第2話
時は流れて放課後。
さぁ、いよいよ待ちに待ったクラブ活動の時間だ。
……うん、いいんだ。別に僕はクラスの人気者になる為にここに来たわけじゃないんだから。
でも、やっぱり少しは寂しさってものを感じてしまう。
僕ってそんなに影が薄いのかな。自己紹介とかあいさつとか、何かするものだと思っていたのに、何事もなかったかのように授業と休憩時間が繰り返されたんだけど。
いや、そんなのはもう些細な問題だ。
これから僕は御伽先輩と一緒にクラブ活動で仲良くなって幸せを補充するんだから。
えっと、確か占い同好会は一階の奥だったよね……あそこかな?
目当ての部屋まで足を進めると、扉にはちょうど顔の高さに紙が貼ってあった。
よく見てみると、紙にはマジックで占い同好会と書かれている。
部室にしてはちょっと雑な感じもするが、気にするほどでもないか。
しかし、ドアノブを握ったところで、とある考えが頭をよぎる。
御伽先輩がいればいいけど、居なかったらどうすればいいんだろうか。
怖い顔をした先輩とか、厳しい先輩とかいたら嫌だな。
そもそも、御伽先輩自体が、ここのクラブを存続させる為に勧誘だけやってるサクラだったりする可能性も……。
ダメだ、考えれば考えるほど入ることに抵抗が生まれてくる。
とはいえ、既に御伽先輩とは約束をしてしまったわけだし、ここで逃げるのも気が引ける。
――うん、迷っていても仕方がない。いざとなったら謝ってやめればいいんだ。
半ば開き直る形で僕は扉を開け放った。
「失礼します」
「いらっしゃい。待ってたわ」
「へっ?」
扉を開けたらそこに御伽先輩がいた。
居たとしても部屋の奥の方に座ってたりするんだろうと思ってたから、正直驚いた。
もしかして僕を待っていてくれたんだろうか。いや、そんなことはないか。
「来てくれたのね、ありがとう。それじゃあこちらへどうぞ」
御伽先輩に案内されながら、部屋の奥へと向かう。
見たところ、別段変なところはない、ごく普通の部屋だ。掃除もちゃんとされているみたいだし、埃っぽい臭いも全然ない。
ただ普通と違うのは、奥の方に折りたためるタイプの長テーブルが横向きに置かれているくらいだろう。席にすると2人分といったところだろうか。
「それじゃあここに座って」
「はい……失礼します」
御伽先輩にイスを引かれて腰を下ろしたのは、まさかのテーブルだった。
いざ座ってみると、ここから廊下へ通じる扉がよく見える。
でも、これって向きがおかしくはないだろうか?
僕の中では、偉い人の方が奥の方に座るようなイメージがあるんだけど、これだとそれとは逆だよね?
上下関係とか、あまり気にしないクラブなんだろうか。
それならそれで、気を遣わなくていいんだけど。
「御伽の言ってた子って、この子? ふ~ん……結構いいんじゃない?」
――えっ、誰だろう?
慌てて声のした壁際の方へと顔を向ける。
そこに居たのは茶髪のボブカットと若干着崩した制服が印象的な女子生徒だった。口振りからしてこの人も恐らく先輩なのだろう。濃すぎないメイクをしている辺り、男子からも結構人気がありそうだ。
御伽先輩が美人系というなら、この先輩は可愛い系といった感じだろう。ひょっとして、このクラブは当たりどころか大当たりじゃないだろうか。
「ウチは
紬先輩はそう自己紹介して微笑むと、僕のいる方へと一直線に近づいて来る。
一体、何をされるのだろう。もしかして、何か嬉しいイベントが起こってしまうんだろうか。
そんな期待からか、思わず背筋が伸びる。
だが、そんな僕の期待を裏切る様に、紬先輩はすぐ隣の席に腰を下ろした。
そうだよね。そんな夢のような話、あるわけがない。
きっと、この席が紬先輩の定位置なのだろう。。
でも、紬先輩みたいな人をこんなに近くで見られるだけでも幸運なのかもしれない。
僕はまだ入学したばかり。先輩が留年でもしない限りは見ることのできない顔を、こうして見られているんだ。今のうちにしっかり目に焼き付けておかないと。
「……んっ? どうかした?」
こちらの視線に気づいたのか、紬先輩はニッコリと笑顔を見せる。女子は化粧で大きく化けるとは聞いたことがあるけど、やっぱり侮れない。
「いっ、いえ。なんでもないです」
「おまたせ。それじゃ、ここに名前をお願いね」
慌てて正面を向くと、いつの間にか姿が消えていた御伽先輩が目の前に立っていた。
手に持っている紙を見るに、きっと入部届の用紙を探していたのだろう。
これに名前を書けば晴れて部員の仲間入りだ。
だが、ひとつ疑問が残る。僕は占いがまったくできないのだが、それでも問題はないのだろうか。
御伽先輩の話だと存続ができないみたいな話だったから、名前だけでも大丈夫だとは思うけど、念のために聞いておいた方がいいだろう。
「あの、僕占いとか全然できないんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。問題ないわ。そこの雫も占いはできないもの。ねぇ、
よかった。それなら安心だ。でも、雫って誰だろう。
「はいっ? なんですか?」
軽やかな返事の源をたどると、壁際の机までたどり着いた。
そこに立っていたのは小柄な少女だった。机にも黒髪の美人が座っているが、声を発したのは立っている方だろう。
ウェーブのかかったショートヘアに、制服の上から白いエプロン。童顔も相まって特定の層には受けそうな格好だ。
彼女の趣味なのかはわからないが、眼福にはなるので僕にとってはありがたい。
「紹介するわ。あの子は
えっ、こんなに可愛らしいのに?
てっきり同級生かと思っていたのに、先輩だっただなんて驚きだ。
「はい、青峰雫です。どうぞよろしくお願いします」
雫ちゃんが頭を下げたので、こちらも小さく下げる。
なんというか、人間って色んな人がいるんだなって実感させられる。
そこで、僕は重要な事実に気づいた。
現状、占い同好会って僕以外全員女子だ。しかも皆が粒ぞろいの美少女たち。
これはもう記名をしてしまう以外ない。
ペンを持ち、まずは『石井《いしい》』の姓を書く。
字はあまり上手な方ではないけど、まぁこんなものだろう。
さぁ、次は名前だ。
「――ねぇ、
まるで昨日見たテレビ番組の内容を話すように、御伽先輩が話しかけてくる。
「なんですか、御伽先輩?」
「拓未クンは神様って信じてる?」
神様って、あの神社とかに祀られている神様のことだろうか。
それとも宗教の勧誘的な意味だったりする?
というか、僕、自己紹介したっけ?
今までこういう勧誘に出会ったことはなかったけど、いざ遭遇してしまった場合、どうするのが正解なんだっけ。
大分前にテレビで見たような気がする程度だったから、思い出せない。
ただ、そういうのは入会してしまったら最後、自分では中々抜け出せないみたいなことは覚えている。
美少女か、それとも安寧か……いや、考えるまでもなく後者だろう。さすがに美少女にすべてを捧げられるほど、僕は楽観的じゃない。
「あの、僕やっぱり入るのは遠慮しようかと……」
ペンを置いてそっと席を立つ。
後は何を言われても黙って部屋を出る。出ないといけない。
背後で御伽先輩が何か言っても、無視するんだ。
そう、今の僕は無心、無心、無心。
「――もうっ、雫っ!」
「はいっ!」
ドアノブへ手を掛ける寸前のところで、雫ちゃんが目の前に割って入ってきた。
とうせんぼうをするかのようなポーズは可愛らしいが、それが逆に厄介でもあった。
雫ちゃんを押しのけて前へ進むのは、さすがに僕でも抵抗がある。ここは説得する以外道はなさそうだ。
「どいてください、僕はもう決めたんです!」
「ダメです! どうしてもダメです!」
僕がどう説得しても、雫ちゃんは首を横に振る。両目に涙まで浮かべているし、これじゃあ僕が悪者みたいじゃないか。
「卑怯ですよ! どうしてこんな真似をするんですか!」
振り返って御伽先輩を糾弾する。もしかしたら、半分泣いていたのかもしれない。
とにかく僕は、突然この場所に閉じ込められたというストレスで、早くも限界を迎えつつあった。
だからといって、世の中というのは自分の思い通りにはいかないものらしい。
僕の雑言を一通り聞き終えた上で、御伽先輩は怖いくらいのスマイルを浮かべ、迫ってきた。
「最初に言ったじゃない。部員が足りないの。この占い同好会を維持するには最低でも5人必要なのよ」
「でも、男が僕だけってのも、色々問題があると思うし――」
「問題ないわ。雫も男子部員だから」
「――へっ?」
今、平然と凄い事言わなかった?
雫ちゃんが男……まさかね?
「それ、本当に?」
御伽先輩から告げられた衝撃の事実に、僕は思わず雫ちゃんに問いかけていた。
「やっぱり、女の子と思われてたんだ」
事実だった。こんなに可愛くて男の子だった。
いやいや、そんな格好をしていて男だと思えという方が無理な話だよ。
それに、男子に見られたかったなら、せめて男子の制服を着ようよ。女子の制服にエプロン姿で最初にそれを疑うなんて、凄腕の探偵くらいじゃないと出来ないって。それとも、何か深い理由でもあったりするんだろうか?
「だったら、何で女子の制服を着てるんですか?」
「……聞かないでください」
答えてくれないという事は、きっと深い事情があるんだろう。御伽先輩に何か弱みを握られているとか。
そう考えると、雫ちゃんも割とこちら寄りな思考なのか。ちょっと安心した。
もし、ここにいる全員が御伽先輩みたいななりふり構わぬ思考だったらと思うと、とてもじゃないけど正気を保てなさそうだ。
というか、僕はいつまで雫先輩をちゃん付けしているんだ。相手は男だぞ。
よし、雫だ。これからは雫でいこう。
「さぁ、席に戻りましょう、ペンで名前を書くだけですぐに終わるから」
ただの時間稼ぎにしかならないとわかってはいたが、ついにその時が来てしまったようだ。
御伽先輩の手が、がっしりと僕の腕を掴んでいる。その力強さから、名前を書くまで逃がさないという意志がヒシヒシと伝わってくる。でも、僕は負けるわけにはいかない。
「お断りしますっ! これ以上言うと先生に――」
その瞬間、御伽先輩が耳元でささやく。
「中学校。3年の夏。プールの授業……後はわかるわよね?」
それは、僕にとって決して思い出したくない出来事――いわゆる黒歴史だ。
あの件は確か当事者以外には知られていないはずだったなのに、どうして御伽先輩が知っているんだ?
「ど、どうしてそれを……?」
「それが、神の御言葉だから――」
勝ち誇ったような顔で御伽先輩は答える。
いやいや、そんな事信じられるわけない。きっとデタラメだ。
……どうか、デタラメであってくれ。
「別に信じるかどうかは拓未クンの自由よ。相手の名前は――」
「ストップ、ストップ! 書きます、書かせて頂きます!」
「うん、素直でよろしい」
やっぱり、僕では勝てなかった。すまない、未来の自分……。
半ば諦め気味に入部希望の用紙にペンを走らせる。これで僕も、占い同好会の一員になってしまった。
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