第3話
「よしっ、これで占い同好会は安泰ね」
妙に明るい御伽先輩の声。それが余計に僕の心を暗くする。
世界の終わりが近づいてくるような気分だ。ほら、今もどこかから足音が聞こえて……足音?
耳を澄ましてみると、確かに足音が近づいてくる。しかも結構騒がしい。
振動が床を通じて伝わってくるほどの勢いでやってくるって、一体何者なのだろうか。
御伽先輩を崇拝する熱狂的信者か、それとも敵対する別の勢力か。謎の組織に命を狙われるような展開になるのだけは遠慮したい。
そんな事を思っていると、部室の扉が突き破らんばかりの勢いで開け放たれた。
「――藤本御伽! この内容は何よっ! ちゃんと説明なさいっ!」
耳に突き刺さりそうな大声と共に入ってきたのは、髪型をポニーテールにした、スレンダーな女子生徒だった。しかし、その形相はすさまじく、にらまれただけで腰を抜かしてしまいそうなほどだ。
ただ、こういう事は日常茶飯事なのか、御伽先輩は慌てる様子もなく、平然としている。
やっぱりあれだけ無茶をするような人は、大抵のことでは動じないものなのだろうか。
「何って、占い同好会の概要よ?」
「そうね、概要よね。その占い同好会の概要が、どうなれば『一緒に神を信じましょう』になるのかしら? 生徒会としては、今すぐにでも訂正してもらいたいのだけど」
「だって変に繕っても部員が増えないんだもの」
「当たり前でしょう。入学式に乱入して連れ出された事を忘れたとは言わせないわよ!」
「連れ出したのは
「それはアンタが壇上に上がって『私は神の声が聞こえる』とか叫び出したからでしょう! あと愛ちゃんって言うな!」
売り言葉に買い言葉ってこのことを言うのだろうか。とてもじゃないけど外野が口を挟めるような状況じゃない。
というか、御伽先輩は入学式でもやらかしていたのか。僕も入学式の日に休んでいなければ、こんな目に遭う事もなかったのだと思うと、体調を崩した過去の自分が悔やまれる。
「そもそも占い同好会として活動できてるだけでも有情なんだから、少しは考えなさい!」
話を聞くに、この人――愛さんはどうやら生徒会の人間らしい。この人に着いていけばこの窮地から脱することができるかもしれない……あ、目が合った。
「……君って、新入生よね? もしかして入学式に休んでた子?」
えっ、僕ってそんなに有名だったりするの?
それもそうか。よりによって入学式を欠席するんだものな。
新入生が並んで座っているところに一カ所だけ空席あったら、そりゃあ目立つし気になるよね。
とりあえず、愛さんには素直に従っておいた方がいいだろう。
僕は声は発さずに、何度もうなずいた。
すると愛さんは御伽先輩の方をキッとにらんだ後、再びこちらに目を向ける。
「私は
愛さんって生徒会長だったのか。
でも、その言葉、数分前に聞きたかった。残念ながら、もう手遅れなんです、会長。
すると、御伽先輩はついさっき完成したばかりの入部届をちらつかせて、挑発的に笑う。
「残念でした。拓未クンはもうウチの部員なんです」
瞬間、会長が小さく舌打ちした音が聞こえた。
僕の抱いていた女子の集まりってもっとキャッキャしてた印象なんだけど、女子ってこんな怖いものなの?
「せっかく解散できると思ったのに……」
会長、心中お察しします。僕もできることなら、今からでも取り消したい。
――そうだ、入部届があるのなら退部届もあるんじゃないだろうか。
あるのだとすれば、きっと会長は知っているはずだ。
会長が帰ってしまう前に聞いておかないと。御伽先輩は絶対教えてくれなさそうだし。
「……あの、会長?」
「ん、どうかした?」
よかった。ちょっと気は立っているみたいだけど、話は聞いてくれるみたいだ。
「退部の方法っていうのは――」
瞬間、御伽先輩の声が耳に入る。
それは僕の位置であれば聞き逃してしまうような小さなものだったが、身の危険を感じたのか、僕の耳はそれはハッキリと聞き取っていた。
「――プールの授業」
そうだった。この人にはこれがあったんだ。
思い出した途端に背中から一気に汗が噴き出る。もし、これを生徒会長の前でバラされたりなんかしたら――。
「いえ、なんでもないです」
そう、これでいい。これでいいんだ。
僕のこれからの学校生活を、これ以上過酷にする必要もない。
せめて、生徒会長が男子生徒だったら救いはまだあったかもしれないけど、現実は非情だ。
「……そう。何を言われたかは知らないけど、何かあったらすぐに退部しなさい。用紙は生徒会室に置いてあるから」
僕の心境を察してくれたのか、会長はそれだけ言うと大きく咳ばらいをして場を仕切り直す。
「とにかく、部活動紹介の概要。直しておいて! 直さないなら占い同好会の紹介はナシだからね!」
その言葉を最後に、会長は部室を出て行った。
部屋の中に詰まっていた緊張感が一気に緩和していく。
「……行ったわね。まったく、愛ちゃんってばお堅いんだから」
御伽先輩はそう言うと深い溜息を吐く。彼女なりに緊張はしていたらしい。そこに、ほんの少しだけど親近感を覚えた。いや、本当に少しだけど。
「まぁ、良かったじゃない。人数も揃ったんだし……よし、キレイに塗れた」
そう言うと紬先輩は上機嫌に笑う。今まで静かだったのはどうやらマニキュアを塗っていたかららしい。あの会長を前にしてそんなことができるのは、肝が据わっているというか、マイペースというか……少なくとも僕には真似はできない。
「ふふっ、アナタも大変だったわね」
「えっ?」
聞き覚えの無い声に、反射的に身体がこわばる。また誰かやってきたのだろうか。
慌てて声の聞こえた方へ顔を向けると、そこには黒髪のロングヘアをなびかせた女子生徒が立っていた。身長もそれなりに高く、体格も結構グラマラスで……そういえば壁際の席に座っていた気がする。
「あの……あなたは?」
「私は
そう言って美紀先輩が指を差した先は部屋の片隅――最初僕が目にした机の位置だった。どうやら、あそこが美紀先輩の指定席らしい。
よくよく見てみると、机の上にはカードのようなものが並んでいて、何かしらの占いをしていたことをうかがわせる。
最初見た時はそんな事をしていた印象はなかったけど、僕の記憶違いだろうか。それともあの騒ぎの最中に始めてたりしたのだろうか。
どっちにしろ、美紀先輩みたいに普通に占いをする人もいるみたいで安心した。
もし、御伽先輩みたいな人が2人いたら、それこそ悲劇だ。
「はい、よろしくお願いします」
そうあいさつをして、僕は頭を下げる。
時間にすると、数秒も経ってないくらいだったはずだ。
それにもかかわらず、僕が頭を上げると、美紀先輩は例の席でカードを捌いていた。なんというか、ミステリアスな先輩だ。
拘束から解放されたということもあって、僕は改めて先輩たちの様子に目を配ってみる。
雫は鼻歌を口ずさみながら、使っていない机の上を拭き掃除していた。
紬先輩はスマホをいじりながら退屈そうに足を揺らしているし、御伽先輩はテーブルに寄りかかりながら天井を仰いでいる。
この一癖も二癖もある占い同好会で、僕はこれから上手くやっていけるのだろうか。
いや、上手くやっていかなくてはいけないのだ。
覚えることがただでさえ多いのに、クラブ活動でも問題が関の山――これからの事を考えると、溜息はいくら吐いても尽きることはなさそうだ。
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