第13話
あくる日の放課後。僕は占い同好会の部室で他のメンバーがやってくるのを一人待っていた。
そして、いつものように時間を持て余し、今日何度目になるのかわからない溜息を吐き、机に突っ伏す。
「退屈だ……」
現在抱いている感情を声に出してみるが、それで退屈が紛れるわけもない。むしろ虚しさだけが広がっていく。
かといって、ここで勉強をしようだなんて思えるほど、僕は真面目でも勉強熱心でもない。
誰も来ないのなら、このまま帰宅してしまおうか。
いや、それはやめておこう。仮に今日は何もなかったとしても、明日に何が起こるか想像もできない。第二の雫になる可能性だってあるのだから。
何でもいい。時間を稼げるようなものはないだろうか。
机に頬を押し付けたまま、目だけで部屋の様子をうかがう。これで何もなければここで寝てしまおう。日差しも丁度良いし、机のひんやりとした温感も中々だ。
そんな中、偶然にも本棚に目が留まった。そういえば、あそこには占いの本がいくつか並んでいた気がする。
「占いでも、勉強してみるか……」
それは、前々から思っていたことだった。占いの勉強でもしていれば時間を持て余すこともない。
それに占いができたら、何かしら役に立つこともあるかもしれない。具体的にどう役に立つかは今のところ思いつかないけど、いわゆる転ばぬ先の杖ってやつだ。
できるかどうかは別として、時間潰しくらいにはなるだろう。僕は早速頭を起こして軽く伸びをした。
しかし、改めて考えてみると、占い同好会という名を冠しているのに占いができる人が美紀先輩と御伽先輩しかいないってのは致命的じゃないだろうか。御伽先輩については占いかどうか怪しいけど。
まぁ、同好会ってことだから占い好きという解釈でもいいのか。
大会みたいなのもないみたいだし、顧問の先生もその辺りは気にしなくていいから気楽そうではある。
そういえば、顧問の先生って会ったことないけど、誰なんだろう。
知っている先生たちの顔を思い浮かべてみたが、よくよく考えてみたら僕の知ってる先生なんて一年の授業を担当してる人たちだけだ。
というか、顧問がちゃんと顔を出してたら、ここまで御伽先輩が暴走することもなかったんじゃないだろうか。そして僕も無理に入部させられることも無かったはずだ。
でも、そうなってないってことは、顧問の力が及んでないってことだよね。
あそこまで好き勝手やっているのだから、放任主義というのは通らないだろう。
だとすると、御伽先輩の暴走を止められずに、部室に顔を出すこともなくなったとか――あり得る。げっそりと痩せこけて職員室で力なく座っている姿までしっかり想像できる。実際のところがどうなのかはわからないけど。
それとも顧問不在とかいう、わかりやすい理由だったりするんだろうか。
よし、先輩が来たら聞いてみよう。ただし、御伽先輩だけは除外する方向で。
そうしてふと抱いた疑問は自己完結したわけだけど……そうそう、占いについてだった。
何はともあれ、勉強をするなら本を読むのが基本だろう。本当なら美紀先輩辺りに教えてもらった方が色々と効率は良さそうだけど、いないのは仕方がない。
席を立って本棚を物色する。元々そんなに熱心ではないのか、冊数が心もとない気もする。いざとなったら図書室にでも行けばいいか。今は手軽に読める本を探すとしよう。
タロット占いに占星術の入門書、血液型占いにトランプ占い……思ったよりジャンルの幅が広い。
本格的なのは覚えることも多そうだし、難しそうだ。かといってカジュアルな方は明らかにパーティで盛り上げるために使うようなものが並んでいて、信用していいのか疑問が残る。そもそも血液型占いって占いに区分していいものなの?
この統一感の薄さは、一体誰が本をそろえたんだろうか。それとも代々それっぽいのを置いていって出来上がったとか? ……あり得ない話ではなさそうだ。
瞬間、扉の開く音が聞こえて思わず振り返る。別に悪いことをしているわけでもないのに、心臓が跳ね上がる。
「……石井クン? そこの本棚にあるのは占いの本だけよ?」
そこに立っていたのは美紀先輩だった。他の先輩たちの姿は見られない。御伽先輩とか紬先輩だったら何か執拗に絡んできそうな雰囲気あるから、ちょっと安心した。
「えぇ、ちょっと占いを勉強してみようかな……なんて」
「そう……それで、何かよさそうな占いは見つかった?」
美紀先輩が近づいてくる。いつもより足取りが早く感じるのは、占いに関する話題だからだろうか。普段見ないアグレッシブさがなんか新鮮だ。
「いえ、占いっていっても種類が多くて、どれを選べばいいのかもまったく――」
「だったら、どの占いが石井クンに向いてるか、私が見てあげましょうか」
見てあげるって、つまり占いってこと?
僕の返事を待つことなく美紀先輩はいつもの席に着くと、占いの準備を始める。何の占いが向いているかを占うっていうのも変な気分だけど、自分に合っているものが見つかるのなら、それもいいのかもしれない。
「はい、それじゃあそこに座って」
言われるまま、美紀先輩の向かいに座る。相変わらずこの距離感は慣れない。
美紀先輩はこんなに近くに男子の顔があっても、緊張とかしないんだろうか。もしかして、僕を異性として意識してなかったりする? だとしたら結構ショックだ。
だが、美紀先輩は顔色変えずに手元のカードを机の上に無秩序に置く。
「ここに置かれたカードの中から、1枚を選んで。直感でいいから」
直感で選べって言っても、逆に迷う。一番手前っていうのも安直すぎるし、かといって下敷きになったのを選ぶのも……こういう経験があまりないから、どうしていいのかわからない。
よし、もう目をつぶって選ぼう。直感って言ってるし、これでもいいだろ。
そして、思い切り腕を伸ばした瞬間だった。
――あれ?
手の先に感じるのは、どう考えてもカードや机とは違う感触。柔らかで温かみのある、ごわごわとした布のような……。
「あの……石井、クン?」
困惑したような美紀先輩の声。不思議と色香を感じるそのニュアンスに、胸が高鳴る。そして、同時にある可能性へと思い至った。
僕の勘が正しければ、これはかなり危険な状況ではないだろうか。かといって、このままの状態でいるわけにもいかない。
恐る恐る目を開けてみると、そこには伏し目がちに頬を紅く染めた美紀先輩の顔。そのまま視線を下におろすと、先輩の豊満な胸をしっかりと掴む僕の手があった。
そうだ、ちょっと考えればすぐわかることじゃないか。こんな近距離で手を伸ばしたら、胸に当たってしまうのは当然じゃないか。
しかも目を閉じてだなんて――もう、運に身を任せるんじゃなかった。あぁ、今でもまだ手に美紀先輩の感触が残ってるよ。
嬉しくないと言ったら嘘になるけど、それ以上の危機感というか罪悪感が重く圧し掛かってきているようだった。
後悔してもしたりないくらいだ。どうか、これが大事になりませんように。
「あの……胸じゃなくて、カードを選んで欲しいんだけど」
「すすすすすいませんっ! わざとじゃないんです!」
慌てて手を放して立ち上がり、全力で頭を下げる。
これは怒られても仕方ない、ビンタの1発や2発、あるいはグーパンチまで覚悟をしておかないと。
しかし、美紀先輩から一向に手は飛んでこない。
一体どうしたのかと思って顔を上げると、そこには相変わらず赤らめた顔の美紀先輩がいた。
どうやら、怒ってはいないようだ。というか、美紀先輩にそんな顔されたら余計に意識しちゃって気まずいんですけど。
いつもの美紀先輩だったら、動じずに注意するようなイメージだったんだけど、普段とは違うギャップというか、可愛らしい姿が見えて得した気分だ。もちろん、やったことは反省してる。
「それはわかったから、早くカードを選んで」
「はいっ、すぐに――」
美紀先輩に急かされるまま、最寄りのカードを手に取ると、そのまま先輩へと手渡した。中味を確認した方がよかったのだろうか。だが、もう遅い。
美紀先輩は受け取ったカードを真剣な眼差しで見つめ、何やら呟いていた。
何を言っているかは聞き取れなかったけど、それでも緊張感がこちらにまで伝わってきて、自然と背筋が伸びてしまう。一体どんな結果になるのだろうか。
そして、美紀先輩が口を開こうとした瞬間――威勢の良い声が部室に響いた。
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