第15話
「……うげっ」
反射的にその部位に触れてしまうのは人間の性といえるだろう。だが、手に着いた汚物に対し、それを仕方ないと許容できるかというと、そうではない。
誰だこんなことをしたのはっ!
すぐに顔を上げて犯人を探すが、それらしき姿はすぐには見つからない。どこまでも高い空が、逆に僕を嘲笑っているかのようにさえ思えてくる。
「ちょっと、頭……あっはっはっは。しかも、ドンピシャじゃないの」
自分の後輩がこんな被害に遭っているというのに、御伽先輩は大笑いをしている。やはり他人事なのだろうか。
だが、当事者の僕はそれに構っている場合じゃない。
慌てて頭を拭こうとするが、汚れは中々取れないし、何より臭いがひどい。シャワーでも浴びないと人前を歩けないレベルだ。一言叫んでいいのなら、絶対こう言う。
――最悪だ。
「くそっ、誰だ、こんなモノ落としたのは――んっ?」
僕が悪態をついていると、御伽先輩が上を指差している。そこに犯人がいるとでも暗に言っているようだ。
別にここで反発する必要もないし、先輩の指差した先へと視線を向かわせる。すると、そこに忌まわしき犯人がいた。
「あいつか……」
そこは、花壇や校舎を静か見守る木の上だった。
目を凝らさないとつい見落としてしまいそうになるが、その黒い体と大きなクチバシは紛れもなくカラスであり、枝の上からこちらの様子をうかがっているのがわかる。隣には作りかけの巣のようなものもある。恐らく、ここ一帯を縄張りにしているのだろう。
どうにかしてこの悔しさをヤツへぶつけたいが、木は結構な高さがあって、それなりの足場がないと、到底届きそうにない。
もどかしさに自然と手に力が入る。
「もう、いつまでもカラスとお見合いしてないで、早くシャワー浴びてきなさいよ」
僕の失態がツボにはまったらしく、御伽先輩は笑いをこらえながら言う。でも、残念ながらこらえきれてない。
目元に涙を浮かべている様を見ると、逆に心配になってくる。
呆れてモノも言えないとはこのことだ。
「御伽先輩、笑い、抑えられてないですよ」
「だって、あははははは。……ごめん、ちょっと、先に戻るわ」
あぁ、ついに決壊したか。別にいいんだけど。
「えぇ、多分その方がいいと思います」
大笑いしながら部室へと戻っていく御伽先輩を見送ったところで、改めて受け取った花を見る。
――真っ白な花弁と鮮やかな黄色の中央部。
花を眺める趣味はないけど、これは素直にきれいだと思う。普段目に留めてないだけで、他の花にもそれなりの美しさがあるのかもしれない。
「そうだ、シャワー浴びないと」
うっかりこのまま戻ったりしたら、御伽先輩が笑い過ぎで倒れてしまう。まぁ、その方が学校的には平和なのだろうけど、さすがに他の先輩たちに笑われるのは精神的に堪えそうなので却下だ。
今の時間帯なら他のクラブも活動中だし、シャワー室はきっと空いているだろう。問題はタオルを用意してないことだけど、それは……まぁ、なんとかなるだろう。
不幸中の幸いは、制服には何も付着してないことか。これならまたあの女子制服を着るなんてことにならずに済みそうだ。
未来の辱めを回避できたことに安堵しながら、僕はシャワー室の場所を思い出そうとして――。
「あっ、そういえば顧問の先生について聞くの忘れてた」
今更になって思い出すが、もう遅い。部室に戻ったら聞いてみようか。でも、そうなったら御伽先輩はどんな反応をするのだろう。
……別にいいか。なるようにしかならないだろうし。
そんなことを考えながら、僕は花壇を後にして、シャワー室を目指すのだった。
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