第14話
「遅くなってごめんね。今日も頑張って活動していきましょう……あら、アナタたち何やってるの?」
よりによって御伽先輩だった。しかもこっちに気付いて近づいてきてるし。できることなら、もっと遅れてきてほしかった。
「石井クンが占い勉強したいって言ってるみたいなんだけど、どれが適してるかわからないみたいだから――」
ちょっと、美紀先輩! そんなこと言ったら御伽先輩が興味持っちゃうじゃないですか! 自分も手伝うとか言い出して、面倒な事になっちゃいますって!
「中々殊勝な心掛けじゃない。それじゃあ私が直々に聞いてあげるわ」
あぁ、やっぱり……目がすっごい輝いてるし、やる気満々って感じだよ。こうなったら、万が一を期待して従うしかないか。
「あの……聞くって、誰にですか?」
相手は御伽先輩だし、僕の予想では、大本命は神様、大穴で紬先輩ってところだろうか。どちらにしても、真っ当な答えがもらえるとは微塵も思えない。
そして、肝心の御伽先輩の回答はというと――。
「神様だけど?」
はい、予想のど真ん中でした。
でも、それを曇りない瞳でそう言い放つんだから、御伽先輩はすごいと思う。尊敬はできないけど。
「は、はぁ……」
返す言葉が見つからず、曖昧な笑みを浮かべる僕。
だが、御伽先輩の中では既に決定事項となっていたらしく、いつものように手を掲げ、神の声とやらを聞き始めていた。
元々、時間を持て余していたことが事の始まりだったわけだし、個人的には結果がどうなろうと構わないんだけど。まぁ、実害がないという前提で。
奇怪なポーズを取り始めてから十数秒経った頃だろうか、ようやく御伽先輩の腕が下げられる。どうやら声が聞こえたらしい。
「――来たわ!」
思ったより早かった。いつもは数分かかることが多かったから、ちょっと驚いた。でも、実はこれ御伽先輩のさじ加減だったりしないのだろうか。
それを言っても何もいいことは無さそうだから、口にするのはやめておこう。
「それで、結果はどうだったんですか?」
正直、あまり聞きたくはない。でも、聞かないと色々と面倒臭い。こういうのは、もう流すように対応した方がいいのだろう。
あれっ、なんだか紬先輩と思考が似てきたんじゃないだろうか?
「口で言うより見た方が早いわ。こっちよ、ついて来なさい」
そう言うなり御伽先輩は突然駆け出す。
瞬間、僕の身体が前のめりになる。一体何事かと思ったら、僕の左手を御伽先輩が掴んでいた。
御伽先輩は一体どこに行こうとしてるんですか? 僕にどんな占いが向いているかを教えてもらうだけじゃなかったんですか?
あと、思ったより御伽先輩の足が速い。転ばずについていくのが精一杯だ。
「ちょっと、先輩? そんな急がなくても――」
必死に呼びかけてみるが、御伽先輩の耳には届いていないらしい。というか、美紀先輩は部室に残ったままなの?
僕だけ連れていかれるなんて嫌な予感しかないんですけど。
あっ、これは確定っぽい。御伽先輩の面倒を全部請け負うことになるのか……今から溜息が出そうだ。
流れていく廊下の風景に目を回しそうになりながらも、僕はただ懸命に御伽先輩の後を走り続けた。
御伽先輩が足を止めた場所――そこは校舎の裏手にある花壇の前だった。風が吹く度に静かに揺れる木漏れ日や、遠くに聞こえる喧騒から、ぼんやりと時間を過ごすには最適な場所なんじゃないだろうか。強いて欲を言えば、休憩できるようなベンチが欲しいということくらいか。
――と、この場所の感想はここまでにして、ここで再度確認をしてみよう。
僕は確か、自分に向いた占いとやらを知りたかったはずなのだ。それが、どうしてこんなところに来ているのだろう。
仮説その1。ここに何かが埋まっていて、それを掘り起こす。
御伽先輩にしては割とありふれた展開だ。それが何なのかはわからないけど、きっと全部神の言葉で押し通されるだけだし、考えるだけ無駄だ。願わくば、水晶玉とかそれっぽいものが出て来て欲しいくらいか。
仮説その2。特に理由はない。
これも十分にあり得る展開だ。だって御伽先輩は神の声とやらに従っているだけらしいし、そもそもここまで移動してくる理由があるのかというと疑問しかないのだから。問題があるとすれば、この後に気まずい時間がやってくるということだ。
仮説その3。この場で口裏を合わせるよう強要される。
さすがにあり得ない話だとは思うけど、人の気もない場所だし、そういうことがないとも言い切れない。それと占いがどう関係するかは僕自身も全然わからないけど。
さぁ、果たして仮説は当たるのだろうか。
僕はさっきからずっと黙っている御伽先輩へと話しかけた。
「あの、御伽先輩? ここに何かあるんですか?」
しかし、御伽先輩は相変わらず黙ったままだ。僕の問いに答える素振りもなく、おもむろに花壇の前に屈む。花壇に咲いているのは園芸部辺りが植えたのだろうか、種類はちょっとわからないけど白とか黄色とか、明るめの色合いをした花が咲いている。
まさか、この花を育てたのは誰か占えとか言わないよね?
でも、御伽先輩の普段やっていることを考えてみると、あながちハズレでもないような気がしてくるから困る。
僕がそんな不安を抱いている内に、御伽先輩が振り返る。その手に握られていたのは一輪の白い花だった。手遅れかもしれないけど、これ勝手に摘んじゃっていいんだろうか。
いや、ダメだろうな。僕が園芸部員だったら間違いなく怒るし、抗議する。
どうか、この現場を誰かに見られたりしませんように。
そんな僕の憂いを笑い飛ばすように、御伽先輩はその花を手渡してきた。
「はい、これを使って」
これと言われても、ただの花だ。特殊な栽培方法で占いができるよう改良されているようにも見えない。
ちょっと御伽先輩が何を言ってるかわからない。まさかとは思うけど――。
「花占い、ですか?」
「えぇ、拓未クンにピッタリだと思うわ」
えぇと、これは喜んでいいんだろうか。そもそもピッタリってどういう意味なんだろう。まさかあの女装の件を引きずってる?
いや、まだ早い。とりあえずここは御伽先輩に真意を問おう。話はそれからだ。
「あの、これってどういう意味なんですか?」
「意味なんてないわよ。私の神がそう言ってたんだもの」
よかった、さすがにそこまで意地が悪いとは思いたくなかったから安心した。女装姿が可愛かったからと言われてたら、泣きながら逃走していたかもしれない。
いや、だからといって素直にそうですかと言えるわけがない。
花占いって、花弁を順々に散らして二択の判断に使うものだよね?
そこで、すごく根本的な疑問が生じるわけなんだけど……これ、占いと言っていいのだろうか?
「御伽先輩、素朴な疑問なんですが、花占いって、占いに入るんですか?」
「何言ってるのよ。占いってつくから占いに決まってるじゃない」
うん、なんとなく大雑把な理屈だってことはわかった。あと御伽先輩が占いとやらに詳しくもないということまで。
そして、この名も知らぬ白い花は、可哀想なことにその犠牲となってしまったらしい。
とにかく、ここは抗議しておかないと。何かの拍子に人前で花占いしてとか言われたらただの恥さらしになってしまいかねない。
「これじゃあ、イエスとノーしかわからないじゃないですか」
「人生ってのは決断が大事なのよ。だから拓未クンにはこれが必要だと思うわ」
決断が大事って、それを一年長生きなだけの先輩に言われても、説得力が薄いです。
確かに、あの時に入部するという決断を間違ったのは事実ですけど。それでも、御伽先輩にだけは言われたくはない。トラウマ的な意味で。
「それに、何より覚えることが少ないってのが、一番の利点ね」
そう言って御伽先輩はニッコリ笑う。表情だけなら最高なのに、内容が壊滅的なものだから、逆に腹が立ってきた。
「覚える以前の問題ですよ! というかこの花勝手に摘んでいいんですか? 急に不安になってきたんですけど、責任取ってくれるんですか!」
すると御伽先輩は僕の肩にポンと手を置いて、諭すように話しかけてくる。
「それが、大人になるっていうことよ」
全然答えになってないですから。むしろ責任を僕に転嫁しようとしてますよね。
僕が主導したならまだしも、御伽先輩が勝手にやったことの責任を取らされるのは、納得がいかないんですけど。
ダメだ、御伽先輩に任せていたら、最小限で済むはずの被害が甚大になっていく気がする。どうにかして、ここで主導権を握らないと……。
いや、考えてばかりいたら御伽先輩にまたペースを奪われてしまう。とにかく何でもいい、勢いでこの場を押し切ってしまおう。
「屁理屈でごまかさないでください! そもそも先輩はですね――」
ちょうどその時だった。不意に頭に何かが当たる感覚に、出しかけた言葉が喉の奥へと引っ込む。
今のは一体何だったのだろう。その感触を例えるなら、それは水風船が頭の頂点で破裂したような、そんな感じだ。
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