第16話
「うぅ……ひどい目に遭った」
軽く水気を切っただけの頭のまま、僕は部室の扉を開く。結局シャワーは断念して手洗い場で頭だけ流してきたけど、正解だったようだ。全身濡れたままシャツだとか下着を身に付けたら悲惨な状態になっていただろう。
それに今も水が汗みたいに垂れてきてるし、部室でタオルか何かしらの布でも貸してもらおうとしよう。無かったら……その時に考えればいいか。
「ただいま戻りま――ぶほぁっ」
部室に足を踏み入れた途端に、何か柔らかな感触が僕の顔を包む。これは……あぁ、タオルか。しかも驚いたのと油断していたせいもあって、息が苦しい。
「ぶはっ、何をするんですか!」
顔にまとわりついていたタオルを引きはがすと、何か企んでそうな顔をする御伽先輩の姿があった。
「タオルが無くて困ってるだろうと思って。ほら、それで拭きなさい」
言い方が上から目線で釈然としないけど、タオルが欲しかったのは事実だし、この好意は素直に受け取っておこう。
「それは、どうも……」
すぐさまタオルで頭を覆う。ふぅ……これでようやく落ち着ける。
「それにしても、災難だったわね」
声のした方へ顔を向けると、いつもの席でニヤニヤと笑っている紬先輩の姿があった。しかも、僕に降りかかった不幸についても知っているらしい。
先に御伽先輩が帰った時点でこうなることは想定していたけど、さすがに早すぎじゃないだろうか。まぁ、あの黒歴史をバラされるよりは全然マシだけどさ。
「本当ですよ。それに御伽先輩も、わざわざあそこまで連れていく必要なかったじゃないですか」
不平を漏らしながら、僕も自分の席へと向かい、腰を下ろす。うん、やっぱり座れる場所があるっていい。
そのタイミングで、御伽先輩の声が耳に入る。
「だって暇だったんだもの。それに途中で何か見つからないかな~って」
「明らかにそっちがメインですよね! そんなことに僕を巻き込まないでくださいよ」
「悪かったわよ。だからタオル用意して待ってたんだから」
えっ、一応気にはしていてくれたんだ。ちょっと意外。
「それとも、運動部のマネージャーっぽく渡してほしかった?」
伏し目がちに両手でタオルを差し出す御伽先輩……ありかもしれない。見た目だけなら美少女そのものだし。
でも、そんなこと正直に言ってしまったら絶対変な目で見られるし、ただの羞恥プレイだ。
「いえ、今のでいいです」
そうだ、これでいいんだ。自分の趣味をむやみにさらす必要もない。
「なんだ、つまんないの」
御伽先輩は早々に興味が尽きたのか、退屈そうにイスに寄りかかる。そんなに退屈なら自分で占いでもやってみたらいいのに。
そういえば、占いで思い出したけど、まだ美紀先輩から占いの結果聞いてなかった。
美紀先輩は……うん、席を外してない。このままじっとしていても御伽先輩の一言で駆り出されたらうやむやになりそうだし、今のうちに聞いておこう。
「あの、美紀先輩。さっきの占いの結果なんですけど、どうだったんですか?」
僕の声に美紀先輩は顔を上げ、正面に向き直ると、神妙な面持ちで口を開いた。
「さっきのって、確か石井クンに適した占いは何か、だったわよね?」
その通りです。
僕は大きく頷く。御伽先輩に至っては散々引っ張ってからの花占いとか言い出すし、せめて美紀先輩を見習ってほしいくらいだ。
「――花占いよ」
「はいっ?」
思わず声が出た。それ、最近聞いた気がするんだけど、何かの間違いじゃないんだろうか。
「あの、よく聞こえなかったみたいなんですけど、何占いですか?」
「だから、花占いよ」
冗談かと思ったが、こちらを真っ直ぐに見据えてくる美紀先輩を見るに、そうでもなさそうだ。というか、間接的に御伽先輩の直感が美紀先輩の占いと合致してしまったことが、地味にショックだ。
これ、僕には占いの才能がゼロだって遠回しに言われてるとかないよね?
「よかったじゃない。お墨付きがもらえたわよ」
御伽先輩が追い打ちをかけてくる。くそっ、絶対にいつか見返してやる。何をすればいいのか全然考えつかないけど。
そんな僕の傷ついた心を優しく癒してくれたのは、紬先輩の言葉だった。
「御伽もそんなこと言わないの。可愛い後輩が立ち直れなくなっちゃうでしょ」
自分でも単純だと思うけど、こういう時にかばってもらったりすると、弱い。紬先輩はこういう人の扱いが上手いからずるい。
「わかったわよ。今後気を付けまーす」
反省している素振りゼロだけど、御伽先輩だし仕方ない。
「すいません、遅くなりましたっ!」
瞬間、部室の扉が開き、雫が入ってくる。当たり前だけどエプロンはつけていない。御伽先輩が退屈そうにしてたのは、これが原因だったみたいだ。
「遅かったみたいだけど、一体どうしたのよ? ナンパでもされてたの?」
「そういうのじゃないですって。担任の先生がクラブに行ってて、探すのに時間が掛かってただけです」
あぁ、それは確かに面倒だし、時間も掛かりそうだ。それにこのクラブの顧問はどうなっているんだろう。ちょうどいい機会だし聞いてみよう。
「……あの、先輩方?」
そう発した途端、その場にいた全員の視線が一斉にこちらに向く。
「んっ、どうかした?」
紬先輩が尋ねてくる。ちょっと雰囲気に押されて言葉が出なかったから、助かった。
「いえ、ここの顧問の先生って、誰なんですか?」
「顧問って……誰だっけ、御伽?」
「ちょっと待って、えぇっと、誰だったっけ……」
紬先輩は御伽先輩へと顔を向けて尋ねる。あれ、わからないんだろうか?
御伽先輩はというとこめかみのあたりに指を立てて思い出そうとしてるみたいだし、これは聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。
「あの、無理なら別にいいんで、今日の活動の方を――」
変に話がこじれる前に、この話題を畳んでしまおう。そう思って口を開いた時だった。
「思い出した。去年で転出して今年はいなかったはずよ!」
それって、顧問不在ってこと? クラブとして問題はないんだろうか。
今もこうして活動できているわけだし、問題はないのだろうけど、困った時に頼れそうな候補が減るのは残念だ。
だが、次の瞬間御伽先輩の口から思いもよらない言葉が飛び出る。
「拓未クン、よくぞ言ってくれたわ。すっかり忘れてたけど、顧問がいないとクラブが締まらないわよね。というわけで、探しに行くわ」
「えっ、今からですか?」
さすがにそれは急すぎないだろうか。僕たちはいいとしても、相手は先生なわけだし、自由な時間もそんなにないだろう。だからとって、僕には御伽先輩を止めるだけの力はないんだけど。
「もちろんよ。ほら、みんな準備して!」
「藤本さん? 私まだ来たばっかりで――」
「御伽、ウチは雫と一緒にちょっと外回ってみるわ」
「えぇ、わかったわ、紬。終わったら連絡ちょうだいね」
「りょーかい」
紬先輩はそう言うと、びしっと敬礼のポーズをする。
どさくさに紛れて紬先輩が離脱宣言をしたわけだけど、正直羨ましい。でも無理なんだろうな。だって御伽先輩のスイッチを入れちゃったのが僕ってのもあるけど、後輩ってこういう時逃げられないのがつらいところだ。
「ほらっ、ボサッとしてないで準備して」
「そんなに急かさないでくださいよ」
御伽先輩に急かされながら、僕は再び立ち上がる。髪は校内を歩き回る間に乾くだろうからいいとして……あっ、そうだ、これは置いていこう。
そのまま捨てるのも気が進まなくてポケットに入れておいた花壇の花。それを部室の適当な花瓶へと挿す。水はほとんど入ってないけど、また後で入れに戻るから我慢していてほしい。
「拓未クン、早くしないとここで叫ぶわよ!」
「はい、今行きますっ!」
さすがにこれはただの脅しだろう。それでも叫ばれては困るので足早に部室を出る。それにしてもこの時期に顧問の先生なんて見つかるのだろうか。
そんな僕の不安を他所に、御伽先輩は意気揚々と、僕たちの先頭に立って廊下を進んでいった。
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