第9話
「ありがとうございます、シロを見つけてくれて――」
胸元に子犬を抱きながら、畑中さんは大きくお辞儀をした。発見の連絡を受けてから、ずっと占い同好会の部室で待っていてくれたらしい。それだけで、彼女にとってシロが大事な存在だったのだということがよくわかる。
本当に、見つかってよかった。
シロも久々に飼い主に出会えて嬉しそうだ。
「アタシにかかれば当然よ。また困ったことがあったら意見箱によろしくね」
見つけたのは僕たちなのに、何で御伽先輩はあんなに堂々と自分の手柄みたいに言えるんだろう。いや、占い同好会の代表として見れば間違いはないんだろうけど。でも、御伽先輩も一応は頑張って探していたみたいだし……うぅん、何だかモヤモヤする。
「はい、本当に、ありがとうございました」
そんなこんなで僕が悩んでいる内に、畑中さんはもう一度深くお辞儀をすると、部室を出て行ってしまった。
まぁ、いいか。もう終わったことだし。
今は無事に依頼を達成できたことを喜ぼうじゃないか。
ただ、ひとつ気になることを挙げるなら、紬先輩と美紀先輩がいつの間にかコーヒーショップの容器を持ってたってことだけど……うん、気のせいだろう。
僕たちもなんだかんだでコーヒーブレイクを入れたのだし、ここは何も言わないのがお互いのためだ。
瞬間、聞き覚えのある足音が近づいてくるのがわかった。
間違いない、きっとあの人だ。
「藤本御伽っ! また生徒会の意見箱を勝手に持ち出して――」
そう言いながら飛び込んできたのは、予想通り生徒会長だった。会長は、まるで捕食を行う肉食動物みたいな速さで部室へ飛び込んでくると、そのまま最奥にいる御伽先輩の元へと一直線に詰め寄る。やってくることは予想はしていたけど、このスピードには少し驚いた。何かスポーツでもやってるのだろうか。
だが、会長のことは御伽先輩も当然予想していたみたいで、涼しい顔で応えている。
「いつもの事だし、別にいいじゃないの。それにすぐ取れる場所にあるのが悪いんじゃない」
「意見箱はそういう悪意がある人を考慮して作られてないの! 早く返しなさい!」
そう言うなり、会長はテーブルの上に置かれた意見箱をひったくるように回収する。そういえば、山積みになっていた要望書がすっかり消えている。箱を動かした時に中から音が聞こえたし、きっと元に戻してあるのだろう。
「それと!」
会長が声を張り上げ、テーブルを叩く。意見箱の件以外にもまだ何かあるらしい。
心当たりは……多すぎて逆にわからない。学外の活動に何か問題があったのだろうか。確かに制服姿で出歩くと目立つだろうけど……でも、そこまで目くじらを立てるようなことでもないと思う。
だとすると、以前に起こした別の問題だろうか? さすがに僕もそこまでは把握できてないから何も言えない。
「なんで動物を校内に持ち込んできたのよ!」
一番最近の、ごもっともな意見だった。そうだよな、ペットであっても学校の敷地内に連れてくるのはさすがに不用意だったと思う。
せめて、学外で受け渡しをしておくべきだっただろう。
でも、御伽先輩はどう答えるのだろう。今までの言動から想像するに、謝罪の言葉が出てこないということは確かだ。
「依頼だったからよ」
御伽先輩は、平然と答えた。しかも理由になってない理屈だし。
でも、それじゃあ会長は間違いなく怒ると思うんですけど。ほら、なんだか肩が細かく震えてるし……あ、ちょっと離れよう。あ、みんなも距離取ってる。なんか静かだと思ったらそういうことだったのか。
「ゴチャゴチャうるさいわねっ! いい加減、少しは反省しなさいっ!」
まるで咆哮のような会長の声に、僕は驚いてイスから転がり落ちそうになる。
まずいって、これ完全に怒ってる。御伽先輩、悪いこと言わないから、早く謝った方がいいって!
「愛ちゃんの方こそ、もっと落ち着いたらどう?」
何故、よりによって火に油を注ぐようなことを言うんですか。というかあの迫力の会長を前に表情一つ変えない御伽先輩もかなりの凄い――じゃなくて、お願いだからこれ以上刺激しないで。
見ている僕の方が先に参ってしまいそうだから。
「藤本御伽、今日はこってり絞ってあげるから、生徒会室に来なさい!」
「残念ながらもうすぐ下校時間よ。生徒会の方こそ残っていて大丈夫なの?」
「そこまで言うなら先生に特別に許可をもらってあげるわ。これでいいかしら?」
「えぇ、構わないわよ。愛ちゃんが許可をもらってる間、学校に残っていたらね」
まるで闘牛のような言葉の応酬だ。いつこっちに飛び火するかと思うと、とてもじゃないが静観なんてできない。
畑中さんとシロの嬉しそうな姿に、こういう課外活動もいいかなと少しは思ったりしたけど撤回します。
やっぱり、もっと平穏なクラブがいい。絶対。
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