第5話

 一人やることの無くなった僕は、席を立って周りの様子に目を配る。

 結局、御伽先輩がこれから何をしようとしているのか、わからずじまいだ。

 他に教えてくれそうな人は――やっぱり紬先輩だろうか。

 紬先輩はというと、スマホの操作は終わったみたいで大きく伸びをしているところだった。

 なんという絶好のタイミングだ。話しかけるなら、今だろう。

「あの、紬先輩?」

「んっ? ウチに何か用? まさか告白とか?」

 ――告白?

 そんなこと微塵も考えてなかった。こういう時どうすればいいんだろう?

 確かに紬先輩は可愛らしいし、付き合えるのならそれはとても嬉しいけど、今のはそういうつもりじゃなくて――そうだ、とにかく誤解だって言っておかないと。

「いや、告白とかそういうのじゃなくて……」

 そこまで言ったところで、紬先輩は笑い出す。

「もう、冗談だって。可愛いなぁ、拓クンは」

「タク……クン……?」

 タククンって、もしかしなくても、僕のことだよね?

 いつの間に僕の呼び名がそんなことに……いくら先輩とはいえ、そう呼ばれるのは男としてさすがに恥ずかしい。

 しかし、紬先輩はニッコリ笑って続けた。

「そっ、拓クン。君のあだ名。可愛いでしょ」

 そんな顔をされたら、嫌ですなんて言えるわけがない。

 もう甘んじて受け入れよう、僕はタククンだ。

「それで、何か聞きたい事でもあるの?」

 イスの背もたれに寄りかかりながら、紬先輩が訪ねてくる。

 そういえば聞きたい事があったんだった。紬先輩が告白だとかあだ名だとか言い出すから頭から抜け落ちてたよ。

「えっと……その……」

 うっ、ちゃんと目を見て聞いてくるから、少し緊張する。中々言葉が出てこない。

「言いたいことがあるなら早く言わないと、御伽が夢の中に現れるぞ~?」

 さすがにそれは勘弁してほしい。一緒にいるだけでも精神力がどんどん減っていくのに、夢の中にまで出てこられたら、もう逃げ場がないじゃないか……って、さすがにこれは紬先輩の冗談か。

 紬先輩って、最初からすごく距離が近いけど、偉ぶったりする様子もないし、思った以上に面倒見のいい人なのかもしれない。

 そういえば、紬先輩はどうして占い同好会に入ったのだろう。御伽先輩から無理やり入れられるようなタイプではないし、占いに興味があったりするのだろうか。

「紬先輩って、何か得意な占いとかあったりするんですか?」

 だが、僕の予想に反して、紬先輩は首を横に振る。

「ううん、占い見るのは好きだけど、やるのは全然」

 あれっ、違うのか。でもそれなら謎は深まる。だって、占いが好きなだけなら、別に所属しなくてもいいのだし。

「だったら、どうして占い同好会に?」

「大した理由じゃないんだけど……御伽の予言が聞きたいから、かな?」

 予言? 御伽先輩が? 確かに神の声を聞くとかやってたけど、あれって本当に聞こえてたりするの?

「予言って……今日やってた、あの変なポーズのヤツですよね。とても信用できるとは思えないんですけど」

 すると、紬先輩は前屈みになって顔を近づけてきた。香水か何かだろうか、爽やかな甘さを感じさせる匂いに、自然と胸が高鳴る。

「いいの。ウチが勝手に信じてるだけだから」

 息をするのもためらわれる距離。そこで、紬先輩が照れたように笑う。その様子に心を掴まれない男子生徒はいないだろう。僕自身も、できることならずっとこのままでいたい。

 その時だった。かすかに耳に入ってきた足音に、僕の身体は反射的に硬直してしまう。

「拓クン、どうかしたの?」

 紬先輩の不思議そうな声に、返す言葉を悩む。見惚れていたところに足音が聞こえて驚いたんです――なんて素直に言えたらどんなに楽だろうか。そんなことを口にしようものなら今後ずっと話のタネに使われるのはわかりきっている。

 そしてこの窮地から救い出してくれたのが、その足音の主だというところが、僕をなんとも言えない憂鬱な気持ちにさせた。

「待たせたわね、早速今年度の依頼を開始するわよ!」

 ほら、やっぱり御伽先輩だ。

 入口に目を向けると、そこには小脇に箱を抱えた御伽先輩の姿があった。しかも、あれだけの足音を立てて走ってきたのにまったく息が切れてない。

 それよりも、あの箱は一体何なのだろうか。よく見てみると箱の側面には中々の達筆で『意見箱』という文字が書かれている。

 なるほど。あの箱で集めた依頼とやらを受けていくのが御伽先輩の言っていた活動なのだろう。

 おっと、いつまでもこの場に立っているわけにはいかない。

 僕は足早に向かってくる御伽先輩を避けるように自分の席へと向かう。

 すれ違う際に少し緊張したが、無事席に戻ることができて、ちょっと安心する。

 もしかしたら何か手伝うように言われるかもと覚悟はしていたけど、僕が思っているほど部員を酷使することはないみたいだ。

 さて、初の活動ということらしいが、みんなはどうするのだろう。

 すっかり冷たくなったお茶の残りを口に含みつつ、みんなの様子をうかがってみる。

 美紀先輩は相変わらずカードを捌いている。一切御伽先輩の方を見てない辺り、もう完全に独立しているんだろう。

 雫はというと、御伽先輩が帰ってきたことに気付いてポットでお茶の用意をしている。こっちはこっちで活動に参加している様子はない。

 残りの二人を見てみるとテーブルの上には紙の山ができていた。紙はきっと意見箱の中に入っていたものなのだろう、御伽先輩と紬先輩が一枚ずつ手に取りながら、仕分けをしている。テーブルの端で横になっている意見箱が何だか寂しそうだ。

「う~ん、これはダメね」

「御伽、こっちのは?」

「……無理ね。というか、どれもこれも活動費の催促ばっかりじゃない」

 活動費の催促って、占いと何か関係あるの?

 ……いや、ないな。ちょっと考えてみたけどやっぱりおかしい。

「あの、先輩方?」

 声を上げると、途端に先輩二人の視線がこちらを向く。怪訝そうな印象はないけど、それでも緊張してしまうのは、やっぱり相手が上級生なせいだろうか。しかし、声を掛けてしまった手前、引き下がるわけにもいかない。

「さっき活動費って聞こえたんですけど、それって本当に占い同好会への依頼なんですか?」

「ううん、生徒会への要望書だけど?」

 あぁ、よかった。そうだよね、占い同好会にそんな依頼がくるなんておかしいと思った。

 ――いやいや、それおかしいでしょ。

 当然のように生徒会の意見箱持ってきて勝手に開けてるんだから、大問題だよ。少しでも信じかけた自分が恥ずかしい。

「それって、大丈夫なんですか? 生徒会の許可とか……」

「大丈夫よ。だって誰にでも取れる場所に置いてあるんだもの」

 それは要望書を入れる必要があるから、そういう場所に置いてあるんじゃないの?

 何でそんな自分に都合のいいことを平然と行えるのだろう。逆に尊敬したくなるくらいだよ――いや、しないけど。

 やっぱり御伽先輩の行動力はどこか飛び抜けてる。とてもじゃないが、僕じゃ手に負えそうにない。ここは何とか穏便に解決できないだろうか。

「でも勝手に持って来たら怒られるんじゃ……」

「怒るって言っても、やってくるの愛ちゃんだし」

「そういう問題じゃないでしょう」

「大丈夫大丈夫。終わったらちゃんと戻してくるから」

 ダメだ。何を言っても御伽先輩には通じない。底なし沼に自分からハマっていってるような気分だ。

 ……なんだか会長が目の敵にしているのがわかってきた気がする。

「あっ、御伽、これなんていいんじゃない、子犬の捜索」

「どれどれ……うん、いいわね。これでいきましょう」

 ちょっと待った。生徒会の依頼に子犬の捜索が入っているって、どういうこと?

 ここの生徒会って生徒の雑用とかも請け負ったりしているわけ?

 でも、依頼の内容がこういうレベルなら、僕たちが対応をしてもいいのかもしれない。

 ……いやいや、なんで納得してるんだ僕は。

 生徒会の仕事を奪っていることには変わりないわけだし、素直に従うっていうのも問題があるだろう。

 ここは、無駄とわかっていても、止めに入った方がいいんじゃないだろうか。

「御伽先輩、やっぱりやめた方がいいんじゃないですか。生徒会の仕事なら、わざわざ奪う必要ないじゃないですか」

 我ながら勇気ある発言だったと思う。ただ、それが通用するなら苦労はしないわけで……。

 案の定、御伽先輩はもっともらしい顔をで答える。

「拓未クン、クラブ活動には実績が付き物だよね。運動部なら大会で入賞したり、文化部なら賞をもらったり……」

「……そう、ですね」

 特にところおかしいことは言っていない。

 でも、嫌な予感がする。具体的には、正論っぽい理屈でゴリ押してきそうな感じで。

「もちろん、占い同好会も実績が必要だよね。でも占いの賞って何かあるかな?」

「ちょっと……わからないです」

 そんなの答えられるはずがない。僕は最近入部したばかりだし、占いに詳しくもないんだから。

 これは上手い具合に誘導されてる気がする。

 でも僕にはそれを止められるほどの知識がない。せめてここが占い同好会じゃなければ、もっと抵抗できたのに。

 ほら、御伽先輩が怪しく笑ってるよ。

「考え付かないわよね。なら、実績は作るしかないよね」

 やっぱり、そうなるよね。

 その理屈はどう考えても暴論だと思うんだけど、それについては聞き入れてもらえるのだろうか。

 いや、それはないか。口にしたら代わりの実績を用意しなさいとか言われそうだし。

 でも、せめてあの生徒会長に追われるような事はどうしても避けたい。

「それと生徒会の仕事とるのは別問題だと思うんですけど」

「実績があればアタシたちが助かるし、依頼者も問題が解決して助かる。それでいいじゃない」

 まずい。これじゃあ、まるでいたちごっこだ。この繰り返しだと埒が明かない。

 ――と、そこへ紬先輩が声を挟んできた。

「拓クン、大丈夫だって。みんな、ウチらが生徒会の意見箱から抜き取りしてるって知ってるから、そういう依頼も入ってるのよ」 

「去年の活動の成果ね」

 満足そうに御伽先輩がうなずく。

 いや、全然褒められたことじゃないですから。むしろ既成事実作ってるってより悪質でしょ!

 とは言うものの、この学園でそういうのがまかり通っているのだと言われたら、これ以上強く反対するわけにもいかない。

 妙な正義感は身を滅ぼしかねない。うっかり忘れかけてたけど、御伽先輩は僕の黒歴史という最終手段があるのだから、引き際は大事だ。

「はぁ……わかりましたよ。でも、止めましたからね」

 気持ちばかりの予防線を張って、僕は折れる。わかりきっていたことではあるけど、この人たちを止めるのは、僕では無理だ。

「じゃあみんな、依頼を受けに行くわよ。準備して!」

 御伽先輩の声が部室に響く。あぁ、ついに活動が始まってしまうのか。どうか、余計なトラブルもなく終わってくれますように。

 僕は心の中でそう強く念じて、深く溜息を吐くのだった。

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