第7話
しかし、子犬の捜索といってもやることは片っ端から路地を巡り歩くだけだ。
公園の外周から始まって、近くの有料駐車場、一軒家の庭先をのぞき込んだりもしてみたが、それらしき姿はない。
それも当然か。そう簡単に見つかるのだったら、依頼なんてしてこないだろうし。
これは先が長そうだ。
隣を歩いてる雫も、探してはいるがそこまで根を詰めてといった様子は見られない。ここは僕もある程度力を抜いて長期戦へと備えた方がいいだろう。
そこで改めて気付いたわけだが……この状況、なんか気まずい。
無言で歩き続けるのは別に苦ではないのだけど、隣に人がいると逆に沈黙が落ち着かないのは何故なのだろう。
しかも隣にいるのは雫なわけで、これって遠くから見たらぎこちないカップルみたいに映ったりするんじゃないだろうか……それはそれで複雑だ。
「子犬、見つからないですね」
「そうだね。居なくなってから時間が経ってるから、どこかに隠れてるのかも」
あぁ、確かに隠れているっていうのも考えられる。後は誰かに拾われているか――。
やっぱり先輩だけあって、色々考えて行動はしてるみたいだ。
なら、クラブの活動についても、ちょっと聞いてみてもいいかな。
「雫先輩、占い同好会の活動っていつもこんな感じなんですか?」
「いつも? う~ん、そうだなぁ……」
少し考えた後、雫は答える。
「いつもってことはないけど、最近はこういうの多いかな」
それってつまり、意見箱にそういう依頼が入るようになったってことなのだろうか。
確かに占いなら探し物とか見つけてくれそうだし、わかる気がする。
でも、実際やってることって、占いというより探偵とか何でも屋のやり方だよなぁ。
もうクラブ名を変えた方がいいんじゃないだろうか。
いや、それだとさすがに美紀先輩が可哀想か。
「いえ、占い同好会って名前なんで、占いはしないのかなって思って――」
「あぁ、確かに。言われてみればそうだね」
「確かにって、それって大丈夫なんですか?」
「大丈夫っていうか、元々藤本さんが作ったクラブだからね」
だとしたら、一体何がどうなって今の形に……まるで経緯が想像できない。
「それって、最初は普通の占いをやってたってことですか?」
「ううん、生徒会がその名前だと色々危ないからって抵抗して、それで占い同好会に落ち着いたんじゃなかったかな?」
それもそうだ。だってあの御伽先輩だもの。そして生徒会はよく頑張ったと思う。
「色々と大変だったんですね」
すると、雫は乾いた笑いを浮かべる。
「本当に……大変だったよ」
見た目は可愛らしい少女。それなのに、その表情には数十年もの月日を重ねたかのような哀愁を感じた。
「今はもう慣れちゃったけどさ……これも、最初は本当に嫌だったんだよ」
雫はスカートの裾を掴みながら、寂しそうに語る。
ただ、それだとスカートの中が見えてしまうのではないだろうか。いや、もちろん僕の位置からじゃなくて前から……。
――あれっ? 僕は何を焦っているんだ?
雫は男なんだから、別に気にさえしなければ当人の自由なんだし。
やっぱり、心のどこかで雫を女の子のように見ている自分がいるのかもしれない。
よし、一旦落ち着こう。とりあえず、今は会話に集中するんだ。
「それって雫先輩も強引に入れられた感じなんですか?」
「そうそう、去年の話なんだけど、藤本さんとは偶然同じクラスでさ――」
あぁ、それはご愁傷さまとしか言いようがない。御伽先輩は美人だし、それにあの熱量で迫られたら押し切られるのは時間の問題だろう。
そういう意味では僕はまだ学年が違う分、気楽でいいのかもしれない。さすがに御伽先輩と同じクラスでクラブも同じだったら、精神的に耐えられる気がしない。
「そうそう、それとこの前も、藤本さんが――」
雫の口は止まることなく動き、御伽先輩への不平不満を並べていく。日頃から色々と溜め込んでいたのだろう。
おかげで、話すことに集中していて前方の確認がおろそかになってるみたいだ。
すぐそこにある転がった空き缶にも気付いてない。このままじゃ、踏みつけて転倒するかもしれない。
さすがに、そんなコントみたいなことはないか。いくら注意が散漫になっていても気付きはするだろう。
「うわっ!」
――あっ、転んだ。
顔から突っ込んだみたいだけど、大丈夫だろうか。見てるだけなのに痛々しい。しかもスカートは捲れ上がってる始末。ここが人通りの多い場所じゃなかったのが唯一の救いともいえる。
それにしても、色は白か……じゃなくて、なんで下着まで女物をつけてるんだ?
趣味なのか? それとも強要されてつけてるのか?
これは、見てはいけないものを見てしまったのではないだろうか。いや、元々見ていいものではないけど。
「うぅ、どうしてこんなところに缶が転がってるのさ……」
今にも泣きだしそうな雫の声。
そうだ、早く起こしてあげないと。このままだと、通りかかった人に非情な人間だと思われてしまう。
「大丈夫ですか? 手を取ってください」
「……ありがとう、石井クン」
そう言って立ち上がる雫。しかしその顔は赤く、瞳は若干潤んでいた。
きっとそれは羞恥と痛みからくるものなんだろう。だが、そうとわかっていても、いざ目の当たりにすると不覚にもドキッとしてしまう。
「いえ、これからは気を付けてくださいよ。一応、先輩なんですから」
気恥ずかしさもあって、それだけ言い残すと、僕は足早に歩き始める。
後ろから雫が追いかけてくる気配を感じたが、歩調を緩めたりはしない。
「ちょっと、石井クン? もっとゆっくり、ゆっくり歩いてよ!」
雫の声を聞き流しながら、視線を上向けて歩く。今、僕はどんな顔をしているのだろうか。
どうか赤くなっていたりしませんように――そう祈りながら、どこにいるかも定かでない子犬の捜索を続けた。
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