第20話
御伽先輩の引き起こす、破天荒な毎日が日常となったなら、逆に平穏な時間の方に違和感を抱いてしまうのも当然だろう。
そう、今現在、占い同好会に事件が起きているのだ。それは――。
「――神の声が聞こえなくなった?」
思わずシンクロした僕たちの声に、御伽先輩は力なくうなずく。構って欲しくてついた嘘などではないというのは、先輩の落胆した表情から見ても間違いないだろう。
神の声って、ほとんどが御伽先輩のさじ加減で決まる、妄言みたいなものだと思っていた。だから、それが聞こえなくなるだなんて予想なんてしてなかったし、どうしていいかもわからない。正直、混乱している。
「大丈夫だよ、きっと調子が悪かっただけだって」
頼みの綱でもある紬先輩も、当たり障りのない言葉で励まそうとしているし、本当に不測の事態らしい。
しかも厄介なのは、そういう雰囲気は何となく伝わってしまうということだ。
「あぁ、きっとアタシ、神に見放されたんだわ!」
悲壮感に満ちた声で、御伽先輩が叫ぶ。
まさか、その言葉を額面通りの意味で使われることがあるとは思わなかった。しかし、今はそれを一歩引いた目で見ることができない。
なんというか、見ていて胸が苦しくなる。グッと締め付けられるような、それでいてもどかしさと悔しさが入り混じったような、なんとも表現しがたい感情だ。
どうしてこんな感情を抱いているのか、僕自身もわかっていない。ただ、これは恋愛感情だとか、そういう甘酸っぱいものじゃないのは確かだ。それが余計に僕の心をモヤモヤさせるのだから性質が悪い。
「そんなことないですって! 藤本さんは今でも十分魅力的じゃないですか!」
雫が必死にフォローをしている。こんな時にスッと言葉が出てくるのは、心からそう思っているからなんだろう。
僕も先輩たちみたいに付き合いが長かったら、また違った感情を抱いたりするのだろうか。
「御伽、とりあえず落ち着こう? ほら、こっちに座って――」
「紬、どうしよう……アタシ――」
「大丈夫だから。ウチは御伽の味方だから」
紬先輩が御伽先輩を支えつつ、手近なイスへと座らせる。御伽先輩の様子も大分落ち着いてきたみたいだし、ひとまずは安心だ。
――安心?
どうして僕は安心なんてしてるんだろう。僕は今まで御伽先輩に色々とひどいことをされてきたはずだ。
御伽先輩が落ち込んでいる今、僕たちへの被害はなくなるわけだし、むしろ現状は生徒会や僕が望んでいた出来事が起こっていると言ってもいい。
それなのに、何故素直に喜べないのだろう。僕の中でちぐはぐな感情が暴れているみたいだ。
「ほら、お茶でも飲んで落ち着いて――」
「うん……ありがとう、紬」
今にも消え入りそうな御伽先輩の微笑。それは、いつも見ていた活気に満ちたそれとは全然違っていて、どこにでもいるか弱い女の子そのものだった。
そこで合点がいった。
御伽先輩も、僕と同じ人間なんだ。明るく振る舞う時もあれば、今みたいに落ち込むこともある。それを見てこなかったから、僕は心のどこかで御伽先輩のことを自分とは違う別の存在――極端な言い方をすれば宇宙人だとかそういう存在として思い込んでいたんだ。
思い返せばわかることじゃないか。今までの御伽先輩の行動だって、ムチャクチャなことは多かったけど、それは誰かを傷つけようとしてやったものじゃない。まっすぐすぎて、周りが見えていないだけのことだ。
それをわかっていたのに、頭で認めようとしてこなかったから、こんなに気持ちが不安定だったんだ。
そう、目の前で落ち込んでいるのは変な宗教家じゃない。ただの女の子であり、僕の先輩だ。
悩んで、苦しんでいる先輩を見て、助けたいと思うのはおかしい事じゃない。自分の気持ちが理解できて、ちょっとスッキリした。
でも、問題は解決したわけじゃない。
これから、どうにかして先輩を元の状態に戻す方法を探さないといけないのだから。
……どうやら、僕も完全にこの占い同好会に染まってしまったのかもしれない。
「何か心当たりはないの?」
「普段と違うことを何かした?」
「この事について予兆みたいな事はあった?」
紬先輩が矢継ぎ早に尋ねる。しかし、御伽先輩は黙って首を横に振るばかりだ。
それもそうか、原因がわかってたら苦労はしないんだし。
「ちょっと、私の方で占ってみるわね」
「うん、美紀ちゃんお願い」
御伽先輩のピンチに、同好会のみんなが協力して、団結している。それを目にしていると、仕方のない事とはいえ、疎外感のようなものを覚えてしまう。
やっぱり、僕は力になれないのだろうか。自分の不甲斐なさに怒りさえ覚えてくる。
そこへ、勢いよく部室の扉が開け放たれた。
あれ、足音って聞こえたっけ?
どうやら御伽先輩の件で手一杯で、全然意識が向いていなかったようだ。これは、思った以上に重症みたいだ。
「ちょっと藤本御伽、また勝手に……あら?」
入ってきたのはいつものごとく生徒会長だった。
だが、すぐに御伽先輩の異変に気付いたらしく、歩みが止まる。さすが生徒会長、かなりの洞察力だ。
「なんだか元気がないじゃない。何か変なモノでも食べたの?」
会長のいつもの軽口。それだけでこちらの気持ちが少しだけ明るくなる。
やっぱり、場の雰囲気は重かったみたいだ。
しかし、御伽先輩はそれに答えることはない。相変わらず顔をうつむけたままだ。
「……ごめんなさい。ちょっと席を外すわ」
それだけ言うと、御伽先輩は立ち上がり、力なく歩き始める。とてもじゃないが、止められるような雰囲気ではない。それは会長も同じらしく、通り過ぎる御伽先輩をただ見守るばかりだった。
結局、御伽先輩は一切止まることなく部室を出て行き、その場には静寂が取り残された。
「えっ? ちょっと、どうしたのよ……調子が狂うわね。本当に何かあったの?」
困惑した様子で視線を巡らせる会長。
教えてあげたい気持ちはあるが、果たして言っていいものだろうか。にわかに信じがたい出来事とはいえ、当事者である御伽先輩がいないのに、真実を伝えるのはさすがにためらわれる。
しばしの間、沈黙が周囲に広がる。
そんな中、重い口を開いたのは、紬先輩だった。
「御伽が神の声が聞こえなくなったとか言い出したのよ」
「あぁ、そっち系の? ふぅん……まぁ、静かになったならいいわ。こっちの面倒も減るし」
そうは言いつつも、会長の表情はどこか寂しげだ。
会長も強がってはいるが、御伽先輩のことは気にしているんだろう。それも当然か、結構な因縁がありそうだもの。
「とにかく、御伽が大人しくなったからって変な事件は起こさないように。何かやらかしたら生徒会は容赦しないからね。そこは勘違いしないように!」
会長は声高々にそう言い放つと、若干荒い足取りで、扉の向こうへと消えていった。
こういう時に思うのも不謹慎かもしれないけど、御伽先輩と会長ってどことなく似てる気がする。本人に言ったら絶対に怒られるだろうから、絶対に口にはしないけど。
さて、部室は、相変わらず重苦しい空気で満たされているわけだけど、どうしたものか。
美紀先輩は占いの最中だし、紬先輩は物思いに耽っている最中。雫は呆然とした様子で席に座っている。
正直、この空気には耐えられそうもない。誰も動こうとしないし、時計の針でも止まった世界にいるかのような気分だ。
もう、ここは僕が動くしかないだろう。
大丈夫だ。僕だって一応占い同好会の部員だし、それなりに体力には自信がある。しらみつぶしに探しさえすれば、いずれ御伽先輩を見つけられるはずだ。
「ちょっと、御伽先輩のこと、探してきます――」
それは、都合の良い逃げの口実だったのかもしれない。だけど、そんな僕を紬先輩は呼び止めた。まるで、心の中を読まれたような、そんな気がしてドキッとする。
「ちょっと待って、拓クン」
「はい、何ですか、紬先輩?」
僕が尋ねると、紬先輩はいつになく真剣な顔でこちらを見据える。直感的にもこれから真面目な話がされるのだとわかった。
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