完全に解決したわけじゃないけど、御伽先輩が元気になってよかった。

 あれ、でも何か忘れているような……。

「もしもし、紬? えっ、依頼? 聞いてないけど?」

 あれ、御伽先輩が電話してる……しまった、忘れてた。今は森本さんの時計を探している最中だったんだ。

 あっ、御伽先輩がこっちを見た。嫌な予感がする。

「うん、うん……わかった。それじゃあアタシと拓未クンで探すことにするわ。うん、心配かけてゴメンね」

 通話を切ると、御伽先輩は僕の方へと向き直り、手を差し伸べた。紬先輩が何を言っていたのかは全然わからなかったが、御伽先輩が嬉しそうなら、それでいい。

 それにしても、この手はどういうことなのだろう?

 半信半疑ながら、僕はその手を取る。

 すると、御伽先輩はその手をギュッと握り、ニコッと笑った。

「さぁ、捜索開始よ。さっきの言葉、忘れてないわよね、拓未クン?」

 思わず手を繋いでしまったけど、そうする必要はあったのだろうか。

 引き起こされるように立ち上がる。

 今更だけど、こうして手を繋ぐのはなんだか照れる。僕自身、手を繋ぐこと自体は嫌ではないけど、他の生徒たちに見つかったらと思うと、ちょっと気恥ずかしい。

「覚えてますけど、どうしても手を繋がないとダメですか?」

 照れもあって、つい口から本心が漏れる。しかし、御伽先輩は満面の笑顔で即答してきた。

「えぇ、だって拓未クンが引っ張ってくれるんでしょ?」

 参った。これは反論できない。ここは素直に受け入れるしかないな。

「――わかりました」

 僕も御伽先輩の手を握り返し、腹を決める。

 まだ問題は解決していない。けど、それでも僕たちの気持ちは確実に前を向いていた。

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