第11話
「それで、一体何をすればいいんですか?」
もう、こうなったら仕方ない。やれるだけやってやるさ。もちろん、できる範囲でだけど。さすがに無茶難題は全力で回避したい。
で、御伽先輩はというと、値踏みするように僕のことをジロジロ見ているわけだけど、これから何が始まるというのだろう。個人的には雑用とか精神的な負担が少ないものをお願いしたいんだけど。
あっ、御伽先輩がうなずいた。どうやら決定したらしい。
「よし、それじゃあ雫。拓未クンのこと、しっかり押さえておいて」
「えっ? あっ、はいっ! わかりました!」
御伽先輩の命令に従って、雫が近づいてくる。あの、これって僕が何かするんじゃなくて、僕に何かをするってこと?
「ちょっと、御伽先輩! これは一体何をしようとしてるんですか!」
僕の問いかけに答えることなく、御伽先輩は備え付けのロッカーへ向かうと何かを物色し始めた。僕の位置からは背中しか見えないのが余計に不安を煽る。
まさか、非人道的な実験だとか、そういうのじゃないよね?
さすがに警察の御用になるような事はしないと思うけど、ダーツの的とかにはされそうな辺り安心できない。
というか、これはさすがに抵抗して脱出した方がいいんじゃないだろうか。一時の恥よりも身の安全の方が圧倒的に大事だろう。
――だが、抵抗しようにも、少しばかり遅かったようだ。
僕の身体は背後に回った雫によって完全に自由を奪われていた。軽く抵抗してみるが意外にもしっかりとホールドされていて、自力ではとても解けそうにない。
雫がいかに童顔で体格が小柄でも、性別はやはり男なのだと実感させられる。というか、この状況、かなりマズいんじゃないだろうか。
そんな僕の焦りを嘲笑うかのように、踊るような足取りで御伽先輩が戻ってくる。
「じゃじゃ~ん、こんなこともあろうかと思って、用意しておいたのよね」
そう言って御伽先輩が持ってきたのは、どこからどうみても女子の制服だった。危害を加えられる類じゃなくてちょっと安心……じゃなくて、まさかそれを着ろと?
「それ、女子の制服ですよね? どうして用意がしてあるんですか! というか嫌な予感しかしないんですけど!」
「大丈夫、アタシの見立てだけど、悪くはないと思うわ」
「やっぱり着せる気じゃないですか!」
「別に危険な事をするわけじゃないし、いいじゃない。それに雫も似合ってるから問題ないわよ」
「比較対象が違い過ぎるでしょう! 似合いませんから、だからやめましょう、先輩!」
「ノープロブレムよ。拓未クンなら化粧すればそれなりにいけるはず。髪はウィッグでいいとして、下半身は……仕方ないからニーソックスで誤魔化していきましょうか」
勝手にコーディネートまで決まってるし! 何より、僕の人生がここで終わってしまう。あの黒歴史すら霞んでしまうほどにっ!
これは何としてでも阻止を、抵抗をしなくては!
「断固として拒否します!」
「わかったわ、冷静になりましょう。昔話にこういう逸話があるわ。とある巨大な蛇の化物を女装した男が倒したの。つまり、男が女の子の格好をするのは何もおかしなことじゃないわね。じゃあ着替えましょうか」
「なるほど、それじゃあ仕方ないですね……なんて言うわけないでしょう! 雫、先輩も、放してください、このままじゃ、僕の男としての尊厳が――」
「大丈夫、拓未クンは一人じゃないから。私も仲間がちょうど欲しかったんだ」
あっ、ダメだ。雫はもう完全に僕を巻き込む気だ。ゾンビだとかが仲間を増やそうとするアレと同じ状況じゃないか。
じりじりと御伽先輩が迫ってくる。ニヤついてる顔にとてつもない恐怖を感じるんですけど。
そして、ついに御伽先輩の手が僕の制服に触れる。
「女の子になっちゃえば、男の尊厳なんて気にしなくてもいいから心配不要よ」
「そういう理屈は求めてないですからっ!」
四面楚歌だった。もうここには僕の味方なんていない。そして僕の声も届かない。
もうこうなったら誰でもいい。生徒会長でも先生でも紬先輩でもいいから来て!
そんな絶望的状況で、御伽先輩は急に真面目な口調で話しかけてきた。
「……そうだわ、私の神が着替えさせるよう言っているわ。だから仕方ないわ。仕方のないことなのよ」
いやいや、それ絶対神の声なんかじゃないよね? 明らかに今思いついたよね? というか御伽先輩、行動早すぎ。
いや、まだいける。幸いこっちはまだ制服を着ている状態だ。無理に脱がされたとしても着替えさせられるまでには抵抗すればかなりの時間が稼げる。その間に紬……いや、美紀先輩が来てくれたら止めてくれ……ると信じたい。
限りなく可能性は低いが、それでもゼロじゃない。なら、それを信じるのが今の僕には必要なんだ。身体をよじって抵抗しろ、自分!
「抵抗するのは構わないけど、それ以上抵抗すると、その制服が大変なことになるわよ?」
大変なことって一体……って、何でハサミなんて持ってるの! っていうか、そのままいくと下半身が半ズボンになっちゃうから、ストップ、ストップ!
「大変どころじゃないですって、制服切られたらどうやって帰ればいいんですか!」
「ここにあるでしょ?」
当然みたいな顔で女子の制服見せないで!
あれ? 雫もいつの間に僕の上着を脱がしたの? まったく気付かなかったけど!
「わかった。わかりました。だからハサミはノー! ノーで!」
「そうそう、最初から素直に従っていれば良かったのよ」
白旗を上げることでなんとか最悪の事態は回避できたけど……もう、覚悟を決めるしかないようだ。
僕は、深く溜息を吐き、制服を受け取った。もし、神様がこの世に存在するのなら、どうして助けてくれなかったのか問い詰めたい。割と本気で。
だが、そんなことを思ったところで神様が現れたりするわけもなく、僕は部室の隅で一人着替えをするのだった。
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