第4話
占い同好会に所属するようになってから数日。
相変わらず御伽先輩の思考はわからないけど、幸いにも僕が恐れていた洗脳だとか脅迫といった非人道的な行為はなく、安心した毎日を送れている。
今日も、御伽先輩が日課と称して『神の声を聞く儀式』を行ったこと以外は特にこれといってないし……。
うん、わかる。儀式って何だよって僕も思った。
僕が見た限り、御伽先輩が両手を高く上げたまま天を仰いでいるだけなんだけど。
あれで、本当に聞こえているのだろうか。
でも、御伽先輩がそれで満足をするならいいんだ。あえて口出しをして藪をつつく必要もない。
おかげで、御伽先輩も今は窓の外を退屈そうに眺めているだけ。
こんな日が卒業まで続けばいいのに。
そんな事を考えながら、僕は窓側に用意された席で、雫の淹れたお茶をすすっていた。
「――おかしいわね」
不意に御伽先輩が口を開いた。おかしいのはいつものことだが、今更何を思いついたのだろう。
「んっ? どうかしたの、御伽?」
紬先輩が声を掛ける。スマホをいじりながらという態度は誠意もまるでないけど、それもいつものことなのか、御伽先輩は構わずしゃべり出した。
「聞いてよ紬。昨日、部活動紹介あったじゃない?」
そういえば、そんなイベントもあったっけ。僕はもう所属してしまったから噂でしか聞いてないけど、確かある部活が相当大暴れしたとか……まさかね?
「うん、あったね」
あからさまに興味の無さそうな相槌だ。相手が繊細な人だったら傷つくこと間違いないけど、それを一切のためらいもなく言い放てるのは、さすが紬先輩と言う他ない。
そう言う僕も紬先輩がどんな人間なのかなんて全然わからないけど。それでも、少なくとも御伽先輩に対しては気の置けない仲なのだというのは感じられる。
「そこで部員の募集をしたら、一人か二人くらい見学に来てもいいじゃない?」
「普通の部活だったら、そうだね」
それだと、占い同好会が普通じゃないみたいに取ることもできるんですが。それとも、紬先輩もここが普通じゃないって遠回しに言ってたりする?
でも、それに気づいていないのか、御伽先輩は声を荒げる。
「それが、ゼロよ、ゼロ! あり得ないと思わない?」
「さぁ、ウチはちょっとわかんないわ」
「もう、最近の一年生は何考えてるのかわかんないわ」
そう言って、御伽先輩は頭を抱えて目の前のテーブルに突っ伏した。最近のって、先輩も去年は一年生だったんじゃないですか。とてもじゃないけど口に出しては言えないけど。言ったら、どんな目に遭わされるか、想像すらしたくない。
「……まぁ、いいわ。早速今年度の活動に入りましょうか」
そう言うと御伽先輩は立ち上がる。
今年度の活動?
それって、今までは活動らしい活動はしていなかったということ?
何か嫌な予感がする。とりあえず、何をするのかだけでも事前に聞いておいた方がいいだろう。
「あの……御伽先輩? 活動って一体どういう事を?」
「あぁ、そういえば新入生なんだものね。美紀、説明お願い」
えっ、御伽先輩じゃなくて、美紀先輩が説明するの?
確かに美紀先輩の方が占いについて詳しそうだけど、どう考えても御伽先輩がやろうとしていることが占いと結びつくなんて思えない。
そんな事を考えている間に、御伽先輩は駆け足で部室の外へと消えていった。
確信した。もう厄介な問題を抱えて戻ってくるに違いない。
「――それじゃあ、説明するわね」
「うわっ!」
いきなり背後から声を掛けられたから、驚いた。まったく気配がしなかったけど、この人は本当は忍者か何かじゃないんだろうか。もしくは魔女とか……いや、さすがにそれは失礼か。
「あら、大丈夫?」
「大丈夫、です……はい」
とにかく、今は落ち着こう。つかみどころはないけど、悪い人ってわけじゃないんだし。
「占い同好会っていうのは、基本的に占いについて調べたり、実践をしたりして理解を深めるのが目的なの」
うん、どこの学校にでもありがちな説明だ。でも、それなら御伽先輩の行動は一体何なのだろうか。実際、何か占いしている風には全然見えないし。
「御伽先輩の言動って、占いと何か関係あるんですか?」
瞬間、美紀先輩の言葉が途切れた。表情は特に変わってはいないようだけど、もしかして地雷だった?
「……御伽さんは、特別だから」
「特別、ですか?」
御伽先輩が特別ってどういう事だろうか。第一に思い浮かんだのは、神様とやらを信仰してる姿なんだけど……さすがにそういう意味ではないと信じたい。
やっぱり、あれだけ好き勝手しているのだから、特別待遇ということだろう。
だが、美紀先輩は御伽先輩について、それ以上を語らなかった。
単に関わり合いたくないのか、それとも言えない事情があるのか……うん、どっちにしても僕が知ったところで何の得もなさそうだ。
「そうだ、石井クンは誰かに占いとかしてもらったことはある?」
突然の話題変更に、一瞬キョトンとしてしまったが、あえて話を戻す理由もない。、今は素直に美紀先輩の話に乗っておくのがいいだろう。
「いえ……ないですけど」
「それじゃあ、私が占ってあげるわ。占い初体験ね」
美紀先輩はそう言うとすぐに背を向けて、いつもの席へと歩いていく。
せっかく占い同好会に所属したのだ、占ってもらえるのなら大歓迎だ。ただ、望むならいい運勢でありますように。
「そこに掛けて。何か占ってほしい事とかある? 恋愛とか健康とか」
言われるままイスに腰掛け、美紀先輩と向かい合う。
こうして座ってみると、先輩との距離が思った以上に近い。先輩は意識していないかもしれないけど、これはかなり心臓に悪い。
そう、何よりその大きな胸元に目が向いてしまうのだ。制服の上からでもわかる、その大ぶりな果実は、思春期の男子生徒には刺激が強すぎる。正直、占いよりもいかに見ないようにするかで必死だ。
「いえ、お任せします……よくわからないんで」
「確かに、いきなり言われても困るものね。それじゃあこれからの未来について、占おうかしら」
美紀先輩は手慣れた様子でカードを集めてシャッフルしていく。
カードを使って行う占いはタロット占いくらいしか知らないのだけど、これがそれなのだろうか。イラストらしきものを見ても、本物がどんな絵柄なのかわかってないのでピンと来ない。やっぱり、占いは知識があってこそのものだろう。
一方、美紀先輩はよどみない動きでカードを並べてはひっくり返し、小さく頷いたり唸ったりしている。
カードの内容を思い出しているのか、それとも何か悪い運勢が見えたりしているのか。
目の前で真剣な顔で考え込む美紀先輩。決して派手ではないけど、白い陶器のような肌や綺麗に整った顔立ちについ引き込まれてしまいそうになって――。
「――結果が出たわ」
「はいっ!」
とっさに背筋を伸ばし視線を天井に向ける。
危うく目が合う所だった。美紀先輩に見とれてたのはバレてないだろうか。
恐る恐る視線を降ろし、様子をうかがう。
美紀先輩は何事もなかったように、淡々と占いの結果について話し始めていた。
よかった、どうやらセーフだったらしい。
「これがアナタの未来なんだけど、平穏とは言い難いわね。近いうちに結構大きな悩みが訪れるから、それを乗り越えたら大分楽になるけど――」
あの、それって恐らく御伽先輩ですよね。
違ったとしたら、どれだけ僕の人生ハードモードなんですかっていう話だし、生まれて十数年で人生の転換期って突きつけられた側はかなりのプレッシャーなんですけど。
「……というわけで、信じるかどうかは石井クン次第よ。お疲れさま」
できることなら信じたくないです。でも、占い同好会の占いを信じないってわけにもいかないし、自分の存在がジレンマみたいになってるし。
というか美紀先輩、片付けるの早っ!
占いが終わった後の美紀先輩は僕から完全に興味を失ったみたいで、また一人で黙々とカードを並べ始めていた。
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