第12話

「思ったより似合ってるじゃない、さすが拓未クンね」

「そうですね、中々悪くないと思います」

 御伽先輩は満足そうにうなずくと、雫も同調するように声を重ねた。その様子はまるで中の良い姉妹のようにも見える。

 第三者としてみれば、大変にほほえましい光景に映っていただろう。

 だが、今の僕からすれば、それどころではない。こっちは恥ずかしさと惨めさですぐにでも消えてしまいたいくらいだ。それに、いくらヒザ丈のスカートとニーソックスで隠れているとはいえ、太ももに感じる空気の触感というか温度感が、どうにも落ち着かない。

 ぶっちゃけると、肌寒い。冬場とかでもミニスカートをはいている女子高生とかいるけど、とてもじゃないが僕には耐えられそうもない。

 今すぐにでもズボンをはきたい。布の感触が恋しい。

「あの、着替えたんで元に戻ってもいいですか?」

 最低限の仕事はこなしたんだし、もういいだろう。これ以上もたもたしてたら紬先輩が来てしまう。最悪でも、女子の制服だけは脱いでおきたい。

 しかし、案の定御伽先輩は食い下がる。

「ここまで来たらいっそのことメイクまでやっちゃおう。大丈夫、全部私に任せればいいから」

 全部任せた結果こういう辱めを受けているんですが。それとも、時間をかけてこの痴態を紬先輩やら美紀先輩やらに見せようとかいう魂胆じゃないよね?

「丁重にお断りさせていただきます」

「そう……それなら仕方ないわね」

 あれ、意外と素直に引いてくれた。どういう心変わりだろう。それとも何か別の企みがあったりするのだろうか?

 とにもかくにも、これは好都合だ。今着替えれば最悪の事態は免れそうだし。

 今は物陰に隠れるのも時間が惜しい。

 そして、僕はすぐさま制服の前を開くと――。

「あれ……君、拓クン?」

 聞き覚えのある声に背筋が凍る。血の気が引くという感覚を今、初めて体験できた気がする。

 もしかしなくても、間に合わなかったということは明らかだ。

 できることなら、このまま雲隠れをしてしまいたいところだが、そういうわけにもいかない。

 恐る恐る入口へと目を向ける。そこには僕の予想した通り、紬先輩と美紀先輩の困惑したような顔があった。

 そのリアクションの意味もわかる。最近入ってきたばかりの男子生徒が、突然女子の制服を着てたんだもの。そういう顔になるのも当然だ。しかも、前をはだけてるんだから、最悪何かよからぬことをしていたのだと勘ぐられても仕方ない。

 ただ、唯一の希望は、近くに御伽先輩がいるということか。脅されたのだと言えば、納得してくれる可能性はまだある。

 ――まぁ、それでも面白そうだとか言って茶化されそうだけど。

 とにかく、今は事情を説明して誤解を解く時だ。このままじゃ僕が女装趣味に目覚めてないという事だけは伝えておかないと。

「ふぅん……石井クンもそっちの趣味があったのね。これは新発見だわ」

 美紀先輩、あなたが一番こういう時に誤解に気づいてくれる人だと思ってたんですけど、違うんですか? それとも僕をからかってるんですか?

 うっ、普段から表情の変化に乏しいから、本心がわからない。

「ちがっ、違います! これは御伽先輩に無理矢理――」

「だって紬を待ってる間、暇だったんだもの。だったら仕方ないわよね?」

 仕方なくないですから。それを一般的には横暴っていうことを、この人は知っているのだろうか。いや、知っててやってたのなら余計に性質が悪いか。

 ところが、紬先輩は御伽先輩の言葉で納得したらしく、お腹を抱えて笑い出した。

「あはははははっ、確かに、ウチらも時間がかかったけどさ、よりによって、拓クンを女装とか……最高っ」

 紬先輩的には僕のこの格好がものすごくツボに入ったらしい。笑われることはあまり好きではないないのだけど、逆にここまで大笑いされると、清々しい気持ちにすらなる。

 こういうのを取り越し苦労というんだろうか。まぁ、変態の烙印を押されなかっただけでも御の字だ。

 でも、だからといってずっとこの姿というわけにもいかない。早くこの制服とおさらばしたい。できるだけ早く、早急に。

「御伽先輩、もういいでしょう? 僕は着替えますからね」

 僕はすぐさま自分の制服へと手を掛けようとするが、そこで目の前に女子の先輩が並んでいることに気づく。いや、これ以上の辱めはないのだけどさ、なんか不思議と脱ぐことに抵抗感を抱いてしまう。

「そうだ、どうせならメイクもしちゃえばいいじゃん。素材も悪くなさそうだし」

 ついさっき聞いたような事を紬先輩が言い出す。さっき御伽先輩がすんなりと身を引いたのは紬先輩ならこう言ってくれると予想してのことだったのだろうか。

「いえ、そういうのいらないですから。それより今日の活動にいきましょう。その間に僕は着替えてますから――」

「拓未クンが言うなら仕方ないわね。じゃあ、今日の活動といきましょう」

 御伽先輩は若干不服そうな顔をしていたけど、認めてくれてよかった。これで僕も、みんなが準備している間に着替えることができる。

 ――はずなんだけど、どうして左手が掴まれてるんだろうか。これじゃあ着替えができない。

「あの、御伽先輩、ちょっと手を放してくれませんか? このままじゃ着替えが――」

「何を言ってるのよ。これから意見箱を取りにいかないといけないでしょ」

 それは日課みたいなものだし、理解できる。わからないのは、何故それを僕に言っているのかということだ。

「それはわかりましたけど、それと僕の手を掴んでる事に何の関係が?」

「拓未クンも同好会の一員だから、場所を覚えてもらわないと」

 それってつまり、この格好のまま校内を歩いて回れと、そういうことですか?

 あと、それって今じゃなきゃいけないこと? 僕が女装してるから案内しようとしてるとしか思えないんだけど。

「さすがにこの格好では無理ですって! 生徒会長に見つかったらどう言い訳すればいいんですか!」

 あの会長のことだし、誤解で済むとは到底思えない。理解してもらえたとしても、そういう趣味があるのではと疑念を持たれては死活問題だ。

 しかし御伽先輩は、悪びれた様子もなく答えてくる。

「校則に男子生徒は女子生徒の制服を着てはいけないって書いてないから平気よ」

「それは想定してないんだから当然ですよ!」

 むしろ校則に書いてたら、それはそれで驚くよ。

 もしかして、雫もこうやって追い込まれていったのだろうか。そう思うと、御伽先輩は本当に恐ろしい人だと思える。

「じゃあ、愛ちゃんに聞きにいってみようか?」

 そう言って僕を連れ出そうとする御伽先輩。自然を装って外に連れ出そうとしてるのか、何も考えず勢いだけで行動してるのか、わからないのが対応に困る。

 本当に厄介な人だ。

「すいません、本当にそれだけは勘弁してください」

 僕は深く頭を下げた。まだ入学してからひと月も経ってないのに、変な噂が流れたらとてもじゃないが生きていけない。

 ここは何としてでも外出は控えたい。できることなら会長も今日ばかりは来ないでもらいたい。

 色んな思いを抱きながら、ただ一心に僕は頭を下げ続けた。

 結局、女装の件はただの悪ノリだったみたいで、その後紬先輩が止めに入って、僕は元の姿に戻ることができた。

 ――正直、寿命が一気に縮まったんじゃないかって本気で思う。

 そして、そんな御伽先輩から逃げようとするのはもうやめようと、僕は強く思うのだった。

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