第8話
「う~ん……やっぱり簡単には見つからないね」
「そうですね」
もうかれこれ1時間近く探しているが、それらしき影すら未だに見つからない。御伽先輩や紬先輩たちからも見つかったという報告もないし、八方塞がりの状態と言ってもいいだろう。
さすがに脚にも疲労が溜まってきているし、僕もそろそろ休憩したい。
「先輩、ちょっと休憩しませんか?」
「そうだね、ちょっと疲れたし……あっ、あそこの自販機で何か買おうか」
雫も相当疲れが溜まってたのだろう。僕の提案は速やかに可決された。
自販機は……あそこか。マンションの敷地内っていうのがちょっと気になるけど、2つ並んで設置してあるし、ちゃんとゴミ箱も用意してある。
あと数十分もすれば人通りも増えてくるだろうけど、今だったら人目も気にする必要はなさそうだ。ここはありがたく休憩させてもらおう。
僕たちは一直線に自販機へと向かう。
ラインナップは……残念ながらほとんどがコーヒーやらお茶やらだ。できることなら炭酸だとかジュースだとかが良かったんだけど、ないものは仕方ないか。
何を飲もうか吟味していると、どこからか犬の名前を叫ぶ御伽先輩の声が聞こえてきた。声の大きさからして、そう遠くにはいないだろう。
御伽先輩の、あのバイタリティは一体どこに原動力があるのだろうか。
そんなことをぼんやり思いながらコイン投入口に小銭を入れようとした瞬間だった。
「あれ……この子、シロじゃない?」
「――えっ?」
「うん、やっぱりシロだよ。こんな場所にいたんだ」
雫の声につられて視線を動かすと、ちょうど販売機の下に白っぽい影が見えた。注意して見なければゴミか何かと間違えてしまいそうだが、それは明らかに生きて、動いている。
雫はしゃがんで手を伸ばしているが、シロは怯えているのか動こうとはしない。
飼い主ならともかく、シロにとって僕たちは見ず知らずの人間だ。怯えるのも当然だろう。
「警戒されてるんですかね」
「うん、きっとそうだね。とりあえず石井クンは藤本さんに連絡をお願い」
よし、早速連絡を――って、そういえば僕、まだ御伽先輩の連絡先とか教えてもらってない?
できることなら知りたくはないし、連絡先も知られたくはない。だって休日とか呼び出されたら嫌だし……まぁ、そんなワガママも時間の問題になりそうだけど。
「あの、僕まだ御伽先輩の連絡先が――って何やってるんですか!」
雫は屋外だというのに、腹這いになって自販機の下へと腕を伸ばそうとしていた。というか、スカート周りの防御力が全然機能していない。
しかもいい感じに捲れ上がって太ももとの間に絶妙な絶対領域を形成している。本日2回目のサービスショットだ……じゃなくて、これは目のやりどころに困る。
「ん? それじゃあ私のケータイ使っていいよ。スカートのポケットに入ってるから」
雫の方は子犬との一進一退の攻防でも繰り広げているのだろうか。まるで気にしている素振りはない。
多分、男同士ということで軽い気持ちで言ったのだろう。でも、僕の目に映っているのは小柄な美少女があられもない格好で伏している姿なんだ。それを、そのスカートの中に手を入れるなんて、背徳感を覚えずにいられない。
――というか、スカートにポケットってあったのか。知らなかった。やっぱり普段から着ている人は違うな。
「よし、もう大丈夫だからね」
「えっ?」
僕が葛藤している間に雫は子犬を抱きかかえ、立ち上がっていた。安心したような、でも残念なような複雑な心境だ。
「何を残念そうな顔をしているのよ?」
そりゃあ相手が雫とはいえ、貴重なチャンスを棒に振ったわけだし――えっ?
今の声って、雫じゃないよな。しかもどこか聞き覚えがある。それもかなり最近。
恐る恐る顔を横向ける。まさか、ね……。
「あら、見つかったのね。お手柄よ」
うん、間違いなく御伽先輩だ。というかいつの間に? 気配とかまったく感じなかったと思うんだけど。
細かいことはいいか。とにかくこれで今日の活動から解放されるわけだし。
「はい、逃げないようにしっかり抱いておいてね」
あっ、運ぶのは僕なのか。いいけどさ。
言われるままシロを受け取る。腕の中でシロは周囲の様子をしきりに気にしていたが、逃げ出すような様子はない。若干痩せてはいるみたいだけど、怪我とか病気をしているわけでもないようだし、とりあえず安心した。
抱いてしばらくすると、シロもここが安全な場所だとわかったのかすぐに鼻を鳴らして甘えてくる。元々人懐こい性格なのだろう。
これは、ちょっとクセになりそうだ。ペットを飼う人の気持ちがわかる気がした。
「あぁ、もしもし? 紬、子犬見つかったから。うん、じゃあ学校で――」
御伽先輩が紬先輩たちに電話してる。そういえば紬先輩たちはどこにいるのだろう。あの人たちのことだから、どこかのカフェでサボったりしててもおかしくはなさそうだけど……いや、考えるのはよそう。想像するだけ惨めになるだけだ。そう、僕たちは頑張って子犬を見つけた。それでいいじゃないか。
「あっ、そうだわ」
不意に御伽先輩が声を上げる。一体どうしたのだろう。また神の声が聞こえただとか言い出すのだろうか。
しかし、御伽先輩は自販機を指差して朗らかに口を開く。
「二人とも頑張ったみたいだし、ジュース飲んでいいわよ。アタシのおごりね」
まさか御伽先輩がねぎらいの言葉が出るとは思わなかった。ここは断る理由もないし、ありがたく受け取ろう。
ベンチだとか休憩用のスペースがなかったので結局立ち飲みという形になったが、おごられたコーヒーとシロの温もりを考えれば、探してよかったと思う。
後は飼い主である畑中さんの元へ送り届ければいいだけだし、もうひと頑張りだ。
腕の中でしっぽを振るシロ。そのくすぐったさに愛しさを感じながら、僕は若干黄みを帯びてきた空を眺めるのだった。
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